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剣聖エクスカリバー  作者: コウ先輩
5/5

set.5 蛮族の夢路

清々しいくらい、青く綺麗な海だ。西側の海なので太陽は昇ってこない。そこを一隻の船が堂々と入ってくる。大きな生物と共に。

「あ、あれは?」

船は港に到着した。この大きな生物の招待は怪物、ちなみに食べられるそうだ。

「おおおお!船が帰ってきたぞ!!」

「何!?無事にやり遂げたってのか?」

船から人達が降りてくる。蛮族達が船長の降りる用意をしていた。

「この街の危機、確かに食い止めた!!」

双角の兜を頭に身につけ、片手に斧を高く掲げる。街の住人も歓声をあげる。


船長は早速、街の食堂に入る。一杯の酒を樽型コップに満杯にして一気に飲む。

「いやはや、船長にはいっつもお世話になってますからね。こんな礼でも物足りないくらいですよ」

「かかかっ!ワシはどうやら、こりゃ大きな成果を出したことかのぉ?」

「そりゃ当然ですよ!あの生物が上陸したときにはこの街はどうなっていた事やら…この功績は必ず後世に語り継がれるだろうものだと考えられます!」

町長は船長のコップに麦酒を並々に入れていく。その泡立ち方といい味といい、喉に通った感覚は快感という一言で表せる。

「…一つ報告したいんじゃが」

「はい?」

「ワシは明日には東の方に行く」

「えっ!東って…東国の」

「違う違う、フラン王国の東じゃ」

「そうでございましたか、あちらでは確か勇者やらバウンティハンターやら、貴方を狙う方は多く居ると思います。気をつけて…」

船長はまた一杯飲み干す。

「残念じゃが、ワシはそいつらと戦うことになるじゃろうの。剣術格闘技とやらの『エクスカリバー』を入手しなければならない事になったんじゃ」

船長が意外な事を口にして、町長が開いた口が塞がらない。

「ま、まさかあの伝説の…何故?」

船長が町長の耳を自分の口に近づける。

「ノルマ地方の古くからの言い伝えじゃ。

『約束された勝利の剣を持つ者にのみ、通ることの許される道が存在する。(いにしえ)の英雄王が魔王を討ち、金銀財宝をそこに隠したそうだ。それは人を呪いへと導きつつも人を快楽へと導くものなり』

地図は持っている、あとはあの剣を得るしかないのじゃ」

「そんな…その格闘技に参加して英雄王になるルートじゃ、いつ聖剣を手に入れられるか…せめて強奪をしなければ」

「奴は強い。現英雄王はあまりの強さに誰もが退く。プライベートじゃとしても奪おうとすることは難題じゃ。ほれ、酒を汲まんか」

町長は酒を汲んだ。

「少しでも確実に、エクスカリバーを手に入れてお宝を独占するんじゃ。それとじゃ、この事は町には秘密じゃよ…いいかの?」

船長は念入りに威圧をかけた。町長も冷や汗をかいていたところだ。




それは数ヶ月前の話である。今日の朝もまた快晴。雲一つ無い晴天。そこでじっくりと寝ていたカザが居た。顔の腫れは十二分に癒えて、休息が取れているそうだ。

朝食は優雅にトーストであった。隙間がほぼ無く、白くギッシリとした重みだ。手で持ちワイルドに食すと上手くバターと絡みつき、濃厚な味わいだった。紅茶で少しずつ口を潤して完食した。

歯を磨き、そしてまた寝る。今日は昨日の疲れを取るのに必死の休養であった。目を瞑ってとにかく休む。優雅な朝に二度寝、カザの顔つきも少しだけ優雅になっていた。

(いい休日だ。Aランカーなんてマシな依頼が出されねぇからこういった休日も必要だなんて思ったこと無かったが…結構いいじゃねぇか)

丁度寝ついたときに、莫大な楽器の音が彼の眠りを妨げた。一瞬にして崩れた優雅な生活。

「…」

カザは眠れなかったのか、シャワーを浴びて着替えて外に出ていった。


(騒音野郎が、俺の朝を邪魔しやがって!)

騒音が発していた場所は、フラン国立円形闘技場。二日目の第一試合であった。

(どうして…こんなところで)

急いで中に入る。と思ったが、当日券が必要らしく渋々金を払って急いで観客席に向かう。するとカザの頭に衝撃が走る。

「なんじゃこりゃぁ!!!?」

たいへん、異常なものだった。変な格好の人達がなんと魔笛を吹いたり、打楽器を使ったりして選手を応援していたのだ。

「嘘だろ?こんな所で?審判も注意しねぇのかよ」

カザは急いでルールブックを読み返した。観客についてのルールはあるが、『試合中の祭壇への物理的干渉は厳禁である』としか書かれておらず、干渉に値しないということだろう。

(今の選手は)

厳つい男同志の戦い、一人は双角の兜を被る。もう1人は脚を防御していた。だがその人は純粋に剣を持っている。前者の方は斧である。

…もう一度言おう。『斧』である。

「見た感じハンドアクス的な奴か、引っかかんなかったのか?」

剣術格闘技での基準は大体、刃の長さと剣の重さに重点を置かれている。だから、刃が大きければハンドアクスでも可能。刃の数は一つなので一刀の部類に入る。

そうこうしているうちに、双角の者は見事敵を倒し、斧を上に挙げた。それと同時に打楽器や魔笛も鳴らされる。それでも、審判の魔笛には負けてしまう。

「やったぜ!!」

「このまま突き進むぜぇ!」

数発で気絶レベルとまあ、カザにとっては普通だった。

(あの時と比べればマシかもな。本当にまずかった…)

しかし、今回の試合はカザの心に一つ植え付けられたものがあった。

(…圧倒された。あまりにも大きすぎる応援に)

以前から罵声を浴び続けられた彼にとってはそんなものはどうでもいいと思っていたが、アウェー感が最も感じられる要因の一つともなる。

(応援が禁止されていない。真面目な戦士にはかなり傷心だろうよ。だがそれでも立ち向かわなきゃいけねぇってことか)

カザは呆れてトーナメント表を見た。カザの次の試合相手である。名はイーハ・マーフィー。大体北の方の人間と見える。つまり、寒さに耐えられる肉質でかつ、あの地獄と呼ばれた北の海を乗り越えた者だろう。

「どう見ても強そうな奴じゃねぇか」

カザはため息を吐いて闘技場を去ろうとした。その時に後ろから声をかけられる。

「あの…」

「!」

懐かしい声と影だった。まさかこんな所で再開できるとは思いもしなかった。

「カザ…さん…ですよね?」

三人の内、気弱な一人がカザに尋ねた。

「お前ら!」

カザには見覚えのある三人組。青い服装が妙に光と混ざり合う。

「私達の事、覚えてるでしょ?」

強気な一人が階段から降りつつ話す。カザはそれに応える。

「ああ、ヘッポコ三人組…」

強気な一人は階段から一気に転げ落ちる。カザはしっかりと受け止めた。

「何さ、ヘッポコ三人組って!まさか名前の方は忘れたとか言うんじゃないの!?」

「知ってるぜ、お前がシャロン。さっき話しかけたお前がアロン。そしてもう一人がオディロン。合ってんだろ?」

「知ってるじゃないですか」

次男坊が言う。長女のシャロンは次男のオディロンと三男のアロンを引き連れて、カザの前に立たせる。

「それよりもだ、何でここに」

「こっちの台詞よ!アンタ一人で魔王倒しに行ってたんじゃないの?なんでここでグータラしてんのよ!?」

「俺はよ、一応魔王は倒して来たんだ。でも貴族の方が俺をクビにしてきて、今はどうしようもないからこの国に居座ってるだけだ」

「ふぅん。じゃああのトーナメント表にある『カザ』って名前は一体何なのかしらね」

「とりあえずはここに参加しろって委員長から言ってきたんだ」

カザは言うべきことを全て話した。だがシャロンは文句を言う。

「ふ、ざ、け、ん、な!どうせダラダラと金稼ぐだけのために、そんなのに参加したんでしょうよ!」

「テメェ!侮辱しやがったな!ガキだからっていい加減にしやがれ!」

「やめなされ」

一人の老人がカザを止める。カザは誰なのかと後ろに振り向く。

「おわっ!びっくりした」

目の前に現れたのは、先程の試合で見事勝ち抜いた蛮族の長、イーハだった。

「ガハハハ!聖人かと思ったじゃろ!じゃが小童相手にそんな声で脅すたぁ弱く見えるのう」

「そりゃ悪かったな、弱く見えてよ」

カザは怒りを自分で抑え込み、自制心を保つ。

「…お前はイーハ・マーフィーか」

「そういうヌシはカザ…か。次の試合のようじゃな。まあ諦めとけ、ヌシは今まで運で勝ってきたんじゃ…ワシが相手になるまでは、のう」

カザは無性に腹が立つ言い方をされて、眉を(ひそ)めた。カザは言い返す。

「…運って決めつけるのは、堕落者の悪い癖だぜ」

「まあヌシがどうであれ…エクスカリバーはワシが勝ち取る」

イーハは、その一言で周囲に沈黙を催した。それは衝撃か、嘲笑か、それとも反発か。カザの表情は三つ目に値するだろうか、ただ静かに睨みつける。

「じゃあの。首でも洗って、待っとるんじゃな。ガハハハハッ!!」

イーハはこの場を去り、三人組の内の、三男のアロンはカザに近づいて言った。

「…大丈夫…なの?」

「まあな。本当はお前らの理由が聞きたいところだが、今日はお開きにしておく」

さようならも言わずに、カザは加工屋に帰る。二男が長女に聞く。

「…どうする?とりあえず音楽会は今月の分終わったし、明日から休みだけど」

「あの騒音、明らかに奴らの仕業ね。ただ一つ言うとすれば、うるさくても音調はしっかりとしていた。だから一度は聴く価値がある」

アロンは言う。

「姉ちゃ…つまりカザさんの応援に行くの?」

「バッカじゃないの!?あ、あんな奴の応援なんてしたくないわ!」

「でも、昔からの縁だから…するべきだとは思うよ?」

シャロンは(くち)を渋くする。

「…ええい!!行きゃあいいんでしょう!!?アンタ達ぐらい、明日の分の券でも取ってきなさいよ!!」

大声で叫んだ。

「は、はいぃ!」

泣き目になりつつパシられる。


イーハは周囲を警戒しつつも歩く。周りを見ているうちに、街中の人間の笑いを見るたびにあることを思っていた。

(どうして、そんなつまらぬ事で喜べるのか…外に出た方がもっと楽しいのにのう。若者なのに無駄な時間を過ごしおって…)

ただただ、そう思う。



イーハは遠い山奥に産まれ、海などという存在すら知ることもできない、『陸の孤島』にて狩猟暮らしをしていた。ノルマ地方は極寒の地であり、冬は人が生きて帰ることすら許されない無慈悲な寒風が襲いかかる。地元の人間でも耐えられない。

その冬の日。父が凍死した翌日に、母が軍人に連れ去られた。急いで車輪の跡を追って、追って、追いまくる。その先に辿り着いて、初めて知ってしまった…海という存在を。見たことのない地形、そこに隣接する街で母を探しに滞在していた。

だが、誘拐された。イーハは隠していたナイフで捕縛を解いて、彼に害をなす人間を全員切り殺した。窓を見た瞬間、自分は海の上、船の中にいた。イーハにはどうすることもできない。

しかし、流れ着いた先は宝島だった。彼は宝物の輝きに惹かれ、母の事などどうでもよくなり宝探しに夢中になった。

以来彼は船の中で、独学で船舶について学んだ。宝が増えるたびに仲間も増える。老いても飽きることは無かった。この快楽の連鎖は自分でも止められないのだ。



(誰一人として、それを追おうとせん。それなのに、なんとも輝かしい笑顔じゃ。ワシには…分からぬ)

寂しげな目で彼らを見つめる。




夕暮れ、オリヴァーは防具と剣を持ってある場所へと向かった。この加工屋の裏にある、一坪の空いた空間に案山子(かかし)が五つと太い丸太が立っている。その内の一つの案山子を誰かが使っていた。カザの姿が見えた。

「よぉ、ここ借りてるぜ」

「カザさん、一体どうしてここが」

「手探りで探してたら見つかったんだ。加工屋でこういう練習的な空間は必要だからな」

「…そうですか、まあ好きに扱っても構いませんよ。それと…」

オリヴァーは案山子に防具を着用させる。

「棒切れが傷まないように防具はちゃんと被せておいてください。それと練習するならその今持っている模擬剣でやってくださいね」

「お、おう。そうか」

カザは案山子から丸太の方へと移る。

「そちらは硬いので、いつもの剣でやってもいいですよ!」

(確かに硬そうだ。中ぐらいの部分に防具が敷かれてあるし、一発では切れまい。だがもっと工夫を凝らせば…)

「いや、このままでやるぜ。時間もねぇし」

カザは早速、練習を始めた。豪快に腕を回して剣を振り落とす。いつもなら敵の左肩から右足へと振り抜ける威力だったが、浅い傷が一つ残っただけである。

(やっぱり格が違うぜ。斬り倒してやらぁ!)

連続切りが丸太に一気に飛びかかる。カザは剣を弾かせること無くどんどん傷を付け、深く切っていく。

(信じられない。まさかあれだけの大きさの丸太に模擬剣であそこまで切っていくとは…)

「私は先に戻っていますから」

「おうよ」

オリヴァーは裏口を出ていった。セルマが話しかけてくる。

「何やってんのアイツ」

「トレーニングらしい。ほらあの大きな丸太で」

「…脳筋ね」

夕陽は暖かいのに対し、セルマは冷たかった。




翌日、フラン国立円形闘技場に不穏な空気が漂っている。この日も雲一つ無い晴天というのに、なぜここまで不穏なのか。

「何よ!せっかくここまで来たってのにいつもより静かなのは何でなのよ!」

「落ち着いて姉さん。向こうを見てみてよ」

変な服装をした奴らだった。楽器の準備をしている。

「姉ちゃん!あれ絶対やばい人達の集まりだよ!海賊だよ海賊!!」

「んじゃあアンタだけ出ていけばいいんじゃないの!?そっちの方がラクだし迷惑じゃないでしょ!」

「そ、そんなぁ…」

言っているうちに観客は立ち上がって歓声を上げた。魔笛を吹いたり打楽器を叩いたりと、(あたか)も宴の様に騒ぐ。

「船長!!!」

「来た来たぁ!餌だ!」

イーハと共にカザも入場する。両者、ソードラインを越えないでただ祭壇に向かって歩くのみ。イーハが先に階段を上りきる。

(ワシも歳じゃ。最後の秘宝を得るために…この戦い、棄てるわけにはいかん)

振り向けばその夢を妨げる者が一人、そこに居る。カザは模擬剣を握りしめる。

「手に汗を握る展開じゃの。小僧」

(…)

実際、カザは紅い血を握っている。模擬剣の柄は血の色に満ちていた。祭壇に滴る血に、イーハは(ようや)く気づいた。

「ヌシ…何をしてきたんじゃか」

カザは模擬剣を構えて、イーハは模擬の斧を右手に持つ。左手でも持って機を熟す。

「レディ…」

ゴングが鳴らされた。カザは剣を振りかぶる。

(頭かの。頭の悪いやつじゃ。そこは頑丈な防具で固められているん…)

頭部に命中した。角が折れ、メットに(ひび)ができた。イーハは思い切り後退する。

「…!」

「…チッ、やっぱり一発は無理か」

イーハの額から血が流れる。

「ば、馬鹿な!そんな血を垂らして…」

(…両手が痛いぜ。あの丸太切り倒したかいがあったな!)

カザは連打する。隙は大きくも、風圧がイーハを後退させる。

(ハンドアクスは突きが不得手だ。だから、大半の攻撃が…)

イーハは横に振り回す。カザは一歩後ろに退いてまた一気に距離を詰めていく。勢いに威力が加えられ、狙うは臓。突きの構えで突っ込む。

(一撃必殺!ドンピシャ!)

直撃すれば一発で決まる攻撃だった。

「!!」

イーハは巨体の左半分を後ろに逸らす。臓から大きくずれたものの、左肩に的中した。

「キャプテン!」

「こうなったら応援だ!!皆!準備はいいか!?」

多くの魔笛、打楽器の演奏団。全てあの観客達なのであった。

「いつものいくぞ!!」

昨日の音楽と同じ、いやイーハの部下達が本気を出した、船長の為の応援曲。勢いのある曲で気持ちも乗れる音楽だ。

(…やっぱりか)

カザは聞き覚えのある曲に眉を顰める。

「…ぬ、ぬおおおおお!!」

イーハの力が(みなぎ)る。

「ぬぅん!!」

力が湧いた後の一瞬の出来事。反動からか、不幸にも大振りのハンドアクスに激突してしまう。

「…野郎!」

腹に一撃を食らったカザはまだ冷静だった。これまでいくつもの魔物と闘ってきたろうか。それを考えれば負けられないのは当然の事。元勇者の名は伊達では無いことを思い知らせなければならない。

(負ければ…勇者の恥だ!一対多数で戦う機会はあったんだ!負けてたまるかァ!!)

歯を食いしばり、剣を前へと押していく。

「ぬおお!」

致命的な一撃が連続して襲いかかる。序盤で一気に動いたカザに、今は打つ手は無い。

「喰らえ!」

これが渾身の一撃だろう、カザは一気に間合いを広げた。イーハの悠々とした表情がカザを怒らせる。

「…」

カザは連打で追い込む。巨体のイーハでも、一発の重い連撃は受けるだけで頭が揺らぐ。ただし、自分自身もその連撃でバテてくる。一発の威力が落ちてきた。

「その程度じゃ」

威力が落ちきったところで、イーハはカウンターを入れた。カザも負けじと攻撃を与える。

(…なら!)

イーハはもう一発カウンターを入れ込む。巨体から生まれる豪傑の腕力が、カザを沈めた。

(…)

カザはすぐに起き上がる。剣を構え、闘気を高め、集中する。

「…ヌシ」

イーハはカザに近づく。そして、斧で殴りまくった。

「さすが蛮族…汚い。とにかく汚い。見た目からやる事まで全て…」

三人の内の長女が言う。さすがに野蛮過ぎる行為であった。だがこの場もまた野蛮の一種。言い訳はできない。

「そんな…」

二男は驚きを隠せない。過去のカザならここで打ち勝っていたはずだ。自分たちの力などいらず、戦いの場では他の勇者よりも先陣切って、将軍の様に斬っていった。なのに今の彼を見てどうか。まるで一匹の狼のように、腹を空かせて牙を剥く。

「兄ちゃ、違うよ。あれは本来の姿…」

「えっ…んじゃあ」

カザは斧を受け止め、剣で体を持ち上げる。イーハに剣を向けた。

しかし、足がふらつく。イーハを通り越して祭壇の端へと倒れる。

「何が本来の姿よ!!全ッ然ダメじゃない!」

右手で剣を握ったまま、左手を震わせ、再び立ち上がる。カザはイーハの脚を狙う。

(…)

無心。何の理由も無い。反則の危険性の高い脚を狙い続ける。股より内側が範囲内。

(上半身の頑丈さに挫けたか…反則でおわらせるかの)

イーハは股を開いて範囲を広げる。だが、そこに絶妙に当たらない。審判も立ち上がらず、二人を見守る。

(どうしてじゃ!なぜじゃ!なぜ当たらぬ!)

カザはただただ脚を叩く。イーハはワンテンポ遅れて斧を振り回す。全部貰い、極限状態のままカザは一撃を振り翳す。

「クソガァ!!」

イーハは斧で突き刺し、カザの体を持ち上げる。

「…粋がるなよ!小童ァァァァァ!!!」

斧と一緒にカザを地面に叩きつける。


意識を失いかけた。何が何なのか。騒音ばかりが耳に入り、鉄の匂いが嗅覚を邪魔し、目で見るだけであった。そこには敵ばかり。泣きそうになるような光景だった。

「諦めないで!!!」

カザは体を寝返らせ、声の元を辿る。三人が敵の応援に負けじと叫んでいた。

「アンタこんな所で負けて何したいのよ!私達に秘密にしておきながら、惨めになって…ふざけないでよ!」

「今までの旅は何だったんだよ!思い出してくれよ!格好良かった時の君を!!」

「勝って!!!カザさぁぁぁぁぁん!!!」

カザは彼らを見つけた。それと同時に審判が走って此方に来る。

「…これ以上…俺を…俺達を、弱く見られてたまるか!!」

カザが復活したと同時に、イーハは審判を退かしてカザに攻撃を仕掛ける。カザは攻撃を避ける。カザの目は、完全に覚醒している。イーハが積極的に進撃し、カザの動きを止めようとした。その一撃一撃が遅くなっており、カザは弾幕を弾かせた反動で前へ前へと突き進む。

「…!」

「ゴルァ!!」

右脚を叩く。腰を入れて深々と骨にくる。イーハは崩れた。

「おい、アンタ達!応援の準備よ!」

「えぇ!?なんで急に」

「当ったり前でしょ!あっちがやってんだ!ここまで来たらもう負けてられないわよ!」

三人は楽器を準備した。そして応援を始めた。周りの熱狂に負けないぐらいだった。

カザは勢いに乗った。この大きなチャンスを見逃してはいられない。すぐさま足を踏み込んだ。

(馬鹿め。全体を見てみろ!)

崩れたのは右脚。そして右手に斧。一撃見舞わせるには丁度いい状況だ。

(コイツは!)

カザも気づいた。次の攻撃の間にカウンターを狙われることを知った。

(潰してやろう!!)

避けられない。だが考えていられない。受けた後の事は分かりきっている。

(…気づいてねぇな。やはり)

「ぬぅぅぅぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

両者の気迫は同等。だがその瞬間、イーハの右腕は止まった。たった一瞬間の話だ。

(馬鹿な!)

(ワンテンポ…遅いんだよ!)

左脚に大きく食い込む。両脚が潰され、両膝が地に着いた。イーハの顔がグロッキーになっていた。カザは一旦後ろに引き下がり、剣を逆に持って一気に前へと踏み込む。

「ドラコ…カッタァァァァァァァァ!!!」

剣先でイーハの顔面を飛ばす。カザの足が宙へ浮き、イーハの体ごと持っていく。防具が完璧に砕かれた。審判がすぐさまイーハの方に駆けつける。

紫の魔笛を手に持って吹いた。

「「「「キャプテン!!!!」」」」

蛮族達が唖然とし、ほかの観客の声が聞こえる。拍手も歓声も。それは三人組にとっても同じである。

「ハァ、ハァ…」

カザは剣で体を支えて、息を上げる。その最中にイーハは部下によって運ばれた。金貨に当たって、視界が一瞬で戻った。イーハも同じく担架に乗って転がった金貨の感触で瞼が開く。

「…ワシはどうなっちまったんじゃ?奴は?」

イーハは懸命にカザを探す。

「ちょっと担架を止めんかの」

「ああ、はい」

部下は担架を止める。カザが来るまで待っていた。一人の影が見えてきた。

「何を待ってたんだ?」

「小童…」

イーハが訊く。

「ヌシは、英雄王を目指すのか」

カザは一度顔を傾けつつ、答えを出す。

「英雄王だかなんだか知らねぇが、いつでもトップを目指すつもりでやっているぜ」

「そうか、それなら、苦痛じゃ。ヌシはその見た目から勇者じゃろ。旅を楽しむ者の一人…じゃが、英雄王を目指すということは、その旅を()めるほどの多忙が必要となる。ヌシはそれでも良いのか?旅ほど面白いものは無い。考えるなら今のうちじゃ」

イーハはカザに警告した。だが、カザは笑顔のまま彼に言い返す。

「俺達は、常に旅人だ。何かを求めて旅を続ける。止めた事なんて一切ねぇよ」

イーハはその答えを聞いて笑う。

「カカカッ…成程。これ以上の質問は意味が無いようじゃの…。エクスカリバーはワシにとって最後の秘宝。この地図が、その在り処じゃ…後は頼んじゃぞ」

イーハは静かに上を向き、担架を歩かせる。カザはその後をただ見つめた。




「だってよ。本当にあるらしいんだ」

「はぁ?今更宝島なんて、先駆者によって荒らされてんじゃないの!?」

三人組とカザは『ニコラウド』にて話を交わす。

「場所的にノルマ地方の最北。氷海地帯だ」

「今の時代、ノルマ地方なんてブリテン国が現地調査し尽くしているんじゃないの?」

「姉さん…あそこは確かに船でも行けるんだけど氷が漂っているなら調査が難航して当たり前だと思うよ?」

「だから、絶対にあるはず…って言うのが兄ちゃの考えかな?」

「アロンは黙ってなさい!」

長女が叱る。カザはその地図を見続ける。

「あの蛮族達が通ったルートは内陸側。地形的に海から行くのはほぼ不可能なフィヨルド地形だ」

「だったら何よ」

「ブリテンの奴らは『海岸側』の宝しか調査していないだけかもしれない」

カザは一応、地図の裏を見てみた。そこには日記らしき物が書かれていた。



過去の話。イーハは仲間を引き連れて氷海へと進行したものの、噂を聞いたバウンティハンター達が彼らを邪魔した。一時は仲間と共に戦うも、部下に先に行くように言われ、数人引き連れて彼らを任せた。

「これは…」

十字の光が氷の壁と同化して、イーハへの障壁となって現れた。

(こんな所で足止めを食らうわけには)

「ご機嫌よう。キャプテン、イーハ・マーフィー」

彼らの後ろに堂々といたのは、英雄王ウィルだった。本物である。

「ワシ達を殺す気か?」

「…違うね。君を助けに来た」

「そうか。もう諦めるしかないのじゃな」

「君がバウンティハンターに狙われていることは、とうの昔から知っている。そして、最後の秘宝を得るために此処に来たことも」

ウィルは語る。

「此処はエクスカリバーによって封印されし場所。この剣を持つ者以外を全て灼き尽くす。開けた瞬間、仲間も一瞬でね」

イーハ達は緊張で一杯だった。

「時間が無い。急いで逃げよう。一応片付けておいたから。付いてきて」

英雄王はイーハを魔法抜きで凍らせた。その威信は神に匹敵するような、オーラがあった。



「英雄王も…開けたことが無いってのか。確かにロマンはあるな」

「や、焼き殺すんですかぁ?」

アロンは涙目になる。

「ジョークだ」

(だが、後半部のコイツの言い方、ちょっと妙だな。折角ならエクスカリバーをこの時点で奪えば良いのだが…)

…あまり深いことは考えるべきではない。カザはそう割り切った。

「今日の試合は、えげつねえ事をしたな。勇者さんよ」

「…誰だ」

扉を開けると、右目に眼帯をつけた白髪の男が紺のエプロンを着て懐かしい顔で入って来た。

「ヨナタン…!」

カザは旧友の顔を見て驚いた。

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