第九話 〈回廊迷宮〉
眩い光が晴れ、次に俺が見たのは、ごつごつとした暗い岩で出来た壁だった。
(懐かしい…?)
その空気を一回吸って、俺は何故か懐かしいと感じた。俺は実は前世でも冒険者で、その時ここに来たことがあったんだろうか。
「ジィ?カンナ?」
「ここにおりますとも、坊ちゃま」
「カンナもいるよ~!みんな、ちゃんと来れたみたいだね!良かった!」
声のした場所に振り返れば、別に何も変わらぬ姿のジィとカンナがいた。確かに、ちゃんと転移出来たらしい。
そこは、小さな部屋だった。大体六人ぐらいが定員のようだ。小さな部屋の中央では、さっきの魔石を小さくしたような魔石が台座に埋まっている。そして、ある一つの壁の裏から、幾つかの魔力反応を捉えた。
「えっとまず、ダンジョンの中は特にあっち側と変わらないから、あんまり気にせずに剣技も魔術も使って大丈夫だよ!ダンジョンの壁は破壊不能だから、多少抉れても破壊されることはないしね!」
「…そうか。続けてくれ」
カンナの台詞に少し疑問を覚えたが、まぁあまり関係ないので特に気にせず続きを促す。
「分かったよ~!まずね、このダンジョンの名前は、〈回廊迷宮〉だよ!このダンジョンは他と違って、他人が来ないの。つまり、私達の貸し切りだね!まぁだから、味方以外に助けを借りられないって怖さもあるけど」
逆に言えば、他のダンジョンではみんな同じ場所に移動するのか。此処みたいなところの方が稀、と。
「えっと、この部屋を出ると、外は回廊みたいになってて、そこで戦わないといけない。そして、大量に湧いてるモンスターをどんどん倒していくんだ!出てくるモンスターは、小魔族、小魔族長、豚魔族、上位豚魔族、骸骨、骸骨騎士、腐人、狂化腐人、ってとこかな」
「そこまで強いのはいないな」
これなら確かに、苦戦することはなさそうだ。さっきミラ殿に今日はパーティかと言われていたが、これならカンナが一人で来るのも納得だ。
「ん、そうだね~。いっぱい出るのは怖いけど。でも、そいつらを倒し切っただけじゃ終わらないよ!そのうちのどれか一体が持ってる鍵を使って、回廊の真ん中にあるボス部屋に入らなきゃいけないから!」
「ボス、か……。出る奴は?」
「最上位豚魔族。三人しかいないけど…まぁ、大丈夫かな」
「問題ないだろう。たかが豚魔族だ。知能は低い」
知能が低ければ、いくら力が強くても雑魚と同じだ。…というかカンナ、一人で来られるんだったら、別に心配なんて要らないと思うが。
「でも最上位だからね…。…まぁいっか!クリムさんもジィさんもいるし!」
カンナは俺らと一緒に戦ったことはないはずだが、やけに信頼されてるな。まぁ、その信頼を裏切らないように頑張るか。
「それで、そこの壁をひっくり返すと本当にダンジョンに入るよ。合計で二百体以上出てくるから、まずはそれらを片付けよう!あ、ヤバいと思ったらこの部屋のその魔石で現実に帰れるから、心配しないでね」
「あぁ、分かった」
まぁジィがいるし、流石にそれはないだろう。最悪、ジィがダンジョンごと吹き飛ばせばいい。
「よし、じゃあ開けるよ…って違う違う、みんなの戦い方を聞いてないや!あぶない!」
さっき指差した壁に手を掛けたところで、カンナは慌ててこっちを振り返った。全く、忙しない人だな。こっちが心配になってくる。…おいジィ、なんでニヤけてやがる。
「えっと、言ってなかったけど、私は基本的に前線だよ!魔術より剣技の方が得意かな。一人で来ることもあるからある程度の治癒魔法とか防護魔法とかは使えるけど、それ以外はさっぱりダメ」
「俺も似た感じだ。位置は前線、魔術と剣技なら剣技の方が使いやすい」
「私は後衛になります。多少、補助魔術などを嗜んでおりましたので」
いやそれ皮肉だろ、と言いたいとこだが……まぁ確かに、他と比較すれば、嗜み程度しかやってないな。その出来は明らかに嗜みの域じゃないが。と言うか最早、極みの域だが。
「分かった!じゃあ、私とクリムさんが前衛、ジィさんが後衛で!でも、このダンジョンは回廊みたいになってるから、ジィさんを挟んで私とクリムさんが左右、って感じかな。クリムさん、どう思う?」
「あぁ、それで良いと思う」
それ以外に良い方法もないだろう。勿論、ジィが暴れるというのは抜きで。
「じゃあそれで!それでは皆さん、ここからが本当のスタートだよ!レッツゴー!」
その声を合図として、カンナが壁の端を押す。
そして俺らは、一気に回廊に躍り出た。
「動き辛いな……」
予め魔力を探知していたゴブリンの頭を素手で弾き飛ばして、俺は回廊の左を向いた。そこには、ゴブリンやスケルトン、ゾンビなどがうじゃうじゃいる。幅5メル、高さ3メルぐらいのこの回廊(というより、窓がなくて曲がった廊下だ)では、まるですしずめにされているみたいであまり見てて気持ちよくはない。そして、天井が低いせいで、剣を振るうのが億劫だ。
「カンナ、進軍してもいいのか?」
「進軍?」
「すまない、言い方が悪かった。敵を漏らしさえしなきゃ、前に進んでも平気か、と言う意味だ」
「あぁ…。理論上問題はないけど……クリムさん、流石にそこまで余裕、ある?」
「大丈夫だ」
カンナは俺を心配してそう言ってくれたんだろう。まぁ確かに、銀色の魔狼を倒してちょっと有名人になってるが、本来俺はまだ〈石の称号者〉。先輩冒険者としては、心配したくなるのも分かる。
だが、たかがこの程度の量の敵に苦戦してるようでは、到底ジィの足元にも及ばない。俺だって伊達に、ジィと一緒に放浪してたわけではないのだ。まぁ、今でもジィの足首ぐらいまでの実力しかないとは思うが。
後ろでカンナが、剣を振るって敵を切り裂く音が聞こえる。一体一体確実に倒してるのは、ジィにも倒す敵を与えるためだろうか。実際、時々ジィの魔術が炸裂して、モンスターたちを粉々にしている。言うまでもなく、本気なんて出してない。
まぁ、こっち側は俺しかいないから、俺の好き勝手やらせてもらおう。
取り敢えずちょっと近くなりすぎたゴブリンやらスケルトンやらを《翠の剣術・若葉》で一掃し、俺は左手を目の前に突き出した。魔力回路の制御力で魔力を熾し、術式を組み上げる。ゴブリンやオークが突っ込んできてるが無視。どうせすぐ完成する。
「クリムさん!?」
俺の魔力を感知して後ろを振り向いたのか、カンナの悲鳴が俺の耳に入った。脳裏に一瞬、泣き出しそうな顔をしたカンナの顔が浮かぶ。
「《暴風螺旋》」
その泣き顔を消し飛ばすようにして、瞬間、俺の左手から、回廊一杯の暴風が渦巻くように放たれた。
その暴風は俺の左手からどんどん伸びていって、モンスター達を一斉に巻き込み、切り裂き、吹き飛ばしていく。魔力の熾し方を少し変えたことで、暴風の渦は回廊に沿って曲がりながら伸びて、経路上のモンスターを喰らい尽くしていく。
暴風の螺旋が去った後に残ったのは、全身をズタズタに裂かれて死亡したモンスター達が遺した、青紫色に輝く小さな魔石の道だった。
「嘘おおぉぉおおおおお!?!?!?」
「カンナ様、少々失礼」
おぉ、ジィナイス。カンナがゾンビの餌食になるとこだった。
「あ、えっ……あ、ジィさんありがとう…。……うん、いい、今は気にしない!私はこっちに集中!クリムさん、好きなだけ進軍しちゃって!魔石の回収は後!」
「了解だ」
そして俺は、疾風の如く回廊を駆けていく。
ダンジョンの壁を傷つけないように《暴風螺旋》の威力を弱めていたせいで、小部屋の反対側ぐらいに居たオーク・ハイ三体とスケルトンナイト四体を倒し切れていなかった。
……そういえばここ最近、対雷撃竜戦の《翠華》と言い、対銀色の魔狼戦の《斬波》と言い、冒険者登録の時の《大弧閃》と言い、そして今回の《若葉》《暴風螺旋》と言い、魔力による攻撃に頼りすぎて、肉体を疎かにしていた気がする。
なので、敢えて魔術も剣技も使わず、純粋な自分の体捌きと剣術だけでそいつらを片付けることにした。壁があるのはありがたいが、やっぱり天井が低いと動き辛くてしょうがない。
壁や天井を蹴って三次元的に跳び回りながら、取り敢えず七体全部を始末し、それから魔石を傷つけないように全て魔術で端っこに寄せた。
そこから少し奥、小部屋の丁度反対側に位置するであろうところに壁があったので、小部屋の時と同じ要領で端を押す。すると壁は中央を中心にくるりと回転して、反対側にモンスターの群れが見えた。
モンスターの隊列の真後ろに出たようなものだから、見えたのはオーク・ハイの背中。見えると同時に、縦に真っ二つに斬り裂いた。
ここで魔術を使ってカンナ達の方に流れ弾が行ったりしたら洒落にならないので、さっきと同じで魔力を使わずにどんどん敵を片付けていく。
オーク・ハイを五体、スケルトンナイトを七体ぐらい倒したところで、回廊の反対側にカンナとジィの二人が見えてきた。一応二人の魔力は捉えていたが、やはり肉眼で捉えられる方が安心する。飛び掛かってきたマッドゾンビを剣の腹で押し飛ばすようにして打ち返してから、俺はもう一度敵の塊に飛び込んだ。
「すっごい…」
十分後。俺らは、回廊にいるモンスターを一掃し終えていた。
「三人いたしな。そりゃそうだろう」
いつもなら、カンナは一人で来てるらしいしな。
「えっ、いや、でも……ええい、いいや!気にすんな!これがクリムさんだぁ!」
「……あの…カンナ?」
「…はっ」
なんか突然叫んだと思ったら、カンナはその場で赤面してうずくまった。そんなに恥ずかしかったのか。全く、本当に忙しない人だ。取り敢えず俺もしゃがんで、カンナの方に手を置いて話しかける。
「カンナ。一掃したとはいえ、ここは一応ダンジョン内だ。取り敢えず、先に進もう」
「あっ…う、うん、そうだね。じゃあみんな、鍵を探して!一個だけ変に整ってる魔石があるから!」
「これか?」
高さのない六角柱型をした魔石が、カンナの足元にあった。
「あっ、灯台下暗し…。え、えっと、じゃあ、次は鍵穴!ダンジョンの内側の壁で、これと同じ形にへこんでるところがあるはず!」
「それでありましたら、私に思い当たる節がございます」
「案内してくれ、ジィ」
「承知致しました。では、こちらへ」
そう言ってジィは、自分達が歩いてきた道を戻っていく。少しして、確かにジィの指さすところに鍵穴があった。
「こちらでございます」
鍵穴と言っても魔動鍵だから、あるのは六角形の溝と、その中に彫られた刻印だ。…その刻印に少し違和感を覚えたが、まぁ機能することは間違いなさそうなので、カンナが魔石を嵌めるのを止めたりはしない。
「それじゃあ、行くよ!」
そう言ってカンナが、魔石と刻印に魔力を込めた。
その瞬間、魔石と刻印が青紫色に輝き、重々しい音を立てて壁が動きだす。壁はまず後ろに引っ込み、それから横にずれていく。
とうとう、〈迷宮の主〉と対面だ。
翠の剣術・若葉
魔力で刀身を延長しつつ、横一文字に剣を振るう。始めと終わりでは刀身は延長されず、振るっている途中で伸びて縮むため、横に壁などがあっても前方の敵をまとめて斬ることが出来る。
暴風螺旋
最上位魔術。魔術の起点を中心として渦巻く暴風を生み出し、それを前方に直線的に伸ばしていく。雑魚敵を一掃するのに向く魔術。一度発動すると方向は変えられない。
お読み下さり、ありがとうございます!
もしよろしければ、評価やブックマークをしていただけると、筆者の執筆の心の支えになります。
これからもどうぞ、よろしくお願いします!




