第二十一話 悪魔討伐
「なんで、ここに――悪魔がいる?」
身長50メルにも上るであろうその巨体を見上げて、俺はその場に立ち尽くす。余りにも大きすぎるが故に、近寄るまで本当の大きさが分かりそうにない。
外見は、概ね人だ。だが、どう見ても人間ではない。黒々とした、竜皮にも似た分厚い肌。はち切れんばかりに膨れ上がった、全身の筋肉。口から伸びる、それだけで人の身長はありそうな牙。赫々と輝く、人のそれではない眼球。
そして、額から伸びる、蜷局を巻いた二対の角。背中から生える、空を覆いつくすような翼。
地獄を体現したような怪物の目が、ぎょろりと俺らに向く。
〈魔物〉というのは、魔力を大量に吸い込んでしまった生物、またはその他の生命体の総称だ。
分類としては、〈魔獣〉〈魔族〉〈魔人〉〈悪魔〉の四種類。稀にこれに当てはまらないものや分類不詳もいるが、基本的にはこの四種類のうちどれかに分類される。
〈魔獣〉は、魔力を過剰に吸い込んでしまった生物のことだ。現代に存在する人型族以外の生物で魔力耐性を持つのは稀なので、魔獣の種類は生物の数と全く同じぐらいある。しかも魔獣は魔獣で新しい種が出来たりするので、最も種類が多いのはこれだろう。
〈魔族〉は、魔力によって仮初の肉体を持つ生命体のことだ。魔族は魔力の塊が変化したものでしかなく、よって知能はあって無いようなもんだし、殺せば仮初の肉体を失って四散する。その時、一部の魔力は逆にその自重で圧縮されて出来たのが、魔石だ。屍霊魔術は死体や骸骨などに魔力の塊を融合させて動かす魔術だから、同じく殺せば限界を迎えて四散する。
なお、魔獣と魔族はこのように全く違うものだが、冒険者には大抵まとめて「モンスター」と呼ばれることが多い。
〈魔人〉は説明した通り、魔力に侵された人型族だ。知性を持ち、魔術にも力にも長ける。
そして〈悪魔〉は――魔物の中では最も強く、同時に最も凶悪な生命体。
悪魔は魔族と同じ、魔力の塊が生命体化し、仮初の肉体を持ったものだ。しかし悪魔はモンスターと異なり、初めからその魔力の塊の中心となるべく、魔石を〈核〉として有する。だから仮初の肉体を損傷しても、外部に存在する魔力を糧として自らの身体を修復出来るし、コアに知識などを結び付けることで、長年生きれば知性を得る。その他にも、強大な魔法を扱う、身体の一部を魔力に変換し直すことで物理法則を無視する、武器や身体に自分の魔力を流し込むことで不治の負傷を負わせる、などの能力も持つ。
膨大な保有魔力、圧倒的な身体能力、常軌を逸した魔法、どんな重傷も完治させる身体、物理法則超越、回復不能の攻撃。
いっそ清々しいほどの、理不尽な強さ。
それを平然と、面白半分に振るうのが悪魔。
歴代八人の〈魔王〉を、そして三千年前、人間界に〈終焉期〉をもたらした〈大魔王〉を輩出した、恐ろしき悪の権化。
何の前触れも、殺気さえ感じさせることもなく、デビルの右腕が天高く持ち上がった。そしてそのまま、無造作に降り下ろされる。爆風を伴う、重く乾いた轟音。片手斧が叩きつけられた場所から、蛇が這い寄るような地割れが俺とジィ目掛けて伸びてくる。
「っと!」
俺は身体で、ジィは魔術で、それを左に飛んで避けた。地面が裂ける時特有の、落雷にも似たけたたましい音が、俺の右横を抜けていく。地割れはそのまま進み続けて、数千メル伸びたところで停止した。
続いて、再度の降り下ろし。今度は地割れは一本ではなく、中心角の浅い扇形で伸びてきた。前後は勿論、左右に避けても多分当たる。流石に《流星》を発動してる余裕はないので――
「よっ!」
《最上位身体強化》で上に逃げた。…あっぶね、初めて知ったけど、地割れそれ自体の衝撃は上に抜けてんだな、これ。飛ぶ高さが低かったら、その衝撃波で吹き飛ばされるところだった。俺はそのまま《空中歩行》で空気を蹴って、地割れした地面の外に着地する。ちなみにジィはあの場でも魔術で横に高速移動して逃げてた。流石だな。
『並の人間ではないようだな、貴様』
不意に、まるで耳元で言われたかのように確かな、しかし声とは思えない声が聞こえる。魔力を介して言葉を話す、デビル特有の〈声〉だ。
『どれだけ余を、楽しませられる?』
楽しませる、ねぇ……。
まぁ、間違ってはいない。今の地割れだって、使ってたのはエネルギーの方向を一定にする魔術だけ。つまり、地割れそれ自体は筋力だけで起こしてる。どんな人間でも、例え魔人でも、純粋な筋力だけでこれをやるのは絶対無理だ。だけどデビルは、無造作に片手斧を降り下ろすだけで出来る。
生物として、生命体として。理不尽極まりないほどの、差。
「…まぁ」
俺の顔に、そしてジィの顔にもまた、笑顔が浮かぶ。
他人が見れば、獰猛な、という形容詞がつくであろう笑みが。
「それぐらいの差は、ひっくり返してやるけどな」
だって、そうじゃないと――
面白くないだろう?
「敵は人型、あの感じだと主武器は右手の片手斧だな。つまり格闘系だ。ジィ、攻撃役を頼む。俺は盾役だ」
「承知致しました」
ジィの一歩前に俺が、その斜め後ろにジィが。俺は左腰から銀色に輝く愛剣を抜き放って、正中線に構える。
「んじゃ、始めるか」
そう言って俺は《流星》の魔力を熾し、ゆらりと腰を低く構える。
「そう致しましょう」
ジィは移動魔術も組み合わせた、足だけに頼らずとも移動出来る魔術を熾す。
『来い、人間ども。精々余の手土産となるが良……何っ?』
そして、余裕げに飄々と話すデビルの声が最後、急に驚いたように低く漏れた。空気の変わったその赫い目は、俺らを凝視して動かない。
その視線の先では。
俺の愛剣が、ジィの右拳が、真っ白に輝きだしていた。
*
「始まった!?」
ロンガルソとその仲間の二人の周りに、一気に複雑な術式が織り上がったのを僕は感じた。多分これは、身体強化魔術と移動魔術の術式。
あの二人、敵に向かって突っ込むつもりだ!
「そんな無茶な……!」
あれだけの実力を持つ人間なら、当然デビルの恐ろしさだって知ってるはずだ。有象無象の兵では万人ぶつけても一掃される、一つどころか二つ三つ格の違う生命体。それにたったの二人で挑むなんて、そんなん〈勇者〉だって絶対無理――
途端、僕の魔力回路が焼け付きそうになるほどの莫大な魔力が、二人から放出された。
「うわっ!?」
驚いた僕はその場で仰け反り、別に目で見ているわけでもないのに思わず目を瞑って両手で覆う。度重なる主人の不審な行動に、ガーデナが心配そうに喉を鳴らした。
そのガーデナの背を優しく撫でながら、僕はゆっくり目を開く。
さっきロンガルソであろう人が放った剣技なんかより、数倍は魔力が多かった。一人の人間が体内に保有できるとは思えない、恐ろしいほど大量の魔力量。それがしかも漏れ出るんじゃなくて、二人の一点に集中している。一人は剣。もう一人は拳。
さらに、不審な点がもう一つ。
「術式が、無い…?」
その魔力を制御してる術式が、何処にも存在しない。
まぁ、魔力制御だけなら別に術式は要らない。だけど、魔力は術式を介して初めて、現実にしっかりとした影響を及ぼせる。あれだけ大量の魔力だって、ただ集めただけじゃ何の攻撃力も持たない。だけどその膨大な魔力は、明らかに術式を通ったうえで凝縮されてる。だって、そうじゃないとあり得ないぐらい、綺麗に整えられて集まってるから。
「どういう、こと…?」
今日は疑問が多いけど、まぁ答えてくれる人はいないので、取り敢えず大陸同盟に報告しよう。そう思って黒い魔術道具を握って――
これ、本当に、報告していいのかな?
この二人は、もうとっくのとうに規格外だ。それなのに、今日の今日まで無名を貫いている。だけど、もしこれを報告すればあの二人は、不要な注目を全世界から集めることになる。もし無名でいるのに何か理由があるなら、僕が報告しちゃったらやりづらいはずだ。…まぁどうせ〈天馬の翼〉に目をつけられてる以上、面倒なのは変わらないかもしれないけど。
だけど、マトガイン帝国の皇帝から念を押されたとおりに、僕にはこの一部始終を報告する義務がある。もしデビルが動きだしたら、それを報告しないと近隣は大変だ。こいつらは移動速度だって十分早い。
そんな二つの考えに挟まれて、悩みに悩み抜いた僕は――
「言わないでおこう。僕が、あの二人とデビルの戦いを見届けるんだ」
そっと、魔術道具を首に戻した。
*
瞬間、聖金のように硬くなった地面を蹴飛ばして、俺とジィがその場から飛び出す。すぐさま最高速度まで加速した俺らは、猛烈な速度で500メルもの距離を風よりも早く駆け抜ける。
『貴様ら……何故、貴様らがここにいるっ!?』
先程とは打って変わった、地の底から怒鳴るような激しい声で、デビルが吼える。それが身に纏うのは、吹き荒れた嵐のような殺気と怒気。圧倒的上位の生命体が発する威圧に、しかし怯むこともなく俺とジィは突撃する。
距離が200メルまで詰まったところで、幾千幾万もの術式が、俺とジィの周りに展開される。一つ一つが回復不能、かつ致死攻撃。一つでも展開されたら終わりのその魔術の海は――たったの一つたりとも発動せずに、全て術式破損した。
俺とジィの二人がかりで叩きつけた、系統外術式破壊魔術《魔力槌》。
その後も怒涛の勢いで幾つもの魔術が俺らの周りに展開されていくが、俺とジィは術式破壊魔術と相殺魔術を使い分けてそれを悉く無効化する。遠隔で至近距離に致死魔術を展開するなんて、そんなお手軽な方法で殺されてやるほど、俺もジィも優しくない。
敵もそれを感じたのだろう。距離70メルで、術式の展開量が八割程度に減った。その代わりに、デビルの左手に黒く禍々しい球体が生まれる。波打つそれはどんどん大きさを増して――
「させるかっ!」
俺が同時に魔力を熾し始めていた《地平線を薙ぐ刃》に叩き割られた。
『余を楽しませるのではなく、怒らせるとはな……! 地獄で後悔するが良い!!』
次の瞬間、デビルの片手斧の刃がまるで、光を飲み込んでいるかのような真っ黒の闇を纏い始める。
俺らと全く対称なその変化こそ、俺らを対等と認めた証拠。
それでも術式を破壊し続けて突撃し続ける俺らを見て、とうとうデビルも遊んでいる余裕がなくなったようだ。術式の展開量が、三割にまで減少する。そして、右手の片手斧が纏う闇が、更にぐんと強さを増した。
闇そのものを振り回すようにして、横薙ぎに斧を振るわれる。魔物特有の剣技、《ライフリーパー》。
それに俺は同じく横薙ぎの剣技、《若葉》で合わせた。しかし伸びる魔力は瑞々しい若葉色ではなく、眩いまでの白。
15メルの距離の中心で、全てを飲み込む闇と、全てを解き放つ光が衝突する。
その不和の斬り結びは、鍔迫り合いに進展せずに振り抜かれた。共に相手の魔力に衝突して、延長した刀身が破砕したのだ。
そして互いに武器を構え直した時には、その距離は5メルまで詰まっている。
「ジィっ!」
「お任せ下さい」
たった、それだけの言葉で。
ジィの身体が、まるで重力を無視したかのように飛び上がる。放物線を描かず、まっすぐデビルの胸へ。
デビルが振り上げていた斧が、闇を纏って胸に引き戻された。
その闇の円盾目掛けて、ジィは、光り輝くその右拳を叩き付ける。
カアァァアアアン…――
鐘でも叩いたかのような、この戦場ではてんで場違いな、涼しげで乾いた、澄んだ金属音が高らかに鳴り響き。
デビルの胸の前の闇が、斧もろとも砕けていた。
『がああぁあ!!!』
続いた悲鳴は、俺の《翠の剣術・鶯翼》で足を足首から断ち切られたデビルのものだ。本来なら渋い鶯色をするはずの太刀筋に残るのは、やはり目を瞑りたくなるほどに鮮やかな白。
そして、樹齢千年の大樹ほどもある、断ち切られたデビルの足先は――
再生して結合せずに、青黒く光輝いた塵と化した。
身長50メル前後の巨体が、支える足を失って真後ろに頽れ、自らが破壊してきた城壁の残骸の山に大の字で倒れ込んだ。山が一つ崩れたかのような鳴動が轟き、下敷きとなった大小数々の岩々が無残に砕け散る。
足を失い、武器を失い。
最早逃げる手段のない、そのデビルの胸目掛けて。
高さ40メルの上空から、天から流れ墜ちる彗星のように、ジィが光の筋となって墜ちた。
『ヌウアアァァアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!』
光の筋に貫かれた巨体が上げた、視界が歪むほどに魔力を振動させる、耳を劈かんばかりの大絶叫。
それがそのデビルの、断末魔の叫びだった。
痙攣したかのようにビクビクと震えていたデビルの動きが、途端にぱっと止まり。
全てが幻だったかのように、大地に横たわる巨体が、青黒い光の粒子となって散る。
先程までの激闘を幻でないと証明するのは、城壁の瓦礫の中に散らばる、粉々になった魔石の残骸だけ。
そしてその無残に砕けた瓦礫の山の上に立っていたのは、白髪頭を綺麗に撫でつけて、スーツに身を包む一人の男だった。
今回の剣技・魔術・その他です。
空中歩行
《空蹴》の派生形最上位魔術。空気を自在に蹴ることで、空を歩く。
魔力槌
系統外魔術。特に術式を介さずにただ魔力を凝縮させ、他の術式に叩き付けることで、その術式を破壊する。魔力を硬く凝縮出来てさえいれば、殆ど全ての魔術の術式を無差別に破壊出来る。
ライフリーパー
魔力で刀身を延長したうえで、横薙ぎに一閃武器を振るう。主に魔物が魔力を熾して使用するが、人間が真似することも可能。
翠の剣術・鶯翼
鶯の翼のように左右から二回、強力な袈裟斬りを放つ。稀に《磺の剣術》と言われることもある。
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