第十九話 第一種緊急事態宣言
『全〈軍〉の指揮官どもに告ぐ』
『前方に二つの障害』
『半数は撃破して進軍せよ』
『半数は無視して進軍を進めよ』
この国を出て進軍を始めた〈軍〉に向けて、それは命令を送る。先ほどのように声を震わせることはなく、淡々とした口調だ。
『さぁ、何を見せてくれるんだ、人間ども』
しかしその次の瞬間には、その獰猛な顔が、恐ろしい笑みに染まる。
*
「…今のは!」
ガーデナの上で日向ぼっこでもしてるみたいに寝ていた僕は、その膨大な魔力を感じて飛び起きた。
勿論、寝てたわけじゃない。僕一人じゃ聞き込みとか探索とかみたいな人海戦術は取れないから、王国内で保有魔力が多い人を片っ端から遠隔で解析して、ロンガルソみたいなを探していた。隠蔽魔術も偽装魔術も全部速攻看破だ。手ごたえから、隠蔽されてることは分かるからね。
それで、ロンガルソみたいなことが出来そうなポテンシャルを備えた人を探すんだけど、まぁうん、いない。本当いない。っというか、情報部から資料はもらったんだけど、なんだこの、使用可能技術予想のとこに書いてある、射程300メル以上のドラゴンに攻撃可能な剣技って。〈戦略級〉じゃん、完全に。
まぁ、それはともかく。
そうやっていたら急に、北西の方に、莫大な量の魔力反応を感じた。それも、数百数千では全く収まらなそうな量。距離が距離だから微弱にしか感じられないけど、間違いない。
モンスターの大群が、ミラストリアに向かってきてる。
「ミーナさん、100キロメル北北西にモンスターの大群を確認!すぐにカイトさんと王国軍に連絡して!僕は斥候をしてくる!」
「わ、分かっ、ってハルツさん!?」
《魔力念話》でミーナさんに連絡を入れて、ミーナさんの叫び声を後に僕は相棒の背中に跨る。
「行くよ、ガーデナ!」
紫の飛竜が、力強く空に羽ばたいた。
*
「恐ろしいな、こりゃ」
「全くです」
台詞とは真逆の、のんびりとした口調でそう言った俺とジィは、二人で草原に突っ立っていた。
目の前に見えるのは、地平線一杯に広がったモンスターだ。それらが放つ熱気と魔力が、ここまで吹き付けてきているような錯覚すら覚える。青空を覆い尽くす紫電の黒雲に、草原を埋め尽くすモンスターの大軍。まるで絵に描いた地獄でも押し寄せてきたようで、俺とジィは思わず失笑してしまう。
そしてその殆どが、屍人と腐人と骸骨と亡霊から構成される屍霊だ。骸骨腐人、狂化腐人、骸骨騎士、死霊、みたいな中位モンスターは普通、なんなら魔術腐人だの喰屍鬼だの無頸騎士だの骸骨将軍だの幽鬼だのみたいな上位モンスターまで勢ぞろいしてやがる。
ところで何故、小魔族や豚魔族ではなく、アンデッドモンスターの軍勢なのか。
「マジで将軍様よ、ぶち殺してやるぜ」
まぁ、理由が理由だから、俺がここまで暴言を吐いたって許されると思う。
「殺した人間――ガーツの人間の遺体と霊を使いやがって」
死人の身体や霊を操る魔術、屍霊魔術。人間界だと全面的に〈禁忌〉指定されているが、魔人達は平然とこの魔術を使う。
恐らくだが、敵の将軍様、つまり魔人は、ゴブリンやオークの手下どもと共に、ガーツ共和国を強襲した。そして、殺した人間を片っ端から、ネクロマンシーで手下に変えたのだ。
遺体がしっかりと残っている者は、キョンシーに。筋肉が一部欠損したりした者は、ゾンビに。筋肉はないが骨はあるものは、スケルトンに。そして、原型留めず無残に殺された者は、ゴーストに。
しかもこの数だと、今回殺した人間だけじゃなく、墓に眠っていた者も使ったようだ。ガーツの人口は確か、精々二十万人ほどしかいない。残りの約八十万は恐らく、墓での永眠から叩き起こされた者達だ。
「つくづくクズだな、畜生め」
「坊ちゃま、口が悪う御座いますよ。例え対面しているのが生きている資格がない某排泄物以下の汚物であったとしても、です」
「…なぁジィ、全く説得力が無いんだが」
呆れて横を見れば、勿論ジィは笑っている。流石はジィ、余裕だな。
「ジィ。こいつら、俺が倒してもいいか?」
「勿論で御座いますとも、坊ちゃま。どうぞ大暴れなさって下さい」
「んじゃ、遠慮なく行くか」
そう言って俺は、目の前の大軍と対峙する。
魔力反応的に、もうモンスターどもは殆ど地平線を超えているだろう。ならば多分、全て一度にあれで斬れる。さっきはまだ使えこなせてなかったからあの程度だったが、一回使ってコツを覚えた。さっきは走りながらだったし、ここで一度、全力での最大射程を試してみたい。
そろそろ、名称詐欺を返上しないといけないからな。
「《祓魔師》」
取り敢えず俺はまず、ゴーストに対しても直接攻撃を与えられるようになる魔術を展開する。俺の全身が淡い白色に輝き、その光は右手に握る剣にも乗った。
そして俺は、ゆっくりと左足を引く。
上半身を前傾させ、目の前の大軍を見据える。
身体の前で肘が重なるように、左手と右手を交差させる。
脳内にそのイメージを作り出し、身体の構えと共に鍵として自分の魔力回路に叩き込む。
魔力を熾し終わるのと同時に、交差した両手を左右に開き、同時に左足を踏み出す。
「《地平線を薙ぐ刃》っっ!!!」
莫大な魔力が、俺を中心として吹き荒れた。
俺の剣が纏った白い光の変化を、今回こそ俺はしっかりと知覚した。
振りぬく剣先が真横を向くまで、光は伸びない。
剣先が横を超えた瞬間、急激に光は伸び始める。
加速した知覚ですら捉えられない速度で、光は伸び続ける。
その光の刃が、モンスターの大軍に触れた。
光の刃がモンスターの腹を薙ぎ、片っ端から絶命させる。
剣先が真正面を向いたところで、今度は光は収縮し始める。
そして剣を振りぬく頃には、刀身と同じ長さに戻っている。
もしこれを上空から見たら、俺から純白の大槍が突き出されたように見えただろう。
《若葉》と全く同じ、しかし桁違いの規模で、白い光の刃は振り抜かれた。
そして光が消えた時、俺の目の前の草原、紫電を纏う黒雲の下では、大小様々な魔石が雷光を反射して、青紫に妖しく輝いていた。
*
『屍霊どもが、一掃された?』
予想外の事態に、それはその場で少し、目を見開く。
『余の〈軍〉を、一撃で片付けるとはな』
『あの人間、やはり中々のやり手だ』
しかしすぐに、その口角はゆっくりと釣り上がる。子供どころか大の大人でも見たら泣き出しそうな、戦いを求める獣の貌。
『余の計画は破綻した』
『戻って再度、計画を練るべきだ』
『だが、それだけでは面白くない』
そしてそれは、ゆっくりと立ち上がる。地下円蓋の天井は、それの頭すれすれだった。
そしてそれは、ゆっくりと右手を腰だめにする。構えられた右腕は、そこらの家よりも太かった。
『少し、遊ぶとしようぞ』
そして、〈戦略級〉魔術でも発動したかのように地面が爆発し、ガーツ共和国の首都は地下円蓋ごと跡形もなく吹き飛ぶ。
かつてガーツ共和国の首都だったそこに出来た、大規模なクレーター。
その中央に、それが屹立している。
『さぁ来い。余を愉しませろ、人間』
*
「モンスターが一掃された!? ってまさか、今の技術は!!」
ガーデナの背中で《魔力探知》を発動してた僕は、途端に夥しい数の魔力反応が一瞬で消えたのを感じた。そしてその直前、それを横薙ぎにした魔力の流れも。
「資料にあった〈戦略級〉技術匹敵剣技か!!」
うん、今のは確かに、相当恐ろしい。〈戦略級〉って言われるのも分かる気がする。
まぁ、どっちにしたって、
「見つけたよ、クリム・ロンガルソっ!!!」
最高の玩具を見つけた子供みたいな笑顔で、僕はガーデナの速度を上げる。
さぁ、ご対面の時間といこうか!
……って思ったんだけど、ロンガルソとその横の魔力反応は、僕と同じ速度、いや、僕より早く地上を走っていく。…いや、ほんとにバケモンじゃん。なんで飛竜より足早いのよ。あれで〈石の称号者〉だなんて。称号を信じられなくなりそうなんだけど、僕。
*
「さて、此処が奴の根城か」
そこは、元々ガーツ共和国だった場所の、外側の草原。500メルぐらい先には、ミラストリアより小さい、でも同じかそれ以上に頑丈そうな城壁が、今は亡き祖国を守らんと立ち塞がっていた。
「どうやら魔人は、地下から出たようですね。地上を歩き回ってこっちに来、……?」
「…どうした、ジィ?」
そこでジィが珍しく、言葉を途切らせたまま硬直した。その次の瞬間、超巨大な建造物が崩れたような、聞いたこともない轟音が、城壁の中から響いてくる。まぁ、魔力反応見れば分かるが、魔人が内側の城壁を壊してこっちに出てきてるからな。「ような」じゃなくて、実際に城壁という超巨大な建造物が崩れてる。
「将軍様自らお迎え、ねぇ。俺らも偉くなったもんだな」
そんな冗談を言った瞬間、轟音が鳴り響き、ミラストリア王国よりも高い60メル程の城壁の中央部に一か所、馬鹿みたいにデカいヒビが入った。すぐ次の瞬間には、目の前にそびえたっていた城壁が易々とぶっ壊れる。一番小さいのですら人間を圧し潰せそうな城壁の欠片が、城壁の足元に撒き散らされ、大地に深々と埋まる。
濛々と立ち込める土煙の奥から、そしてその魔人が悠々と出てきた。
「さぁ、いっちょぶっ殺すとしよ、……う?」
その魔人の姿を見て、俺も変に言葉を途切らせてしまう。
それは、身長50メルぐらいだった。例に漏れず筋骨隆々で、右手には刃がドラゴンの翼ほどもある片手斧を握り、皮膚は真っ黒。
獰猛な笑みを浮かべるその顔の額から生えるのは、禍々しい黒紫をした、蜷局を描く二対の角。
「…お、おい、流石にそれは聞いてねぇぞ……」
なんて唸っても、後の祭りだ。今回は俺も、ジィすらも気づけなかった。
「なんで、ここに――」
そんな俺の声をあざ笑うように、それは空に向かって咆哮する。黒雲に覆われた空に、より激しく紫電が奔る。
そしてそれの背中から、真っ黒い翼が広げられた。
*
「う、そ……」
思わず空中でガーデナを止めてしまっていることにも気づかない僕は、驚愕で開いた口が塞がらない。
だけど、間違いない。
ガーツ共和国の城壁付近に存在する、竜族をも遥かに超える保有魔力。一見魔人のようで、しかし歪な魔力反応。
僕だって、話でしか聞いたことがない。実際に魔力を感じるのは初めてだ。だけど、気付いてしまえばこれは、魔人となんて間違えようがなかった。
慌てて腰の遠距離通話用魔術道具を手に取って、刻印に魔力を流して僕は叫ぶ。
「ミーナさん、聞いてる!?聞いてたらすぐに返事して!」
「はい、どうしましたか、ハルツさん?」
「どうしたんだい、ハルツ。そんなに慌てて?」
「カイトさんですか!?カイトさん、今すぐに全国民の王城下へのシェルター避難を開始して下さい!」
「ハルツ、ちゃんと説明してくれないか? 大体それは、私の権限で出来ることではないと思うよ。国王に助言するぐらいなら出来るかもしれないけど」
なんてカイトさんが言ってるけど、僕はそれに答えないで、自分の首にかける鎖を引っ張り出した。そこに掛かってるのは、真っ黒い板に、一つの魔術刻印。
遠距離通話用魔術道具に魔力を込めたまま、僕はこっちの刻印にも魔力を流す。そしてそれを握って、僕はこう叫んだ。
「全〈黒の称号者〉、及び全大陸同盟締結国に告ぐっ!こちら〈夜闇のハルツ〉、ハルツ・ミッドナイト!僕は自らの名に於いて、ここに第一種緊急事態を宣言するっ!!全〈黒の称号者〉は大陸同盟緊急事態宣言特別法に基づき、至急大陸西のガーツ共和国の場所まで来れり!既にガーツ共和国は陥落したっ!!」
第一種緊急事態宣言、そしてガーツ共和国陥落の言葉で、一気に遠距離通話用魔術道具の向こうの気配が張り詰めたのを感じた。
当たり前だ。だって、緊急事態は、大陸同盟締結国や冒険者ギルドが統一して使う、大陸全体への緊急事態宣言。
宣言権限を持つのは、大陸同盟締結各国最高権力者、冒険者ギルド本部長、そして本部長から委託される形で臨時権限を与えられている僕たち〈黒の称号者〉だけだ。
宣言されれば、全大陸同盟締結国と冒険者ギルドは如何なる規模の諍いも全て中断し、利害関係なしに相互協力することを求められる。
つまり緊急事態は、大陸全土に被害が及ぶ可能性のある緊急事態の発生時に宣言されるものだ。
「繰り返す!第一種緊急事態を宣言っ!出現地点、ガーツ共和国!同共和国は既に陥落!」
そして、そのうちの第一種が示すのは――
「〈悪魔〉が出現したっっ!!!!」
…なんか、第一章の十一話で既に想像以上にやばいことになってるんですが。(笑) クリムとジィ、一体何に巻き込まれてるんだか。w
今回の剣技・魔術・その他です。
祓魔師
《聖光》の派生形上位魔術。発動者の身体や装備品、技術などに《聖光》を纏わせることで、ゴーストモンスターに攻撃可能になる。《聖光》とは違って光そのものに攻撃能力はないため、攻撃力は強化されない。
お読み下さり、ありがとうございます!
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これからもどうぞ、よろしくお願いします!




