第一話 襲われた城門
結局夜もずっと書き続けるという。(笑)
翌日。
相変わらずよく晴れた空の下、俺とジィは二人黙々と草原を歩いていた。
今は秋だから、爽やかな風が時々俺らの首筋を掠めていく。歩き始めてかれこれ三時間は立つが、《身体強化》《疲労緩和》《体力節約》《魔力温存》等々の下位魔術を十個ほど発動しているから、身体的にも精神的にも疲れは全く感じない。むしろ、少し運動出来て調子が良くなったぐらいだ。
「…そろそろだな、ジィ」
「そうでございますね、坊ちゃま」
そう。
このバカ広い草原の地平線に、やっと目的地が見えてきたのだ。
「〈迷宮の国〉、ミラストリア。どんな国か知ってるか?」
「私の存じている限りの情報は………」
そう言ってジィが教えてくれたのは、
王政を敷いている国家であること。
中央に王城と王都、その周りに貴族街があり、さらにその外回りに一般の人々が住んでいる、環状の一国大都市国家であること。
内陸国家であり、国の全周をそびえたつ城壁と広大な草原に囲まれていること。
そのため籠城戦法に滅法向き、故に他国の侵攻も魔族の侵略も自国のみで退けていること。
あまりにも海から遠い言こととその立地のせいで、魚料理が異常に高値なこと。
そして………数えきれないほどの〈迷宮〉があること、だった。
「魚が食えないのか、残念だ。まぁいいか。それよりもダンジョンだな、この国は」
「坊ちゃまはこの国で冒険者登録なさるのですよね?」
「あぁ。それが無いとダンジョンに入れねぇしな。というか、ジィもすんだぞ?」
「確かにそうでしたね、坊ちゃま」
「まぁ、ジィなら心配いらねぇか」
「坊ちゃまほど安泰では御座いませぬとも」
「むしろ俺のほうが心配だ」
そんな軽い冗談を飛ばしながら(まぁ、冒険者登録できるか心配なのは事実だが)、引き続き、俺らは城壁に向けて歩いていく。
そこからしばらく歩いて。
「…ん?」
俺は、自分の魔力に引っかかった、魔力のノイズに眉をひそめた。
「お気づきになられましたか?」
するとその様子を見て、横からジィが話しかける。
「その調子だと既に知ってたのか、ジィ?」
「いえ、私もさっきの瞬間に知ったばかりでございます」
「そうか。まぁ良い。その話は後だ」
俺は荷物を背負い直し、顔を少し引き締める。
「走りますか?」
「あぁ。無駄走りになるかもしれないが…」
「私は一向にかまいませんとも、坊ちゃま」
「分かった。じゃあ行こうぜ、ジィ」
そんな会話をした、その次の瞬間。
その場に二つの突風が巻き起こった。
(やっぱすげぇな、ジィ。人間業じゃねぇ)
風のように、いや、風よりも速く走りながら、俺は心の中でそうつぶやく。
一瞬で《身体強化》《疲労緩和》《体力節約》を最々上位魔術《最々上位身体強化》《最々上位疲労緩和》《最々上位体力節約》に引き上げ、さらに《空気誘導》で体に触れる空気を抵抗にならないように後ろに流し、踏み込んだ地面に穴をあけないように《地面硬化》で踏み場を作り、まるで彗星のように疾走する。それでいながら、《上位魔力探知》で、城壁の近くのモンスターの動向を探るのも忘れない。
ジィの声が、俺の脳内に直接響く。
「魔物の数は、二十といったところでしょうか。魔力の感じからしますと、恐らく〈銀色の魔狼〉が出ているのかと」
俺らが走っている理由。
それは、〈迷宮の国〉ミラストリアが今、多数の魔族に城門を囲まれているからだった。
(俺は最々上位魔術三つに中位魔術二つを重ね掛けしたうえで、探知系の上位魔術なんて発動出来ない)
それなのにジィは、それでさらに魔力を分析して敵を確認し、《魔力念話》で俺に話しかけてくる余裕すらある。
やっぱり今の俺とは、間違いなくレベルが違う。
ジィと全く同じ魔術を自分に掛け、探知はジィに任せて、俺はジィと共に草原を駆けていく。途中何回かモンスターと接敵したが、無視して突っ切った。
全速力で走り始めれば、地平線にほんの少しだけ見えていた城壁が、見る見るうちに大きくなり、遂に視界を覆いつくすほどになった。走り始めてから十数分。そこまで来れば、戦場がどのようになっているかも肉眼で確認出来るようになる。
「酷い状況だな……」
それを見た俺の第一声はこれだった。
まだ重い木と鉄で出来た城門は破られていないが、銀色の魔狼を退治するために出てきた衛兵や駆り出された冒険者達は酷い有様だった。魔狼にいいようにあしらわれ、傷だらけで退散しようとするが、後退して城内に入ろうとすればたちまちそこを強襲される。いくら負傷しようとも倒すまで後退出来ず、援助も碌に期待出来ない、死にに行くような戦いだ。多分俯角が大きすぎて、通常の籠城兵器では狙えないのだろう。
「衛兵数人と冒険者の命なら、数十万の国民の命を取るのでしょうね」
俺の横でジィが、感情の読み取りにくい声でポツリと言った。
「ほかの城門からの援軍が間に合えばいいんだが……どうやら隣二つにも来てるみたいだな」
隣の城門の周りにも、まとまった魔力反応を感じる。並んだ三つの城門に、同時に魔狼が押し掛けたみたいだ。
「どうなさいますか、坊ちゃま?」
ジィにそう問われて、俺は刹那の間悩み、そして答える。
「このままここを突破する。魔狼達はここを孤立させるつもりだ。なら、まずここを助けねぇと」
「承知致しました」
「ジィ、早速で悪いが」
「いえ、私の方に不都合はございません。むしろ、坊ちゃまはよろしいのでしょうか?」
「ジィが良いなら俺は構わん」
「それなら承知致しました」
これ以上はもう、何も言わない。俺は右腰の愛剣をすらりと抜き放ち、《最上位身体強化》と《最々上位疲労緩和》を同時発動して、その場から魔狼目掛けて一気に加速する。俺の足音と風切音に気づいて、銀色の狼がこちらを向いた。
銀色の魔狼は、文字通り銀色の体毛を持つ魔狼だ。他の魔狼の例に漏れず、こいつらも魔術耐性が高い。だから接近して物理攻撃か剣術で攻撃しなきゃいけないのだが、銀色の魔狼は速度が異常に速いのだ。急停止、急転換、急加速、急減速、何でもあり。冒険者ならいざ知らず、精々衛兵如きがこいつらの速さについていけるわけがない。
しかし、俺はありがたいことに、こいつらとの戦闘経験がある。こいつらの脅威は速度。逆に言えば、速度さえ封じれば、何も怖いことはない――
「《威力倍増》」「《緋の剣術・斬波》」
俺とジィの声がかぶり、俺が横に剣を振るう。その瞬間、俺の剣筋の先の地面で幾つもの赤い弧が花開き、その赤い弧に触れた魔狼の足が綺麗に断ち切られる。
「「「「ぐるうぅぉおおお!!」」」」
今の一撃で足を切られた魔狼達が威嚇するように吠えるが、気にせずに横を走り抜けつつ大動脈を切りつける。
簡単に、四頭の魔狼が絶命した。
仲間が一気にやられた異常事態に、銀色の魔狼達が慌てた様子でターゲットを俺に切り変える。素早く隊列を組み、様々な方向から、殆ど同時に俺に襲い掛かる。
だが、時既に遅し。
「ジィ、頼む」
「承知致しております」
その声と同時に、俺に《威力倍増》と《倍速攻撃》が三重に掛かった。ジィが別々に、同じ魔術を俺に掛けたのだ。高い同時並行制御力と、充分な量の魔力を有していて初めて出来る、魔術を二重掛けする技能《複合魔術》。それの六重。
「《蒼の剣術・霧雨》」
そして俺が、鮮やかな紫色に光った剣を振るう。
《蒼の剣術・霧雨》は、速度に特化した〈蒼の剣術〉と手数に特化した〈緋の剣術〉を組み合わせた、通称〈茈の剣術〉の一つ。つまり、素早い速度で、何度も剣を振るう剣技だ。《霧雨》は〈茈の剣術〉の中でも完成度の高い剣技だが、その代わり鎧に傷も残せない貧弱な威力しかない。それでもそれが二倍の三乗されれば八倍、魔狼の身体を切り裂くには充分だ。そして速度も同じく八倍された俺の剣は、ただでさえ素早い《霧雨》に乗って、押し寄せる魔狼の身体を、瞬きの刹那で切り裂く。
ほんの一瞬、俺の視界に紫の霧雨が降った。
その場に崩れ落ちた魔狼を一応《斬波》で切り刻み、顔を上げる。すると、衛兵や冒険者たちの方を攻撃していた魔狼五頭が、俺に威嚇をしてから走り去った。
「どうにかここは守り抜いたみたいだな」
「お疲れさまでございました、坊ちゃま」
「ジィの複合補助魔術がなきゃ無理だったさ」
そう言いながら、ジィが手渡してくれたお茶に口をつけ、喉を潤わせる。この程度の敵とはいえ、戦闘は戦闘だ。少しぐらい、喉も乾く。
「う、嘘だろ……」
「〈金の称号〉パーティ並の強さを誇る銀色の魔狼の群れを、一人で一掃…」
「しかも一瞬で……」
「あのジジィなんて突っ立ってるだけだったぜ?どんだけ強いんだ…」
「どっかの国のお忍び精鋭兵か、休暇旅行中だった〈王家側近護衛兵〉か、〈白金の称号〉以上の冒険者パーティか」
「どれにしたって、空恐ろしい奴らだ…」
少し遠くから、お互いにポーションを渡したり回復魔術を掛けたりしている衛兵の声が聞こえた。
「両方の城門はどうだ?」
「あちらは隣の城門からの援軍が間に合ったようです。どうやら冒険者パーティも出たようですね」
「なら行かなくていいか。さっさと入国しよう」
そう言って俺らは、城門に向かって歩いていく。途中、草原に横たわる衛兵や冒険者の人々に畏怖の視線を向けられた。何か恐ろしいことでもしたっけか。
「おい、今から入国出来るか…って、おい、大丈夫か!!」
城門の横の簡易受付所に声をかけようとしたら、そこに座っていたのは血塗れでぐったりとした一人の男だった。恐らく衛兵が後退した時に魔狼が来て、巻き添えを食らったのだろう。ここの部屋、逃げるに逃げられない造りしてるしな。
「……ジィ。また悪いが…」
「いえ、何もお気になさる必要はございません」
そう言ってジィは、ガラス越しに男に手を向ける。すると、彼の傷は見る見るうちに癒え、息も絶え絶えだった身体に血の気が戻ってきた。
「はぁ、はぁ、あ、貴方方、は…?」
「気にするな。今は自分の身体を治せ」
そう言って椅子に座らせた、十秒後。
「誠にありがとうございました!」
その男は、大きく頭を下げていた。
「私の命を救っていただいて…。一体何とお礼をすれば良いか」
「いい、気にするな。早くここを通してくれればそれでいい」
「いえ、貴方方は私の命の恩人です。そういうわけにはいきません。…はっ、そうだ! 本日止まる宿は決まっておいでですか?」
「いや、決まってないが」
「ならばちょうどいい、どうぞ実家の宿にお泊り下さい!私の仕事は衛兵ですが、実家は私の妻と三人で宿屋を営んでおりまして。宿泊は最高の部屋をご用意致しますし、勿論夕食も朝食も宿泊費も無料、なんならいつまででも居て下さって構いません。私に出来る恩返しはその程度しか…」
うーん、そういうならそれでもいいかもしれないが。
「どう思う、ジィ」
「信頼して大丈夫でしょう。彼は嘘を言うような人には見えませんから」
「分かった。泊めてもらおう」
「かしこまりました!」
俺はジィの勘を信じて――いや、正確にはジィの魔術を信じて、彼の宿に泊まることにした。…宿屋の話が出た瞬間、ジィが誰も悟られないように《真偽判別》を発動したのを、俺はかろうじて感じたのだ。全く、俺の執事は、いつだって抜け目ない。
その後幾つかの質問に答えてから、何枚か紙を書かされた。それを受け取った男はそれらにハンコを押し、
「入国審査をパスしました。それではようこそ、〈迷宮の国〉、ミラストリアへ」
と、笑顔で言った。
午後三時頃。
俺――クリム・ロンガルソと、その執事――ジィは、ミラストリアに入国した。
次回は二人が冒険者になります。やっと常識人が出てきて、こいつらのおかしさが強調され始めます。恐らくまた次でも暴れます。(笑)
今回の剣技・魔術・その他です。
身体強化
下位魔術。身体の動きを補助し、強くする。
疲労緩和
下位魔術。身体の疲労を緩和し、疲れにくくする。
体力節約
下位魔術。身体の無駄な出力を断ち、体力を持たせる。
魔力温存
下位魔術。魔術や剣技の発動前に、過剰になるであろう魔力を吸い取る。
最々上位身体強化
《身体強化》の最々上位魔術。身体の出力を大幅に跳ね上げる。高出力だが、あまりにも高出力であるため実戦で使いこなすには相当の訓練と反射神経が必要。
最々上位疲労緩和
《疲労緩和》の最々上位魔術。どんな運動をしても殆ど疲弊しない。
最々上位体力節約
《体力節約》の最々上位魔術。極限まで無駄な動きを減らす。
空気誘導
中位魔法。空気の流れを操作する。
地面硬化
中位魔法。地面を鋼のように硬くする。地面でなくても、平面なら基本なんでも発動出来る。
魔力念話
下位魔法。直接魔力を通じて会話する。
最上位身体強化
《身体強化》の最上位魔術。身体の出力を大きく増加させる。高出力で制御もしやすいため、《最々上位身体強化》が使えても戦闘ではこちらのほうが用いられやすい。
威力倍増
《威力増加》の派生形上位魔術。攻撃の威力を倍増させる。
緋の剣術・斬波
剣を地面に向かって振るい、剣筋の先の地表から赤い光の弧が咲く。威力が低く使い方が難しいが、時間がかかるので足止めなどによく使われる。
倍速攻撃
《高速攻撃》の派生形上位魔術。攻撃の速度を倍増させる。
蒼の剣術・霧雨
紫色の光を纏った剣を、繰り返し素早く振り上げ降り下ろす。剣筋の残像で、発動者の周囲に紫色の霧雨が降ったようになる。
真偽判別
上級魔術。その言葉が嘘か否かを判断する。もし隠蔽魔術が使われていれば、隠蔽魔術が使われていると言うことは見抜ける。
読んでくださった方、ありがとうございます!
投稿してから1日なのに既にブックマークが付いていて…本当に励みになります。ありがとうございます。
ブックマークの奥底から少しでも這い上がれるように頑張りますので、どうか生暖かい目で見ていて下さい!^_^