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ペアチケット(2006)  作者: 瑞城弥生
2/11

二 

今日から四日間の日程で全国高等学校電算機大会(略称・電算大会)第五地区予選が行なわれる。会場は駅からバスで三十分ほど行った山奥にある電算機普及センターと言う公共施設だ。僕が所属している区立南高校電算部もその大会に出場する事になっていた。だから今日は他の部員と駅で待合わせて一緒に行くことなっていた。

 結局待合わせ場所である駅の改札前に辿り着いたのは約束より十分遅れだった。瑞希と別れてからひたすら走って来たと言うのに待合わせの場所には誰もいない。遅刻は十五分間では待つと言うのがお約束だったから、おいて行かれたはずは無かった。先に行としても、メールで教えてくれるはずだ。僕は不安になって香澄に確認のメールを送った。

 香澄は僕と同じく電算部に所属する二年生で、入学当初からのクラスメイトでもある。基本的に無口だけれど、コンピュータープログラミングに関して言えばかなり高度な技術を持っていた。


『待ち合わせは八時に変更』


 間髪いれずに帰ってきた香澄の返事はそれだけだった。要件以外は話さないのが彼女の普段のスタンスだったし、それが魅力でもあった。時々彼女の下駄箱に封筒が入っているのだけれど、彼女はそれを一度読んでから、真っ赤に添削して差出人に返すのだ。その男が(時々女の子だったりもするのだが)返されたラブレターを見て落ち込む姿は見るに耐えなかったし、そんな事をする香澄は結構ひどい奴だと思っていた。でも、彼女は仲間として付き合っていく分には、気を使ったりする必要も無かったし、気を利かせて無理に会話をする必要が無かったから、気楽といえば気楽だった。

 香澄は僕がいつも遅刻するからと、待ち合わせ時間を三十分早く言ったのだろう。おかげで二十分も早く着いてしまった。香澄のやり方には少しばかり腹は立ったが、遅刻しなかった事には感謝していた。全員分の夕食を払うるお金を僕が持っていないことを彼女はよく知っていた。


「腹減ったな」


 遅れなかったことに安心したとたん、やけにお腹がすいてきた。育ち盛りの男子高校生がバターロールひとつで昼まで持つはずなど無いのである。ここまで全速力で走ってきたこともあって、エネルギーが切れてしまった。何か食べ物を入手しようと駅前のコンビニに入ったが、今度は財布の中に昼飯代しか入っていない事に気づいてしまった。その時点で諦めるのが妥当な選択肢なんだろうけれど、そのときは空腹に耐えられなかった。


「しょうがない、いつもの手で行くか」


 おにぎりとお茶を選んでレジに向かった。とりあえず今のこのピンチを乗り越えて、昼は別の手を考えることにした。と言ってもその手段はひとつしかない。手元にお金が無くなると、僕はいつも香純に借りていた。彼女は何時でも気前よく貸してくれたし、返せと催促してくる事は一度も無かった。この一年半で一体いくら借金しているのかも覚えていない。彼女が金に関して無頓着なのは彼女の家――深田家がこの街で五本の指に入るほど裕福だからだと思う。一度家に呼ばれたことが会ったけど、アニメでしか見たこと無いようなメイドやら執事やらがいっぱいいて緊張した。本来なら彼女のようなお金持ちが公立の高校に進学するなんて考えられない事なのだけど、僕はその理由を聞けずに居た。それはともかくとして、慢性貧乏な僕にとって彼女の存在は貴重だった。

 いつか出世したら今までの分に利子を付けて返そうと思ってはいたが、この調子だと返すのに何年もかかりそうだ。でも今の僕にとって大切な事は、この空腹感を何とかする事だけだった。


「暑いぞ、まったく」


 まだ真夏と言えるほどの季節ではなかったのに、冷房の効いた店を出ると外はやけに暑かった。それほど気温が高いわけではない。直射日光とアスファルトからの反射光が肌を直接攻撃するのだ。額からにじみ出る汗を手の甲でぬぐってから、僕は朝ごはんを食べるために座れる場所を探しはじめた。

 駅は三年前に再開発が終わったから、今はすっかり綺麗だった。五階建の駅ビルには大型書店とスーパーが入り、沢山の人でいつも賑わっていたし、北口広場のイベントスペースでは、朝早くから隣町で採れる特産物の宣伝イベントの準備をしていた。そのイベントスペースを囲むように設置されているベンチのひとつが空いていた。人通りは多いし直射日光が当たるけど、他は誰かが座っていたし、芝生は立入禁止だったから、しかたがなくそこにした。待ち合わせ場所である改札口がよく見えて、ロケーションとしては悪くないようだった。

 人気商品である『お楽しみおにぎり二個セット』は中身がシークレットで食べてみるまでどんな具なのか分からない。一つ目を取り出して一気にかぶりつくと、しょうゆとかつお節の味が口の中に広がった。


「おはようございます」


 何時も通り時間ギリギリまで誰も来ないだろうと油断していたから、頭上からの声に驚いて、ご飯をのどに詰まらせてしまった。慌ててお茶を流しこみ、必死に胸を叩いて何とか収めた。


「何だ関根か。驚かすなよ」


 落ち着いてから顔を上げると、にこやかな笑顔の千尋がいた。


「先輩こそ、勝手に驚かないでくださいよ」


 千尋は同じ南高校に通う一つ後輩の一年生である。今年電算部に入ってきたニューフェイスで、技術力はそれほど高くはないけれどやる気だけは人一倍持っていた。中学からの幼馴染で、パソコンサークルも一緒だった。明るいのがとりえで、友達も多いけれど、一人のときは引きこもりのような生活をして、一種のアニメオタクである。


「おまえ、今日はやけに早いな」


 千尋も同じく遅刻常習犯だ。自分が遅刻しないようにと夕食代を支払うバツゲームを考えたのも彼女だった。言い出しっぺが遅刻してはしゃれにならないと思ったのか、がんばって早く来たのだろう。素直に遅れてきてくれれば夕食代が浮いたのに残念だった。


「当然です。っていうか、先輩こそ早すぎませんか」


 こんなに早く来るのは多分初めてだろう。格好が悪くて、香澄にだまされたとは言えなかったから、ばれないように当然のような顔をしてごまかした。千尋は自分でがんばったのだろう。それは素直に誉めてあげた。


「それよりなんだよ、その服装」

「何かおかしいですか?」

「何処に行くつもりなのかと、小一時間ほど問い詰めたい気分だよ」


 南高校は私服通学が認められている。一応制服も規定されているのだが制服そのものを見たことが無い。何の変哲も無い紺のブレザーはやっぱり人気が無いのだろう。探しても絶対に手に入らないと言われていた。私服が許可されている以上、何を着てきてもいいのだけど、その場に応じた服装と言うのはあると思う。他校のセーラー服を着てきた女は確かに居た。ゴスロリやピンクハウスも仕方が無いと思うけど、さすがにチャイナドレス何か着てこられたらそのまま職員室行きに違いない。

 それにしても……。


「海に行くわけじゃないんだぞ」


 今日の千尋は水色のワンピースに麦わら帽子をかぶっていた。これに浮き輪でも持たせれば、その

まま海に置いてあっても全く違和感がないだろう。千尋の私服姿は見慣れているはずだったけれど、ここまで露出度の高い服は初めてだった。いつの間にか成長している彼女の体にドキリとした。


「いいじゃないですか。もう夏だし」

「夏とか、そういうんじゃなくてだな、ほらつまり……」

「すごくかわいいと思いません?」

「いや、うん、まあ」


 確かにかわいかったから、恥ずかしくなって返事をぼかした。それでも千尋は嬉しそうにその場でくるりと回転した。スカートの裾が一瞬ふわりと舞い上がる。


「おい、見えたぞ」


 ロングのフレアスカートだったから実際にはひざ上ぐらいしか見えなかった。でも、またそういう事をしそうな気がしたから、警告の意味を含めてそう言った。千尋は真っ赤になってスカートの裾を押さえたまま、睨んでいた。


「見たんですか」

「見てないよ」

「見ましたね」

「見てないって、縞パンなんか」


 千尋の平手が飛んできて、僕の左の頬にヒットした。実際に見えていないから冗談のつもりでそう言ってみたのだけど、どうやらビンゴだったらしい。普段くじ運が悪いのに、こういうときだけ当たるのはどうかと思う。


「いってえ」


 平手打ちの音に一番驚いたのは殴った本人の方だった。突発的に手が出るのは千尋の悪い癖で、どうでもいいことが理由で中学時代にはよく殴られた。最近の僕は言動に注意していたし、千尋も簡単に手を出すことは無かったから、高校に入ってからは初めてのことだった。


「すいません先輩。大丈夫ですよね」

「大丈夫じゃないんだけど」

「よかった、大丈夫そうですね」

「いや、大丈夫じゃないし」

「でも、先輩が悪いんですよ」

「全然悪く無いと思う」

「今度から気をつけてくださいね」


 見えてないのに見えたと言ったのが悪かったと言うならそれも正しいとは思うけど、総合的判断して、僕が悪いところは一つも無かった。彼女はあくまでも自分の正当性を主張したが、こっちも負けていられない。悪くないのに謝るなんて理不尽だ。


「それよりさ、そんな格好じゃマシンの設置だって出来ないじゃないか」


 制服の学校ならスカートは当たり前である。スカートが悪いとは言わないけれどノースリーブのワ

ンピースはどう見ても場違いだ。それに設営作業にも向いていない。


「ああ、これですか。ご心配なく。ちゃんと着替えは持ってきていますから」


 千尋は有名ブランドのロゴマークが入っている大きな紙袋を得意げに持ち上げた。


「それならいいけど」


 紙袋の中身がその有名ブランド品ではない事を本気で祈った。千尋はそう言ったボケも平気でかます女だった。

 服装の話はとりあえず置いておいて、二つ目のおにぎりに取り掛かった。今度はサケが入っていた。ありきたりの組合せにがっかりしながら冷めたご飯をすっかり温くなったお茶で流し込んだ。


「それ、朝ごはんですか」

「まあな」


 千尋は僕の隣にに腰を下ろした。僕はベンチの中央に座っていたから、彼女は僕と密着する状態になった。反対側にはかばんがあるだけだったから、動こうと思えは動けたけど、なんだか面倒くさかったからそのまま座っていることにした。


「ところで先輩。お弁当もって来ませんでしたよね」

「あ、うん」

「ちゃんと話を聞いていたのか不安だったんです」


 昨日の帰り際に弁当がどうのと言っていたのを思い出した。別の事で頭が一杯だったから話の内容は全然覚えていない。そんな重要なことだとは考えても見なかった。


「約束どおりちゃんと先輩の分も作ってきましたから」


 そんな約束をしていたと言う事も思い出せない。それでもお昼の心配が無くなったのはありがたかった。なにより香純への借金が増えずに済んだのがうれしかった。少し大げさに喜んでいると、千尋はうれしそうに笑った。


「それにしても、暑いですね」


 ベンチには日陰がないから直射日光がまともに当たる。麦わら帽子をかぶっていてもやっぱり暑いのだろう。千尋がアニメキャラのハンカチで垂れて来る汗をふき取った。


「みんな暑そうですね」


 駅前広場は汗を拭きながらだるそうに歩く制服姿の高校生で一杯だった。彼らはここからバスに乗って西にある区立の公共施設へ向うのだ。そこが電算大会の会場だった。


「深田先輩遅くないですか」

「まだ、十三分もあるって」


 駅前広場の中心に立っている大時計は、太陽電池と風車を併用したハイブリッド型と呼ばれるとてもエコロジックな代物だった。けれど頭に乗っている飛行機型の風車が回っているのを僕は一度も見たことがない。その時計は七時四十七分をさしていた。


「暑いですね」

「そうだな」


 千尋がプラスチック製の下敷きを取り出して自分の胸元を仰ぎはじめた。その下敷きにはモビルスーツが活躍する戦闘アニメのキャラクターがプリントされている。そのアニメは百年前から続いている作品でとても人気があるらしい。千尋がパソコンの壁紙も携帯の待ち受け画像もそのアニメのキャラクターを使っている事を僕は知っていた。そして彼女がアニメオタクだということは電算部の人間には周知の事実であった。だけど誰一人そのことを非難したりしなかった。それが問題にならないほど彼女に魅力があった。普通の女の子なら敬遠するアニオタとも、彼女は偏見無く付き合うことが出来るのだ。

 でも僕は、そんな下敷きより大きく開いている彼女の胸元がとても気になっていた。気付かれ無いように覗き込んだとき、彼女の下着がちらりと見えた。


「なに見ているんですか」


 一瞬どきりとしてとっさに身構えた。平手打ちが飛んで来ると思ったからだ。だけど彼女は気付いていないようだった。意外と鈍感で助かった。僕は千尋にばれないように別の話題を提供した。


「いや、その下敷き」

「ああ、これですか。映画の前売り券についていたんです。いわゆる予約特典ってやつですよ」

「映画やるんだっけ」


 昔人気のあったテレビシリーズを三本に分割して上映するらしい。その一作目が来月公開される事は以前千尋から聞いて知っている。その話をしている時の彼女はとてもうれしそうだった。


「よかったら、一緒に見に行きませんか」

「おまえとか?」

「ほかに誰がいるんですか」


 僕は一応周りを見回した。彼女のほかには近くに誰もいなかった。


「だめ、ですか?」


 そう言って千尋はカバンから入場券を取り出した。


「ペアチケット買ったんですよ。でも一緒に行くはずの人が都合悪くなって」


 映画を見るのは好きだったし、千尋のことも嫌いじゃない。誘われたのは嬉しかったけれど、それ以前に問題があった。


「いやごめん。金が無いんだ」

「いいですよ。今回は大サービスです。チケット代は頂きません」


 そこまで言われたら断れない。いや、断ってもいいんだろうけど、千尋の真剣なまなざしについ押し切られてしまったのだ。


「じゃあ、来月の十五日でいいですか。その頃にはひと段落して、少し空いてくるばずですから」

「了解」


 たぶん誰かの代わりだろうけど、ただで見れるなら悪くない。そう思って結局その誘いを受け入れた。千尋は随分と喜んでいたが、何がそんなに嬉しいのかわからなかった。それから千尋はいつもより高いテンションでそのアニメのすばらしさを語り始めた。よく分からない単語が次から次へと出てくるので、いつの間にか僕は彼女の話を聞くのをやめて駅から出てくる人を見ていた。まだ通勤ラッシュには早かったから、客のほとんどが高校生だった。だけどこの駅を利用する高校は無いはずだから、全員が電算大会の参加者に違いない。


「それにしても遅いと思いません?」


 何時の間にか千尋はアニメの話を止めていた。終わったのか中断しかのか僕にはわからなかったけれど、とりあえず彼女の機嫌が悪くなってはいないから、話は完結したに違いなかった。


「まだ、早いって」


 香純は、律儀というか几帳面というか、とにかく待ち合わせにはいつも時間ぴったりに現れる。遅刻する人が居るのだから早に来る必要など無いんだと待合わせの度に言っていた。それは確かに間違ってはいなかった。三人で待ち合わせをすると必ず香澄以外のどちらかが遅刻するのだ。


「暑いですね」

「うるさいな。もう二十七回目だぞ」

「でも暑いです」

「暑いと言ったら余計暑くなるだろう」

「先輩は暑く無いんですか」

「暑くない」


 垂れてくる額の汗を右腕で拭いながら僕はそう叫んでいた。

 

 それまで静かだった駅の改札が突然賑やかになり、高校生が改札から姿をあらわした。


「深田先輩乗ってますかね」

「いや、あいつ急行には乗らないよ」


 降りてきた人が多かったから、今到着したのは急行だろう。香澄が使っているのは急行通過駅で、急いでいる時は途中の駅で乗り換えた方が早いのだけれど、彼女は面倒くさいと言っていつも急行列車を使おうとしなかった。それを知ったのはつい先日の事である。練習試合をするために隣町の商業高校に遠征した時、彼女は通常の三倍の時間をかけて各駅停車で現れた。彼女にとってそれは趣味のようなもので、全く苦にはなら無いらしい。きっと五つ前の駅で今ついた急行の通過待ちをして後からやってくる、次の各駅停車に乗って来るに違いない。

 駅からバス停へと向う大きな集団の中に、明らかに周りと違う三人組の姿があった。


「あれ見てください。西岡ですよ」

「うん西岡だな」


 西の高台から街を見下ろすように建っている私立の女子高――如月女学院高等部は他の高校生から「西岡」と呼ばれていた。親が特別な地位にいないと入学を許可されない特殊な学校で、生徒の多くは大企業のご令嬢である。情報機器の最大手企業・トーカ情報産業機械の会長が経営に参加しているため、情報分野での教育水準は世界一だった。もちろん電算大会でも創立以来負けなしである。


『打倒西岡』


 如月女学院以外の高校が掲げるスローガンはここ数年そればかりである。西岡に勝つことが優勝する事と同義だった。

 タータンチェックのプリーツスカートに深緑のブレザーという組み合せが、如月女学院高等部の基本スタイルである。いろいろなバリエーションもあるらしいが、ほとんどの生徒が基本スタイルを選んでいた。その制服を着ている少女が特別なお嬢さまであることをこの街の誰もが知っていた。

 その中でもひときわ目立つ少女が居た。彼女は三人の真中を悠々と歩いていた。真っ黒なロングヘアーをなびかせながら歩く姿はとても凛々しくて、彼女の背の低さを全く感じさせないばかりか、自然と身についた気品のようなものが漂っていた。学年を表すネクタイの色は緑だった。一番威厳が高く見えるのに、彼女は一番下の一年だった。

 彼女を挟むように立っている別の二人もかなり目立つ存在だった。真中の少女と一緒に歩いていなければ、注目を独り占め出来るに違いない。

 一人はとても背が高く百九十センチはありそうだった。凛々しい顔立ちとショートボブの髪型からは女子高生と言うよりOLといったイメージで、鋭く細い目もとても印象的だった。でも全体的にはバレーボールかバスケットボールをやっているスポーツ少女を思わせた。髪型が普通のショートカットなら間違いなくそう思ったことだろう。彼女のネクタイの色は赤だから、こっちは見たまんま三年生だった。

 三人目は標準的な身長なのに体型がとても良かった。二年生である証の青いネクタイの掛かっている白いシャツの胸元ははちきれんばかりに膨れていたし、腰周りは信じられないほど細かった。縦ロールのかかった長めの髪を金色に染めていたので、お嬢さまを通り越してお姫様を想像してしまう。彼女はある意味とても輝いていた。

 彼女たちの進む先は自然とは道が開けていった。そして誰もが彼女たちを見ようと立ち止まった。そうして出来た花道を彼女たちは当然のように進んでいく。

 僕が座っているベンチの前に着いたとき、緑色のタイの少女は突然立ち止まり、長い黒髪を掻き揚げてからこっちを見た。僕と目が合うと彼女は微笑んで、それから小さく会釈をした。とても美しい顔立ちをしていたが、笑顔はとても可愛かった。


「知り合い、ですか?」

「いいや」

「でも、挨拶していたし」

「そう、みたいだな」


 挨拶される覚えは無かった。西岡に知人は一人もいないし、あんなにも美しくて存在感のある女子高生なんかには、バイト先でだって会った事が無い。


「きっと人違いだろ」

「そうでしょうね。先輩があんな美人と知り合いなわけ在りませんしね」

「なんだよそりゃ」


 一応会釈は返したが結局誰だか分からなかった。もし大会に出場しているのであればパンフレットに名前が乗っているはずだ。それを見れば思い出せるかも知れない。

 でもあの顔には見覚えがあった。いや懐かしさを感じたと言った方がより正確のような気がする。


「でも、本当に美しい人ですね」

「そうだな」


 彼女たちはバス停を通り過ぎてタクシー乗場に向かっていた。込んでいるバスに乗らないなんてさすがに金持ちばかりの西岡である。タクシーに乗り込む彼女の後姿を目で追いながら、僕は何とか彼女の名前を思い出そうと考えていた。


「いたたたた」


 突然腕に痛みが走った。千尋が二の腕をつまんでいる。


「何するんだよ」

「べつに」 


 すばやく手を引っ込めて、千尋は何事も無かったかのように駅へと視線を移した。体全体から怒りのオーラが感じられる。


「もしかして、怒ってる?」

「いいえ」


 彼女の声のトーンから怒っているのは明らかだった。だけど理由が分からなかった。


「なに怒っているんだよ」

「別に」


 各駅停車が到着した。改札から乗客が出終わっても香純は一向に現れない。彼女は今まで一度だって遅れたことはないし、遅れるとしても連絡ぐらいはくれるはずだ。


「遅刻かな?」

「まさか、深田先輩はプロですよ」


 何のプロだと突っ込みかけた時、後ろから声が聞えた。


「待ち合わせって改札の前だよね」

「そうですよ」

「じゃあ全員遅刻ってことかな」

「え?」


 振り返るとそこに香純が居た。別に驚く事でもない。香純はこういう奴だと一年以上付き合って知っている。時計を見ると待ち合わせの一分前で、ここから改札まで歩るけば時間ぴったりになるだろう。


「何時からそこにいたんですか」

「関根さんがやきもちを妬いたとこかな」

「やきもちなんて妬いてません」

「本当に?」


 麦わら帽子で顔を隠した千尋の頭を香澄が叩いた。千尋珍しく反論もせずにじっと香澄の質問に耐えていた。


「お前ってひどい奴だな」

「なんで」

「待ち合わせ時間さ、嘘言っただろう」

「だって、そうでもしないと時間通り来なかったでしょう」


 遅れた理由があるとはいえ、言われた時間に着けなかったのは事実である。こっちには全く反論のしようが無かった。


「ところであんた、これどうしたの」


 香澄が僕の左腕を持ち上げる。すでに痛みが無くなっていたからすっかり忘れていたけれど、そこには瑞希のハンカチが結んだままになっていた。


「途中で転んじゃってさ。応急処置代わりに巻いておいたんだ」


 血も止まっているようだから、ハンカチをはずしてそれを乱暴にズボンのポケットに突っ込んだ。


「へんね。妹と一緒だった?」

「いや」


 香澄が聞こうとしていることはなんとなくわかったけど、ここはしらばっくれた方がいいような気がした。後で面倒になることは避けたいところだ。


「じゃあ関根さんの……って事は無いみたいだね」


 汗を拭いている千尋のハンカチを見て、香澄はため息をついた。


「確かに私のじゃないですけど……いったいどういう意味なんですか?」

「いや、それ女物だから」

「女物?」


 香澄の質問の意図が分った時には、すでに千尋のグーが飛んできていた。避ける余裕はまったく無かった。

 でもそれは容赦なく顔面を直撃し、僕の目の前は真暗になってしまった。

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