第二十二話 相対
「流石だな、ジィ」
デビルを倒したというのに、顔色一つ変えずに瓦礫の山から下りてきたジィに向かって、俺はねぎらいの言葉をかける。
「坊ちゃまのご助力あってこそですとも」
「全く、謙遜しやがって」
軽口を言い合いながら俺は剣を収めて、
「それにしても、〈英雄〉の従者達の国が、このざまか…」
ジィが降りてきた瓦礫の先、原形を留めぬまでに破壊し尽くされた共和国の惨状を見た。
破壊された幾重もの城壁の向こうには、視界一杯に瓦礫と化した煉瓦と木材が散らばり、最早何処が道で何処が建物だったのかすら見分けがつかない。
「…死人まで掘り起こされて、アンデッドに変えられて。なお弔いすら出来ないというのは……酷だな」
「せめて、この国と国民の最期を、忘れぬように致しましょう」
「あぁ、そうだな」
俺とジィはその場で、しばしの間、民も文化も創造物もすべて失い、荒れた土地だけとなった、今は亡き国に対して黙祷を捧げた。
それから、
「後は…面倒な事後処理、だな」
ため息交じりにこう呟く。
勿論、この戦闘のことを各国に報告したりするわけではない。面倒ごとには巻き込まれたくないので、事後処理として、俺らと繋がる一切の証拠は魔術で消すし、時間魔法に対する隠蔽魔術もかける。とはいえ、これはさして面倒でもない。これを見抜いてくる人間がいたら面倒だが、仮に見抜けてもそこから俺とジィを割り出すには年単位で時間が掛かるはずだ。流石にそんな無駄をするほど、余裕がある国はないだろう。
では何が面倒かと言うと、
「尾けてんだよなぁ、一人」
そう。明らかに俺らの魔力を探知出来た、つまり俺らの戦闘を見ていたであろう距離に一人、俺らを尾けて来てる人間がいるのだ。
「あいつの口止めかぁ……」
別に殺せば一発なんだが、それこそ違法な屍霊魔術の使い手とかに死体から情報を抜かれても困る。じゃあ忘却魔術でも掛けるか、と言いたいところだが、あいつの手元の魔術道具から魔力の線が世界各地に伸びてるから、超長距離通話用の魔術道具で、仲間にデビルについて伝えた可能性が高い。となれば忘却魔術を掛けても、その仲間が違和感を感じて看破するに違いない。それにそもそも、保有魔力の量とその洗練さからして、並の人間ではなさそうだから、忘却魔術にそう簡単にかかってくれるかまず分からん。
「まぁ、話してみるしかねぇか」
仕方がないので、瓦礫の山に腰掛けて、まだ地平線の向こうにいる飛竜が来るまで、うたた寝でもすることにした。
*
「うそ、で、しょ……?」
最早呆然として、僕はガーデナの背に座ったまま動けない。手綱を握らない主人にとうとう呆れたか、ガーデナは指示をしなくてもそのまま飛んでいく。
人間が、デビルを倒した。
一パーティにも満たない、たった二人で。
僕があの時感じたデビルの魔力は、余りにも強大で、桁違いだった。ドラゴンどころか、〈龍〉なんじゃないかって思うぐらい。だから、あいつが実は雑魚でした、なんてことはない。もしデビルじゃなかったとしたって、あれだけの保有魔力を持つ生命体なら強くて当然だ。しかも魔術無しで地割れを引き起こしてたから、力だって相応に強い。
それなのに。
襲い来る術式の嵐を、術式破壊魔術で全て発動以前に消し飛ばし。
軽く〈戦略級〉技術に匹敵しそうな魔法の球を、容易く一瞬で割り砕き。
同じように魔力を凝縮させて纏わせた戦斧を、剣技で真っ向から迎え打ち。
膨大な魔力が成す空間をも捻じ曲げる闇の盾を、空中で拳で殴って叩き割り。
再生して再結合するはずの足首を、そこを循環する魔力ごと断ち切り。
物理を無視して理不尽に硬いデビルの肌を、たった一回で吹き飛ばし。
デビルのコアを、正確に穿ち、貫いた。
「あんなの、〈七皇剣〉でも、〈魔王と呼ばれる男〉でも、〈原初神〉でも……」
絶対に、勝てない。勝てるわけない。
僕はそう、確信した。
「一体、何なの、あの二人は…?」
言うまでもなく、この疑問に答えてくれる人はいない。
……あぁもう、そろそろ誰か答えてよっ!
*
「…来たな」
飛竜が地平線を超えて来て、やっとその人間の姿が見えるようになった。やることもないので、《望遠眼》でその外見を確認してみる。
跨る飛竜は、派手な蛍光色の紫。同じ生物として、無条件に危険だと感じる色。
着ているのは、何の特徴もない黒い薄手の長袖。大抵の冒険者が好む、上部で動きやすい服だ。風にはためく純白のロングコートには、肩口から袖に掛けて一本、銀のラインが入っている。左胸には、銀翼を広げた天馬の刺繍。
「…あのエンブレム…。まさかとは思うが……〈天馬の翼〉か…?」
もしそうだとしたら、あのカイトだか何だかって奴に一言言ってやらねぇと気が済まん。なんでこんなとこまで追ってくる?
なんて脳内で軽く愚痴ってるうちに、その飛竜はすぐに迫ってきて、俺らから5メルほど離れたところに着陸する。
「誰だ。名乗れ」
俺はその人影が身じろぎするよりも早く、その言葉を叩き付けた。
「うん、そうするよ。攻撃したいわけじゃないからね」
飄々とした、それでいて何故か悪意は感じないその男は、かなり若い。俺と同じぐらい、いや、多分それより若い。カンナと同じぐらいだろうか。
両手を上げて無抵抗を示したその男は、滑らかな口調で口上を述べる。…ちなみに冒険者などの間では、魔術も使用しないという意思表示のために、開いた両手は相手の視線に対して平行に向ける。
「僕の名前は、ハルツ・ミッドナイト。〈天馬の翼〉所属〈黒の称号者〉内序列第二位、〈夜闇のハルツ〉だよ」
なるほど、ギルド内でも上から二番目の実力を持つ〈黒の称号者〉か。相当の強者が出てきたみたいだ。
が。
「やっぱり、〈天馬の翼〉かよ……」
どっちかっていうと、俺はそっちが気になった。と言うより、ため息が出た。
「あれ、〈天馬の翼〉に因縁でもあるの?」
「一回、総ギルド長だか何だかに勧誘されただけだ」
「あぁ、カイトさん良い人見つけると調べた倒して突撃するからねぇ…」
どうやら、同じ苦悩を知っている人のようだ。どうせなんで、そのことについて文句でも言っとこう。
「今度あいつに会ったら、『もう二度と俺らを尾けるな』って伝えといてくれ」
「うん、分かったよ。まぁ、無理だと思うけどね」
「…だと思ったぜ…」
返事は予想通りというかなんというか、まぁそれで変わるような人間ならまず、今ここにこいつがいないよな。
……って、そう呑気に愚痴ってる場合じゃない。
「それで、何の用だ、〈黒の称号者〉」
「ちょっと、名前で呼んでくれないの?」
「この場にいる〈黒の称号者〉はお前だけだ。間違えようがない」
「いや、そういうことじゃないんだけど…。まぁいいや。それで、要件だね」
何を言われるか分からない以上、全力で警戒態勢だ。〈天馬の翼〉の総ギルド長と会った時以上に、俺もジィも魔術を展開する用意は出来ている。何か不審なことになれば、即座に魔力を熾せる状態だ。
「元々の任務は、ギルドからの依頼で、ロンガルソとその仲間を探し出すこと。…だけど、デビルが出ちゃったから、今はその世界的な斥候の役割もあるかな」
「デビルが出たから、世界的な斥候?どうしてだ?」
別に、ミラストリアからでもアトランダからでも精鋭部隊を出せば、討伐できるだろうに。あそこの〈七皇剣〉とか言うのは、世界で一番強いって、昔ジィが言ってた。ジィが強いっていうぐらいなんだから、一人ぐらい来れば瞬殺だろう。
「いや、あのね……二人でデビルを倒しちゃうような人間からしたら、信じられないかもしれないけどさ。デビルって、一人でも人間界を滅ぼせるって言われてるんだよ?そんなのが出たら、普通そうなるでしょうよ」
「そういうものなのか…」
若干大袈裟な気はするが。まぁ、それで本当に世界が滅ぶよりはいいか。
「いや、そううものなのか、って…。あっ、そうだ。そもそも君たちは、ロンガルソとその仲間で合ってる?」
俺らが少し警戒態勢を解いたので、飛竜から下りながら、その男はこう言った。
…この質問の答えには、少々悩む。俺らは正直言って、あんまり目立ちたくはない。面倒ごとの類は勘弁だ。だが、ここで嘘をつけばそれはそれで面倒だろう。
「…あぁ、そうだ」
結局俺は、一言だけ答えることにした。
「そっか、それなら良かった。剣を持ってるから、君がロンガルソだね。んで、そっちのお仲間さんは…」
「お初にお目にかかります。ジィと申します」
「俺の執事だ」
「執事さんかぁ。分かったよ」
そう言ってから、その男はまた、わざとらしく両手を上げる。
「さっきも言ったけど、僕は君たちには適いそうにないから、敵対はしたくないんだ。だけど、ちょっと、さっきの戦いで知っちゃったことは、報告しないといけないからー…」
…なるほど、交渉か。確かに、攻撃の予兆は無いし、本気で敵対はしたくないらしい。だが、交渉を持ちかけるほどの余裕はあるということか。
「俺らは目立ちたくない。お前はデビルの状況を報告しなくちゃならない。だから、このデビルを倒したのを貴様と言うことにするのはどうだ? そしたら貴様は報告しなくて済むし、手柄も全部総取りだぞ」
ならば先手必勝だ。相手に都合のいいように見せかけて、こっちの都合を押し付ける。
「いやだから、普通は一人でデビルなんて倒せないんだって。そんなこと言っても、誰も信じてくれないよ」
「敵はさっき無数の大軍を送ってた。それで魔力が底を尽き、ほぼ衰弱死目前だったことにすればいい」
「その程度じゃデビルの魔力は尽きないでしょ。さっき確認したけど、竜族以上に保有魔力あったよ?」
「専門家の幾人かは疑念を抱くかもな。だが大多数はそんなこと分からんだろう」
「……まぁ、確かに。僕だって、今日初めてデビルを見たし」
いや、初めてだったのか。その割には平然としてるように感じるんだが…まぁ、流石は〈黒の称号者〉とでもいうところか。
「…分かったよ。特に僕だって、何かしたいことがあるわけじゃないし。それで面倒ごとが片付くんだったら、それでいいや」
「そうか。なら、あとは任せ――」
「だけど、一つだけ条件」
…条件?何だ?
翻しかけていた身体はそのまま、俺は警戒心露わに頭だけでその男を見据える。
その男は、無邪気な、そしてその実打算高い笑顔で、こういった。
「僕と、決闘してよ」
お読み下さり、ありがとうございます!
もしよろしければ、評価やブックマークをしていただけると、筆者の執筆の心の支えになります。
これからもどうぞ、よろしくお願いします!




