第三話 宿屋の娘
はい、ということっでしれっとヒロイン登場です。今後の進展?関係性は変わるのかって?えぇ、無計画ですとも。←
それから俺は、軽く荷物などの整理を済ませ、使った愛剣を磨いて研いだ。その後、銭湯の湯で身も心も清めて、午後七時からナハさん――ナハ殿と呼んだら、「流石にこそばゆいからやめて~」とのことだった――手作りの夕飯を頂いた。
仔竜のステーキが、料理人の腕でこんなにも味が違うとは知らなかった。食料がなくなったときに、一回その場にいたドラゴンを狩ってステーキにしたことがあったが、その時とは比べ物にならないほどに美味い。
ただ、食堂に言った瞬間、救世主とか言われて盛大に拍手されたのには困惑した。だが、宿屋に来た時からいる四人組を含め、この宿に泊まっている人はみな好い人のようだ。特に深く詮索されたり、強引にパーティやギルドに勧誘されることもなく、軽く挨拶だけ交わした。聞けば〈金の称号者〉や〈白金の称号者〉の人もちらほらいたから、もしかしたら今後、仲よくなれば、何か有意義な話を聞かせてもらえるかもしれない。
そんなこんなで午後八時半ぐらいに食事を終え、俺とジィが席を立とうとした時。
まるで嵐のように、その少女は玄関から飛び込んできた。
「ふぅ、間に合ったー!母さん、ただいまー!」
凄い速度で宿に飛び込んできたその少女は、胸と肩を守る鎧と、籠手に脛当を身に着け、腰から一振りの剣を下げていた。アトラ殿とナハさんの娘、〈銅の称号者〉のカンナ殿だと、カンナ殿の言葉を聞かずとも一目で分かる。
「おかえり、カンナ!今日は仔竜のステーキだよ!」
「仔竜のステーキぃっ!?!?そりゃ一体どうして?」
「実はね…」
そういって、ナハさんが事の顛末をカンナ殿に話す。アトラ殿が襲われたというとこでは「わぁっ!?お父さん大丈夫!?!?」と狼狽し、俺らが魔狼を撃退してアトラ殿を治癒したというところでは「凄い、その人達凄すぎるっ!!!」と興奮し、そしてその俺らが今宿にいると聞いて「はいいぃぃいい!?!?」と叫んで食堂を見渡し始めた。そんなカンナ殿の様子を、今日以前から泊まっている他のお客は微笑ましく眺めているから、きっとこれがいつものカンナ殿なんだろう。アトラ殿が言っていた通り、ナハさんのように明るい人だ。
「見つけたっ!」
そして、きっと新入りの俺らの顔を見分けたのだろう、カンナ殿は俺らの方にダダッと走ってきて俺らの前でピタッと止まり、その場でビシッと一礼した。…いい動きだな。
「はじめまして!〈銅の称号者〉の冒険者、カンナ・ベイブスと言います!今回はお父さんの命を救ってくださり、ありがとうございます!」
そしてカンナ殿は、大きく透き通る声でそう名乗った。肩にかかる綺麗な茶髪が、彼女の声に合わせて揺れる。
「お初にお目にかかる。俺はクリム。クリム・ロンガルソだ」
「クリム様の付き添いの、ジィと申します。以後お見知りおきを」
「クリムさんに、ジィさんですね!初めまして! あの、早速失礼かもしれませんが、今はどれぐらいの称号をお持ちなんですか?」
「あぁ…」
夕飯の時から、何度も繰り返されたこの会話に、俺は若干辟易していた。ただ、別にそれの責任がカンナ殿にあるわけじゃないから、少し面倒くさいなとか思いながらも質問に答える。
「俺らはまだ称号を持ってない。そもそも、まだ冒険者じゃないんだ」
「冒険者じゃないぃっ!?それなのに〈銀色の魔狼〉の群れを撃退したんですか!?一人で!?」
どうやら、この国では銀色の魔狼を倒すことは相当凄いことらしい。まぁ、籠城戦が得意な兵ばかりなら、すばしっこい銀色の魔狼は苦手なんだろう。それと、どうやら魔狼は俺一人で倒したことになっているらしい。噂を聞いたものならまだしも、その場にいた者なら、ジィから俺に凄い量の魔術が掛けられてるのが魔力の流れを見て分かったはずだろうに。まぁ、ジィが目立ってないならそれに越したことはないか。
「そんなに凄いことじゃないさ。それよりカンナ殿、お願いがある」
「カンナでいいですよ、クリムさん。見たところ、私よりクリムさんの方が年上ですし!」
「ならそう呼ぼう、カンナ。それと、俺は二十三だ。そこまで年齢は離れてないはずだから…その、出来れば敬語抜きで話してくれると助かる」
「分かりました、クリムさん!じゃあ、これでいい?」
「ありがたい。それで、お願いだが…」
「冒険者登録所に連れてってくれ、でしょ?」
「…よく分かったな」
カンナは、今にも「ふふ~ん♪」とでも言いだしそうなぐらいの上機嫌で、質問に答える。
「冒険者じゃない強者がこの国に来たら、まずは冒険者登録するはずだからね。じゃないと、〈迷宮〉に入れないから!」
「ご名答だ、カンナ。明日の朝から行きたいのだが、構わないか?」
「私は夜が遅くても朝は早い女なのです!うん、大丈夫だよ~」
「ありがたい。では明日の朝、九時にここで」
「りょーかいです!それじゃあ明日ね、クリムさん、ジィさん!」
「あぁ」
カンナと別れて階段を上り、部屋に入った瞬間。後ろでジィがニヤリと笑ったのを、俺は空気の変化で感じた。…比喩じゃなくて本当に、歪んだ魔力で部屋の空気が変わった。
「敬語抜きだと助かるとは、坊ちゃま。一体どうなさったのです?」
「なんだよ、ジィ。言いたいことがあるならさっさと言え」
「いえ、何でもございません。ただ、女性にどのように話されても気にしなかった坊ちゃまが、カンナ様には「敬語抜きで話してくれると助かる」と申したものですから。如何のような心境の変化があったのかと思い、ご質問した次第でございます」
「俺は知ってるぞ、ジィ。あんたが長く話すときは、全力で俺と向かい合ってくれてる時か、全力で俺をからかおうとしてる時の二択だ。そして、今は後者だ」
「一体何のことでしょうか、坊ちゃま?私はいつでも坊ちゃまに真摯に向かい合っておりますが」
「うるせぇ、言っとけ。俺は寝る」
「承知致しました」
若干ふて気味で、俺は上質のベットの中に身体を投げ込む。寝るには少々早い時間だが、早起きする分には何の問題もないので良いだろう。寝れる時に寝るべきだ。ちなみにジィとは、お互いに関係なく寝たい時に寝るようにすると決めている。…まぁ、俺が起きているときにジィが寝ていた試しがないのだが。
「おやすみ、ジィ」
「おやすみなさい、坊ちゃま」
そう言って、俺はすぐさま夢の世界へ沈み込んでいく。
「どうか彼女が、最初の坊ちゃまのご友人となりますよう」
ジィが何かを言っていたが、もう朦朧としていた俺の意識では聞き取れなかった。
*
「ふぁー、疲れた~!」
さっさと鎧は脱いで、机の横に。手甲と脛当ては外して、その横にっと。
あ~、大変だったー。今日のダンジョン、亡霊ばっかで、魔力が持つか怪しかった。幾ら気楽だからって言っても、単独だと厳しいなぁ、あれは。
とはいえ、母さんの美味しい夕飯を食べて、お腹の方は幸せ。お風呂はもう入ってきたから、もうあとは寝るだけだ!
「うぅ~…気持ちいい……」
布団がふかふかでなんとも心地よい。他の部屋のついでに、お母さんがやってくれたのかな? お母さん、ありがとう!
「にしても、かっこよかったなぁ~……」
そう、さっきのクリムさん!凄いカッコよかった!
イケメンっていうより、歴戦の戦士って感じ。多分、実力的には〈銀の称号者〉か〈金の称号者〉かな~って思ったけど、でも凄かった。流石は銀色の魔狼を一人で倒した人、っていうか。オーラが、本物だった!
「明日は、クリムさんの冒険者登録かぁ~」
そう思うと、わくわくする。まぁ、見学は出来ないんだけど、でもその後迷宮に行けば、どれだけ強いのか分かるし!
「明日は、楽しみだな~!」
そして私は、天井に吊るされてる発光魔術道具に込めている魔力を抜いた。明かりがふっと消えて、部屋が真っ暗になる。
それじゃあ、おやすみなさい!
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