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第十話 迷宮の主

 壁が左右に開き切り、俺らはその中に入れるようになった。天井も一気に高くなり、途端に開放感を感じる。その中では、最上位豚魔族(オーク・ハイエスト)――醜い豚の顔と小さな人間の身体を持つ豚魔族(オーク)を、身長3メルで筋骨隆々にしたような奴――が、胡坐をかいて中央に座っている。


「これ、回廊におびき寄せられないか?」


 少し思いついた俺はそうカンナに聞いてみるが、


「ううん、無理だよ。だってほら」


 というカンナの返事と共に、開いていた壁が自動的に閉まり始めた。


「ジィさん、クリムさん。この中に入ったら、もうあいつを倒すまでここからは出られないからね!気を付けていくよ!」


 確かに、この壁は内側から開けられそうな構造をしてない。あいつを倒すまで、俺らは一歩もここから引けないってことか。

 直径100メルはありそうなここの中央で、オーク・ハイエストがゆっくりと立ち上がる。右手に握るのは、刀身の幅が人間の肩幅ぐらいはありそうな大剣。


銀色の魔狼(シルバー・ハイウルフ)と比べたら物足りないかもしれないけど、この敵はジィさんとクリムさんが倒してみて。瞬殺だと思うから!」


 どうやらカンナは、(ボス)を倒すという名誉を、俺とジィに譲ってくれるらしい。そういうことなら、しっかり仕留めさせてもらうか。


「ジィ、少し試したいやつがあるんだが」

()()ですね、坊ちゃま。何も私に確認する必要など不要だと思いますが…あのモンスターなら、使っても問題ないかと」

「分かった。万が一に備えて、一応準備しといてくれ」


 ジィの返事にそう答えて、俺は右手の愛剣を軽く斬り払ってから、すたすたとオーク・ハイエストに歩み寄る。

 俺のその動きを挑発と取ったか、オーク・ハイエストがその場で一つ大きく吠えて、俺に突撃してきた。


(魔力を(おこ)すイメージはある。問題は、発動するタイミング……)


 別に、こんな技を使わなくてもあいつを倒すことなど容易い。なんなら、あの場で《体内爆散(ボディブラスト)》でも何でも使えば、()()()()()のモンスターなら簡単に潰せる。

 ただ、この魔術は、使って失敗しました、では許されないのだ。元々これは、雑魚敵に使うような魔術ではない。ジィの援護も期待出来ないような、本当の窮地に陥った時を想定してる。だから、もし本当に使うことになれば、その時には間違いなく発動出来ないといけないのだ。


 何故なら、もし本番で失敗したなら、即ち俺は死ぬからだ。


 ジィとカンナから10メルほど離れたところで、俺は足を止める。それ以上動く気のない俺に目掛けて、その巨体に見合わない恐ろしい速度で、オーク・ハイエストは迫り来る。大剣を地面すれすれで持ち、俺を打ち上げようとする構え。武器を使う魔物(ビーイング)達が使う剣技のようなものの一つ、《アップライズ》だろう。

 俺のその予想通り、オーク・ハイエストの大剣が禍々しい黒紫色の光に包まれた。突進の速度が一段と速くなり、オーク・ハイエストは数メルの距離を一瞬で詰めて――

 俺の身体を、天井高くまで打ち上げた。



(……まだだ!)

 防護魔術も何も取らずに、魔力を織り込んだ大剣を腹に受けた俺は、腹から顎が縦に裂け、臓器の多くが無惨に抉られていた。もし放置すれば、あと数秒で死ねるだろう。まぁ、実際はジィの治癒魔術が待機してるから、そんなことはないのだが。

 そして俺はまだ、魔術の発動に失敗したわけじゃない。殆ど消失した意識を敢えて現実の感覚から切り離すことで、現実の影響を受けずに魔力回路の制御力を操り、複雑精緻な術式通りに魔力を正確に(おこ)し、そして、


(《地獄行切符の押売インフェルノ・チケット・セーリング》ッ……!)


 その魔術を発動した。



 俺の身体から魔力が溢れ出した、その次の瞬間には、


「……成功だな」


 ()()()()()()()()()でジィとカンナの目の前に着地した俺と、


「グルアアァァァアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 悲鳴のような咆哮をあげて、()()()()()()()()を抱えるオーク・ハイエストがいた。



 《地獄行切符の押売インフェルノ・チケット・セーリング》。

 それは、「自分が受けた損傷(ダメージ)を、指定した相手に押し付ける」、最々上位魔術。

 原理は、自分が受けたダメージと全く同じだけの生命エネルギーを指定した相手から奪い取り、その生命エネルギーを自分の身体の修復に転用するというもの。全く同じだけの生命エネルギーを同じ形で奪われた相手には、それを再現して自分と全く同じ損傷を受けたような損傷(ダメージ)痕が残る。

 生命エネルギーを直接奪い取るから、如何なる防護魔術でも障壁魔術でも減衰魔術でも回避不能。よっぽど生命維持魔術か術式破壊魔術に長けていない限り――即ち、ジィ以上にそれらが使いこなせない限り――、これを防ぐことは出来ない。


 つまり、即死しない限り、永遠に死を他人に擦り付けられる魔術。


 これが俺が新しく身に着けた――、そしてジィがいつの日にか()()()()()、最後の切り札の一つだった。



「えっ、や、い、今の、な、何……?」


 後ろでカンナが、驚きで最早表情を失って聞いてくる。ちなみに、さっきの一撃でオーク・ハイエストは死亡し、その身体からちゃんと転移用の魔石が転がり落ちていた。


「ちょっと珍しい反撃魔術(カウンタースキル)だ」

「で、でも、さっき、じょ、上半身、さ、裂け、裂けてて……」


 あぁ。そういえば、反撃魔術(カウンタースキル)は使っても怪我しないんだったか。俺はあまり好みじゃないから、どんな感じかを忘れてた。


「そうだったか?まぁ、どちらにしろ今はこの通りだ。気にするな」

「う、あ、わ、分かった…………?」


 本当ならここで忘却魔術でも掛けた方が確実なんだろうが、カンナのことを信じて、それはやめることにする。取り敢えず、また放心状態になってしまったカンナを抱えて、さっき転がった魔石の傍に行った。


「普通に魔力を込めるだけでいいんだよな?」

「はい。カンナ様はそのようにしておられました」

「分かった。先に、魔石を集めないとな」


 そう言うとジィは回廊に一旦出て、《物体誘引(アトラクティング)》で魔石を全て集めてきた。八十個ぐらいの魔石を《空間拡張エリアエクスペンション》を掛けた俺のコートの内ポケットに納めてから、あの魔石に手を触れようとして、


「坊ちゃま!」

退()け!」


 同時に俺らは飛び退いた。


「うわぁ!…ってわわぁ、クリムさん!?降ろして!」

「あぁ、すまない」


 どうやら抱えていたカンナも、今の俺らの声と動きで放心状態が解けたらしい。カンナをその場に降ろして、俺らはその魔石から距離を取る。


「なんだ、あの魔力……?」

「制御力で操作された魔力よりは、過剰魔力と言う感じでしょうか」

「あぁ、俺もそう思う」


 俺らが近づいた瞬間に、魔石が、恐ろしく大量な魔力を放ったのだ。

 そんな会話をしていたら、魔石の周りに急に霧が生まれ始めた。


「ジィ、あれは」

「ごく普通の霧でございますね。あれ自体に魔力は込められておりません」

「やっぱりか…。まぁいい、一応障壁魔術を展開しよう」


 俺のその声と同時に、ジィが個々の身体の表面を包むように、俺が三人全体を覆うように、《最上位攻撃遮断アタックシャット・ハイエスト》を展開する。霧はどんどん広がっていき、俺らの障壁の内部にも広がってきた。だが、障壁をすり抜けるということは、やはりこの霧単体では攻撃出来ないということだ。


「どういうことだ……」


 と、俺が言った矢先。急にあの魔石から、迸るような電光が奔った。


「わぁっ!」


 輝いた()()電光は、霧を伝って部屋中を駆け巡り、俺らにも迫って……勿論、俺の《最上位攻撃遮断アタックシャット・ハイエスト》で遮られる。こういう時のために俺らは魔術を展開してたんだから、この結果は当たり前だ。それよりも、


「紫……?」


 俺は、その電光の色が気になった。


 この世界では、雷は幾つか種類がある。普通の雷は、電子があーだかこーだかして起きるやつだ。勿論、その色は黄色。

 だが、紫色の雷は――というより、普通の雷でない全ての雷は――、厳密には雷ではない。

 魔力は通常、術式を通して現実に影響を与える。だが、その量が膨大になると、魔力は術式を介さずとも現実に影響を及ぼすようになる。その影響の再現に最も適切なのが、現実世界で言う雷と言う形態なのだ。

 雷と全く同じ外見で、雷と全く同じ影響を及ぼしてはいるが、電子のあーだこーだで生み出される物理現象とは違い、魔力によって生み出されている代物。


 魔石は自分で魔力を制御することはないから、あの瞬間に、何かがこれだけの過剰魔力を生み出したのは間違いない。

 だが、その源となる魔力を探知出来なかったから、ダンジョン(この場所)に何かが現れたわけではないだろう。となれば、あれが転移用魔術を発動する魔石であることも考慮すれば、次に可能性が高いのはこの過剰魔力が実世界から生み出された可能性だ。

 そして、たかが人間の過剰魔力ぐらいでは、幾ら集まってもこんな大規模な電光は生み出せない。それこそジィみたいな奴じゃないと、とてもじゃないが不可能だ。同様の理由で、魔族(モンスター)の大量発生というわけでもないだろう。

 過剰魔力だけで、霧を生み出し、電光を引き起こせる生物、生命体と言えば――


「――まさか!?」

「…可能性は大いにあるかと」


 その一言だけで、ジィは俺が何を考えたのか分かったらしい。そして、それが現実だとしたら、それは――


「カンナ、さっきの小部屋に戻る。少々手を貸してくれ」

「わ、分かった…ってきゃあ!」


 そういってカンナが伸ばした手を掴み、俺は一気にカンナを抱え上げる。そして、俺とジィが一瞬のうちに《最々上位身体強化(アシスト・マキシマム)》を発動し、その次の瞬間には小部屋の前の壁についた。壁を開ける時間も勿体なくてそのままの勢いで壁を()()()()、ジィと手を重ねてそこの台座にある魔石に魔力を込める。勿論カンナにも魔力を加えたので、カンナだけ取り残されるようなことはない。


 そして、もどかしいぐらいにゆっくりと、眩い光が俺達を包み始めた。

今回の剣技・魔術・その他です。


アップライズ

武器を地面すれすれに構えた状態で突撃し、相手に向けて振り上げる。主に魔族(モンスター)が魔力を(おこ)して使用するが、人間が真似することも可能。


地獄行切符の押売インフェルノ・チケット・セーリング

本話参照


物体誘引(アトラクティング)

中位魔術。一定範囲内の指定した物体を自分の元に引き寄せる。


空間拡張エリアエクスペンション

最々上位魔術。指定した場所の空間を拡張し、外部より広い内部を作り上げる。


最上位攻撃遮断アタックシャット・ハイエスト

攻撃遮断(アタックシャット)》の最上位魔術。かなり強い攻撃までなら、指定した場所を通過するのを防ぐ。



お読み下さり、ありがとうございます!

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これからもどうぞ、よろしくお願いします!

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