第十二話 颱風竜
「竜族だぁぁああ!!!」
誰かが叫んだその声が閑散とした路地に響き、そこに新たな混沌を生み出す。
そんな図を俺は傍目に見ながら、俺はその場で《望遠眼》を展開して、空を舞うそれを観察していた。
俺の目に映ったのは、
「〈颱風竜〉、か……」
暴風を身に纏って自由自在に飛び回る、鮮やかな白と水色の竜皮を持つドラゴンの姿だった。
颱風竜、吹雪竜、砂嵐竜、などの〈風竜〉は、総じて身体が小さく、竜皮も薄い。しかし風を操れるため、ドラゴンとしても破格の機動力を誇り、また遠距離攻撃を全て風で捻じ曲げてしまうのだ。風による防御を剥ぎ取ることが出来ないと、例えエルフでも苦戦を強いられる、厄介な竜族。
しかも颱風竜はその中でも最も風を操作することに特化していて、また同時に最も気性が荒い。
(攻撃は……もう始まってるのか!クソ!)
そして俺がのこのこと観測している間にも、あいつは暴風を纏った身体で地面に急降下して、ミラストリアを荒らしていく。どうやら相当ストレスが溜まってるみたいだ。ただ戯れで街を壊しているようには見えない。まぁ、戯れで壊されたってこっちとしてはいい迷惑だが。内心でとは言え、久しぶりに悪態を吐いてしまった。
「坊ちゃま、どうなさいますか?」
「何か出来ることはありそう?」
そこで、ダンジョンパレスから出てきたジィとカンナが俺に声を掛けた。
「……取り敢えず、俺はあいつを追う。今すぐあいつを地上に引きずり降ろさないと、今にこの王国は更地に変えられるぞ」
それぐらいに、あの颱風竜はイラついてる。なんとなくだが、ドラゴンの挙動から俺はそう感じた。
実際、竜族ならそれぐらいは簡単だ。一部の古竜や特殊なドラゴンを除いたドラゴン全般の危険度は、第Ⅳ級災害指定とされている。定義は、「一つの大都市または小国に修復不能なほどの甚大なダメージを与える」程度。しかも、ドラゴンが第Ⅳ級に定義されているのは、ドラゴンは余程のことをしない限り人間を攻撃することはないとされているから。
つまりドラゴンは、攻撃の意図が無くてもそれだけの被害をもたらすのだ。
本気でキレたドラゴンがガチで人間社会を潰しに来たら、恐らく第Ⅴ級程度で収まってくれない。竜族討伐依頼は大抵、奇襲して毒やら何やらでドラゴンの調子を弱めて戦うからどうにかなっているだけだ。無拘束のドラゴンの本気は、幾つもの国家が壊滅し、数え上げることすら不可能な量の人間が死んでやっと、討伐に成功する。そんなレベルだ。
ミラストリアは決して小国ではないが、それほど大きな国でもない。颱風竜のイラつきが収まらない限り、本当にこの王国が今日で滅んでもおかしくない。そして、颱風竜のイラつきが収まるのは、多分この国が壊滅した後だ。
今、ミラストリア王国は、そこまでの事態に追い込まれているのだ。
「承知致しました。ですが、攻撃手段は?」
「追いかけながら考える。接近しても《翠華》じゃ届かないから、あれ以上の射程の魔術を使うか、いや……」
などと、攻撃手段を考えて思考の海に沈むところだったが、
「……坊ちゃま、畏れ多きことを言いますが、それは追いながらでも考えられるかと」
ジィがその海から引き揚げてくれる。流石は俺の執事、俺よりも俺のことと状況をよく分かっている。
「…あぁ、そうだな。分かった、俺は追う。ジィ、カンナを頼む」
「承知致しました」
そう言い残して俺は、空から降ってくるドラゴン目掛けて、疾風と化して突っ込んだ。
*
「クリムさん、速いなぁ…」
ほんと、暴風そのものみたいだ。走り出したと思ったら、すぐ姿が見えなくなっちゃったもん。
「さて、どうなさいますか?カンナ様」
ん、ジィさん?
「どうなさいますか、って?」
ジィさんの質問の意図が分からなかったので、そのまま聞き返しちゃったよ。
どうなさいますかって…どういうこと?
「私は坊ちゃまからカンナ様を頼むと言われました。しかし、私に出来るのは精々貴女を避難所に連れていく程度のことです。であれば、次の行動は、カンナ様がお決めになるべきではないかと思うのですが」
ジィさんは、こんな時でもいつもと同じ穏やかな笑顔で、そう説明してくれた。未だにジィさんに敬語で話されるのは慣れないけどね……。
でも、確かに、ただ避難して隠れてるだけじゃ気が済まないや。その間にも、クリムさんは着々と戦って、ドラゴンを追い払おうとしてるはずだし。
だったら、どうせなら――
「二人とも、出来ることをしましょう、ジィさん。私は私がやれることをやる。ジィさんは、ジィさんがやれることをやってください」
「承知致しました。では、何処で合流しますか?」
合流かぁ…。あんまり考えてなかったな……あ、そうだ!
「あのドラゴンがいなくなったこの国で、かな」
ちょっとくさいかも知れないけど……いや、やった、笑ってくれた!ありがとう、ジィさん。
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらしゃいませ、カンナ様」
そして私は、自分の身体に《上位身体強化》をかけて、さっきのクリムさんが言った道を追うように走り出した。
私だって、戦える!
*
「好い子ですね」
ダンジョンパレス前に一人取り残された私は、その場で一言、ぽつりと呟いた。
人の好い人というのは、そこまで希少種と言うわけではない。でも、何時でも何処でもそんな風に考えられる人は、きっと珍しいのではないかと思うのだ。それも、こんな命の危機が迫っている中で。
どうか、その心を忘れないでほしい。年寄りの目線から、私はそんなことを思った。
(彼女なら坊ちゃまが惹かれるのも……おっと、これ以上は脳内でも危ないですかね)
今に坊ちゃまが「おい、何ニヤついてやがる、ジィ」などと言いながら現れるのを想像してしまい、私はそこで思考を一旦断ち切る。
カンナ殿の言う通りだ。今は私も、まずやれることをしなくては。
私がそう決断した時、何故か私を包むように土煙が何処からともなく発生し……
そして、もうそこに私はいない。
*
「冒険者ギルド本部所属、〈銅の称号者〉のカンナ・ベイブスと申します!後方部隊の支援を志願させて頂きたく参上しました!」
「今ならどこの誰でも歓迎だ!嬢ちゃん、こっち来てくれ!すぐこれに取り掛かって欲しい!」
「はい!!」
*
「あぁくそっ!!」
本日二回目の悪態を、今度は口に出して吐いて、俺は忌々しく空を見上げる。
ドラゴン目掛けて突っ込んだ瞬間、《空気誘導》で空気の流れを乱れさせて、颱風竜が纏う暴風の威力を相殺してみたのだが、それに気付いた颱風竜に、明らかにマークされてしまった。流石にドラゴンの集中攻撃を捌きながら魔法で生み出された気流を操作出来るほど、俺はまだ人間離れ出来ていない。……いや、していない、と言う方が適切か、普通。
(《土煙に塗れた亡霊》……)
そんな時、俺の魔力回路が、ジィの魔力反応の周りに複雑な魔力が熾ったのを感知した。熾された魔力はジィの周囲を余すことなく包み、そしてジィの魔力反応ごと消失する。
勿論、ジィが死んだわけではない。ジィの魔力反応は、ある別の場所に出現している。《地獄行切符の押売》同様ジィが編み出した、最々上位の転移魔術だ。
「そうか……なるほどな、ジィ」
そして、ジィの魔力反応が再出現した場所を確認して、俺はジィの考えに気付いた。確かにそれなら、颱風竜に攻撃を与えられるようになる。
(だったら、俺のやることは、まず冷静になることだ)
焦っている状態じゃ、思いつくアイデアも思いつかない。一回息を吐き出して、俺は自分をクールダウンさせた。
(まずは……こいつを、どうにかする!)
その瞬間、下降姿勢に入った颱風竜が、俺の周囲に暴風を生み出す。何もしなければもみくちゃにされて何かに叩きつけられ、身体に結構なダメージを負いそうな、自然災害クラスの暴風。
俺はそれをこれまで《真空領域》で消し飛ばしていたが、魔術を《空気誘導》に切り替え、気流をほんの少しだけ捻じ曲げることで俺の周りに乱流を生み出し、気流を相殺する。
俺の場所だけ無風、その周囲は強烈な暴風。これぞまさに、「颱風の目」だ。
そして、俺が封じ込められたと思って降下を開始してきていた颱風竜に対して《空気誘導》を発動し、その降下を不安定にさせる。さっきまでは《真空領域》と《空気誘導》の高いレベルでの同時発動を強いられていたが、今発動しているのは《空気誘導》だけ。それで、やっと颱風竜が纏う気流に影響を及ぼす余裕が出来た。
とはいえ、〈魔法〉に魔術で対抗してるんだから、いくらジィに訓練してもらっていた俺でも多少は疲弊する。それでも、魔術の手を緩める気はない。いや、むしろ、ここからが正念場だ。
そう思った途端――不意に、空の風が凪いだ。
魔術とは思えないその強力な魔力の影響で、颱風竜を覆っていた気流が全て剝がれる。その瞬間に王国軍が放った総火力攻撃は、颱風竜に姿勢を回復させる隙を与えなかった。
不安定な姿勢で地面に落ちてきた颱風竜は、このままではまずいと判断したか、自分の周囲に満ちた魔力を自分の魔力で吹き飛ばして、自分を一気に持ち上げるような気流を生み出す。さっきの空が凪いだやつではギリギリ術式破損せずに耐えていた俺の《空気誘導》も、その圧倒的な魔力によって吹き飛んだ。
そして、それこそが狙いだった。
降下中のドラゴン一頭を真上に引き上げられる風力など、並大抵のものではない。その余波だけで人間は吹き飛び、建物の壁は抉られる。
俺は、それだけの力を持つ気流に向けて、颱風竜が纏う気流を操作していたのとは別に待機させていた《空気誘導》の術式に魔力を流し込んで、魔術を発動する。
自分を持ち上げるはずだった力を逆転させられて、颱風竜の落下が加速する。衝撃波で周りの冒険者や衛兵が吹っ飛び、言うまでもなくその下の建築物はペチャンコ――とはならず、大体の原形を留めたその街に、颱風竜は巨体を叩きつけた。
上位魔術、《物質硬化》。指定した物体の強度を引き上げるその魔術を俺は、落下地点全ての建築物に対して発動していたのだ。
結果、建物は殆ど破損せず、颱風竜は高さがてんでばらばらな針山のような場所に落下したことになる。まぁその程度でドラゴンは負傷しないし、案の定、気流を操ってすぐに態勢を立て直し、高速で上空に逃げ去ろうとするが……
「一撃も喰らわないで、帰れると思うなよっっ!!」
俺はここ数分だけで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、颱風竜を追っかけながらシミュレーションしたイメージ通りに魔力を熾し、それらを全身と愛剣に行き渡らせて――
「《地平線を薙ぐ刃》っ!」
真っ白な光が空を切り裂いて伸びていき、上空300メルまで上昇した颱風竜の翼の根元の骨を、竜皮の上から叩き折った。
《地平線を薙ぐ刃》。地平線までの全てを切り裂く剣。
《皓の剣術・白刃》と《翠の剣術・若葉》を組み合わせたような感じで魔力を熾し、威力でも速度でも手数でもなく、ただひたすら射程に重きを置いた、全く新しい剣技。
大量の魔力を込めさえすれば自在に射程を変えられるこの剣技なら、颱風竜であれど、攻撃を逸らすことは出来ない。
颱風竜は、まさか自分を攻撃する手段があると思ってなかったのだろう。急に左の翼が使えなくなった影響で、空中でバランスを崩している。
一方の俺も、《地平線を薙ぐ刃》はぶっつけ本番で使ったもんだから、続けて魔力を熾すのには慣れてなくて追撃出来ない。
そうこうしているうちに、颱風竜は目に見えないほどの上空まで上がってしまった。あそこまで上がられてしまうと、流石の《地平線を薙ぐ刃》でも攻撃出来ない。地平線を薙ぐ刃、世界の終わり、なんて大層な名前を付けたが、これ名称詐欺だしな。流石に今はまだ、地平線までは届かない。
「お待たせいたしました、坊ちゃま」
まぁ、その代わりに、これを使うわけだが。
「待ってたぜ、ジィ」
今回の剣技・魔術・その他です。
望遠眼
下位魔術。視野が狭まる代わりに、遠くのものが鮮明に見える。
土煙に塗れた亡霊
最々上位魔術。土煙に紛れて自分の身体などを全て魔力に転換し、別地点に移動させてから実体化する。土煙は現実のものではなく、物体を魔力に換えたが故の莫大な魔力を隠蔽するために、同じく膨大な魔力を消費して発動する《最々上位魔力隠蔽》が、現実世界に土煙として現れているだけである。
真空領域
中位魔術。指定した範囲内から空気を弾き出す。
物質硬化
本話参照
地平線を薙ぐ刃
本話参照
皓の剣術・白刃
速度・威力共に優れた一太刀を放つ。手数に関しては、連続して魔力を熾すのが非常に容易という特徴がある。
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