第13話 サムハラ①
松野は”一仕事”終えた後、萬屋「川中島」に赴いていた。
「川中島」は金さえ払えば何でも(殆どのことは)任せることが出来ると”裏”で評判の店である。
店主:平仲久は松野と知己であり、仕事は確実に履行するとあって彼らは固い信頼関係を築いていた(少なくとも松野はそう思っていた)
「川中島」は、武陽歓楽街からかなり離れた場所、俗にいう貧民窟にある。
浮浪者が転がる中を足早に駆け抜けた小男は、少々息を切らしながら目的地もとい「川中島」の鉄扉にすがりついた。
”ガコンッ”と重厚感のある音の後、開かれた空間が現れた。
6畳一間ほどの土瀝青で舗装された床、四方は漆喰によって白く塗り固められていた。
入って右側の壁にはどこの誰とも分からない人物が漆喰画に描かれている。
薄汚れた外観に対して、その空間は塵一つなく、非常に整頓されていた。(逆に言うと、がらんどう・何もない空虚を感じさせるものでもあった)
奥には松野の頭頂スレスレな高さの木製の扉があり、真鍮製のドアノブが怪しく光を放っていた。
扉には蓋つきの覗き窓と叩金が付いていたが、ノブに鍵穴などは見当たらない(店員たちはどこからか裏口を通じて出入りするのだろう)
松野は叩金を掴み、3回打ち鳴らした。
しばらくの沈黙の後、のぞき窓の蓋が開き内側から高めの、しかし くぐもった声が聞こえた。
「はぁい。何か御用ですか?」
松野はかつて知ったる平の声が聞こえないことに不安を憶えながらも、問いに対して応えた。
「えぇと・・・一つ依頼をお願いをしたいのですが・・・平さんいらっしゃいますか?信用電板はありますが・・」
信用電板は中産階級以上が保有を許されるものであった。多くは黒い板状の基盤に電子回路を組み込んだもので、特定の機器に通すことで決済を行うことができるものであった。
「支払いできればなんでもいいよ。まぁ、入ってどうぞ」
そう声が響くと、扉がゆっくりと開かれた。
なるほど、中から出てきたのは齢18ほどの小娘であった。
「貴方は・・・平さんの娘さんでしょうか?長らく彼とは会っていないが、子供がいるとは聞いたことがない」
「平千佳と言います。平の姪です」
ぶっきらぼうながら、望む答えが返ってきたことで松野は満足した。
「うーん、なかなか頼みにくいことなんですが、端的に言いますね・・・死体を一つ片づけてほしい」
松野もまたビジネスライク・かつ唐突に依頼をきりだした。
「えっ」
小娘は動揺を抑えきれなかったようだ。
「何も驚くことはないでしょう、ここは萬屋なのだから」
「う、うーん確かにここは”そういうこと”もやってますけど、コレ高いですよぉ・・・」
不安と焦燥の入り混じった感情を上目遣いを使って松野に訴えかけてくる。
(うぅんこの小娘ェ・・・”仕事”をするだけでしょうがぁ・・・)
松野はそう思いながらも、平千佳の脚絆のポケットから出ている鍵留に目をとめた。
「それ、美的公団の藤井くんでしょう?」
松野がそう言うと、小娘は目を輝かせた。
「おじさん、藤井くん好きなんですかぁっ? ていうか年寄は偶像に興味ないでしょ!?」
小娘のその言に松野は更に怒りを増幅された気がしたが、平静を装って続ける。
「私も藤井くん、好きだよ。打楽器担当の松田くんも好きだけど。(昔お世話になった)戦略基盤軍出身だし」
男性偶像集団美的公団「マッシブ・アクティブ・センシティブ」は6人組の偶像集団であり、構成員はそれぞれ陸海空軍・水陸両用軍・空挺軍・戦略基盤軍から一人ずつ選出されている官製偶像として知られている。
「藤井くんに免じて、この”仕事”受けるよ」
小娘は急に元気になったようで、これには松野も満面の笑みで
「よろしく頼みますよ」
と答える他なかったのだった。
小娘はすぐさま電信機で処理業者に連絡を取っているようだった。
松野は一時の安堵を感じ、長い溜息を吐いたのだった。