からくりの鼻唄
今、この星はロボットの時代だ。皆より優れたロボットを生み出そうと必死になっている。
そんな世界で、特に目的もなくふらふらと歩いている男がいた。名はカノン。この男は素晴らしいロボットを作れる力を持っているはずなのだが、ロボットを作ろうとはせず壊れたロボットを拾って直したりどうでもいいことに興味を持って調べたりしていた。
この日もカノンは気の向くままに草むらを散策していた。変な服を着ているが本人はおしゃれのつもりである。隣にいたロボットがカノンに話しかけた。
「カノンさんは本当に変わり者ですね。こんな所に入っていくなんて。草の実がいっぱい付いちゃってますよ」呆れたように言いつつ、同じように歩き回っている。
「なぁ、マル。この草の実何かに使えるかな」カノンがロボットに向かって言った。ロボットの名はマルというらしい。人型なのに犬のような名前だ。
「また種を持って帰って育てるつもりですか?ボクはもう嫌ですよ。この間カノンさんが育てた人食い植物でボクはどれだけ恐ろしい目に合ったことか……」
人食い植物に食われかけた恐怖体験を語り始めるマルを無視してズンズンと進んだカノンは、やがてピタリと足を止めた。そして指を口に当てて静かにするようにとマルに合図を出した。マルは不満そうだったが喋るのを止める。
カノンは草の陰にしゃがみこんで何かを凝視している。隣でマルも同じ姿勢をとってみると、人が二人いるのが見えた。話し声が聞こえてくる。
「やっぱりこんなことやめておきましょうよ。ロボットを捨てるのは法律で禁じられているんですよ」
「だからバレないようにやるんだろうが」
この二人はロボットを捨てようとしているらしい。女の方は止めようとしているが、男はやめそうにない。二人の足元では縄で縛られた動物型ロボットがオロオロしながら二人を見上げている。
状況が分かったカノンはすっくと立ち上がり二人組に近づいた。マルも立ち上がって後に続く。
二人組はカノンとマルを見てギョッとしている。カノンは冷静な様子で話しかけた。
「お前たちはロボットを捨てようとしているんだな。なぜだ」
「……いらなくなったからだ。俺たちは泳げるペットロボットを開発しようとしていたんだが、コイツが全く泳げないんだ」男がためらいつつ答えた。
「改良してみても駄目だ。ライバル会社は空を飛ぶロボットを作り始めたようだし、いつまでもこんな物に構っていたら遅れをとっちまう」
マルはカンカンに怒っているが、カノンの方はこういう人間を見慣れているようで、静かに言った。
「ならその子を譲ってくれないか。いらないんだろう。」
「駄目だ。コイツが残っていると、俺たちがロボットを捨てようとしたことがバレる可能性がある」
「誰かに聞かれたら、俺が作りましたって答えるよ。それで問題は無いだろう。お前たちだって、ロボットを捨てたことが世間に知れ渡れば困るはずだ。捨てずに済む方がいいんじゃないのか」
二人組は一瞬顔を見合わせ、やがて男の方がカノンに言った。
「ならこの試作品はお前にやろう。ほら、受け取れ」
男は無造作に縄をつかみロボットを持ち上げるとカノンに渡した。機械なのにぬいぐるみのように軽い。
「まったく、こんな物に感情移入する奴の気が分からんな。まぁおかげでこっちは稼がせてもらってるんだが。」男はそう呟いた後、
「いいか、ここで俺たちに会ったことは誰にも言うんじゃないぞ」と言い残しその場を後にした。女も男の後に続き立ち去った。
「まったく、ひどいことをする奴らですね」
マルはまだ怒っている。動物型ロボットはカノンの腕の中で不安そうに丸まっている。
「マル、この縄外せるか」カノンが尋ねると、マルは簡単に縄を引きちぎった。力は強い方なのだ。
「よしよし、怖かったろ。もう大丈夫だからな」カノンはロボットに優しく笑いかけた。ロボットはまだ怯えている。
「また家族が増えるな。名前を付けないと。……『ユラ』なんてどうかな」家に向かって歩きつつカノンが提案した。
「何か意味があるんですか?」
「いや、なんとなくだ」
「カノンさんは誰にでも適当に名前を付けますね……」マルは遠い目をして言った。
二人が家に着くと女性型ロボットのアケミが怒鳴りながら出てきた。
「遅い!また人食い植物持って帰ってきたんじゃないでしょうね!」
そしてカノンの腕の中にいるユラを見つけると、
「あら、可愛いじゃないの。ごめんなさいね」と言って引っ込んだ。
「皆、新しい家族を連れて来たぞ。名前はユラだ」
カノンがユラをその場に下ろすと、ペットロボットたちが駆け寄ってきた。ロボットたちはユラの匂いをかいだり鼻を近づけたりして挨拶したが、ユラが怯えているので気遣って離れていった。
ユラはしばらく経ってもじっとうずくまったまま動かない。今はそっとしておいた方が良さそうだ。
「まぁ、最初は皆こんな感じだったさ。な、スズ」カノンが話しかけると、ペットロボットのスズは首をかしげた。
「ああ、スズは最初から人懐っこかったな」
現在この家には、カノンと人型ロボット二人と動物型ロボット五頭がいる。ユラが加わり八人家族になったので賑やかだ。皆様々な事情で家に来た子たちである。
マルは手伝い用ロボットで、人間そっくりの姿をしている。手伝い用ロボットなのに気が利かず、不器用で失敗ばかりするので前の持ち主に手放された。
アケミも同じく手伝い用ロボットだが、態度の悪さが原因で手放された。
ユラが来てから数日経ったが、ユラは相変わらずあまり動こうとはしない。
ユラの手や足はヒレのようになっている。陸では動きたくても動けないんじゃないかと思ったカノンは、ユラを家にあるプールに連れて行った。
「どうだ、泳ぎたくないか?」
ユラを水に近づけてみた。嫌がっても喜んでもいない様子だ。
ロボットは息をしていないので溺れることはないはずだ。カノンは
「手を放すぞ、いいか?」と声をかけてからユラを水に入れてみた。
ユラは水に浮かんだ。やはり動きたくはないらしく、泳ごうとしない。首だけを動かして辺りをキョロキョロと眺めている。しばらく様子を見ていたカノンは、
「泳げないというよりおとなしいのかもな」と呟いてユラを抱き上げた。
それから更に数日経つと、ユラの様子が変わり始めた。この家の環境に慣れて、カノンやロボットたちに興味を持ち始めたようだ。走り回るペットロボットたちを目で追うようになり、カノンが面白そうな物を持っているとじっと見ていたりするようになった。
その後の変化は早く、やがてロボットたちと仲良くなりヒレを使ってカノンの方に寄ってきたりするようになった。
この家ではカノン以外もみんな食事をするので、ご飯は一緒に食べている。ユラはもうすっかり安心したようで、美味しそうにご飯を頬張っている。
「可愛いですね」
「そうだな」
嬉しそうなユラに目をやりマルとカノンが微笑んだ。
最新技術で作られたロボットだと、空気からエネルギーを作り出したり水を使って発電したりできる者もいるようだが、ペットロボットは大体ご飯を食べるようにできている。ペットロボットの場合、エサをあげることは飼い主の楽しみの一つなので、無くしてしまうわけにはいかないのだ。
人型ロボットも食事を通して人と会話をしたり、より人間に親しみを持たれやすいようにあえて食物を必要とする仕様にしてあることが多い。
食事と片付けが終わりそれぞれの自由時間となったので、アケミはテレビをつけた。楽器を演奏するロボットの特集をやっている。
皆がのんびりしていると、突然マルが
「あっ」と叫んだ。
皆がそちらを向くと、テレビに男と女が映っていた。
カノンとマルとユラは彼らを知っていた。それはユラを捨てようとしたあの二人組だったのだ。
二人はインタビューに答えているようだ。
「私たちにとってロボットとは、全て大切な我が子のような存在なんです」などとニコニコしながら男が言っている。男はジョン、女はリトという名らしい。
「よく平気で嘘をつけますね。ロボットを金儲けの道具としか思っていないくせに……」
鬼のような形相で突っ立っているマルを見て恐れをなしたアケミは、サッとテレビを消した。しかしマルはぶつぶつと呟き続けている。しばらく放っておくしかなさそうだ。
ユラは二人組を目にして怖がっているようだった。
「大丈夫だぞ、ユラ。もうあんな奴らと関わることなんかないからな」
カノンが声を掛けるとユラは安心したようだった。
ユラは二人のことを思い出したかもしれないが、再び怯えきってしまうことはなく次の日も元気に遊んでいた。
動物型ロボットたちが追いかけっこをしているのを羨ましそうに見つめるユラを目にして、カノンは「ユラももっと自由に動きたいよな」と思った。
何か良い案はないかと考えつつ、カノンは隣にいるアークトゥルスの方に目をやった。アークトゥルスはとても真面目でちょっと無愛想だ。感情表現はほとんどなく、いつも静かにしている。あまり動きが無いのでペットとして可愛がりたい人にとっては不満だったらしく持ち主に手放された。
何か頼むと出来る限りのことはやろうとしてくれるので、性格的にペットより手伝い用ロボットに向いていそうだ。マルはどことなく雰囲気がペットロボットのようなので、二人が入れ替われば上手くやっていけるかもしれない。
「ユラもアークトゥルスみたいな子かと思ったんだけどな。どうやらあの子はやんちゃらしいぞ」そう言いつつカノンはアークトゥルスの背中をなでた。
次の日、カノンは珍しく真剣に何かを作っていた。
「よし、これで良いだろう」
そう言ってできあがった物をユラの隣に置いた。それはユラの体と同じくらいの大きさの板に車輪を付けたものだった。
「これに乗って、ヒレで床を蹴れば前に進める。やってごらん」
ユラは不思議そうに板の匂いをかいだりした後、ヒレを使って板の上に上った。
「そうそう。どうだ、前に進めるか?」
カノンが尋ねると、ユラはヒレでちょいと床を押して前に進んだ。
「できるじゃないか。ほら、面白いだろ」
カノンは得意気に笑ったが、ユラは不思議そうな表情のままだ。
「あれ、あまり楽しくなかったかな」
カノンはちょっと困ったように頭をかいた。
「まぁいい。それはユラにあげるから、好きな時に遊んでくれよ」
そう言ってその場を去った。
ユラはちょっと動き回った後板から下りて、鼻先で板をつついて動かしたりして遊び始めた。するとスズがやってきて、一緒に板をつつき始めた。
「こりゃ、すぐに壊されるかもな」
そっと様子を見ていたカノンはため息をついた。
その頃台所からはもくもくと黒煙が上がっていた。マルが料理の練習をしているらしいが、フライパンで焼かれている物体はどう見ても食べられそうにない。
「おいおい何をやっているんだ」
匂いに気づいたカノンが慌てて飛んできた。
「ボクも料理くらいはできるようになりたいと思って、やってみているんです」
「これが料理か?」
黒焦げの物体を指差して怒ったようにカノンが言った。
その近くでアケミはだらだらとくつろぎつつ、こちらを見て大笑いしている。
「笑い事じゃないだろう。見ていたのなら止めろよな」
カノンが叱りつけてもアケミは気にも留めず、テレビを見始めた。
マルは何か手伝いをしたいらしく、時々こうして料理や掃除をしてくれようとするのだが、不器用なので何かしようとするたび家の中がしっちゃかめっちゃかになる。
しかし善意でやろうとしてくれているのであまり強くは怒れない。それにやりたくてやっていることを止めるのは気が進まない。まぁ止めるしかないのだが。
アケミの方はやろうと思えば何でもできるようだが、やる気がまるで無い。本当に手伝いロボットなのか疑わしい。
「何か手伝ってほしければ俺の方から頼むから。そんなに頑張らなくていいぞ」
カノンは今度は少し優しい口調で言った。マルは申し訳なさそうに頷く。
「そうだ、今から買い物に行くからついて来て手伝ってくれないか」
カノンがそう頼むとマルはパッと笑顔になって、
「はい、行きます」と答えた。
「お前もたまには一緒に行くか?」
カノンはアケミにも聞いてみたが、
「嫌だ。めんどくさいから」と即答された。
この通り、出掛けようと誘ってみても彼女は決して動かない。他のロボットたちとは一緒に出掛けることもあるが、今日は買い物なのでマルにだけついて来てもらうことにした。
町に出ると、人間に混じってロボットもたくさん歩いている。見てすぐに機械だと分かる者もいれば、人間そっくりでロボットに見えない者もいる。
店の看板などは何やら機械仕掛けで動いており、客の目を引いている。試供品を配るロボットや映画などの宣伝用の変わった乗り物も動いていて賑やかだ。
少し前までは、ロボットたちは限られた場所にしかいなかった。それがこうしてどんどん社会に進出し、技術も発達して更にすごいロボットたちが生み出されるようになった。町にいるロボットたちのデザインもどんどん変化している気がする。
しかしカノンは、時々ふと思う。
今のままで良いんだろうか。機械に人と同じ心を与えつつ、残酷な扱いをしているのではないだろうか。
それはロボット業界の裏を知っているからこそ出てくる思いだった。ユラたちのようにどこかでまたロボットが捨てられているかもしれない。今町で働いているロボットたちもひょっとして使い捨てにされているのかもしれない。
人間のように考え話せるロボットを作るのは人類の長年の夢だった。しかしそこでストップするわけではない。ロボットに限らず道具たちだって、古い物は消えてゆき、より便利な物が残りまた新たな物が生み出される。そうして我々は進化してきたのだ。
だけど、人間の都合で世界を動かし続ければどうなるのだろう。カノンには、この先の未来が分からなかった。カノンとしては、ロボットたちを使い捨てにしたりせずに皆で仲良く暮らしてゆきたいのだが、もしその夢が叶ってしまえばどうなるだろう。
ロボットたちは修理さえしてあげればいつまででも生きられる。完全に破壊したりしなければ死なないのだ。そして、ロボットは減らないのに新しいロボットを作り続ければどうなるのか。あっという間に世界はロボットで一杯になるだろう。
そうなれば、人やロボットが住む場所を増やすために自然破壊が進み、やがては皆滅びるのではないだろうか。
考えすぎかもしれないが、カノンは自分の理想をはっきりさせたかった。どうなることが自分の望みなのか、知りたかったのだ。
そして時折、カノンはこんな結論にたどり着く。
「人類はロボットを作るべきではなかったのではないか」
そしてその考えをすぐに打ち消す。そうは考えたくないのだ。マルたちと仲良くなれたことが嬉しいし、今の家族とこれからも楽しく暮らしていきたい。しかしなぜだか不安な気持ちが首をもたげることがあるのだ。
カノンは元々、自然が好きだった。ビルが立ち並ぶ大都市に違和感を覚えたり、環境破壊で絶滅に追いやられそうになり人の手で「保護」されている動物たちを見たりして心を痛めてきた。花や虫や動物の自由を奪うことには反対だ。
だから、最初はロボットの味方になろうとはしなかった。しかし彼らにも「心」があるのだと気付き、「生き物」と同じだと認識したためこうして関わることになった。
けれど、人類には早すぎる道だったのではないか。まだまだ解決すべき問題はあるはずなのに、新しい「種族」を増やしてしまった。これではいずれ共倒れになるのではないだろうか。
カノンがあれこれ思いを巡らせているのを知ってか知らずか、マルは無言で隣を歩いている。考えを見透かされている気がして、なんとなくカノンは
「マルはどう思う?」と尋ねてみた。
マルはきょとんとして
「何がですか?」と聞き返す。その様子を見たカノンは少し笑って
「なんでもない」と言った。
「カノンさんってやっぱり変わってますね」
マルは呆れたように呟いた。
店に入ると店員ロボットが
「いらっしゃいませ」と挨拶してきた。マルとカノンはペコリと頭を下げて奥に進む。
この店員ロボットは店の中に何体かいて、皆同じ形をしている。客が一つの商品をじっと見ていたりすると近づいてきて商品の説明をしてくれる。また、客の気持ちをある程度推察できるらしく、探している物があるとロボットがその商品の所まで案内してくれたり、万引きしそうな人がいると注意して様子を見ていたりする。
不審な人物は決して見過ごさない。このロボットは頑丈で力も強く、もし強盗などが現れてもあっという間にやっつけてしまうだろう。
きびきびと働く店員ロボットたちを見ていると、そのうち人間の仕事は無くなるだろうなと思う。
だが、ロボットたちの中にもマルやアケミのような変わり者がいる。よく見ると無駄な動きをしている店員ロボットがいた。人は彼らを欠陥品扱いするだろうが、カノンはそういうロボットの方が好きだ。
しかし人間はある程度自分の生き方を決められるのに、ロボットは生まれつき役割が決まっているので大変そうだ。他のことをやってみれば才能を発揮できるかもしれないのに、手伝いロボットが手伝いをできなければ不良品になってしまう。これでは良くないと思う。
しばらくすると、無駄な動きをしている店員ロボットに、女性客が話しかけた。
「久しぶり。元気にしてた?」
するとロボットは嬉しそうに答えた。
「やぁ、久しぶりだね!私は元気だよ。君は最近どうしていたんだい?」
「家族と旅行に行っていたの。綺麗な所だったわ。ほらこれ写真」
女性客はロボットに写真を見せ始めた。
「うわぁ、本当に綺麗だなぁ」
「海に潜った時の写真もあるわよ」
二人は旅行の話で盛り上がり始めた。
カノンは驚いた。客と雑談をする店員ロボットなんて初めて見たからだ。店員ロボットに商品以外のものの話をしても、普通あまり相手にしてくれなかったり、商品の話に変えられたりする。それが彼らの仕事だからだ。
ところがこの店員ロボットは、いつまでも仕事と関係ない話を続けている。そればかりか鼻唄まで歌い出した。
そんな店員ロボットの様子を見て、なんだなんだと人が集まりだした。するとロボットは、
「今日は良い天気ですね」などと人々に話しかけた。
カノンは、店員ロボットが好き勝手に動いている様子を見てヒヤヒヤした。こんなことをしていたら、人間の店長に怒られるのではないだろうか。
ところが、仲間の店員ロボットも時々側を通る人間の店員も、彼に注意をしない。カノンは不思議に思って人間店員に聞いてみた。
「彼はいつもあんな感じなんですか?」
すると店員はニッコリ笑って
「はい。あの子はいつもああやってお客様とお喋りばかりしているんですよ。それであの子に会いに来るお客様も多いんです」と答えた。
カノンはなんだかホッとした。世界は自分が思っているほど悪いものではないのだ。八方塞がりだと感じていたが、希望が見えた気がした。
カノンは、この先世界がどこへ向かおうと自分らしく人間らしくあろうと心に誓った。
買い物カゴに商品を入れていくと、マルは瞬時に計算した。
「全部で2540円になりますね」
「そうか。じゃあもう少しこれを買っておこうかな」
ロボットは計算が早いので助かる。
あれこれ買っているとかなり量が多くなってきた。が、マルは力持ちなので安心だ。カノンは壊れやすい物だけ自分で持って、
「これ、持ってもらえるか」と他の荷物をマルに渡した。
「いいですよ」とマルは嬉々として受け取る。やはり手伝い用ロボットなので役に立てるのは嬉しいのだ。
「ありがとう。今日の夕飯はマルの好物にするからな」
カノンの言葉を聞いてマルは満面の笑みで頷いた。
日はだんだんと沈み、町に明かりが灯りはじめた。夕日に照らされた町並みを見て、カノンは
「綺麗だなぁ」と目を細めた。
マルはそれを聞いてギョッとしたようで、
「どうしたんですか、いきなり」とカノンの方を向いた。普段彼は町が綺麗だなんて発言はしないらしい。カノンはそれには答えず、マルの目を見て真剣な様子で言った。
「なぁ、マル。俺たち皆出会えて良かったよな」
マルはやや戸惑ったが、カノンが突拍子もない言動をするのは毎度の事なので、一息ついた後カノンに合わせた。
「そうですね。皆さんに出会えて良かったです」
カノンはそれを聞き満足気に微笑んだ。
「しかしカノンさん……今日はなんだかいつもと様子が違いますね。ひょっとしてどこかで頭でも打って故障しました?」
「おい俺は人間だぞ」
カノンが突っ込むとマルは安心したように笑った。
一方家にいたスズたちは、しばらく車輪付きの板を転がして遊んでいたが飽きて別々に遊び始めた。スズはプールの方へ向かい、ユラは再び板の上に乗り床を押し始めた。
プールに着いたスズは、パチャパチャと前足で水を叩いて遊び出した。防水のロボットなのでプールで遊んでも大丈夫なのだが、水遊びをすると体が濡れるため誰かが拭かなくてはならないので、水遊びはカノンがいる時だけと決まっている。
しかしやんちゃなスズは注意しても約束を破ってしまう。やるなと言われるとますますやりたくなるのだ。
水音を聞いてアケミがプールに来たが、スズに向かって
「あーあ。後でカノンに怒られるよ」と言うだけで、テレビを見に戻ってしまった。
止める人がいないので、スズはそこら中水浸しにしてしまった。
ユラは一人で板を使って歩いていた。強く床を蹴るとより前に進むこと、そして右や左に曲がる方法も分かった。飲み込みが早いユラは、しばらくすると自由に動き回れるようになった。
板を使いこなせるようになったユラは、スズの元に行って周りを走って見せた。スズはそれを目にして楽しそうにピョンピョンととび跳ねた。ユラも真似をしようと思ったが、板を使ってもジャンプはできなかった。
スズが水に触っているのを見てユラもプールに近づき、ヒレで水をすくってみた。水は持ち上げてもすぐにこぼれて下に落ち、ヒレの上にはあまり残らない。
濡れたヒレを眺めた後、ユラは
「これは何だろう」とプールを覗きこんでみた。すると自分の姿が水に映って、ちょっとビックリした。
この間もカノンにプールに連れて来てもらったが、少し怖くて水をじっくりとは見ていなかった。
スズがはしゃいで水を跳ね飛ばしている隣で、ユラは動く水面をじっと見つめた。水しぶきや波を観察して、水がどんな風に動くか大体分かった。これは襲いかかってきたりする怖いものではないんだと理解して安心したユラは、大胆に水に首を突っ込んでみた。「やっぱり水って面白い」水の中を覗いたユラは、楽しくなってするりとプールに入った。
スズは驚いている。水の中に入ろうとまで思ったことは無かったらしい。
ユラは何か本能のようなものに火がついた気がした。ヒレを動かすと少し自分の体が前に進むのが分かって、さっきの板と似ていると感じた。
ユラは水の中を眺めヒレを動かし、くるくる回ったりしてプール遊びを楽しんだ。やがてプールの底に触ってみようという気になり、勢いよく水を蹴るようにして進んだ。水の底に触れたユラは、今度はプールの端まで行ってみようと思い再び水を蹴った。
思ったより簡単にできたのでユラは驚いた。自分は泳ぎ方を知っているのだ。
呆気に取られるスズの前で、ユラはスイスイと泳ぎ出した。少し前まで怖くて一歩も動きたくなかったが、今は違う。ここは安全だと感じていた。安心すると、好奇心が芽生え動き回りたくなった。
陸より速く、飛ぶように動けることが分かってユラは嬉しかった。スズの元に泳いでいって喜びを伝えると、スズも嬉しそうに鳴いて反応を返してくれた。
しばらくして二頭の様子を見に来たアケミは、
「へぇ、ユラ泳げるんだね」と軽い調子で声を掛けた。ユラは誇らしげに
「クー」と鳴いた。
やがてカノンとマルが家に帰ってきた。カノンが
「ただいま」と言うと、動物型ロボットたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「みんないい子にしてたか?」
一頭ずつ頭をなでたカノンは、濡れているスズを見つけて
「おや、スズ。体に水がついているぞ。また勝手にプールに入ったのか」と少し怖い声で言った。するとスズはパッと駆け出した。
「あっ、ちょっと待てスズ!濡れたまま走り回るんじゃない」
カノンは慌てて、今度は優しい声で言った。
「もう怒らないから、戻っておいで」
それを聞いたスズはけろっとした顔で戻ってきて、ちょこんとカノンの前に座った。
「スズは本当に……いたずらっ子だな」
カノンはやれやれといった様子でスズの体を拭いた。
マルは、ユラの姿が見当たらないのでどこに行ったのだろうと探していた。
するとプールの方からバシャバシャと水音がする。プールに落ちて上がれなくなったのかと思って急いで向かうと、ユラが魚のように泳ぎ回っていた。
マルは一瞬泳いでいるものが何なのか分からなかったが、ユラだと分かると大急ぎでカノンの元に駆け戻った。
「カノンさん!ユラが、泳いでいます!」
「なんだって!」
カノンが驚いて見に行くと、ユラはカノンの元へ泳いできて、目を輝かせて一声鳴いた。
「そうか、ユラ。泳げるようになったのか。すごいじゃないか」
カノンは興奮してユラの頭をなでたり拍手したりした。マルもユラに歩み寄って
「おめでとうございます」と笑いかけた。ユラは少し恥ずかしそうに笑みを返した。
次の日から、ユラは板を使ったりプールに入ったりして活発に動き回った。あまり動けなかった最初の頃が嘘みたいだ。泳ぐスピードは日に日に上がり、水面を蹴ってジャンプもできるようになった。
スズたちもユラの真似をして水に入ってみたが、思うようには動けなかったようだ。それでも楽しそうにユラとじゃれあっていた。
そんなユラたちの様子を、アークトゥルスは相変わらず静かに見守っていた。その隣ではアケミがパソコンで音楽を聞いている。お気に入りの歌手が見つかったらしい。
マルはトイレを掃除しようとしてなぜかそこら中に水を跳ね飛ばし、カノンに怒られていた。
それぞれ皆、運動したりのんびりしたりして好きな時間を過ごしていた。仕事があればやるのだろうが、自由に時を過ごすこともできるのだ。マルは何かしないと落ち着かないようだったが。
カノンはふらふらと出歩いたり何かの研究をしたりしていた。
ある日カノンは、マルとはよく一緒に出掛けるがアケミと遊ぶことはあまり無いなと思って、オセロやすごろくでもしないかとアケミを誘ってみた。アケミは若干迷惑そうだったが相手になり、色々なゲームで圧勝してみせた。カノンは
「まいりました」と言って引き下がった。何をどうやっているのか分からないが、運の要素が強いゲームでもアケミは計算して勝つ方法を割り出しているらしい。
ロボットってすごいな、と感心するカノンの横でマルは手を滑らせてコップを割っていた。カノンは、やっぱり人によるのかもと思い直した。
ユラは泳ぐことに夢中になり、プールの隅から隅まで泳ぎ回りジャンプの練習も熱心にやっていた。勢い余って壁にぶつかるのではないかとカノンは時々心配したが、そんなことは無く、いつも見事に方向転換していた。
テレビでは音楽番組やアニメを放送しているがロボット番組も数多くあり、またロボットの特集ではなくても当たり前のようにロボットが登場した。
ロボットはどんどん人間や動物などの生き物に近づいた。教師ロボットや医者ロボットも現れたようだし、人が乗り込める巨大ロボットや地面に潜れるロボットも開発中のようだ。
ロボット兵器も作れるだろうが、それだけはやめてもらいたい、とカノンは思う。一応今の世界は平和になり、個々の団体同士の小競り合いも減りつつあるのでしばらくは大丈夫だろうが、ロボットが参加する戦争の映画などを見るとドキッとしてしまう。
それにしても、昔はロボットや機械は男性の方に好まれていた気がするのだが、今は女性たちも可愛いロボットを開発したりしていてすごい。というのは偏見かもしれないが、とにかく皆ロボットを愛している。
色んなタイプがあるが、虫型とか、より機械らしいデザインのロボットは男性に人気で、動物をモチーフにしたロボットなど、トゲトゲせず丸っぽく可愛いロボットが女性の人気を得ている気がする。
もちろん個人差や例外はあるし、ロボットのアイドルとか男女両方に愛される存在もある。
昔は着ぐるみだったキャラクターなどはほぼロボットが担当するようになり、より複雑なデザインにもできるようになった。人間らしい味のある動きを残したいという意見が出て着ぐるみのままのキャラクターもいる。
斬新なアイデアで様々な型のロボットが作られたが、彼らは期待の中生まれ、生まれた時から「できる」ことを求められる。思ったように動かなかったり評判が悪かったりしたロボットは解体されることもあるのだ。
人間が仕事ができない落ちこぼれだったところで殺していい理由にはならないが、ロボットの場合は壊されてしまうことがあり、まだまだロボットたちには厳しい世の中だ。
しかし、ロボットを不当に扱う事に対する反対意見は年々増え、ロボット愛護法などもできた。いらなくなったロボットを引き取り別の仕事をしてもらうシステムや、ペットロボットたちを守るボランティア団体も現れた。
まだまだロボットの不法投棄は減らず、大量に生産して大量に捨てる悪質な企業もあるが、着実に世界は変わっている。
もうロボットを物扱いすることはできず、元の世界には戻れない。エネルギー消費量は上がり続け、社会がより良く便利になったため人間も増え続ける。それでも共に生きられるよう努力するのみである。
人々がそれぞれの思いを持って動き、世界は忙しそうだ。そしてカノンたちはそんな人々の様子を眺めたりしつつ、のんびり暮らしていた。そういう選択もありだと思うのだ。
ある日カノンがマルと話していると、マルが「家族皆で出掛けたい」と言い出した。
「もうユラも落ち着いてきた様子ですし、皆で出掛けるのも良いと思うんです。アケミさんは嫌がって来ないかもしれないですが……」
「そうだな、今度皆で出掛けるか。アケミもたまには引きずり出してやればいいだろう」
アケミがちらっとカノンたちの方を睨んだが、カノンはマルと話し続けていた。
数日後、カノンたち八人は人気の無い広い公園に行った。アケミは説得されしぶしぶついて来た様子だったが、動物型ロボットたちは大はしゃぎして跳ね回っている。アークトゥルスは黙って空を見つめていて、ユラはカノンに背負われていた。
「なんというか……静かですね」
想像していた雰囲気とは違ったのか、マルがやや不満そうに言った。
「ユラは今、最先端のロボットだからな。あまり目立ってはまずい」
カノンは憂鬱そうに答えた。
あの二人組からユラを受け取った時、もし誰かにユラを作った人は誰かと問われたら自分だと答えると約束してしまった。
あの事を、今では少し後悔している。やってもいない事をやったとは言いたくないからだ。
だが、人前に出なければユラの事が話題になったりもしないはずだ。一人や二人なら、他の人に見られたところでそんなに気にされることも無いだろう。そう思って、今回は人のいない公園に来た。
スズたちは思いきり走り回れて楽しそうだがユラはここでは動けない。なのでカノンがユラを抱いて歩き回った。
すると公園の隅に広い池があるのに気付いた。ユラがカノンを見上げたので、カノンは
「ああいいよ、泳いでおいで」と言ってユラを水に下ろした。
人気の無い公園だがしっかり整備されていて水は綺麗だった。カノンは側にあるベンチに腰を下ろし、のびのびと泳ぐユラを眺めていた。
しばらくするとスズが来て、ぐいぐいとカノンの服を噛んで引っ張った。
「何か見つけたのか?」
カノンが立ち上がるとスズは森の方へ入っていった。カノンが後を追うとスズはどんどん奥へ進んで、やがてピタリと足を止めた。
「あ……」
カノンが目にしたのは、高く積まれたガラクタの山だった。
それらはよく見ると、様々なロボットの形をしていた。しかし長い間放置されていたのか、侵食がひどく皆錆びつき、原型を留めていない。
スズはすがるようにカノンを見上げた。カノンはスズと目を合わせられないまま
「ごめん。これではもう直してあげられないよ」と力なく答えた。スズはしょんぼりとうつむいた。
カノンは公園の管理者にこの事を電話で連絡し、スズと共に森を抜けた。
森から出るとアケミが立っていて、カノンの方は見ずに
「外へ出たって良いことなんて無いよ」と呟いた。
そんなこと無い、とは言えなかった。
せっかく出掛けたのに暗い気分になってしまったが、カノンはもっと楽しい思い出を作りたかった。今回は運が悪すぎただけだ。
カノンはそれから積極的に皆を誘って外に出た。ただ、嫌がるアケミを無理に連れ出すことはしなかった。
家族と遊んで笑い、たまに人間の知り合いに出会えばロボットたちとの思い出を語った。ロボットたちは人間と同じ仲間なのだと、全身で表現しつつ生きたかった。
最近のニュースでは、宇宙旅行が流行しているためたくさん旅行会社ができているが、中には悪質な会社もあり大変だという話が出ている。豪華で大きな宇宙船を作り、大量の水を持って行ってしまうのだという。あちこちでそれがあり、あまりに激しく地球のものを宇宙に持ち出すと気象などが変化する可能性があると言っている。
一方、最近はロボットが増え人間の子は生まれた時からロボットが近くにいるのが当たり前になり、ロボットと動物や人間などの生き物の区別がつかず、違いが分からない子供が増えたというニュースもある。喜ぶべき事なのかそうでもないのか分からない。
そんな中カノンたちはさほど変化も無く暮らし続けていた。
そしてある日、カノンは恐ろしい夢を見た。ユラの泳ぎが評判になり、カノンはたくさんの人に囲まれて
「どうやってこのロボットを作ったのですか。設計図はありますか。今度はどんなロボットを作るんですか」などと質問されていた。
カノンは「自分が作った」以外の事は何も言えず、やがてどこかから優秀なロボットを盗んで自分の手柄にしようとしたのではないかと疑われ始めた。
緊張が頂点に達した頃、カノンは自分の寝室で目を覚ました。冷や汗をぬぐい辺りを見回すとまだ真っ暗だった。
カノンは、ユラを捨てようとした二人組との約束を取り消したいという気になった。しかしそんな事をしたらユラがどうなるか分からない。
カノンは外へフラフラと出て行き、皆が寝静まる町を一人歩いた。ロボットも夜は休み眠ったようになるタイプが多いが、中には寝ずに歩いている者もいた。仕事だろうか。
静かな町でロボットとすれ違うと、かすかに機械音が聞こえる事がある。マルやスズなど家のロボットたちからも音が聞こえたりするが、カノンはその音を心地良いと感じている。たまに、人間の知り合いに
「たった一人でロボットたちと一緒に暮らしているなんて、怖くないの」などと聞かれるが、カノンには質問の意味がよく分からない。ロボットと人間を違う者として捉える必要は無いし、違うというならマルたち全員メーカーも機能も姿形も違うのだから他者である。自分だけが異質な者なのではなく皆違う。皆違うのだから状況としては逆に皆同じなのだと思う。
カノンはしばらく歩いて気を落ち着かせた。ユラの事は、何かあればその時考えようと思った。
やがて橋に差し掛かると、一人の女性が欄干にもたれて前方を見ていた。泣いている、とカノンは感じた。気になって
「どうかしましたか」と声を掛けると、女性はゆっくりとカノンの方を向いた。涙は流れていなかった。
女性とカノンはお互いを見て、小さく
「あっ」と叫んだ。女性はユラを捨てようとした二人組のうちの一人、リトだったのだ。
「あの時の……」と言った後、リトはしばし考えて
「怒っていますよね?」と怯えた様子で声を震わせた。しかし、カノンは元気の無い女の子の姿を目にして、怒ろうという気にはなれなかった。女の隣で同じように欄干にもたれ、川や町並みを見つめた。人間たちだって色々あるし、人間がいたからロボットが生まれたのだ。人間らしさを悪いとは言い切れない。
「もう怒ってはいないさ。あんたらのおかげでユラが仲間になったしな」
カノンはそう言ってマルたちの事を考えた。皆訳あって家に来た子たちだし、問題なく暮らせていれば出会う事も無かったのだ。そう思うと、出会えて嬉しい反面複雑な気分だ。
「医者は病人がいるから医者でいられる。ヒーローは悪役がいるからヒーローでいられる。何かが起こらないと、人は人でいられないんだろうか」
カノンは一人言のように呟いた。
「何も起こらないようになっていく世界か、何かが起こる世界、どっちが幸せなんだろうな」
黙って聞いていたリトは怪訝な表情でカノンを見た。怒っていないとは言ったが、悪口や嫌味の一つくらいは口にするはずだと思っていたのだ。なのに焦点の定まらない話をされて拍子抜けし、どう対応していいか分からなかった。とりあえずリトは
「あなたって変な人なんですね」と言っておいた。カノンは
「よく言われる。俺は普通だと思うけど」と答えた。そしてリトの方を見て、
「お前は何を考えていたんだ?」と問いかけた。
「私ですか?私はまぁ色々……」
自分の事を聞かれるとは思っていなかったリトはびっくりして口ごもった後、急に強い口調で言った。
「というか、あなたは何で怒っていないんですか。私たちはロボットを捨てようとしていたんですよ。悪いんですよ。大声で罵ればいいじゃないですか!」
怒ったようにリトが叫ぶので、カノンはギョッとして後ろに身を引いた後、何でこちらが怒られるのかという目でリトを見た。
「あの時は結果的に捨てなかったけど、捨てたこともたくさんありますよ。ロボットの敵なんです!ロボットを、金になるモノとしか思っていないんです!ひどいでしょう」
なぜか声を荒らげて自らの欠点を並べ、とんでもない事を口走り続けているリトを、カノンは止めるでもなく肯定も否定もせずに聞いていた。
多分リトは良心の呵責に耐え続け、精神はもうボロボロなのだろう。涙を流してはいないがやはり泣いているように見えた。リトの声はだんだん小さくなり、最後は振り絞るように声を出していた。
「結局ロボットは、どこまで行っても誰かの所有物なんです。持ち主がいて、やるべき事があるんです。逆らえないんです。奴隷みたいなもんですよ」
それを聞いたカノンは、静かな声でリトに尋ねた。
「ひょっとして、お前もロボットなのか?」
リトは力無く
「そうですよ……」と答えて、後は何も言えなかった。仲間を裏切り続けたことで疲れ果てているようだ。ロボットを捨てている者が人間だけとは限らず、ロボットがロボットを選別し切り捨てる事もあるらしい。
カノンはしばらく考えた後、リトの目をまっすぐ見て
「どうだ、リト。家に来ないか」と誘った。
「行けるわけないじゃないですか。私はロボットの敵ですよ。人殺しと同じ事を続けてきたんです」
リトは悲しそうに言った。
確かにマルはリトの事を嫌っていたようだし、ユラもリトの事を良くは思っていないだろう。しかしカノンは、リトなら本当の意味で自分たちの仲間になってくれると確信した。
「君にどんな過去があろうと気にしない。今ここで生まれ変わって、俺たちの家族に加わってくれ」
そう言って手を差しのべた。
あれから月日が流れ、カノンたち九人は賑やかな町で笑いながら歩いていた。
リトは虐げられてきたロボットたちの事情を正式に告発し、それに続いて他の人やロボットもロボット業界の実態を暴露した。
ロボットたちが声を発した事で皆が意見を述べられる場は増え、様々な問題についても話し合われるきっかけとなった。
今ではユラは誰の目も気にせず遊べるようになり、アケミも外へ出てくるようになった。リトは清々しい笑顔でスズたちと追いかけっこをしている。
そんな光景をカノンは幸せそうに眺めていた。