序
彼方から155粍牽引砲の咆哮が響く。
「始まったか」
男はそう呟くと、胸当から弾倉を取り出した。
連発銃に装填を行い、右側の槓桿を引く。
敵機甲部隊があと数刻もすればやって来る。
こちらは丘に身を隠しているため、相手の視線が通ることはないとはいえ、これから攻勢をかけるのだ。
心臓の鼓動はやく、地面や装具に触れた部分から己の血潮が脈打つのを感じた。
最も近くの味方までは20米ほどある。
微かに見える戦友の顔は、かなり強張っているようだ。
すぅ、と長い息を吐いた。
これまで幾多の戦線を渡り歩いてきた猛者であっても、引金に指をかけるまでの時間は普段の何倍にもなるのだった。
長い時間、硬直していた。
周りは森や崖が多く、男達の正面を敵部隊は通るはずなのだ。
ー 今や味方は潰走。
有力な機甲戦力はなく、部隊の主力は歩兵や砲兵。
火力として期待されるのは、もはや重迫や牽引砲を残すのみであり、後方部隊を護衛しながら撤退するのがやっとであった。
本土に上陸され2週間。
ここまで押し込められるとは誰が予想しただろうか。
そう、男達は敗軍の殿を務めているのである。
「ああ..もっと愉しみたかったなぁ」
やがて國軍は解体され、皿帝の傀儡になる。
そうすれば、自分はどう処されるのか。
果たして一般市民として生きていけるだろうか。
そんな思考を反芻するうち、履帯が地面を掴む音 ー
奴らが、姿を現わす。
肉眼では豆粒ほどに見えるが、光学機器を覗くと その全貌が露わとなった。
鈍色に光る車体、聳り立つ砲身。
皿帝の塹壕装甲車 S60、兵員輸送車S2の混成部隊が丘陵を越えてくる。
60台以上の車輌が一箇所に殺到する。
S60は6台一列になり、先鋒となって進んでくる。
その後にS2が続いた。
男達が潜む丘まで700米の所で、突如轟音が響き渡った。
ここからは見えなかったが、味方の誰かが梱包爆薬を起爆したのだ。
それが合図だった。
爆破を喚び水として、一斉に射撃を始める。
なけなしの弾を撃ち込む。
10秒もせぬうちに弾倉が空になる。
装甲車は潜望鏡や視察窓、特に車長のいる展望塔を集中して狙う。
男の射撃によって左側2輌の動きが止まる。
弾倉を脱着し、装填、槓桿を引く。
弾倉がまた空になる。
装填、槓桿を引く、装填、槓桿を...
その動きを反復する。
手持ちの弾倉は撃ち尽くした。
敵装甲車のうち何輌かは最初の攻勢で大破したが、殆どの車輌はそのまま、鉄の川となって押し寄せた。
遂に男達のいる丘を、装甲車が登りきる。
塹壕装甲車は味方を履き潰し、兵員輸送車が側面銃眼から鉛を打ち付けた。
味方は悉く倒れる。
自分も弾を受け、倒れこむ。
ヒューヒューと息を吐き、男は静かに運命を呪った。