第二十四話 真相
「勝者は、クリム・ロンガルソで御座います」
ジィの声が届き、そのままの姿勢で向かい合ったまま、俺らはお互いに一歩、後ろに下がる。それからゆっくりと、俺は剣を鞘に収め、相手は両手の腕輪を外す。
先程までの殺気や闘気は、まるで嘘のようになくなっていた。
いつの間にかまだ壊れていない城壁の上に移動していたジィが、気付いたら俺ら二人の中央に戻ってきている。集中していたから、ジィがいつ帰ってきたかは分からない。
それぐらい、確かに強い相手だった。
光を奪う未知の技術。怒涛の致死攻撃魔術ラッシュ。的確に進路を妨害する障壁魔術。
決闘で魔術を平然と使ってくるのには驚いたが、俺はジィに言われた通り、決闘では技術を使わないでいた。だが、結局《魔力槌》は使ってしまったし、正直言って最後勝てたのは相手の術式に欠点があったからだ。もし解除術式があの術式になかったら、俺は多分攻略出来なかった。
きっと、手を抜かれてたんだと思う。そうじゃなきゃ、天下の〈黒の称号者〉をそう簡単に倒せるはずがない。決闘なんて、精々お遊び――それぐらいの気心で挑んだんだろうな。実際、惜しみもなく未知の技術を披露した割に、他の技術は見せなかった。多分、あの程度の技術なら、見せても惜しくないと思ったんだろう。だが、しっかり切り札となる手の内は見せなかった。
流石は、〈黒の称号者〉。〈石の称号者〉の俺とは格が違う。
「ねぇ、ロンガルソさん」
「どうした、ハルツ」
真正面からの呼びかけに俺が応じると、その台詞の変化に気付いたのか、二人揃ってニヤリと笑う。
「なんで、《闇夜》――あ、僕のあの魔法ね。あれの中でも、普通に動いてられたの?」
そう質問するハルツは、――なんだか楽しそうに笑ってる。何かを堪えられないような、今にも噴き出しそうな顔で。
にしても、なんでそんな当たり前な質問を?
「言うまでもないだろ。目が見えなくても、魔力の流れは見える」
ハルツの顔を訝しがりながら、俺がそう返事した瞬間。
「ブハッッ!!!」
目の前のハルツが、派手に噴き出して、笑い転げた。
「ッはは!あっはははははッッ!!!!!そうだよ、そんぐらい規格外じゃないとねっ!!あはあはははっ!!!」
――それはもう、盛大に。
「そんなに笑うことか?」
なんで笑うのか理解出来ない俺は、首を傾げるばかりだ。ジィの方を見ても、よく分からないという顔をされる。
魔力は、空間のどこにでもある。空気中は勿論だし、物の中、生物の中にもある。そして魔力は、大抵流れてる。
空気などのはっきりしないものの上では、流れは乱れてる。気流みたいにある程度大雑把な流れはあるが、それも人間が魔力を使えば変化する。
だが、形を持つ物体――建物とか、武器とか、地面とか、生物とか、そういうものの中の魔力は、流れが整っている。一定の方向性を持って流れていて、大抵の場合その内部で流れが完結している。つまり、魔力が内部で循環している。
だから、魔力がどのように流れているか、どのように循環しているかを確認すれば、大方の状況なら把握出来るのだ。無論、魔力が全くないものや、魔力の隠蔽魔術を使われたら把握するのは不可能だが、地形と障害物、それと相手の位置ぐらいなら、魔力の流れを見れば充分把握出来る。
だから、単に電磁波を止める魔法では、あまり妨害にはならないのだ。
――と、思っていた。
だから俺は、その次にハルツが言った言葉に、思わず硬直することになる。
「分かってないね、ロンガルソさん。それは、〈竜眼〉って言われる〈超能力〉。特殊能力だよ。だってね、普通の人にとって――
――魔力はなんとなく感じるものであって、見えるものじゃないんだから!」
*
「ッはは!あっはははははッッ!!!!!そうだよ、そんぐらい規格外じゃないとねっ!!あはあはははっ!!!」
可笑しい。ほんとに可笑しい。可笑しくて死んじゃいそうだ。
平然と、さも当たり前のように。魔力を、「見られる」だなんて。
やっぱり。
この人は、あんまりにも。
何もかも、始まりからも、違いすぎる。
〈超能力〉。それは、有史以前どころか、発掘されている限り最も昔の資料より昔から存在する、特定の人間が持つ特殊な能力。
技術は、魔力を操作して術式を作り、そこに魔力を流し込むことで、現実世界に効果をもたらす。
だけど、超能力は、それ以外のところ――例えば、制御力の特殊性や、魔力の感じ方みたいに、技術でもどうにもならないところが、普通の人間とは違う。
超能力の所持者は、魔法使いなんかよりももっと稀だ。現れるのは大体、20年に一度ぐらい。例えば、今生きている超能力所持者は、〈竜の隻眼〉〈全域手中〉〈魔王と呼ばれる男〉〈魔術師殺し〉の4人だけだ。
つまり。
ロンガルソさんは、世界で五人目の超能力所持者。
世界で五人しかいない、特殊能力の持ち主。
それがこの人にとっては普通なんだから――全く、本当に、可笑しいよ。
*
魔力が見えるのは、〈超能力〉。
普通の人間とは違う、特殊能力。
そんなことを言われても――俺は、実感が湧かなかった。
だって、考えても見て欲しい。俺にとってそれは、謂わば「目が見えることは特殊能力だ」って言われたようなもんだ。
魔力は全て、見て熾してきた。
術式は全て、見て覚えてきた。
それが全く出来なければ、俺はきっと、ジィの攻撃を凌ぐことすら――いや、ジィについていくことすら、出来ない気がする。
本当に、俺は、運が良い。
この〈眼〉が無かったら、きっと俺は――
今頃、とっくのとうに、死んでいる。
なのに、〈眼〉が見えないのにハルツは、あれだけの魔術を使ったのか。
ジィに至っては、〈眼〉が見えないのに、新しい魔術を作り出したのか。
――つくづく、俺は未熟だな。
「貴様は凄いな、ハルツ」
「ははっ!皮肉かい?技術も使わないで、僕に勝つなんて。僕、一応全世界決闘大会でベスト8入りしてるんだよ?」
「いや、そもそも、決闘っていうのは、技術を使わないもんじゃないのか?」
そう言った瞬間、またハルツは噴き出して、腹を抱えて笑い出した。
「ヒーーッ!そんなわけないじゃん!魔法も魔術も剣技も、何でもありだよ!君の執事さん、審判の時に言ってたでしょ」
「あぁ。だが、決まり文句か何かかと思ってた」
そう言うとまた、ハルツは笑い転げた。……笑われるのは癪だが、不思議と嫌な気持ちはしないな。
「そういう貴様こそ、まだ余力があっただろう。あの魔法を真っ先に使ってきたんだ。まだあと幾つか、隠し玉があったんじゃないか?」
「…ブッッ!!!ッハハハハハハハ!!!!!」
――とはいえ、ハルツ。貴様、笑いすぎじゃないか?
「アハハハハハハハッッ!!!! ヒーッ、お腹痛い。あるわけないじゃん、隠し玉なんて。普通なら暗闇でテンパってる間に、僕の魔術ラッシュで死ぬんだよ!なのになんでふっつーに全部術式ぶち壊して、そのままこっちに突っ込んでくるかな!あり得ないよっ!アハハハッッ!!!!」
しばらくの間、ハルツの甲高い笑い声が、夕暮れの草原に遠く響いていた。
「……っと、笑いすぎたね」
やっと正気に戻ったハルツは、首から黒い板状の魔術道具を取り出すと、
「じゃあ、ちゃんと約束は守るよ」
その魔術道具に魔力を込める。そして、さっきまでの奇怪な言動はどこへやら、歴戦の〈黒の称号者〉に相応しい、堂々とした声で、声高らかに宣言した。
「こちら、〈夜闇のハルツ〉!ただいまの時刻を持って、僕は悪魔の討伐に成功したことを宣言する!」
すると返事は、想像よりかなり早く返ってきた。
「はっ!?おい、正気か!?本当に、たった一人でデビルを屠ったと!?そういうのか!?」
「それは流石に、迂闊には信用出来ませんよ、〈夜闇のハルツ〉」
ただハルツが言った通り、懐疑的な声が多い。ハルツは俺の方を少し見てから、設定通りの話をする。
「敵は、ガーツ共和国の人間や死体を使って、大量の屍霊を生み出していました。それによって保有魔力が枯渇したようで、僕が現地に到着したときには、殆ど衰弱死寸前でした」
「だが既に、うちの戦隊の斥候がそっちでの膨大な魔力反応を確認してるぞ?」
「それが恐らく、僕とデビルとの戦闘です。幾ら衰弱しているといえど、相手はデビル。僕の全力を以てして、どうにか倒せた限りです」
魔術道具の向こうではそれでもまだ懐疑的な雰囲気だったが、
「…分かった。その言葉を信じよう」
「えぇ。皇国を代表して礼を言います、〈夜闇のハルツ〉」
世界三大軍事国家のうちの二国が了解したことで、その他の国もぽつぽつと認め始める。
「恐縮でございます」
「では、吾が国の兵は下げさせよう。後ほど改めて、調査部隊を送る」
「私もそう致します。どうか皆様も、そのように」
天皇の声にばらばらと賛同の声が続いて、魔術道具は声を流さなくなった。込めていた魔力を止めて、ハルツはこっちを向く。
「ほら、これでいい?」
「あぁ。感謝する、ハルツ」
「ううん、良いよ。だけどその代わり、いつか一緒にお茶でもどう?」
「悪いが、俺は良い喫茶店なんて知らないぞ」
「アハハハッ!冒険者が「お茶」って言ったら、普通「狩り」のことだよ!ほんとに面白い!」
「そうか」
そんな冒険者スラング、流石に知らんわ。
「まぁそれはともかく。それじゃあ、またいつか会えるといいね!」
「出来れば今度は面倒ごとは無しで頼む」
「うーん、それはちょっと難しいかな! それじゃあね!」
そしてハルツは、軽い足取りで飛竜に跨り、そのまま焼けつくような黄金色の空に舞い上がった。
「……俺らも帰るか、ジィ」
「ええ、そう致しましょう。カンナ様がお待ちですよ」
「なんでそこでカンナが出てくる」
そして草原を、二つの疾風が駆け抜ける。
「クリムさん!ジィさん!おかえりなさい!」
……本当に、カンナがお待ちだった。
扉を開けた瞬間に飛び込んできた人影を、俺は思わず抱き留める。丁度肩のあたりに、綺麗な茶髪の頭があった。
「――待っていてくれたのか、カンナ」
「勿論だよ!颱風竜倒しに行ったっきり、二人とも音信不通なんだもん!二人とも強いから心配はしなかったけど、不安だったよ! まぁ、ミーナ姉さんに話聞いて、まず大丈夫だーって思ったけどね!」
「ミーナ?」
なんか、何処かで聞いたことがある名前だが……
「ミーナ・フレッシュ、私の従妹だよ!〈天馬の翼〉所属の〈白金の称号者〉、そして今回、王国軍の臨時総指揮官を務めた、ミラストリア王国の〈英雄〉――むぐっ」
カンナが最後まで言い切れなかったのは、背後から一人の女性に口を塞がれたからだ。
背は、カンナより少し高く、俺よりは低い。大体、ジィぐらいか。長い黒髪に、漆黒の瞳。カンナ同様、整った顔に浮かぶのは――深海の底のように深い、美しい笑顔。
続いて浮かんだのは、今日の昼。数時間前、大衆に向けて言った言葉。
「初めまして、ロンガルソさん?」
やばい。
ミーナ殿、これは――相当、怒ってる。
「……挨拶が遅れてすまない。俺は――」
「クリム・ロンガルソ。冒険者資格なしに雷撃竜を断ち切った方にして、私の命の恩人ですわ」
「…ミーナ姉さん……?」
どうやらカンナも、この不穏な空気を察したらしい。
「そうか、あのパーティにいたのか。それは――」
「そして、颱風竜を討伐したにも関わらず、勝手に〈天馬の翼〉の冒険者を名乗り、その功績を大声で私のものとでっち上げた、張本人ですわね」
「…クリムさん……?」
……あの、カンナ。気のせいか、目が冷たくなってる気がするんだが。
「いや、その、あれは不可抗力と言うか――」
「いえいえ、私は感謝しているのですよ?別にやってもいないことを散々讃えられて、ギルド内でも〈我らが竜殺しの指揮官〉だなんて持て囃されて、挙句の果てには王国からつい先ほど〈英雄〉の称号を授かったのですからね?私の言葉を尽くしても、とても感謝しきれませんわ?」
「…クリムさん?」
分かった、カンナ、分かったから。分かったからそんな目で見ないでくれ。…あとジィ。《気配隠蔽》は違法だから国内では使うなって言っただろ。
「――すまん」
結局俺は食事の間中、終始笑顔のミーナ殿と冷たい目のカンナに散々責められた。
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