第四話 暗殺者
冒険者登録の前の一暴れ(?)。(笑)
目覚めたら、部屋の空気は少し肌寒かった。
極上のベッドにかけられたすべすべのシーツの誘惑に負けて、もう一度眠りの国へ行く……ことはなく、普通に目を覚ます。いかんせん俺は昔の影響で、寝起きの目覚めだけは異常に良い。
「お目覚めですね、坊ちゃま」
「あぁ。おはよう、ジィ」
「おはようございます、坊ちゃま。今は朝四時十七分でございます」
「案の定、早すぎたか。まぁいい。少し、外でも歩いてくる」
そう言って俺は、ベッドから下りる。幾言かのこの会話で、既に頭は冴え渡っていた。
「先に何かお食べになりますか?」
「あぁ、そうだな……いや、やっぱりいい。確か、朝食は五時から食えたよな」
「はい。朝五時から九時までならいつでもよろしいと、ナハ様が仰っておりました」
「じゃあ、それを存分に利用させてもらうことにしよう。ジィ、俺が戻るまで休んでてくれ」
これは、ジィに「休んでてもいい」などと言っても、休むわけがないからだ。一応俺からの頼み事と言う形式を取れば、ジィとしても断り辛いはず。
「承知致しました、坊ちゃま」
…まぁ、この執事はそれぐらい、気付いているんだろうが。
寝巻を脱いで手ごろな服を身に着け、両足首に黒い細身の短剣を一振りずつ装着してズボンの裾で隠し、前腕にも同じものを仕込む。
そして俺は、左腰に愛剣を佩き、着慣れた薄手の真っ黒いコートを羽織って、俺は早朝の大通りに出た。まだ日が昇るには早い時間で、肌寒い大通りに人影はない。涼しい秋風が、大通りの砂を少し巻き上げ、俺のコートの裾を翻す。
俺は今はまだ、法律上では一般人だ。だから普通は武装出来ないもののような気がするが、ミラストリア王国では誰でも、国有地で武装することが公式に認められている。冒険者と兵士のみが許可される国の方が一般的らしいが、基本的に自給自足、長い歴史に於いて半分鎖国状態を貫いてきたミラストリアでは、「自分のことは自分でどうにかする」のような考えが国民に浸透しているようだ。
そして、〈迷宮〉を訪れる冒険者がいつでも多いこの国では、冒険者と一般国民との抗争によって一般国民が殺傷されるという事態も、悲しきかなたびたび起こるらしい。だから、間違いなく戦闘職に就いてないであろう女性が左腰に短剣をぶらさげているのを、俺は宿に来るまでの道のりで何度も見かけた。
しかしだからといって、殺傷が罪にならないわけではない。いや、むしろ公に武装が許可されている国家だけに、正当防衛以外の理由で武器を使えば、その罪は他の国と比べて重い。そして、王国憲兵に与えられた権限も大きい。
例えば、武器に手を触れただけでも、そこに正当な理由がないなら王国憲兵は対象を拘束することが出来る。魔術でも同じことだ。
暴行や傷害事件の調査となれば、王国憲兵は令状無しでの家宅捜査や市街地区域での無許可戦闘なども認められる。
そしてそれが殺人とでもなれば、なんと国の一時封鎖すら、王国憲兵の権限だけで可能なのだ。
暗殺業を営んでいた昔の知人が、「ミラストリアほど、殺すのは簡単で殺してからが大変な国はない」と漏らしていたのは、決して間違いではない。
「動くな」
そして、そんな国で俺は今、四人の男に囲まれ、短剣を向けられているのだった。
*
「あ、ジィさん!もういらっしゃったんですね。おはようございます!」
朝五時半、私が「雀の羽休め」亭の食堂で坊ちゃまとカンナ様を待っていると、カンナ様が食堂に姿を現した。
「おはようございます、カンナ様。随分とお早いですね」
「ちょっと目が冴えちゃって、ね~。…あれ、クリムさんは?」
「それが……先ほど「少し歩いてくる」と言ったきり、まだ帰ってきていらっしゃらないのです」
これは、半分本当で半分嘘である。確かに坊ちゃまは、四時過ぎに部屋を出ていった後、この宿に戻ってきておられない。しかし、私はしっかりと、坊ちゃまの魔力反応を捉えていた。
無論、坊ちゃまの周りの魔力反応も。
「そっかー。まぁクリムさん、約束破る人じゃなさそうだし、大丈夫だよね。もし襲われたって、クリムさんなら返り討ちだー!」
まさに坊ちゃまを襲った輩に同情しつつ、私はカンナ様の言葉に微笑で応えた。
*
「…何者だ?」
応えを得られることなど最初から期待せずに、俺はその黒い人影にそう問うた。
先ほど宿を出てから、ずっと俺の周りに嫌な魔力反応があったのは捉えていた。《上位魔力隠蔽》とか《最上位魔力隠蔽》とかを使ってるんであろう、不自然に魔力が少ない人間。それが明らかに道とは異なる場所から自分を監視してるとなれば、よっぽど鈍くない限り誰でも気にするはずだ。
大通りから城門前の大広場に行き、そこから敢えて人通りの少ない細道に行けば、案の定そいつらは俺の周囲に音もなく舞い降りた。
「お前を殺す。それが仕事」
ただ一言、聞き取るのも困難なぐらい低い声で、俺と相対した男が言う。
「……依頼者は誰だ」
勿論、答えは得られない。だが、囲んだ男が全員短剣を構えたことで、その黒ずくめの服の右肩に、暗い灰色で刻まれた模様が見えた。墓から出てきた骸骨が、ナイフを持った右手で、手を招いている。
「〈誘〉か」
それが、俺を殺しに来た暗殺者集団の正体だった。目標を殺すためなら手段を問わず、金次第で如何なる殺人でも請け負う、複数国家で最々上位の犯罪者集団と格付けされた暗殺業者。
「そうだとしたらなんだ」
「別に。ただ、知人を問い詰める羽目にならなかっただけだ」
そして、昔の知人の暗殺業者とはライバル関係にある集団だった。
男達が構えた短剣の周りに、鋭く引き絞られた風が旋回し始める。《風刃》――武器で斬りつけた傷口を、暴風で抉り飛ばす中位魔術。殺傷能力が上昇するのは勿論、斬りつけた傷口から凶器を割り出すのも難しくなるらしい。普通は身体のデカい豚魔族とかを傷つけるために使うが、このように暗殺に使われることもあると聞いていた。
そして、目の前の男が俺に斬り込もうとして――、最初の一歩から躓いた。
男達が気付いているかどうかは分からないが……俺とその周囲のみに焦点を絞った《魔力探知》で俺と男達の魔力を捉えていたジィが、攻撃が始まると見るや、その身体に《最上位鈍重化》を掛けたのだ。ジィの《最上位鈍重化》から逃れられるのは、よっぽど強化魔術に特化した人間か、弱体化魔術の最々上位無効化魔術を持つ人間ぐらいだ。隠蔽魔術に特化した暗殺者の身体強化魔術程度では、全く以て逃げられない。…まぁ、もし逃げられたとしても、十分の一秒の時差なく《最々上位鈍重化》が掛かるだけだが。
急に動きが遅くなった男達は、どうやらその魔術は俺が放ったものじゃないとは気付いているらしい。だが、その発動者がどこにいるのか、それが魔力探知魔術を全力行使しても分からないのだろう。まぁ、当たり前だ。距離こそ精々800メルだが、魔力の流れを読まれないように魔術に細かい工夫を加え、さらに《最々上位魔力隠蔽》で魔力量を殆どゼロにまで引き下げている状態では、よっぽど魔力探知魔術に、そして流動魔力学だかなんだかに精通してないと探知出来ないとジィが言っていた。謙遜が過ぎるジィがそういうのだから、誰も探知出来ないというのが実際のところだろう。
《風刃》を纏った短剣で襲う姿勢を見せられたのだから、多分もう正当防衛は成り立ってる。だが俺は剣を抜くまでもなく、四人全員に《永久夢中》を放って、その意識を刈り取った。
「ジィ、聞こえるか」
暗殺者達を無力化した後、一応俺は、《魔力念話》でジィに連絡を入れておく。
「えぇ、坊ちゃま。どうやら何もなかったようでございますね」
「あぁ。暗殺者には《永久夢中》を掛けた。今から王国憲兵にでも突き出してくるさ。少々遅れそうだから、先に食堂に行って、カンナが来たら事情を話しておいてくれ。どこまで話すかはジィに任せる」
「かしこまりました。カンナ様には、坊ちゃまは外出したものの、まだ帰ってきていないとのように伝えましょう」
「分かった。じゃあ」
「さて。貴様らは、牢屋で大人しく寝ててもらおうか」
地べたに崩れ落ちて爆睡する暗殺者達に向かって、俺はそんな声を投げる。
そして、大の大人四人が、音もなく宙に浮いた。
全ては夢の中のまま、四人は俺の後を追って、宙を滑る。
今回の剣技・魔術・その他です。
上位魔力隠蔽
《魔力隠蔽》の上位魔術。上位看破魔術を使われない限り、ある程度の魔力を隠蔽し、感じられなくする。
最上位魔力隠蔽
《魔力隠蔽》の最上位魔術。最上位看破魔術を使われない限り、かなりの魔力を隠蔽し、感じられなくする。
風刃
本話参照
魔力探知
下位魔術。周囲の魔力の大きさ、密度、形などを探知する。
最上位鈍重化
《鈍重化》の最上位魔術。身体を鉛のように重くし、その場から動かすのすら難しくする。
最々上位鈍重化
《鈍重化》の最上位魔術。全身の力を奪い去り、肉体の力で動くことを封じる。
永久夢中
最上級魔術。対象を強制的に寝かせ、夢の中に引きずり込む。見せる夢も自在に決められる。但し魔術発動後は、外的要因によって目を覚ますことが出来るため、確実に寝かせるなら更新し続けなくてはならない。
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