第十五話 奇跡の模倣
「待ってたぜ、ジィ」
その台詞を口にして、俺はジィが乗ってきたそれに飛び乗る。俺が後ろに座ったのを確認して、ジィが太い手綱を操作した。その動きに合わせて、それを覆っていた隠蔽魔術の数々が剥がれて――もし掛けてなかったら、余計な混沌を招いていただろう――大きく一つ羽ばたいてから、飛竜が飛び立つ。
あの時。
ジィが現れたのは、〈天馬の翼〉のミラストリア王国本部。
ジィが狙ったのは、カイト総ギルド長が乗ってきたという飛竜。
ジィは、颱風竜への攻撃のために、世界最大規模のギルドから、現在この国唯一の航空戦力を盗んできたのだ。
「ジィ、あんたほど悪い人間を俺は知らねぇぜ……」
「なんのことでしょうか、坊ちゃま?私はただ、〈天馬の翼〉の王国本部にお邪魔しましたら、飛竜の監視や飼育係が偶然眠っていたものですから、そのまま放置して飛竜まで暴れては大事だと判断致しまして、少々お借りしただけでございますが」
「あぁ、そういうことにさせてくれ、マジで…。本気で〈天馬の翼〉から飛竜盗んだとか考えたくもねぇ……」
何しれっとした顔で弁解してんだ。冗談抜きで、冒険者登録剥奪とかありえるぞ。それぐらい、〈天馬の翼〉の影響力は恐ろしい。それぐらいのことは、いくら世間知らずな俺でも知ってる。勘弁してくれ、俺は今日冒険者になったってのに。
「それも颱風竜を倒せば帳消しとなりましょう、坊ちゃま。まずは目の前の脅威に傾注すべきではないかと」
「…まぁ、否定は出来ねぇな」
その言葉をきっかけにして、俺の思考回路は、将来襲い来るであろう悪夢に頭を悩ませる男から、ドラゴンを倒さんとする冒険者のそれに組み変わる。
「倒す手立てはありますでしょうか、坊ちゃま?」
「雷撃竜を斬れたんだ。恐らく空中からの《翠華》で両断出来る。問題は、どうやってそこまで近づくか…」
いくら俺が《翠華》が得意だからと言って、その射程は限界まで引き延ばしても精々10メルだ。竜皮を断つことを考えたら、8メルいけるか怪しい。そしてそこまで近づけば、言うまでもなく颱風竜の気流操作の餌食になる。
「あの空が凪ぐやつがもっかい来たらいいんだが…」
流石にそれは無理だろう。上空千メルを超えるここに向けて、そう都合良くあれが来るとは思えない。そもそももしそれが可能なら、颱風竜を王国上空まで近づけさせなかったはずだ。
「あぁ、あれでございますか」
俺の独り言を聞いていたか、手綱を握るジィが振り返らずに返事を返す。
「それでしたら…」
そういってジィは、手綱を片手に持ち替え、俺達より百メルほど上空にいる颱風竜に向けて、左手を突き出した。
その左手から膨大な魔力が熾され、術式を形作る。
最々上級魔術すら一瞬で熾して発動するジィを以てしても、数秒かかったその魔術が発動する。
そして、颱風竜周囲の空気が凪ぐ。
「ジィ、それは魔術なのか!?教えてくれ!」
颱風竜の周りを膨大な量の魔力が覆い、それが空気の流れを止めたのを俺は感知した。また飛べなくなって藻搔く颱風竜の姿は、正直あんまり見ていない。
これが魔術なら、俺でも扱えるようになる。今こんな状況で習ってもほんの慰めにしかならないかも知れないが、最悪の事態を避けることは出来る気がする。それに、どう考えたって先の未来で役に立つだろう。
しかし、ジィから返ってきた返事は、予想だにしないものだった。
「いえ、坊ちゃま。これは魔術ではありません。《そして空は凪ぐ》という――〈魔法〉です」
一瞬、世界の音が凍り付いた気がした。
「……おいおい、マジで言ってんのかよ、ジィ……」
「本気ですとも、坊ちゃま」
「は、ははは……」
ジィの規格外っぷりを知ってる俺でも、乾いた笑いしか返せなかった。
魔法は、個人の〈才能〉。
それが、現代魔術学の、共通した意見だ。
元々世界には、少しの刻印魔術を除けば、魔力を使う技の類は魔法しかなかったという。魔法を使える者は特別な者だけで、誰でも使えるわけではなかった。
しかしある時――約二千百年ほど前――、とある天才が、魔法を体系化し始めた。詳しい話は抜きにするが、そこから第三次魔王大戦を経て出来上がったのが、剣技と魔術――技術だ。
しかし現代にも〈魔法〉が存在していて、魔術と魔法は明確に区別されている。
何故か。
それは、一部の魔法は、あまりにも複雑すぎて、体系化出来なかったから。
魔術というのは、魔法の術式を分析し、術式の何処がどのような効果をもたらすか理解した上で、不要なものを切り落とし、必要な術式を組み合わせたものだ。だから応用性が高く、発動が容易で、なにより学習し訓練すれば基本誰でも使えるようになる。
しかし、歴史にすら残っていないような長い長い人類史の中で、使用され、改変され、工夫され、洗練されてきた魔法は、そう易々と体系化出来る代物ではなかった。
例えば、現代魔術学的観点からみれば無駄でしかない術式を取り除いたら、術式の強度が著しく低下して簡単に負荷過剰術式破損するようになる。
例えば、複雑で無駄の多い術式をより洗練された魔術の術式に換えたはずなのに、魔法の出力や発動速度が低下する。
例えば、範囲や効果、対象を指定する術式に与える関数が不明瞭なままでも、何故か術式が発動する。
魔術でも魔法でも、魔力を熾すにはそれに伴うイメージが必要だ。魔術なら、組み立てる術式一つ一つに伴うイメージが鍵となって、魔力回路が術式通りに魔力を熾す。
しかし魔法のそれは、体系化された術式を学んで、理論的に術式を組み立てるのとはわけが違う。
たった一つの思想で、複雑怪奇極まりない術式通りに魔力を熾す。
その複雑怪奇な術式が、魔術では不可能なほど大規模かつ独特な効果をもたらす。
それが〈魔法〉――〈魔術師〉では真似出来ない、〈魔法使い〉の成す奇跡。
そしてそれは、普通の人間が出来るようになることではない。魔法は、学習で身に着くものではない。
それは完全に類稀なる才能か、それとも代々魔法を受け継ぐ家が行う修行の果てか。
どちらにしても、自分は魔法使いではないと言い切っていたジィが、使えるわけがないはずだった。
可能性は二つ。
一つは、俺に嘘を吐いていた可能性。または、つい最近になって隠れた才能が覚醒した可能性。
これならジィが魔法を使えることに何ら不思議はない。別に俺は、今さらジィが魔法使いだったと言われたって別に驚きなんかしない。
問題は、もう一つの可能性。
即ち、独自に魔法を体系化し、身に着けたというもの。
もしそうなら、ジィはこれまで誰も成し得なかった快挙を成し得たことになる。いや、その程度じゃない。意味があるのかすら分からない術式まで正確に理解し、そしてそれ通りに魔力を熾したのなら――
ジィは、他の魔法も使えるかもしれないのだ。
自在に魔法を撃ち込める人間。
それは、人間の枠を超えた〈戦略級〉技術の使い手と同様、人間の形をした〈兵器〉――
それも、一つ保有すれば人類同士では負けることのない、究極兵器だ。
――ジィ、一体あんたは、どこまで強くなれば気が済むんだ?
「安心してくださいませ、坊ちゃま。私は魔法使いではありませんし、そのような快挙を成し遂げたわけでもございません」
思考の海に沈んでいたら、不意にジィの声が聞こえた。どうやら思考の一部を口走っていたらしい。思わず顔を上げると、さっきまでは天井のように遠くに見えた雲が、視界一杯に広がっていた。もう高度数千メル、下手したら一万メル近くまで上がっているようだ。颱風竜の姿は、真っ白い雲に隠れている。ここまで来ればまぁ、何をしてもバレないだろう。
つまり、ジィが全力を出せる。
「どういうことだ?」
「魔法の術式を解析して理解するような大層な能力を、私は持ち合わせておりません。しかし、あの魔法の存在は、そして効果は知っておりました。ですからこの魔法が発動されたときに、私はその術式を見て暗記し、今この場でその記憶を鍵に再現してみただけでございます」
「お、おぅ、なるほど……って、やっぱり充分おかしいことしてんだろ!」
いや、なんも凄いことしてない的な言い方してるけど、ありえんからな、それ。
現代魔術学では、術式そのものを暗記する必要はあまりない。大切なのは、その術式を正確に組み立てるためのイメージだ。だから術式を見ただけでは、その魔術を発動出来るようにはならない。いくら術式を見たって、その術式を組み立てるためのイメージがなければ術式を組めないからだ。…普通は。
だがジィは、見て暗記した術式そのものを鍵、つまりイメージとして術式を組み立てた。つまり、実質イメージ無しで術式を組み立てたようなものだ。いや、術式そのものとそれがもたらす効果などを使って、術式を無意識が分析し、脳内にその鍵となるイメージを生み出して、魔力回路を操作したのかのかもしれん。
どちらにしろ、規格外極まりない。それだけは確かだ。
「…お前から学ぶことはまだまだ山のようにありそうだな、ジィ」
「ご謙遜を、坊ちゃま。私が教えられることなど、もう数えるほどです」
「あぁ、そうだな。数え上げて一万ってとこか?」
「そんなことはありませんとも」
全く、謙遜が過ぎるのはどっちだか。
それはともかく、そろそろ真面目に目の前の颱風竜に集中するか。このまま距離が縮まらないと、攻撃が出来ない。
颱風竜と飛竜なら、先にダウンするのは体格でも保有魔力でも劣る飛竜だ。しかも俺ら二人を乗せているとなれば、早めに仕留めないとまた被害が拡大する。別に追い払えさえすればそれで良いっちゃいいんだが、そう簡単に諦めてくれなそうだしな。俺らが出国した後でミラストリアが壊滅しましたとか、流石に聞きたくない。
「…ジィ、さっきの魔法であいつを足止め出来るか?」
「不可能ではありません、坊ちゃま。しかし私の《そして空は凪ぐ》では、本家の人間のそれと比べて効果も範囲も一段劣ります。颱風竜を足止め出来たとしても、精々十秒でございましょう」
ジィの力を以てしても、十秒。それが限度か。
あぁ、それで充分だ。
「分かった、それで行こう。あいつを落としてくれ。俺は落ちてきたところを斬る。合図は頼む」
「承知致しました」
そう言って俺は飛竜の背に立ち、愛剣を両手に構え、ジィの合図を待つ。
「それでは参ります。三、二、一、――発動」
なんの気負いもなく、ジィが魔法を行使した。
それと同時に、飛竜が真っ白な雲の中に突っ込む。視界が一面白で埋まり、1メル先を見通すことも出来ない。
ジィが魔法を放ってから三秒後。
俺は、飛竜の背から飛び降りた。
真っ白い雲の中に投げ出された俺の身体は、重力に引かれて加速を開始……しない。最上位魔術《座標固定》で、俺の身体は上空約一万メルで固定されていた。
俺は空中で、膨大な魔力を纏いながら落下してくる、一つの巨大な魔力反応を捉えた。
それを前にして、俺はいつも通り、得意の剣技の魔力を熾す。
それと同時に、同じく膨大な量の魔力とその制御力が、俺の身体に流れ込む。だが、もう慌てることはない。それらを全て練り上げ、鋼のように、いや、それよりも硬い、その先まで――
視界に、白と水色の巨体が現れる。
その視界を、不意に感じた極僅かな違和感まで含めて、翠の光が縦に斬り裂いた。
今回の剣技・魔術・その他です。
座標固定
最上位魔術。指定地点から見た相対的な位置を固定する。物体を強固な壁にしたり、疑似的な浮遊魔術として使用することが可能な便利な魔術だが、術式そのものが脆く無効化魔術に破られやすい。
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