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ペアチケット(2006)  作者: 瑞城弥生
11/11

十一

次の対商業高校戦は四分丁度という大会新記録で優勝した。

 如月女学院以外の高校が優勝するのは久しぶりだったから、試合直前は随分と盛り上がった。西岡を破った連中がどんな奴らなのか興味があったのだろう。けれどすぐに勝負が付いたものだから、会場にはため息が充満した。

 表彰式では、宝くじでも当たったかのように喜ぶ千尋と、無感動で冷静な香澄にはさまれて何だか妙な気分だった。


「おめでとうございます」


 郁美はその時もやっぱり笑っていた。

 彼女たちも工業高校を破り三位のメダルを手にしている。西岡としては屈辱的な結果のはずなのに、彼女たちはあまり気にしてないようだった。


「祝賀会をしませんか」


 閉会式も終了し大会会場を出たところで、やっぱり千尋がそう提案した。


「いいなそれ」


 こう言ったことは理由があれば良いのであって、とにかくお茶でもしようと言う事だから、軽い気持ちで了承した。今日は若干懐にも余裕がある。


「香純も行くだろう」

「うんいいね。賛成」


 香純はバスを待っている間ずっと考え込んでいるようだった。


「ねえ、どうしてOSのバージョンが上がっていたわけ」


 思ったとおりあのことだった。


「いや、ほら。葵ちゃんの友達がくれたんだよ」


 香純への説明はそれで十分のような気がした。


「そっか」

「そうそう」

「ふーん」


 香澄は少しばかり疑っているようだったけれど、それ以上は聞かなかった。それ以上聞かれても説明は出来なかった。試合が終わって瑞希にそのことを問いただそうとして探したけど、彼女を見つけることは出来なかった。だから結局、葵の事も瑞希のことも何もかもわからないままで終わってしまった。


「それであんたは満足なの?」


 香澄の言葉は僕の良心に突き刺さった。あれはたぶん反則だろう。

 でももう終わったことだ。


「もちろんだよ」


 だから、香澄にはそう答えた。自分の思いを正当化することで、今回の事は終わらせるつもりでいた。

 駅に向かうバスが来たとき、僕は突然郁美との約束を思い出した。


「ごめん、先行っててくれる」

「どうしたんですか」

「忘れ物だよ」


 一緒に探すと言い出した千尋を無理やりバスに押し込んで、僕は会場の入口まで引き返えした。西の空に浮かぶ雲はわずかにオレンジ色に染まっていて、涼しげな風が髪の隙間を通りすぎていく。玄関の前の車寄せには黒塗りのリムジンが止まっていた。閉会の挨拶が長かった大会役員のお迎えだろう。


「あら、あなた」


 あらかたの参加者が出終わって、先に帰ったのかもしれないと諦めかけたとき、西条直子が一人で僕の前に現れた。


「こんにちは西条さん。あの、三浦さんはまだ居ましたか」

「ええ、もうすぐ出てくると思いますよ」


 彼女はそう言ってリムジンのに向かった。規格外のリムジンは大会役員のなんじゃなくて、このお姫様のお迎えだった。


「そういえば、星野さん」


 直子は運転手がドアを開いて待っている車の前で振り返った。その姿は雑誌に出てくるモデルのように美しかった。


「今日は素晴らしい戦いでしたわ。特に深田さんですか。あの方はよい素質をお持ちですね。うちの三浦とよく似ています。今度は一対一でお相手してみたいですとお伝えくださいね」


 多分誉められたんだと思うけれど香純は喜ばないだろう。彼女の瞳には郁美しか写っていないはずだから。

 直子がリムジンとともに去ってすぐ、長い髪をなびかせながら今度は郁美が現れた。彼女はすぐに僕に気付いて走ってきた。


「星野さん。待っていてくれたんですか」

「ええ、まあ、一応……」


 一緒に居る京子をちらりと見たら、郁美はすぐにその意味を察してくれた。


「京子さん、悪いんですけれど先に行っていて下さいませんか」

 京子は小さく頷いてから客待ちしているタクシーに乗って行った。僕はタクシーが視界から見え無くなるまでそのまま黙って立っていた。


「おめでとうございます」


 郁美はにこやかに笑って、もう一度そう言った。


「あ、うん。ごめんな」

「どうして謝るのですか」


 瑞希から貰ったプログラムを使ってしまったことに後ろめたさはあったけど、それを告白する勇気は無かった。いずれにしても勝ちは勝ちだ。そう思うことにした。それより僕はもう一つの問題を解決しなければならなかった。


「約束どおりお友達から、でいいですよね」

「はい。よろしくお願いします」


 彼女は深々と頭を下げた。


「ところで星野さん。直子さんのマシンが止まったとき、何か居ませんでしたか」


 郁美は顔だけで笑っていた。


「いえ、別に」


 ここまで来て、葵の事を話すわけには行かなかった。あれは隠しておくべき事だと僕は本能的に感じていた。


「そうですか」


 郁美はいつもの笑顔に戻っていた。彼女は簡単に引き下がってくれたけど、葵の姿はきっと見えていたに違いない。きっと何かを知っている。でも教えてはくれないだろう。それだけ分かった。僕はその話題から逃げるために、話を変えた。


「そう言えば、前に会ったことあるっけ」

「やっぱり憶えていないんですね。小学校に入る前ですよ。忘れちゃいましたか」


 郁美は長い髪を一つに束ねてポニーテールに結びなおした。その髪型で思い出した。聖子の言う、あのときの女の子に違いない。


「あの時すごく悔しかったんです。だから今度会ったら絶対勝って誓ったんですよ。やっと逢えたのに、やっと戦えたのに、また負けちゃいましたね」

「もしかして、イクちゃん?」

「そうです。思い出したましたか」


 そしてまた微笑んだ。

 その笑顔は、小さい頃の彼女と同じだった。あの時は普通にかわいい女の子だったけれど、今はすごく綺麗になっていた。だからまったく気付かなかった。香澄に昔の名前を言われたときも、聖子にヒントを貰ったときも、本当に思い出すことが出来なかった。


「直ちゃんは全然変っていないですもんね」


 直ちゃんと呼ぶのは、短い人生の中でたった一人しか居なかった。


「じゃあ、行きましょうか」


 郁美が腕を組んできた。


「どこに行くんだ?」

「あれ、聞いてませんか? 南高校の祝賀会は西条直子の主催なんですよ。彼女は参加しないんですけどね」

「聞いてないよ」

「でも、もう決まっていますから」


 郁美は腕を組んだまま歩き始めた。まるで僕たちが優勝することを知っていたかのような手際の良さだった。


「あのさ、香織のことだけど」

「大丈夫ですよ。あの人、本当はとても強いんですから。それに……」

「それに?」

「あの人だって特別なんですから」


 恥ずかしかったので腕ははずしてもらったけれど、郁美はぴたりとくっついて離れなかった。郁美と同じように香純が特別だと言うのは、さっきの試合と葵の事を考えれば少しだけ分かるような気がしていた。

郁美と香澄の件はこれで解決したようだから、後は千尋だけだった。とりあえず映画に行く約束だけは果たさないとならないだろう。その後の事は成り行き次第だ。


「そう言えば、一緒に映画に行く約束は覚えてますか」


 実はすっかり忘れていた。郁美なら千尋と違ってあの映画でなければならないと言う事は無いだろう。


「ああ、そうだったね。別の映画じゃだめかな」

「だめですよ。チケット買ってあるんですから」


 郁美が取り出したのは、例の映画のチケットだった。


「もしかしてペアチケット?」

「はい。もちろんです」


 僕は何も言えずに空を見上げた。

 丸い月はやっぱり綺麗に輝いていた。

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