第二十三話 闇夜
「僕と、決闘してよ」
いやまぁ、言ったはいいけど、別に勝てるだなんて思ってない。というか、真っ向勝負でこの人に勝とうとか無理、絶対無理、本当に無理。しかも僕、後方支援職だし、基本。
だけど――こんなに強い人と戦えるチャンス、むざむざ逃すわけにはいかないもんね?
ただまぁ、決闘なんて受けても受けなくてもこの人に損得はない。というか多分、受けたら時間を食うだけで、何の足しにもならないと思う。第一、もし今この瞬間に無数の魔術でも展開されたら、全てちゃんと撃退し切れる自信はないし。
だからそうやって、力で脅した方が良いはずなのに。
「…分かった。いいだろう」
ロンガルソは、乗ってきた。
「え、良いの?」
予想外の返事に、僕は思わず聞き返してしまう。
「そっちが言ってきたんだろう。それに、決闘するだけでいいんだよな?俺に勝て、とか言う気はないだろう?」
むしろ思ったより乗り気に見えて、僕は少し狼狽しながら返事をする。
「あ、えっと、うん。決闘するだけでいいよ。あ、でも開戦直後に降参とかしたら認めないからね?」
「それぐらいは分かってる」
そう言うと、ロンガルソは左腰の剣を抜いた。銀色で細身の、先端が鋭く滑らかな片手半剣。
「距離はどうする?」
「20メルで」
つまり、20メル離れて始めるってことだ。20メルは、決闘だと一番一般的な距離。数秒未満で距離を詰められて、かつ魔術を発動する余裕があるから。
城壁から100メルぐらい離れて、デビルにぶち抜かれた城壁の位置を中心に、お互いに10メル離れる。
「こっちは準備出来た」
軽く右手に握る剣の剣先を上げて、ロンガルソが言う。
「僕も大丈夫だよ」
コートの中から二つ、意匠の違う腕輪を出してそれぞれ両手に着け、僕もそう答えた。
「では、僭越ながら、私が審判を務めさせていただきます」
そう言って執事さんは、僕とロンガルソの中央に来た。
「勝利条件は、相手の投降、及び相手を戦闘不能にすることだけで御座います。使用する武器、技術などに、制限は御座いません」
向かい合った二人が頷き合ったのを確認して、執事さんが軽く右手を上げる。
「では、合図で開始と致します」
僕は真っすぐに、ロンガルソを見た。
相手の目も、全く同じに僕を見てる。
「三、二、一、――開戦」
執事さんが、右手の指を弾く。
空気そのものが爆発したかのような、甲高い破裂音。
二人の中央で鳴ったその音が、戦いの火蓋を切った。
その瞬間、目にも止まらぬ速度で、ロンガルソが僕に肉薄する。魔術を使っているわけじゃないのに、恐ろしいぐらい素早く。
同時に僕も、移動魔術で全力で後ろに下がる。下がりながら身体の中で、僕の切り札を切るべくして術式を織り上げる。
術式が織り上がった。
僕はすぐさま、その術式に魔力を流し込む。
そして、世界に闇が舞い降りた。
*
「なっ!?」
視界が急に真っ暗に染まり、俺は驚いて追撃の足を止めた。…いや、正確には、真っ暗になったことが原因じゃない。
「なんだ、こりゃ…」
俺を取り囲んだ、膨大な数の術式が原因だ。
俺の周りに術式が組み上がり始めた瞬間、俺はほぼ反射的に《魔力槌》を叩き付けた。直接攻撃魔術で即死したり行動不能にされたりするのを防ぐための癖だが――
《魔力槌》は、ほんの小さな術式を破壊しただけで終わったのだ。
《魔力槌》は系統外魔術だけあって、術式を介さない、かなり不安定な魔術だ。限界まで凝縮すればどんな堅固な術式でも大抵叩き潰せるが、その代わり、一回叩き潰せばその瞬間に魔力の凝縮が崩壊する。これだけは、何度挑んでもどうにも出来なかった。
その代わりに凝縮が崩壊して拡散した魔力を使って再度《魔力槌》を作る技能を身に着けられたんだが、まぁそれはともかく。
たった一個の《魔力槌》では、その術式の断片しか壊せない。一応同時に十数ぐらいなら《魔力槌》は作れるが、それでも追いつかないほどの夥しい数の術式に取り囲まれて、気付いたらこの闇の中というわけだ。
それでも術式は普通、一部を破壊されたら効果を失う。なのにこの術式は、いくら《魔力槌》を叩き付けても一向に闇が消える気配がない。これだけ膨大な量の術式だと、相殺魔術や術式破壊魔術でもどうにもならないだろう。
流石はミッドナイト家。そして、流石は〈黒の称号者〉。
思わず俺は、その場でニヤリと笑っていた。
*
代々魔法を受け継ぐ家、ミッドナイト家。ミッドナイト家に生まれた子供は、家が伝える魔法の数々を会得し、そしてその道を究めることに生涯を捧げる。
そうして生まれた数多の魔法のうちで究極の魔法と評されるのが、僕が会得した魔法、《闇夜》。
その効果は、光子の速度を極限まで引き下げること。それによって、電磁波を停止させ、同時に全ての熱放射も停止させる。
つまり。
この魔法の範囲内では、物が見えない。
この魔法の範囲内では、熱が伝わらない。
よく、「夜目が利く」なんて言う人が――主に暗殺者に多いんだけど――いる。日の落ちた夜の街、月明かりのない山道、そんなものをものともしない人。
だけど、光の存在しない、本当の意味での「闇」を知ってる人は――きっと、そう居ない。
物体は熱を持つ以上、熱放射によって周囲に電磁波、つまり光子を放っている。まぁ可視光を放ってるわけじゃないだろうから、それが直接見えてるわけじゃないんだろうけど、でも、絶対零度の物体でもない限り、物体は必ず電磁波を放ってるっていうのは事実だ。
僕の魔法は、それすらをも止める。本来止まるはずのない、物体が放つ電磁波すら止める。
可視光が少ない空間、じゃなくて。
電磁波が存在しない空間。
それは、人類が一度たりとも、入ったことのない領域。
視界を、光を奪い。
生命を、熱を奪い。
祖先が「闇」の字に託した絶望よりも、もっとずっと冥い、究極の「無」。
それを出現させるのが、ミッドナイト家の究極魔法、《闇夜》。
僕の二つ名の由来にもなった、最強の妨害魔法だ。
(掛かった!)
よし、ちゃんとこの魔法の中に、ロンガルソを入れられた。今、ロンガルソの周りには、これまで見てきたどの闇よりも深い闇が、視界一杯に広がってるはずだ。術式破壊魔術や相殺魔術を使ってるみたいだけど、無駄。その程度で破れるほど、僕の魔法はやわじゃない。
その暗闇こそ、僕の狩場。
ここにいる間は、僕にだって勝ち目がある!
どんな人だって、僕のこの「闇」からすぐには逃げられない。未知の現象を前にして、足が竦むようじゃ三流、撤退出来るようなら二流、順応出来たら一流だ。だけどそれに反撃するには、それに対する知識が必要だ。一流でも三流でも、知らないものは知らないからね。
僕の魔法は光を完全に止めてしまうから、勿論僕もその範囲内じゃ何も見えない。ロンガルソの動きの速さを考えたら、ロンガルソだけ範囲内に収めるなんて芸当は絶対無理だ。
だけどここは僕の狩場、僕の世界だ。小さいころから慣れ親しんだ、いつでも死と隣り合わせの闇。ここでいつも通り動くなんて、僕にとっては魔術を使わなくたって造作もない。
正中線に剣を構えたロンガルソに向けて、反撃を許さぬ怒涛の勢いで術式を織り上げる。《獄炎》《千瀧槍》《針鼠の背》《堕彗星》《桜吹雪》《四冪放電》――使える限りの最々上位間接攻撃魔術を全て、僕の居場所とは違う位置を起点として。
魔力が集まった感覚でしか、魔術の発動の兆候は捉えられない。しかも今は視界を奪ってるから、発動したってどんな魔術が来てるのかすら分かんないはずだ。ましてや、空中のあらゆるところから攻撃が襲ってくるこの状況で、逃げるなんて到底不可能。
…な、はずだった。
術式を織り始めた瞬間に、まるでドラゴンみたいな莫大な魔力が叩き付けられて、織り上がりつつあった術式が簡単に破壊される。僕の最高速で術式を織っているのに、その半分も織り上がる前に全部、卵にハンマーでも叩き付けたみたいに潰される。
さっきのデビル戦では、自分の周り全部に術式があるのに気づいてたから、所構わず《魔力槌》を叩き付けてるんだと思ってた。だから相手の身体付近に術式が展開する直接攻撃魔術じゃなくて、少し手間でも間接攻撃魔術を使えば、そう簡単に術式が破壊されることはないって考えた。
なのに、それにも関わらず全部、術式は叩き潰されていく。狙い澄ましたように、正確に、確実に。
(は、はは……この人は、ほんとに、あり得ない……)
ふと、思考の欠片が乾いた笑いを漏らした。
*
試しに近くの術式に《魔力槌》を叩き付けてみたら、ほんの少しだけ術式が破壊され、そこだけ少し明るくなった。しかしすぐに、まるで闇が全てを飲み込むかのように術式が回復し、そこに闇が舞い戻る。
「…あぁ、なるほどな」
そこでやっと、俺はこの魔術の仕組みに気付いた。
この魔術は、術式そのものはそんなに大きくない。規模よりは能力重視の、それもかなり複雑な類。
だけど、この魔術の術式には、自分と全く同じ術式を近くに複製し、その術式が同じ術式を複製し、またその術式が術式を複製し、……という風に、連鎖的に拡大していく仕組みがある。
つまり。
術式が、自分を複製して、増殖してる。
だから《魔力槌》を叩き付けても、その部分の術式が破壊されるだけで、魔術そのものは終了しないのか。それに、異常に術式の展開が早いのにも納得がいった。複製してるんだから、そりゃ人間が一から魔力を熾すより早いわけだ。つまり、この魔術――いや、この術式の複雑さや独特さからすると、魔法かもしれない――を無効化するには、この大本となってる術式を割り出さないといけない。
とはいえ、闇それ自体に害はないみたいだ。弱体化魔術とかだったら面倒だったが、これなら取り敢えず殺到する魔術の撃退に専念出来る。一応防護魔術は纏っておいて、襲い来る魔術を魔力を熾し終わるより早く叩き潰す。まぁ、術式の数も展開速度もデビルのあれと比べれば、どうということもない。
それと同時並行で俺は、意識の片隅で、術式の解析を始めた。
(――対象は、光……いや、光子か。光子に対して発動してる――)
(――この部分は、無駄……いや、術式の壁か。術式破壊魔術から術式を守る、無駄な術式――)
(――効果は、停止………いや、停止ではないな。なんだ……?――)
(――継続時間は……無い、な。時間で終了する術式じゃない――)
(――範囲は、無限……いや、そんなわけない。多分、大本の術式の方で規定してるんだろう――)
(――…そうか、分かった…減速だ。対象の速度に対する、限界までの減速だ――)
(――やっぱり、大本の術式に繋がる情報はないか。そんなの、残すだけ無駄だしな――)
(――……待て。無駄だと思ったこれは……解除術式か?いや、でもこれだけでは……――)
(――いや、違う。これは、連鎖的に解除されるようになってる……――)
(――しまった。光子を消したり、移したりする術式が無い……つまり――)
(――あぁ、そういうことか。そのための解除術式――)
(――……よし、分かったぜ)
思わぬところに魔術を無効化する方法を見つけて、俺は術式から目を離す。
これは、単純に光を見えなくするだけの魔法だ。正確には電磁波を出せなくなるが、正直言ってまぁあんまり関係ない。
つまり。
俺にとって、全く障害にならない。
そう判断した瞬間、俺はその場を飛び出して相手に斬りかかっていた。
*
なんで。
なんで、動ける。
なんで、見えてる。
《闇夜》の発動が途切れたわけじゃない。まだちゃんと発動してる。光子は凍り付き、光は全く存在しない。
それなのにロンガルソは、まるで目が見えてるかのように、全く不自由なく襲ってくる。幾重もの障壁魔術を咄嗟の判断で展開してるけど、それでもロンガルソの魔力反応を追って展開し続けるのが限界。自分を囲うように障壁魔術を展開する余裕すらない。これ以上早く動かれても、これでさらに魔術を発動されても、僕はもう対応出来ない気がする。
それぐらいの、限界の綱渡り――
〈夜闇のハルツ〉、ハルツ・ミッドナイト。
世界最大かつ最強のギルド〈天馬の翼〉、それに所属する〈黒の称号者〉内での序列、第二位。
〈黒の称号者〉全員のうちでも、対人戦闘なら上位五本指に入る実力の持ち主。
あれ?
それが、僕の評価じゃなかったっけ?
それをこの人は、限界まで追いつめてる?
精神的にはまだ余裕はあるけど、少なくとも技術的には?
しかも、系統外魔術を除けば、たった一つの技術も使わないで?
背筋に走ったのは、悪寒、なんて生易しいもんじゃない。
幾星霜もの間、氷と雪が支配する〈頂上の山脈〉の山頂に放置された鉄杭のような、全てが凍てついた絶望。
この人は、ロンガルソは。
もうとっくに、この世界の人間じゃ届かない――
仕方がない。《日昇》を使って全く何も出来なかったら、もう打つ手がない。死に物狂いで逃げなきゃいけない敵なわけじゃないから、そうなったらもう素直に降参するしかないな。
幾重もの障壁魔術を展開しながら、そしてそれを全て躱されながら、タイミングを見極める。一番良いのは相手が油断した瞬間、僕を仕留められると思った瞬間――
僕の障壁魔術の迷路に、一か所だけ穴が開いた。
(今だッ!!!)
その穴をついて、ロンガルソが距離を詰めようとする。その瞬間、僕はある一か所の術式に魔力を込め――られなかった。
既に、魔力は込められていた。
「なっ――」
瞬間、世界に眩い光の輝きが帰ってくる。
途端に視界を埋め尽くしたそれを、予期してなかった僕は避けられずにまともに見てしまう。両目を貫くかとすら思う衝撃が走り、そして僕の目はもう、光を捉えない。
僕が《闇夜》に組み込んだ解除術式、《日昇》。
効果は、光子の速度低下の解除。つまり、唐突に光の速度を元に戻して、視界を与える。
術式は破壊せずに、闇から光に、そしてまた光を闇に切り替えて、相手の視界と判断力を奪うための術式。
無に等しい「闇」と、溢れかえるような「光」。それを自由自在に切り替える、《闇夜》に組み込まれた、僕のもう一つの切り札。
それを、逆に利用された。
まるで、知っているかのように。
まるで、見えているかのように――
(見えている、よう…!?)
自分が脳内で言った言葉が鍵になって、急にある可能性に気付く。
僕は知ってる。それが出来る可能性がある、たった一つの、僕達ミッドナイト家の天敵ともいえる、〈超能力〉を。
それが出来るのは。出来るかもしれないのは。
「まさか、君は――っ!」
*
瞬間、世界に眩い光の輝きが帰ってくる。
ようやく見つけた、この闇を生む術式の大本。それに組み込まれてる解除術式の起動術式を見つけて、俺は咄嗟に魔力を流し込んだ。
案の定、光の奔流が襲い掛かってきた。
一応魔術で削減こそしたものの、光が一気に解放されればやっぱり眩しいもんは眩しい。そればっかりはまぁ、どうしようもない。
だけど、分かっていた眩しさだ。
そこで足を止めることなく、俺は敵の障壁魔術をすり抜けて、今度こそ相手に肉薄する。
そして、全てを諦めたような笑顔でそこに佇む一人の男の首筋に、愛剣の銀の刃を滑り込ませた。
「降参してくれ」
「うん、勿論。降参だよ」
二人の間に張り詰めていた殺気が、流れるように小さくなっていく。
「勝者は、クリム・ロンガルソで御座います」
決着を告げるジィの声が、爽やかな秋風に乗って届いた。
今回の剣技・魔術・その他です。
闇夜
本話参照
獄炎
《火焔》の派生形最々上位魔術。全ての物体を問答無用で溶解させる炎の球を生成して発射する。溶解した物体はそのままプラズマ化し、この炎の球の大きさを拡大する糧となる。
千瀧槍
《水槍》の最々上位魔術。鋼鉄をも穿つ《瀧槍》を千本、同時に発射する。発射方向などは自在に決められる。
針鼠の背
《土槍》の派生形最々上位魔術。円錐形の土を地面から飛び出させる《貫通地雷》を、辺り一帯に展開する。
堕彗星
《氷塊》の派生形最々上位魔術。上空高くに大きな氷塊を生み出し、対象に向けて叩き付ける。着弾の衝撃による熱と圧力で一部がプラズマ化し、着弾と共に膨大な熱をまき散らして爆散する。
四冪放電
《電撃》の派生形最々上位魔術。《冪乗放電》で対象に付与する術式の数を4つに増やした魔術。
※《四冪放電》の説明が追い付きそうにないので、幾つか他の魔術の説明を。
冪乗放電
《電撃》の派生形最上位魔術。《連鎖放電》で対象に付与する術式の数を2つに増やした魔術。
連鎖放電
《電撃》の派生形上位魔術。《放電》を受けた対象の身体を起点として全く同じ術式を展開することで、連鎖的に周囲の敵を攻撃する。連鎖出来る回数は術式に込めた魔力の量に依存する。
放電
《電撃》の派生形中位魔術。一つの起点から《電撃》を複数個放つ。理論上、魔力さえ枯渇しない限り同時に放てる数に限界はない。
日昇
本話参照
お読み下さり、ありがとうございます!
もしよろしければ、評価やブックマークをしていただけると、筆者の執筆の心の支えになります。
これからもどうぞ、よろしくお願いします!




