第十七話 違和感の正体
「…ん?」
相棒の飛竜、ガーデナの背の上で、僕は疑問の声を漏らした。
ミラストリア王国のギルド支部から総ギルド長から直々に最優先援助要請があって、ミラストリアに一番近かった僕は、紫の竜皮の相棒を駆ってすぐさま向かった。
到着までには、飛竜の速度を以てしても四十五分ぐらいかかる。だけど、いくら王国に近づいても、竜族が放つあの莫大な魔力が感じられないのが、ちょっと不思議だ。
「情報では、颱風竜だって言ってたけど……」
もしかして、魔力隠蔽が得意な闇竜と見間違えたのかな? そうじゃないと、説明がつかないほどの魔力の薄さだ。
なんて思ったところで、もっと怖い仮説が脳内を掠める。
「もう、ミラストリアが、崩壊した…?」
可能性は、十分あり得る。今あの国には〈天馬の翼〉の〈白金の称号者〉の連結部隊がいるとはいえ、それは新しく〈白金の称号者〉になった者ばかりだって、カイトさんは言ってた。〈白金の称号者〉が誰もいないよりは断然良いだろうけど、それでも百戦錬磨の〈白金の称号者〉と比べればやっぱり、実力に差があるのは否めない。
勿論、〈黒の称号者〉と比べれば、圧倒的に。
空恐ろしくなった僕は、慌てて《魔力念話》を王国内の誰かに繋ごうとする。だけど流石に、この距離じゃ誰とも繋げなかった。遠距離通話用魔術道具は今持ってないし…。
「頼む、間に合っててっ…!」
焦燥に駆られた僕の心を汲み取ったか、僕の愛しの相棒が、空を駆ける速度を上げる。
本当なら入国審査が必要な城壁の上を無断で飛び越えて王国に入った僕は、王国の凄惨極めたる惨状を見て悲しくなる。いくらミラストリアでも、これじゃあ復旧は年単位だ。大丈夫だと良いんだけど…
「…って、え?」
いや、なんで普通にみんな、街中歩いてるの!?危険じゃないの?
だけどその答えはいくら焦ったって分からないってことが分かるぐらいには僕も大人だから、空を駆ける相棒と共に、〈天馬の翼〉のミラストリア王国本部――ギルド全体から見れば支部なのに、王国のギルドから見れば本部って、ちょっと変だよね――の敷地に舞い降りる。
「少し待っててね、ガーデナ」
少し寂しげなグルゥという返事が返ってきたので、竜皮を一撫でしてから彼女を飼育係の人に預ける。そして僕は、建物の中にダッシュで向かう。
その先々で、必ず道を譲られるのにも、もう慣れた。
「おい、今の人って…」
「…あぁ。うちのギルドの〈黒の称号者〉、ハルツ・ミッドナイトだ」
「ミッドナイト……〈黄昏のクルツ〉と〈夜闇のハルツ〉兄弟の、あのミッドナイト家か」
そんなもう聞き飽きた言葉を後に残して、僕は重い扉を吹き飛ばす勢いで執務室の中に入った。
「あ、お越し下さりありがとうございます、ハルツさん」
中に入れば、ちょうど真っ白のギルドコートを脱いで服掛けに掛けた女性がいた。どうやら、彼女もちょうど戻ってきたとこみたいだ。
「ミーナさん、だね?カイトさんは?」
「総ギルド長は現在、私と入れ替わる形で王城の方に向かいました」
「うん、そっか。…さて、それで」
僕はほぼ鍵も使わずに、術式が織り上がったのを感じる。
「颱風竜が来てるはずなのに、〈白金の称号者〉の、それも連結部隊隊長のミーナさんが、どうして、此処にいるのかな?」
とびっきりの冷笑を携えて、僕はミーナさんに問いかけた。…自分で言うのもなんだけど、この笑顔って、結構怖いんだよね。ミーナさん、一瞬顔引き攣ったし。
僕のこの笑顔は、実はちょっとした魔術的なところがあるんだそうだ。剣技と魔術の合成技みたいな感じらしくて、僕がこの顔をすると、向けられた人は狼狽を隠せなくなる。そして、ドラゴンとの戦闘を放棄してここにいるとすれば、そんな後ろめたいことはないから、狼狽が出る……はずなのに。
「えーっと、それはですね……」
……狼狽っていうか、困惑? と、申し訳なさ?
「…ごめん、説明してくれる?」
どうやら、何か僕の早とちりだったみたいだ。すぐに冷笑を引っ込めて――別に、要もないのに使うほど僕は意地悪くないからね――、ミーナさんに説明を促す。
「えっと……信じられないかもしれませんが、聞いていただけますか?」
「流石に、こんな状況で僕に冗談を吐くような子だとは思ってないよ。…あの様子だと、颱風竜自体は来てたんだよね?」
「飛竜の背中から、建物の損壊の仕方をみてそこまで割り出せるんですか…」
僕の問いに、ミーナさんは感嘆と呆れで返した。
「まぁ、情報はもらってたからね。確実になったって感じ、かな」
「そうでしたか。それならまぁ…。…すみません、話を戻しますね。ハルツさんが仰った通り、颱風竜は襲来しました。ですが…。…ハルツさん、私たちが二日前に上げた報告書をご存じですか?」
「二日前…いや、知らないな。ごめんね」
「いえ、ハルツさんが謝るようなことではありませんから。実は二日前、樹海竜の討伐作戦の帰りに、私達は雷撃竜と会敵したんです」
「雷撃竜と!?大丈夫だった?」
いくら〈白金の称号者〉の連結部隊といったって、竜族を相手するのは大変なはず。しかも、こっちから討伐しに行くのとあっちから襲われるのとじゃ、その大変さは段違いだ。いくら〈翼殺しのマツギ〉がいたとしたって、被害なしじゃ済んでないかも…。
「いえ、ハルツさん。被害は全く出ませんでした。ただ…自力で撃退出来たわけではないんです。むしろ、こっちは半壊してました」
「あぁ、援助が来たんだね。どこのギルド?」
どっかのギルドのパーティがすれ違って、助けてくれたんだろうな。それなら良かった。どうせカイトさんが公式の感謝状を出すんだろうけど、僕だって可愛い後輩を守ってくれたギルドに礼の一つぐらいはしたいからね。
「いえ、その時援助に駆けつけて、雷撃竜を撃退してくれたのは……一人です」
「は?」
いや、え?
一人でドラゴンの前飛び込んできて、そのまま撃退しちゃったの?
無拘束の竜族って、〈黒の称号者〉でも一人じゃまず倒せないのに?
「その人は、クリム・ロンガルソと名乗りました。急に私達の目の前に飛び込んできたと思ったら、《閃乱》で竜皮をズタズタに切り裂いて、その後8メルぐらい伸びる《翠華》で一丁両断してしまって……」
待って待って、ちょっと待って。何よそれ。
まず、《閃乱》って手数に重きを置いた剣技で、竜皮を抉る威力なんてないはずなんだけど?
あと、《翠華》って確かに威力は強いけど、いくら延長しても精々射程3メルなんだけど?
「…実は、カイトさん仕込みの大規模ドッキリだったりする?」
「ってなるから最初に行ったんですよ、ハルツさん」
「ですよねぇ…」
…って、それどころじゃないよ、これ!
「じゃあ、まさか…」
「はい。今回もその人が、襲来した颱風竜を撃退したんだと思います」
「思います?」
「実は、倒したところは見れていないんです。カイト総ギルド長の飛竜を盗んで、雲の中で撃退してしまいましたから。どうやら、同行者がいたようで、その同行者が飛竜を盗んだのかと。飼育係や警備員は全員《永久夢中》で寝かされていたみたいで、同行者の方に目撃者はいません」
「じゃあ、なんでその人だと?」
「飛竜を盗まれた時間に映像投影用魔術道具で戦闘しているのを確認していますから、同行者がいた可能性が高いと判断しました。あと、王城前に落とされた颱風竜の死体も、雷撃竜の時と全く同じ感じで両断されてましたから、戦闘者がロンガルソさんであることはまず間違いないです」
「あぁ、なるほどね…っと、そろそろ座ろっか」
そこまで話を聞いて僕はやっと二人とも椅子に座ってないことに気づき、二人揃ってデスク前のふかふかの安楽椅子に身を沈める。
「ドラゴンを一刀両断出来る人に、ギルド本部から飛竜を盗める人、か…。もし兄さんがいたら、「国家保安上の最大懸念だぞ」なんて言いそうだなぁ」
そう呟いた僕の声に、ミーナさんは失笑を漏らす。続いて僕も笑った。いかんせん僕の兄こと、アトランダ皇国天皇直属軍第三師団師団長、〈黄昏のクルツ〉、クルツ・ミッドナイトは、よく言えば生真面目、悪く言えば馬鹿真面目な性格で有名だからね。…まぁ、言うほど真面目でもないけど、あのバカ兄さん。
さて、それはともかく。
「ミーナさん、所属を言わなかったってことは」
「はい、ロンガルソさんのギルド所属記録はありません。それどころか、公的にどこかに所属しているような記録が、情報部が一昨日午後から探し当てた限りの情報では存在していません。…しかも先ほど調べましたら――冒険者になったのは、今朝九時半、とのことです…」
「はは、ドラゴンぶった切る〈石の称号者〉ね。ははは…」
……うん、笑う以外どうしろと?
「…面白そうだね。クリム・ロンガルソ、か。どうせなら、彼を追う仕事、僕にも任せてくれないかな?」
よし、俄然興味が湧いた。〈竜族殺し〉の〈石の称号者〉、クリム・ロンガルソ。冒険者でもなかったのに、僕より強いかもしれない人間なんて、知らなきゃ人生、損だよね?
「え?いや、あの、私にそのような権限は…」
「ううん、良いの良いの。あとでカイトさんに話は通すし、用事が入ればちゃんと行くからさ。どうせ、ここに来た用事はなくなっちゃったみたいだし。分かってる情報だけくれればいいよ。だから…ダメかな?」
先程とは違う種類の圧を込めた笑顔で笑いかけると、ミーナさんは厳しい顔でそれを五秒ぐらい耐え抜いてから、
「…分かりました。諜報部と情報部に資料を纏めさせて、渡させますね」
長い溜息を一つ吐いて、こう言ってくれた。
「うん、ありがとう」
今度は本当に笑って、僕は席を立つ。
「あの、ハルツさん」
執務室を出ていこうとしたら、後ろからミーナさんが、決意の滲むような張り詰めた声で僕を呼び止めた。
「どうしたの?」
「…貴方の強さは承知しています。ですけど、いや、だからこそ……気を付けて下さい。ロンガルソさんの強さは、未だ未知数です。きっとロンガルソさんは悪い人じゃないですけど、だからといって好意的だとも限りませんから。変に戦って……死んだり、しないでくださいね」
そう言うミーナさんの漆黒の瞳は、揺れている。
そう、不安に。
「何、プロポーズしてくれてるの?」
「私には彼氏がいますー。浮気趣味も男漁りの趣味もありませんー」
「はは、そうだったね」
ふくれたミーナさんの視線を受け止めて、僕はちゃんと笑い返した。
分かってる。ミーナさんは、本気で僕のことを心配してくれてるんだ。場の空気を和ませて終わりにするつもりだったけど。
まぁ、女性を安心させるためなら男は、少しぐらい恰好付けたって許されるよね?
「安心して、ミーナさん。僕はハルツ・ミッドナイト――〈天馬の翼〉所属〈黒の称号者〉内序列第二位、〈夜闇のハルツ〉だよ?」
*
「自己保安上の最大懸念だろ、あれ。人の視線って、マジで突き刺さんのな」
「逃げ出せただけ吉と思うことに致しましょう、坊ちゃま」
「あぁ、そうだな」
愚痴りあいながら周りを見渡す俺らの背には、高さ50メルに迫らん城壁がある。この王国を災害から守る最初の城壁――ファーストウォールだ。
「あの魔術、魔族相手じゃあんまり使ってなかったが、人間には効果絶大だな。いつも展開してたいぐらいだぜ」
なんて俺が話すその魔術は、《妖人形》。
自身には《透明化》に始まる幾つかの隠蔽魔術を施した上で、別地点に自分と姿形の全く同じ幻を生み出し、自分が幻の場所にいると錯覚させる最々上位魔術。幻だから実体こそ無いが、触れさえしなければ全く同じに――例えば人肌の温もりや微かな匂いなどまで――自分を再現する、最強の偽装魔術の一つだ。
俺らは国民に視線を向けられた瞬間に、これを発動していた。
身じろぎ一つ出来ず固まっていた後、総指揮官殿を讃え、そして馬車に乗り込んだのは、紛れもなく俺らの幻だ。あの総指揮官に賞賛の対象を逸らしたのは、正直言って賭けだったが。総指揮官殿が〈天馬の翼〉所属だと聞いて思いついた咄嗟の案だったが、流石に戦闘時の映像が地下シェルターに中継されてるとは思えなかったし、誰も俺らが〈天馬の翼〉所属じゃないなんて見抜けないだろうからな。
あの後俺らは馬車の中に入った幻を消し、その場から立ち去った。そして顔が割れないよう急いで王国の反対側まで移動し(魔術抜きで裏道限定だったから、結構時間を食った)、昼飯をささっと食って、そして今ここにいるのだ。
「さて、じゃあ行くか」
そう言って俺とジィは隠蔽魔術を幾つか発動。そして魔術で城壁を駆け登り、城壁上の衛兵にはバレずに城壁上の通路から飛び降りて、王国の外の草原に出た。
言うまでもなく、無断出国である。
…まぁ、今の状況じゃ、んなことなんて気にしてられない。
「にしても、本当にヤバいぞ、あれは」
「国民の皆様の視線のことでございましょうか?」
「んな訳あるか。分かってんだろ」
そして俺は右目を眇めて、草原の奥、地平線の先を見やる。
「あの颱風竜――何者かに操られてたぞ」
お気づきの方もいるかもしれませんが、カイト総ギルド長とミーナは〈色付き〉です!
カイト・ティール:ティールは青緑。又は、鴨の羽色とのこと。緑寄りの青、って感じです。
ミーナ・フレッシュ:フレッシュは人肌の色だそうです。つまり、うっすい赤色?
ミッドナイト家は…まぁ、いずれ。(笑) ミッドナイトブルーっていう色はありますけどね。
さて、では、そもそも〈色持ち〉とは、なんのことでしょう?
(あ、別に次話の伏線とかじゃ全くないです← 次話が来るまでの間の暇つぶしにでもどーぞ。)
今回の剣技・魔術・その他です。
妖人形
最々上位魔術。殆ど全ての隠蔽魔術を自分に掛け、同時に自分と全く同じ情報を持つ幻を投影する。幻の動きは自らの意思である程度操作可能。
透明化
最上位魔術。本来透過するはずだった光を自分の真逆に再現して放出することで、自らの姿を消す。
お読み下さり、ありがとうございます!
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これからもどうぞ、よろしくお願いします!




