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ペアチケット(2006)  作者: 瑞城弥生
10/11

準決勝当日の朝になった。

 第一試合は工業高校と商業高校の対戦だ。どちらもコンピューターは専門であり技術力は高いのがとりえだった。過去の大会では大抵どちらかの高校が決勝戦で西岡に敗れている。毎年その繰り返しだった。今年も両者の腕は互角のようで、試合開始から二十五分が経過しても、双方まだ決定的なダメージを受けていなかった。規定時間である三十分を過ぎると判定になる。このままだと商業高校の方が有利だった。


「今年も商業だね」


 結果が出る前から香純には分かっているようで、試合を見ずに自分のマシンを整備していた。彼女の予想通り商業高校が判定で勝利を掴んだ。西岡と南高校の勝者が商業高校の次の対戦相手だ。


「やあ、星野くん。僕らは君たちを応援しているよ」


 商業高校の部長はわざわさそう言い残して会場を後にした。工業高校に勝てた事がよっぽど嬉しかったのか終始ニコニコ笑っていた。

 本番直前の練習試合は商業高校にお願いした。その時僕らは商業高校に大敗した。だから南高校が西岡に勝てば、商業高校が優勝出来ると思っているのだろう。けれど西岡を制したものがこの大会を制するのである。悪いけど商業高校は眼中に無い。


 第一試合の片づけが終わり、僕たちが出場する第二試合の設営がはじまった。いつも通り接続の完了を審判に報告した時には、西岡はすでに準備を終えていた。メインマシン担当の京子は腕を組んで偉そうに立っていた。防御担当の郁実は微笑みながらこっちを見ている。直子は真剣なまなざしで攻撃用モニターを確認していた。


「そんじゃあさっそく、区立南高等学校電算部一年、関根千尋。いっきまーす」


 試合開始の笛がなり、千尋がお決まりの台詞を発してプログラムを起動する。千尋はやっぱり昨日の事を忘れているかのように、いつもどおり明るいままで現れた。彼女と目が合ったとき、僕の方は緊張したけど、千尋はさらにうれしそうに微笑んで僕に向かって手を振った。とりあえず彼女が元気ならそれでいい。面倒くさいことは大会が終わってからゆっくりと片付けていくことにした。


「ちょっとなにこれ。はやっ!」


 今朝は誰より早く来て、瑞希から貰ったプログラムをインストールしておいた。千尋はその速さに戸惑いながらも何とかついていっているようだ。


「何をしたの」


 試合が始まってすぐに、香純は操作をセミオートに切り替えた。


「別に」

「何かしたでしょ。何だかレスポンスが良すぎるし」


 そこまで言って香澄は気づいたようだった。急いで自分のマシンに搭載されているOSのバージョンを確認した。


「あんた一体、何処でこれを」

「内緒だ、内密だ、シークレットだ。とにかく見なかったことにしてくれたまえ」


 正体不明の小学生から貰ったなんて言えるわけが無い。ここは何とかごまかし切るしかなかった。セミオートでもある程度は敵の攻撃を防ぐ事は出来るが、相手は西岡だ。それほど長くは持たないだろう。


「とりあえず今は試合中だ。話なら試合が終わってからいくらでも聞いてやる」


 香澄も昨日の事なんか覚えてないというようなすまし顔で現れた。彼女の方もとりあえず問題はないようだ。とにかく西岡に勝てばいい。自分のしたことが正しいかったかどうかなど勝ってから考えればいい事だ。もはやその理由は、自分の夢だけとは言えなくなっていた。


「それでこの試合勝てるんだ」

「そう願いたいね」


 香純は諦めて操作に戻った。


「そんな事して勝っても良いと思っているの?」


 最後はほとんど呟きだった。だから僕は聞こえない振りをした。それは僕も考えていることだった。だけどなるべく考えないように努めていた。


「相手のうごきが変ですよ、深田先輩」


 それぞれのモニターでは攻撃と防御の様子がわかる。相手の攻撃パターンがなんだかおかしい。まるで防御システムが攻撃をしてきているようだった。


「まさか攻勢防壁」

「え、何ですかそれ」


 攻撃してきた相手に反撃する事によって防御するのが攻勢防壁の基本理論である。攻勢防壁の実装は違反ではないが制御が難しいのでそれを搭載するチームはいなかった。プログラムの設定によっては、間違えて自分自身を攻撃するからだ。しかし郁美であれば攻勢防壁の実装と完全な制御は不可能とは言えなかった。


「あのひと」


 郁美は香純と目が逢うと嬉しそうに手を振った。香純は悔しそうなに睨み返した。


「こっちも使うから」

「何を」

「攻勢防壁よ!」


 香純はあらかじめ搭載しておいた別のプログラムを起動した。パラメータがいつもの三倍に増えていく。古いOSではついていけなかったに違いない。


「いつの間にそんなもの作っていたんだ」

「二年前よ」


 それには正直驚かされた。香澄はプログラミングを始めてすぐに、こんなものを組婿とが出来ていたのだ。やっぱり天才にはかなわない。


「あの人たちもわたしが作った攻勢防壁を使っているはず」


 さっきまでかなりの劣勢だったのに、それで何とか巻き返すことに成功した。郁美は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにまた微笑んだ。まだそうとう余裕があるのだろう。


「え? こっちに来た!」


 攻勢防壁を使っているから、相手の防御システムが千尋のマシンを襲い始めた。攻撃用のマシンには簡単な防御ソフトしか乗せていない。本気で攻撃されたら長くは持たないだろう。


「大丈夫か関根」

「なんとか」


 直子の執拗な攻撃をかわしながら千尋を助けるのも限界だった。


「もうだめです」


 ちょっとした千尋の判断ミスが原因で、千尋のマシンが沈黙した。再起動までは五分のペナルティーが課せられる。


「もう!」


 千尋が両手で机を叩いた。その反動で液晶モニターが倒れかけた。


「千尋、落ち着け」


 再起動が完了するまで香澄が持つか分からないが、たとえ千尋が間に合ったしても、もはや勝てるような気がしなかった。


「香純、もういいぞ」

「まだ負けてない」


 あと八分我慢すれば判定に持ち込める。こちらは一台落とされたから、判定では負けになるだろう。でも香澄はまだ、郁美に負けたわけではない。時間切れになる前に、こちらも西岡の攻撃担当を落としさえすればいいのである。


『最終コマンド AOI』


 その時、瑞希に渡されたプログラムについてきていたテキストファイルの文章を思い出した。使用法さえ分からないけれど、瑞希は多分それを使えと言ったのだろう。香澄にそれを伝えるべきか悩んだ僕は、一瞬顔を横に向けた。

 瑞希が居た。

 大勢の観客の中に、小さな女の子が一人。

 彼女は小さく手を振っている。

 だから僕は決心した。

 そのコマンドを使ってしまえば、もはや自力で勝ったとは言えないだろう。瑞希が悪魔だったとしても、ぼくは彼女に乗せられることにした。

 どんな手を使っても勝ちたかった。


「香純、AOIだ。アオイと入力しろ」

「なにそれ」

「いいから」


 香澄がAOIと入力した瞬間、郁美が攻撃の手を止めた。ような気がした。


「雪?」


 雪が降ってきた。

 いや実際に降ったのではなく、そんな気がするだけだろう。ここは屋内で今は夏だ。間違っても雪なんか降りはしない。どう考えても目の錯覚としか考えられない。

 だけど……。


「何か、居る」


 降り注ぐ雪の中に少女がいた。長い髪を一つにまとめ、黒のワンピースを着ている小さな女の子だった。彼女の顔は何処となく香純に似ていたが、その雰囲気はどちらかと言うと瑞希に近かった。


「誰だ、あれ?」

「どうしたんですか、星野先輩」


 千尋にはその少女の姿が見えていないようだ。不思議そうに覗き込んだ彼女の目がそれを物語っている。会場に詰め掛けている観客もその異変には気付いていない。


「何かいるんですか?」

「いや、なんでもない」


 香澄には見えているのだろう。彼女は黙ってその少女を見つめている。


「葵ちゃん?」


 香澄は確かにそう言った。

 葵は無愛想に笑ってから、紫色に光る短めのビームサーベルを左手で構えると、一瞬で直子の前に移動した。

 直子にも見えているに違いなかった。彼女の表情がこわばったのがよく分かった。

 葵は光刀を持ち替えると、それを直子のマシンに突き刺した。紫色の火花が散って、直子のマシンが停止する。

 光刀を抜き取って香澄の方を振り向いた葵の瞳は、紫色に光っていた。

 葵の手から刀が消え、続いて彼女自身が姿を消した。

 雪はもう降ってなかった。


「消えた? どうして」

「これ以上、彼女の力は借りたくないから」

「誰だよあれ、っていうか何なんだ一体」


 香純は答えなかった。でも僕には分かっていた。彼女の名前は保坂葵。多分それで間違いない。

 直子のマシンが停止したから、郁美と香澄の一騎打ちになっていた。

 残り時間は五分ある。千尋はあと二分で復活出来るが、直子は時間的に無理だろう。


「勝てる」


 そんな気がした。

 残った二人の戦いは、常人には理解できないほど高度なものだっだ。しかし力はほぼ互角で、何時までたっても決着が着きそうには思えなかった。

 頼みの綱は千尋だけだ。

 五分のペナルティーが終わり、千尋がマシンを起動した。そのとき郁美は笑っていたから、もしかしたらそれも彼女の作戦なのか知れなかった。いやあるいは別の手を隠し持っているようにも思えてきた。


「気をつけろよ、千尋」

「了解。では、区立南高等学校電算部一年、関根千尋。もう一回、いっきまーす」


 再起動を完了した千尋は、まっすぐ相手のメインマシンに向かっていった。郁美の防御は香澄に押さえ込まれていたため、千尋はほとんど障害なくメインマシンに入り込もことが可能だった。京子の顔がゆがんだとき、目の前の時計が止まった。南高校のブースにある回転灯が回り、会場から大きな拍手が沸き起こった。

 勝った?

 信じられない。


「やりました!」


 ガッツポーズをする千尋の横で、香澄が小さくため息をついた。


「勝ちですよ、勝ちです」


 僕はメインマシンの電源を落とした。


「どうだ、気は済んだか」


 香澄は黙って作業をしていた。


「どうかな。試合には勝ったけど、勝負にはまだ勝っていないんだよね」

「深田先輩」


 千尋が指差した西岡のブースでは郁美が大きく手を振っていた。初めて負けたはずなのに彼女はずいぶんさっぱりしていた。


「三浦さんのことやっぱり許せないのか」


 香澄は手を止めて西岡のブースを見た。


「なんかね、もうどうでもいいやって感じなんだ。これもあんたのおかげよ」


 香純は笑って後片付けを再開した。

 西岡のブースでも京子が片付けをはじめていた。直子後片付けは数名の召使がやっていた。郁美はただ笑っていた。

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