第零話 老紳士の独白
月明かりがキラキラと輝く空の下、私は焚火がパチパチと爆ぜるのを眺めていた。
肉眼で周囲を警戒する必要はない。私はこうしながらも、周囲2000メルに渡って《上位魔力探知》を広げ、魔力の質から魔族モンスターかどうか選別し、そうであるものは片っ端から片付けている。今も、森の中で探知網にひっかかかったゴブリン三匹が、《体内爆散》でバラバラになったところだ。2000メル離れたゴブリン程度、無視しても塵ほどの障害にすらならないが、止めようと思ったころにはもうゴブリンは爆散している。止める必要もないので、そのままにしているのだ。
焚火の横では、寝袋にくるまって、クリム様坊ちゃまが寝ていた。いつもと違うあどけない笑顔……などでは全然無く、いつも通り引き締まった顔をしておられる。頼りになるその顔を見て、私は少し頬を緩めた。
今日の昼頃の坊ちゃまとの言い合いを思い出し、思わず微笑んでしまう。
私たちは、歩いてこの大草原を横断している途中、雷撃竜パラライザーに襲われているパーティを発見したのだ。その魔力を探知した瞬間、坊ちゃまは迷いもせずにその中に突っ込み、彼らの危機を救い、そして褒美を全て断って帰ってきた。私がしたのは、ただ隠れて《魔力回路接続》を発動しただけだ。
なのに坊ちゃまはいつもいつも、私のつまらない芸に驚いて下さる。
確かに私は、魔力も制御力も、並の人間のそれとは桁違いだ。だがそれは、ただの運、神様の気まぐれ。私は何もしていないのだから、何も凄くなどない。
だけども坊ちゃまは、自らの力で、努力で、あれだけの力を手に入れたのだ。魔力と言う意味ではない。
きっと坊ちゃまはまだ、自分がどれほどの力を持っているのか、理解していない。
《魔力回路接続》は、対象者に魔力回路を――自分の魔力と制御力を明け渡す。だが、与えられた魔力を、与えられた制御力で扱えるかと言うと、またそこは違う話だ。そこまで《魔力回路接続》は補助してくれない。だが坊ちゃまは、しっかりと《翠の剣術・翠華》を発動し、雷撃竜パラライザーの身体を切り裂いた。
坊ちゃまは、私が与えた魔力を全て、無意識のうちに制御しきっていたのだ。
制御外だと思ったのは、私がぎりぎりに《魔力回路接続》を発動してしまったせいで、意識の表層に持ち上げてから制御する余裕がなかったから。それでも坊ちゃまはそれをもう一度練り上げ、見事自らの剣技に織り込んだ。
空恐ろしいほどの状況対応能力と、正確無比な自身の実力制御。
それでいながら、まだ底が見えない。まだどうにか私が勝っている分野の魔術や剣技ですら、どんどん吸収していくのだから。坊ちゃまは今に、私など足元にも及ばないような、強く、そして素晴らしい御方になるに違いない。勇者の称号ですら、坊ちゃまを飾るには軽すぎるだろう。
だが、それはもう少し後の話だ。まずは街へ行き、それから冒険者ギルドに籍を置かなくてはならない。
そして坊ちゃまに、お友達の一人でも作ってもらいたいものだ。
まだ分からない先の未来に向けて想像を膨らませる私の白い髪を、ひんやりと冷たい夜の風が撫でていった。
今回の剣技・魔術・その他です。
上位魔力探知
《魔力探知》の上位魔術。《魔力探知》の範囲を広げ、同時により明瞭にする。
体内爆散
上位魔術。体内の魔力を暴走させ、身体を内部から破裂させる。
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