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月へのスパート  作者: 深町貴弘
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月へのスパート <上> ~運命が変わる時、いつも月に向かって走っていた~

 つい、先日までは夕暮れもそんなに早いとは感じることなく、ただ、記憶にも残らないくらい平凡な日常を過ごしていた。10月半ば、いつの間にかこの数日間で外は肌寒くなった。夜の22時50分、大通りは数台の車とトラックが行き通っている。今夜、雲ひとつ無い澄みきった夜空には、綺麗な満月が輝いている。私が歩く方向の地平線からの角度で60度くらいに月がちょうど位置するものだから、私は、まるでこの月に向かって大通りの歩道を歩いているような不思議な感覚だった。イヤホンを耳に付けスマートフォンに入っている音楽を聴きながら…


 

 「(しゅう)くん、明日の集合時間って9時に正門前だよね?」

「あぁ、俺はバスでみんなと行ったってどうせ試合出られないから、遅れたら勝手に1人で行くよ」

「だめだよ、どうせわざと遅刻するでしょ? 修くん、足怪我してもうすぐ2カ月くらい経つよね。練習中は1人別メニューかもしれないけど、試合の時はみんなと一緒なんだからね」

「わかったって。そういえば、()()、お前なんで試合用の靴の右足用だけ下駄箱の中に入れたままなの?」

「えっ? あれはね、修くんの右足の怪我が早く治ってほしいからだよ。靴の中にお守りを入れてあるの。怪我が治るまで毎日お祈りしてるんだ。早く治りますように、って」

紗英は私の顔を見てはにかんだように笑っていた。顔を赤らめ少し恥ずかしそうだった。

 2006年の春、高校3年生になった私は、清少(せいしょう)紗英(さえ)という同じ学年の女性と共に高校の陸上部に所属していた。彼女は黒の色合いが濃い髪色で肩より少し短めの髪型であり、背は160センチ程で普通の体型だった。決して根暗な性格ではないが、校内では目立つような存在ではなかった。ゴールデンウィークが過ぎ、5月の半ばというのにお昼時の太陽は眩しかった。学内に佇むイチョウ並木で太陽光が遮られる瞬間に少し安らぎを感じた。土曜日でお昼までの授業であり部活の練習も試合前の各自調整だったので、私は紗英と2人で歩きながら帰宅して、そのまま彼女を家まで見送ろうとした。

「修くん、見送りしなくても大丈夫だよ。無理に歩きすぎると足に良くないよ。私、このあとバイトがあるからもう行くね。明日はちゃんと9時に来るんだよ。今晩メール送るから、また明日ね。バイバイ!」

 私は、この年の春、17歳になったばかりであり、右足に下腿(かたい)疲労(ひろう)骨折(こっせつ)という怪我を負ってしまった。陸上の練習でジョギングをしていた時に、右足の脛の内側が急に痛くなり走れなくなった。骨に髪の毛のような1本の線が入った状態で、杖などが必要な大袈裟な怪我でもないのに、歩くたびに右足がひきつるような痛みを伴っていた。疲労骨折よりも普通の骨折のほうが完治は早いのだ。5月になってやっとまともに歩けるようになったが、まだしばらく走ることはできなった。走ると跳ね上がった分体重の衝撃が片足にかかるため、ジョギングもほとんどできない状態だった。

 その日の夜、私は風呂から上がり足をマッサージしていた。携帯電話を見ると23時を過ぎていたのでぼちぼち寝ようかと布団を敷く準備をしていたら、携帯に紗英からのメールが届いた。「修くん、もう寝たかな? 私はさっきまでバイトだったよ。早く帰って私も寝るね。修くんもちゃんと明日9時に集合だよ。おやすみなさい。P・S 今夜は綺麗な満月だよ」紗英は、私の母親以上に母親らしくしっかりしたことをいつも言っていた。翌日は県のトラックレースの大会があるのに、こんな夜遅くまでバイトをしながら次の日に試合を迎える彼女に対して私はとても感心していた。5月の半ば、部屋の窓から外の景色を見ると、夜空には綺麗な満月が輝いていた。

 私が住んでいた街は瀬野(せの)市という市である。人口は約57万人であり、私は瀬野高校という県立の高校に通っていた。最寄り駅にJR瀬野駅という駅がある。駅周辺は繁華街であり、駅の北口のロータリーの前を「瀬野通り」という片側3車線の大通りが横切っている。大通り沿いには様々なチェーン店などが駐車場付きで立ち並んでいる。ロータリーを出て左に曲がり、500M程離れた瀬野通り沿いに瀬野高校は位置している。駅から高校までは歩いて7分くらいで着く。大通りの歩道と高校の運動場の間には高さ30メートル程の防球ネットが張ってある。私が高校2年生の時に瀬野高校は創立60周年を迎えた。

 

 翌日の大会当日、部屋に差し込む朝日の眩しさで私は目を覚ました。私は慌てて携帯を見ると、時刻は8時25分だった。

「やべー、間に合わないな。よし、自転車で行くか!」

急いで支度をして家を飛び出し自転車を転がした。走れない人間が爽快に自転車を転がしながら学校へと向かっていた。自転車を漕ぐのは足にも負担はほとんどかからないので、まるで自転車を魔法の乗り物かのように感じた。なぜか、怪我をした時などはこのような変な考えをしてしまうものだ。私は家から近い高校の裏門から校内へと入り、正門の駐輪場まで自転車を走らせて駐輪場に自転車を停め、急いで陸上部が集合している正門前へ向かった。少し右足をひきつりながらも小走りで走った。とにかく遅刻をしたくない一心だったのだ。高校の正門前には大型のバスが2台ハザードをつけ並んで停まっており、陸上部のメンバーは7割くらいが集合していた。紗英もバスに乗ろうとしていた。

「紗英!」

「あっ、修くん!」

私は苦笑いしながら紗英の名前を大きな声で呼んだ。紗英は私に気付くととても嬉しそうに手を振っていた。

「いやー、ぎりぎり間に合ったよ」

「よかった、ちゃんと来てくれて。ねぇ、バスの中一緒に座ろう」

バスの真ん中あたりの席に2人並んで座った。車内はエアコンが効いていて涼しく感じられた。バスは高校を出発して瀬野通りを走り出した。バスが出発してから5分くらい経ち、紗英は試合用のアシックスの靴の右足用を左足用が入っている青い袋に入れ1つにまとめた。紗英が愛用していた靴はアシックスのソーティジャパンという靴であった。真っ白を基調とした色でアシックスのマークラインが赤色で横に入っていた。彼女は基本的にトラックレースでもスパイクを履くことは無く、ロードレースの時と同様に、トラックレースの時もこの靴を履いて試合に臨んでいた。本人曰く、スパイクが足に合わずシューズの方が走っていて落ち着くとのことだった。バスはしばらく大通りを走り続け、やがて、インターチェンジから高速道路に入った。窓から景色を眺めているとだんだんと瀬野市の街並みが遠く離れていくように見え、やがて田園風景が見えてきた。遠くには海が見え海水が太陽光で反射されとても綺麗だった。

「紗英、今日、1位になったらipod(アイポッド)買ってあげるよ」

「本当に? 約束だよ! 嘘だったら絶対に許さないからね」

バスの中で、2人は他愛のない会話をして試合前の緊張をほぐしていた。当時、世の中は「ipod」というウォークマンが出て数年経ったころで、それまでCDやMDウォークマンで音楽を聴いていた私達の常識を見事に変えた。音楽はデータで管理され従来のMDウォークマン等より小型化されたにも関わらず、何百、何千という曲が1つの端末内に入るのだ。走りながら使用しても音が飛ぶことはほとんど無く革新的な製品であった。紗英はとにかくこのipodを欲しがっていた。

 午前10時頃に試合会場に着き、陸上部一同はバスを降りた。芝生の上にブルーシートを敷きその上に各自の荷物をまとめて置いた。選手達はブルーシートの周辺で少しの間リラックスしていた。そして、15分くらい経つと、陸上部の監督である松永(まつなが)先生がサングラスをかけ青のベースボールキャップを被り、上は白のポロシャツ下は黒のジャージ姿で私達の所へゆっくりと歩いてやってきた。

「おはようございます!」

陸上部一同は皆先生の姿に気が付くと、すぐに全員立ち上がって元気よく挨拶をした。

「みんなおはよう!」

松永先生も少し上機嫌な様子で挨拶をしてきた。私達は皆先生を囲うようにして集合した。松永先生は高校には寄らず、直接、家から試合会場へ来ていた。先生は私達1人1人をサングラス越しから見て皆の様子を確認するかのように見渡した。そして、先生は私の存在に気が付くとからかうようにして声をかけてきた。

「おっ、佐藤、今日はよく遅刻しなかったな!」

「はい、なんとか間に合いました!」

私は恐る恐る返事をした。松永先生は瀬野高校の体育教師であり、陸上部の監督を務めていた。ジャージ姿がとても似合い見た目からして完全に体育会系教師であった。とても威厳があり体格が良く怖い先生であったが、生徒達のことを誰よりも大切にしていた。当時、練習中に走る私達をよく竹刀で叩いていた。走るフォームが乱れてバテてるふりをしたような走りはすぐに先生に見抜かれて、男女関係なく生徒達は叩かれていた。今の時代からすれば体罰にあたるような行為であるが、私達にとってはそれが当たり前の日常であった。先生は陸上の練習や試合時には薄めの茶色のサングラスをよくかけていた。なぜか、陸上の先生というのはサングラスをかけた監督や顧問が多いのだ。選手達はレース前のウォーミングアップを行い、レース直前になって再び先生のところに集まり試合前の意気込み等のミーティングをした。

「清少、今日のレースはスパートが勝負の分かれ目だな。これからだんだん暑くなってくるからスタミナも大事になってくる。力みすぎずに頑張れ!」

「はい!」

紗英は勢いよく返事をした。

「佐藤、お前も夏までには頑張って復帰してくれよ! 今日は清少の応援も頼むぞ!」

「はい!」

私も力強く返事をした。私自身、松永先生の言う通り夏までには必ず復帰をしたい気持ちが誰よりも強かった。

 私達が試合を行った会場は大村(おおむら)競技場という競技場である。瀬野高校からバスで1時間ほど離れた場所にある。県内の外れのほうの市にあり県内一広い運動競技場である。場内はメインの会場では陸上のトラックレースの他に、サッカーの試合やラグビーの試合等でも使用される。その他に練習用のトラック競技場や少し離れた場所には野球場もあり大きな公園もある。さらには、1周10キロメートルのロードレースもできるとても広い競技場である。

 午前11時半、太陽がだんだんと高く昇っていた。紗英はトラックレースの女子3000M走への出場だった。紗英はアシックスのソーティジャパンに履き替えてスタート場へと向かっていった。スタート前のウォーミングアップを終え、いよいよレースが始まった。紗英はスタートして勢いよく走りはじめ先頭集団の中で走り続けた。順調に走りながら時折1位や2位を争った。しかし、2000Mを過ぎたあたりで紗英は急に失速しはじめた。30人の集団が順位を争っている中で、紗英は2500Mの地点で13人に抜かれてしまったのだ。残りトラック1周の400Mとなった。紗英のフォームは決して乱れてなかったもののスパートがなかなか出ていない走りだった。残り100Mとなり、紗英は少し下を向きながら懸命に走り続け、途中何人かを抜き返したが、結果9位でのゴールとなった。紗英は走り終わったあと会場から出て来た。私は彼女のもとへ向かった。

「どうした今日の走り? お前らしくないな」

私は走り終わった紗英に対して少し上から目線で声をかけた。彼女は普段走り終わった姿とは違って、いつも以上に疲れきっていた。

「うん、急に暑くなったからスタミナ切れかな」

紗英は苦笑いしながら答えた。彼女の右足の靴の紐はほどけており、それに気付いてしゃがみこみ靴の紐を結び直そうとしていたが、なんだかうまく結べない様子で手が震えているようだった。

「上手く結べない。誰かに悪戯されたのかも。ずっと右足の靴だけ下駄箱に置きっぱなしにしていたからね」

紗英が1人呟いていた。すると、松永先生が紗英と私のところへやってきた。

「清少、お疲れ様。お前、具合でも悪いのか?」

紗英は立ち上がって答えた。

「先生、今日は走っている時に体にだるさを感じました。最後はうまくスパートが出せなかったです」

「そうか。3月のレースも同じような結果だったな。無理にとは言わないが、スパート勝負ができないと夏の試合や駅伝は厳しくなるぞ」

紗英は落ち込んだ様子で黙って下を向いたままだった。松永先生はそんな紗英の様子を見て口を開いた。

「まぁ、良い時も悪い時もある。体調管理も重要だからな。今日の反省をしっかり行ってまた次回頑張ろう!」

「はい。ありがとうございます。頑張ります!」

 お昼を過ぎて15時になり、選手達の試合の全スケジュールが終わった後、陸上部は解散を行った。私は大村競技場内で私の母と待ち合わせをしていた。私はそのまま母と一緒に私が足の怪我で通院していた大橋(おおはし)整形外科という病院に母の運転する車で向かった。大橋整形外科は瀬野市内にあるとても小さな個人経営の病院であったが、先生の腕は確かであると市内でも有名だった。病院に着くといつも通り、右足の脛の部分のレントゲン撮影が行われ、数分経って先生から症状についての説明を受けた。

「だいぶ歩けるようになりましたね。骨にはまだ綺麗に線が1本入ったままですが、1カ月前と比べてわずかに線が小さくなっています」

大橋先生は白髪がふさふさでありおそらく70歳を超えている高齢の医者であった。眼鏡をかけておりとても話し方が賢い先生だったのを覚えている。

「先生、いつ頃からジョギングをしても大丈夫ですか?」

私は不安な気持ちで先生に質問をした。

「夏になる8月頃から大丈夫でしょう。だから決して焦らないようにしてください」

 夕方の17時半、私と母は整形外科から帰宅する途中、家の近所のスーパーで夕飯の材料を買った。買い物を終え、車の中で母と話した。

「修ちゃん、今日は紗英ちゃんどうだった?」

「今日は全然ダメだった。多分、少し暑くなったからスタミナ切れだったのかもしれないけど」

「そうか。女の子はね、男の子以上に体調管理が大変なのよ」

「まぁ、体調が悪いって言っても、紗英らしくない走りだったんだけどな…」

私は1人で腑に落ちない気分で呟いた。母は、家の駐車場に車を停め、2人で買い物袋と荷物を持って玄関に向かった。

「お母さん、明日は仕事休みだから街のほうまで買い物に行く予定なの。修ちゃんも一緒に来る?」

「うん、一緒に行くよ。あとさ、俺神社に行きたいんだ!」

「神社? いいけど、何かお願いごとでもするの?」

母が不思議そうに言った。

「まぁ、ちょっといろいろとね。俺、あんまり詳しくないんだけど、この辺でおすすめの神社ってある?」

「そうねぇ、この辺りだと諏訪(すわ)神社かな。今年、一緒に初詣に行ったところだよ」

「諏訪神社か。いいね。じゃあ明日一緒に行こう!」

「はいはい。その代わり、朝寝坊しないようにね」

母は優しく笑顔で言った。次の日は月曜日であったが高校の創立記念日のため、授業も部活もない休日であり、久しぶりに母と休日が重なった日であった。

 私の母親は介護の仕事をしている。私の父親とは1999年に離婚した。5階建ての市営の集合アパートの402号室に私は母と私の弟と3人で生活をしていた。同じような建物が周辺には20棟近く建ち並んでいる。所々に小さな広場や公園があり駐車場もたくさんある。

 夕方18時、家に帰ってきて私は部屋で1人窓から外を見つめていた。外はまだ日が暮れる前で明るかった。小学生の男女達が公園で元気そうに走り回って遊んでいた。子供達のそんな様子を窓から眺めて1人で物思いに耽っていた。その日の紗英の走りを観て、ふと3月に行われた試合のことを思い出していた。

 この年の3月の出来事だった。高校2年から3年に学年が変わる春休みに、県のロードレース大会が大村競技場で開催され、この日、私は足を怪我してちょうど1週間経った時期であった。私は怪我のせいで何事も手につかず、愕然とやる気を失っていた。それゆえに、しばらくいろんなことをサボりたい願望が強く、その日は試合を観に行かずに丸1日自主休校にしようと思っていたが、さすがに松永先生にバレて怒られると思ったので、昼前までゆっくり寝て遅れて試合を観に行ったのだ。紗英は当日、5000M走の出場であり、既にレースは午前中に行われたため、私はこの日、紗英のレースを観ることはなかった。母の車で試合会場まで送ってもらい私はお昼過ぎに競技場へと着いた。紗英が私の姿に気付き、私のところに小走りでやってきた。

「修くん、今日、午前中寝てたでしょ?」

「えっ? そんな訳… いや、嘘です。なぁ、まっちゃん(松永先生の当時のあだ名)には、午前中は足の病院に行くっていうことにしているからバラさないでくれ」

私は少し怯えながら両手を合わせ紗英に頭を下げて言った。

「ズルいなぁ。でも、次にズル休みしたら先生に本当のこと言おうっと。それが嫌だったら私にipod買ってね」

紗英は勝ち誇ったように言った。

「マジか。もうサボったりはしない。ねぇ、そういえば今日のタイムどうだった?」

私は急に話を逸らすようにして紗英に聞いた。

「うーん、今日のタイムは… 聞かないでほしいな」

紗英は苦笑いして答えた。

「なんで? そんなに悪かったの?」

「だって… 16分20秒だったの」

紗英は急に表情を暗くして言った。

「えっ? 16分切れなかったの?」

私は紗英の返答に少し拍子抜けしてしまった。紗英は5000Mを15分台で走れる実力の持ち主であったからだ。

「なんかね、走っていて急に頭が痛くなったの」

紗英は自分の頭を右手で触りながら言った。少し困ったような表情だった。

「あまり聞いたことないな。走っていて胸やおなかの周りが痛くなることはあると思うけど。それって脱水症状じゃないのか?」

「うーん、わかんない…」

 3月に行われたロードレースがつい最近のことのように頭の中で回想していた。まだ寒い時期だった。気が付けば、夕方18時半を過ぎていた。だんだんと外は薄暗くなり始め、部屋も少しずつ暗くなっていた。部屋の明かりをつけたら台所から母が私を呼ぶ声が聞こえた。

「修ちゃん、ご飯できたよ!」

「はーい」

私は母には全く聞こえない大きさの声で返事をして台所へ向かい、母と弟と一緒に夕飯を食べた。この日の夕飯は野菜カレーと、きゅうりとタコの酢の物であった。

 

 週明けの火曜日、この日の陸上部の練習メニューは坂ダッシュであった。100M程の長さの急な坂を全速力で走って登るとてもきつい練習だった。瀬野高校から500Mほど離れたところに瀬野通りを横切るようにして流れる多田川(おおたがわ)という大きな川があり、その河川敷へ下るための坂がこの坂である。道幅は10Mほどありコンクリートでできている滑らかな道である。車2台のすれ違いなどは楽にできる坂だ。毎週火曜日に陸上部はこの坂道を利用して坂ダッシュを行っていた。坂ダッシュは短距離と長距離の合同練習であり毎回男女混合で走った。1日に平均20本くらい走っていた。A、B、C、Dと四つのグループに分けられて順番に走るのだ。1つのグループで走るメンバーは大体20名程度である。Aから順に早いメンバーで走るのだが、A、B、Cの三つのグループ内のそれぞれの下位3名は自動的にランクを落とされ、次に走る時は1つ下のグループで走らなければならない。その一方でB、C、Dの三つのグループのそれぞれの上位3名は、次に走る時は1つ上のグループで走ることができる。紗英はこの坂ダッシュのメニューではほとんど毎回Aのグループをキープしながら走っていた。松永先生が練習の様子を観に来るまでは、皆7割程度の力でしか走らなかった。しかし、松永先生がサングラスをかけメガホンを持って歩いてくる姿が見えてきた途端、皆全力モードに切り替わって走っていた。

「やべー、まっちゃん来たぞ!」

このように、皆が小声で情報伝達しながら気を引き締めて練習に取組んでいた。

「清少、スパートが弱い! お前の力はそんなものか!」

松永先生がメガホンを口元に当て皆に喝を入れていた。基本的に松永先生は誰1人褒めることはなかった。各選手に対して、脇が開いている、肘の角度が悪いなど、先生は悪いところしか指摘をしなかった。私は河川敷の芝生の上で1人別メニューを行っていた。ダンベル等を使っての練習は個人的に飽きてしまうのでほとんど使用することはなく、腹筋背筋、腕立て伏せなどを2時間ほどずっと続けて行っていた。1日で何百回行っただろうか。私はこのような別メニューをほぼ毎日1人でこなしながら、陸上部のメンバーの練習を遠くから1人で応援していた。皆の練習と比べて自分は楽ができる毎日というお気楽な考えが無かったかといえば嘘になる。しかし、確実に心のどこかで、皆との差がどんどん開いていく一方であるという焦りもあった。夕方、夕日が綺麗に輝く中、多田川での練習はとてもしみじみ感じるものであった。練習自体はもちろんきつくて苦しいものであり、私も足の怪我をする前まではこの坂ダッシュは地獄の練習だと毎回走りながら感じていた。それでも、皆で息を切らしながら腰に手を当て歩いて坂を下り、坂を下る方向に綺麗に見える夕日に毎回励まされていた感覚を覚えている。皆で励まし合いながら、あと何本、と声を掛け合い必死で練習に取り組んでいたのだろう。

 左手に付けていたセイコーの腕時計を見ると夕方18時半だった。皆練習が終わり陸上部は解散の挨拶をして、帰宅の準備をしていた。私は、紗英のところに歩いて向かっていった。

「紗英、お疲れ様」

「修くんもお疲れ様。私、今日は先生に怒られてばかりだったなー」

紗英はジャージ姿で白のタオルを首に巻いていた。

「どんまい! ねぇ、渡したいものがあるんだ!」

私は少しにやけたように言った。

「えっ? まさか、ipod買ってくれたの?」

「そんなわけねーだろ」

私はそう言って、鞄の中からピンク色のお守りを取り出して紗英に見せた。

「ほら、見てこれ。お守りだよ。紗英のアシックスの靴の中に入れてあるものと同じもの」

「えっ? これ、どうして?」

紗英は驚いた様子でじっとお守りを見つめていた。私は紗英の左手を掴んでそっとお守りを手渡した。

「これ、アシックスの靴の左足の中に入れときなよ。紗英が最近調子良くないのは、きっと右足だけにお守り入れてあるからバランス悪くなってるんだよ」

「嬉しい! ありがとう! でも、どうして同じものが分かったの?」

「えっ? いや、その…」

私は紗英に対する返答に少し困惑した。

「あーっ、分かった。私の靴の中勝手に覗いたでしょ? もぉ、変態なんだから」

紗英はクスクス笑いながら私をからかうようにして言った。

「いや、そんなつもりじゃないって」

私は恥ずかしい気分で体が熱くなっていた。

「うそ。私、すっごく嬉しいよ! なんだか自信ついてきちゃった! 修くん、ありがとう!」

夕方の19時、だんだんと日の入りが長くなっていたため、空は夕焼けでほんの少しだけ明るかった。私は、高校時代、あまり遊びに行くタイプの人間ではなかった。その一方で、紗英はクラスメイトや陸上部の仲間等とよく街に遊びに出かけていた。当時、紗英がipodを欲しがっていたのは、彼女が音楽をとても好きであったからである。邦楽だけでなく洋楽もよく聴いていた。紗英に教えてもらった曲はたくさんある。また、聴いたことがある曲だがタイトルや歌手の名前が出てこない時に紗英に質問すると、スラスラと教えてもらったこともよくあった。また彼女は歌うことも好きであったため、カラオケにもよく行っていた。私がどちらかと言えば引きこもりがちな性格であったのと対照的に、紗英はカラオケに行ったり街に買い物に行きおしゃれを楽しんだりするなど、アクティブな女性であったのだ。

 

 5月下旬、もうすぐ瀬野高校の体育会が開催される時期であった。紗英と紗英の同じクラスの友達が女子3人集まって昼休みに教室で話していた。

「ねぇ、紗英、クラス対抗リレー、アンカーで出てくれる?」

「えっ? 私がアンカー走るの?」

「うん、紗英のスパートしか2組には勝ち目ないよ。佐藤君はあの状態だからさ」

私が足を怪我していなければ、私がリレーのアンカーを走るはずだった。

 5月31日、晴天の中で瀬野高校の体育会が開催された。学年ごとのクラス対抗リレーは体育会の最後のプログラムであり、いよいよ大トリである高校3年生のリレーが始まった。当時、2組はサッカー部や陸上部の短距離選手などが集中して所属していたため優勝候補であった。私と紗英は同じクラスであり、1組であった。生徒たちの家族だけでなく、県内からいろんな他校の生徒達や関係者等が観に来ており、レースが始まると大いに盛り上がった。1クラスごとに代表で五名が出場し1人あたり200Mを走った。1組と2組の争いは凄まじく終盤につれて歓声はさらに上がっていった。いよいよ、もうすぐ1組のアンカーである紗英の出番となりつつあった。紗英は腰を曲げてバトンが渡ってくるのをじっと待っていた。少し表情が強張っており緊張している様子だった。そして、アンカーである紗英にいよいよバトンが渡されようとしたその瞬間、紗英は不意にもバトンを落としてしまった。一瞬、瀬野高校の運動場内にはどよめきが起こった。バトンを落とした僅かなタイムロスが命取りとなってクラス対抗リレーは2組が優勝となり、1組は2位となった。

「ごめんなさい! 本当にごめん!」

運動場の端っこにある鉄棒付近に1組の生徒達は集まっており、紗英はクラスのみんなにただ平謝りしていた。皆が紗英のことを笑っていた。それは、決して彼女を馬鹿にしたつもりではなく親切心からであった。

「あんたは天才かよ!? まさか、この本番でバトンを落とすとはね。紗英、駅伝大会では絶対にタスキ落としたらダメだよ!」

紗英と仲の良かった女の子が笑いながら紗英を励ましていた。

「はい、気をつけます…」

私は、男子仲間と集まって紗英のことを話していた。

「あいつ、やっぱ長距離向きだよな。俺さ、紗英の最後のスパートが好きなんだよ。スタートは弱いけど3キロくらいまで溜めておいてさ、最後のゴボウ抜きは間違いなく全国レベルだぜ。元々、ピッチが小刻みだったから、俺がフォームを教えたんだ」

私は紗英の走りの特徴を何でも知っているかのように皆に話していた。

「さすが、修先生のおかげだな。清少のスパートが全国レベルなら修のスパートはオリンピックレベルだよ!」

皆が私を持ち上げるようにして言った。

「まぁ、オリンピックは夢のまた夢だけどな。でも、箱根駅伝の往路の5区とか走ってみたいぜ!」

私は夢を語るようにして話していた。高校生活最後の体育会はクラス仲間全員で楽しく盛り上がって無事に終わりを迎えた。高校時代の良い思い出だった。その日の夕方は気の合う仲間同士でそれぞれ集まって打ち上げを行い、私と紗英は別のグループ同士でそれぞれ集まっていた。

 夜の19時頃、私は瀬野駅の近くのファミレスで集まっていた仲間と打ち上げを終えた後、携帯電話を取り出して紗英の携帯に電話をした。

「もしもし」

紗英が電話に出た。声が普段より少し低く聞こえた。

「修くん、今どこにいるの?」

「俺は駅の近くだよ。紗英は?」

「私、学校にいる」

「そうか。なぁ、紗英、今日はMVPだったな!」

私は電話で紗英をからかうようにして言った。一瞬、彼女の鼻息だけが電話越しで聞こえてきた。普段、私がからかわれることが多かったために、その日はなんだか弱い紗英を見れたような気がして思わずからかいたくなったのだ。

「うるさい」

「ごめん。怒らないでよ」

私は、少し笑いながら電話越しに紗英に謝った。彼女は黙ったままで返事をしなかった。

「ねぇ、怒ってるの?」

「違うもん」

携帯電話で話す紗英の声がだんだん遠くなっていく感じだった。というか、雑音は聞こえるものの声が全く聞こえなくなった。

「ねぇ、紗英、聞こえる? 電波悪い?」

私が問い詰めた直後に電話が切れた。私はすぐに紗英にメールをした。彼女からの返信はなかなか返ってこなかった。腕時計を見ると時刻は19時半だった。辺りはすっかり真っ暗になり私は1人瀬野高校へと歩いて向かった。夜の風が少し爽やかに吹いていた。紗英は高校の正門近くにある時計台の下のベンチに1人座っていた。

「紗英?」

紗英は私に気が付くと少し恥ずかしそうにしてわざと目をそらした。彼女は1度家に帰っており、長袖の紺色のチェックシャツとジーンズ姿だった。

「からかってごめん。怒ってるんだろ?」

紗英は少し黙ったままだった。すると、両手を顔に当て顔を隠すようにして話しだした。

「違うよ。あんな姿見られたら恥ずかしいに決まってるでしょ」

「ごめん。頼むからそんなに怒らないでくれ」

私は紗英の機嫌をとるように優しく接した。

「怒ってないもん。ねぇ、修くん、カラオケに行きたい。今から一緒に行こう」

紗英は顔に両手を当てたまま、指の間から目だけ見えた状態で私の顔を見つめて言ってきた。

「あぁ、いいよ。たまにはストレスも発散しないとな」

「ほんと? やったー!」

紗英はそれまでの暗い表情から急に明るくなり、ベンチから立ち上がってその場でジャンプしてはしゃいでいた。私は紗英が元気を取り戻してくれたようで安堵した。

「ねぇ、その前にさ、少し左足がしびれるからマッサージして」

紗英が甘えたような声で言った。

「分かったって。ったく、しょうがねーやつだな」

私はしぶしぶ返事をした。それでも紗英のわがままには何でも応えてしまっていた。私は、そのままベンチの上でうつ伏せになった彼女の左足の脹脛と膝の裏側をジーンズの上からマッサージした。次の日は体育会の振替休日のため、学校も陸上の練習もお休みだったので、私は紗英と一緒に街に出て楽しく遊んだ。

 

 6月11日、この日は秋に行われる駅伝大会に向けてのロードレース大会が大村競技場で行われた。陸上部の女子の長距離メンバーは全員5000Mのロードレースへの出場だった。

「紗英、今日こそ、緊張せずに落ち着いてな!」

「うん、今日こそ、頑張るよ!」

「靴の紐ちゃんと締めてね。レース中に靴の紐がほどけるのはプロとして失格だぞ」

「はーい! 修くんからお守りを貰ってちゃんと左足の靴の中にずっと入れておいたよ。靴もとっても喜んでた! じゃあ、行ってきます!」

紗英はとても元気そうに会場内へ入っていきスタートの準備に備えた。なんだか、自信満々な様子であった。スタート前にトラック内でジャンプを繰り返して体をひねくり返し、緊張をほぐしていた。一般的に女子の高校駅伝は5区間から成り立ち、アンカーの区間は5キロである。紗英は駅伝のレースと同様な意気込みでこの日のレースに臨んでいた。レースが始まった。この日の紗英の走りは立ち上がりから素晴らしいものであった。トラックの会場内を出て、ロードを走っている間もペースが落ちることはなくフォームの乱れもほとんど無かった。紗英のタイムは15分48秒で彼女のベストタイムだった。紗英はゴールした瞬間に小さくガッツポーズをしていた。おそらく、本人の腕時計でタイムを確認して自己ベストを出したのだと確信したのだろう。走り終えた紗英はユニフォーム姿で私の所に走ってやってきた。

「修くん! やったよ! 自己ベストだったよ!」

「うぉー! マジか!? やったな!」

紗英は感激のあまり私に抱きついてきた。私と紗英は笑顔でとても喜んでいた。

「ありがとう! 修くんから貰ったお守りのおかげだよ! お守りの効果が効いたんだよ!」

紗英は興奮して笑顔で言った。

「そうだな、俺に感謝しろよ! なんて冗談。紗英、今日の走りは本当に綺麗だったよ」

「私、最近いろいろと上手くいかないことが多くて本当に落ち込み気味だったから、今日は本当に嬉しかった! 修くん、ありがとう!」

私達は2人でとても盛り上がっていた。興奮冷めやらぬまま、陸上部は解散を行い帰りのバスの中で私と紗英は一緒の席に並んで座った。紗英はしばらくの間ぼんやりと外の景色をバスの中から見ていた。

「ねぇ、修くん、見て。満月が綺麗」

私も身をかがめて紗英に近づいて外を見た。

「あぁ、綺麗だな」

「少し赤っぽいね。なんだか幻想的な色」

この時期は、夏至に近い満月であったため、とても低い位置に赤くて大きな満月が輝いていた。2人でしばらくバスの中から満月を眺めていた。やがて、紗英は安心しきった様子でバスの中でそのまま深い眠りに就いていた。気が付いたら、私もそのままバスの中で寝ていた。バスは高速のインターを降りて、あと10分程で瀬野高校に到着するタイミングで私は1人目を覚ました。ふと右隣を見ると、紗英はまだ眠ったままだった。

「紗英、着いたよ」

私は紗英にそっと声をかけた。彼女はなかなか目を覚まさずに疲れきっていた様子だった。

「紗英、大丈夫か?」

私は彼女の体を少しゆすった。

「はっ! 修くん、ごめん。もう着いた?」

紗英は慌てて目を覚ました。

「慌てなくても大丈夫。今ちょうど着いたよ。さぁ、一緒に帰ろう」

瀬野高校の正門の時計台を見ると、時刻はちょうど20時だった。空はすっかり暗くなっていた。高校の正門前にバスが2台並んで停まり私達はバスを降りた。そのまま陸上部は解散の挨拶を行い各自帰宅となった。この日は私の母が瀬野高校まで車で迎えに来てくれていた。私は母が運転する深緑色のスズキのワゴンRを発見し母のところへ向かった。

「紗英ちゃんも送って行くよ。修ちゃん連れておいで」

「うん、ちょっと待って」

私は母にそう言って車内に荷物を置き、紗英を連れてきた。

「あっ、お母さん、わざわざすみません。ありがとうございます」

紗英は丁寧な口調で話し、少し恥ずかしそうにして車の後ろに乗った。私の母はよく紗英も一緒に車に乗せて練習後や試合後に彼女の家まで送っていた。母の仕事はシフト制で日勤、早番、遅番、夜勤と順にサイクルがあり、日勤や早番の時などは母に用事がない限り私を送り迎えすることができた。また、当時、私が足を怪我していたために、母は怪我のことを心配して可能なときは極力送り迎えをしてくれていた。母は私と紗英を車に乗せ、私達は紗英の家へと向かった。

「紗英ちゃん、今日はレースどうだった?」

「はい、今日は自己ベストが出ました!」

紗英が明るく笑顔で答えた。

「そう! よかったね!」

母も車を運転しながらとても嬉しそうな表情だった。

「俺のお守りのおかげだよね」

私が助手席からふざけて言った。

「もう、修ったら」

母が苦笑いして言った。

「はい! 修くんから頂いたお守りのおかげです。お母さんも一緒に選んでくれたんですよね。おかげ様です。本当にありがとうございます」

紗英はにこにこして話していた。

「修はね、最初、諏訪神社に行きたいって言ったのよ。そしたら、「違う。ここの神社には俺が探しているお守りは無い」なんて言うから…」

母が面白そうに語りだした。

「いやー、もうその話しのくだり言わなくっていいって」

私は母に口止めするかのように恥ずかしい気分で早口で言った。

「そしたらね、修はお守りの写メを見せてくれたのよ。このピンクのお守りだって。これは諏訪神社のじゃなくて住吉(すみよし)神社のものだよって教えたの。修は、お守りはどこの神社も全部同じだと思ってたみたい。普通、お守りには神社の名前刻んであるのにね」

母は運転したまま笑いながら話していた。紗英も母の話を聞きながら笑っていた。私は慌てて自分をフォローするかのように答えた。

「いや、お守りに神社の名前が刻んであるなんて、知らないと分かるわけないだろ」

「はははは!」

帰りの車の中、3人で笑っていた。私は高校時代、恥ずかしながら人一倍世間知らずの人間だったのだ。紗英を家の前で降ろして彼女を見送った後、私と母も自宅に着いた。この日の夕飯はハンバーグだった。私は母の手作りのハンバーグが大好物であった。特に、手作りで作るタレが好みであり、食欲旺盛な高校生にとってご飯何杯でもいけるほどであった。初夏の時期、夜はまだ過ごしやすい気温であった。母はベランダから洗濯物を取り込み、洗濯物をたたみ終わったあと、ビールを飲みながらテレビでワールドカップを観ていた。この年はワールドカップが開催された年であり、母にとってテレビでのサッカー観戦が仕事後の何よりの楽しみであったのだ。私はそんなくつろいでいる母の様子を見ながら、母と弟と私が夕飯を食べ終わったお皿を洗った。その後、私は風呂に入ってから部屋に戻り勉強を始めた。この頃はちょうど中間テストが始まる1週間ほど前の時期であり、また、模擬試験なども重なってくることから夜は少しずつ勉強に取組むようにした。


 私のクラスは3年1組だった。紗英も同じクラスであり、3年間クラス替えは無かった。当時、担任だった服部(はっとり)先生は数学の教師であった。先生は少し白髪交じりで目が細くつり目気味であり、いつも鼻の下に髭を生やしていた。普段から早口で話しとてもクールな印象であったが、冗談がとても面白い先生だった。よく生徒に不意に問題を出しては4択で答えを選ばせていた。

「佐藤、サインの2乗とコサインの2乗を足したらどうなるか? A、みかん B、りんご C、バナナ D、1」

「佐藤、Aって言え、Aって」

私の隣の席に座っていた仲の良い男子が小声で私に囁いた。クラスの皆が私の方を見てにやにやしながら私が答えるのを待っていた。

「Aです」

私は恥ずかしそうに答えた。 

「ほぉ、Aか… ファイナルアンサー?」

服部先生が目を細めて私を睨んだような表情で言った。

「ファイナルアンサー!」 

「バカか!」

教室中に笑いが起きた。こんなユニークな先生だったから、皆、先生のことが好きだった。服部先生の数学の教え方はとても上手で熱心であり、1組の数学の模試等の成績は全国平均と比較して上位であった。

 6月も後半に入り梅雨のシーズンとなった。晴れという快晴がない日々が続いたが、かといって、雨も小雨ばかりで決して本振りの雨が降らない空梅雨であり、もどかしく感じていた。中間テストや模擬試験が重なって行われ、生徒だけでなく先生達も忙しい時期だった。高校3年生にとっては進路選択のためにも重要な期間であった。3年生になると教科によっては教科書の内容を全て終えてしまうものもあったため、時間割の中に自習時間も増えた。6月は、その自習時間を設けている間に、生徒と親と担任による3者面談が数日間の間で行われた。

「修ちゃん!」

高校の玄関内にある待合席に座っていた母が私を見つけた。普段、仕事に行く時はジャージ姿でいることが多い母であったが、この日はいつもと違って黒のフォーマルなスーツ姿でメークも綺麗にした姿であった。校舎の1階にある職員室の隣に教員用の会議室があり、面談はその部屋で行われた。部屋は真っ白な明るい印象で綺麗な感じであり、黒板ではなくホワイトボードが置かれていた。当然、生徒がこの部屋に普段入ることは無いため、部屋がとても新鮮に感じた。服部先生は私と母を席まで案内し、先生は机の上に先日行われた中間試験の成績結果と全国模試の成績結果の一覧表を広げて置いた。その一覧表を見ると、学年での皆の成績の結果がだいたい分かってしまうのだ。私は、ふと紗英の成績が少し悪くなっていることに気が付いた。紗英の模擬試験の成績はいつもクラスの上位であったため、クラスの中間ほどの成績に下がっていたことに、はっきりと違和感があったのを覚えている。

「先生、なんで清少はこんなに成績落ちてるの?」

私はあまりにも気になったので、思わず服部先生に質問した。

「清少はね、特に問題がある訳ではないんだけど、最近、試験中に手の震えというか緊張がほぐれない状態になると言っていた」

私は先生の言葉を聞いてからしばらく下を向いたままになり、同時に紗英のことが心配になった。

「佐藤は、だいぶ成績が良くなったな! 今は怪我の影響で陸上の練習が少し落ち着いているから、逆にチャンスだと思って勉強に打ち込めば、きっと志望校に行けるよ!」

服部先生は私と母の両方の顔を見ながら笑顔で力強く言った。

「数学と陸上だけが取り柄ですからね。本人は国立大学を目指しているようですが、今の成績で志望校にいけるのかどうかは正直想像もつきません」

母は私を見るなり苦笑いしながらも私の成績に対して少し不安そうな様子で答えていた。

「お母さん、佐藤君は本当に今年の陸上が楽しみですよ。今はなにせ怪我との戦いですが、きっと最後に大活躍してくれると信じています。佐藤、頑張れよ!」

服部先生は私を励ますように言った。

「先生、ありがとう。いろいろと大変だけど頑張るよ!」

私は服部先生の言葉に勇気をもらい、本当に何事も頑張ろうという強い気持ちで返事をした。20分程の面談が終わり、私と母は先生に一礼して会議室を出た。私はそのまま校舎の玄関まで母を見送った。

「修ちゃん、お母さんは、今夜は夜勤だから、ご飯は家に焼きそばを作ってあるよ。レンジでチンして食べてね。みそ汁はコンロの上の鍋の中だよ。じゃあね」

「うん、分かった。お母さん、気をつけてね」

「ありがとう。修ちゃんも練習無理をしないようにね」

母はそう言って車に乗り込み、職場に向かっていった。


 6月29日、陸上部は翌日の大会を控えていたため、この日の陸上の練習は各自フリーであった。日中の気温はだいぶ上がり、さすがに暑いと感じるような時期になっていた。もうすぐ夕方になる16時頃、私は1人で必死に自転車漕ぎをしていた。体中から汗が噴き出ており、着ていた白のTシャツは汗でビッショリと濡れていた。

「お疲れ様。だいぶ自転車漕げるようになったね」

紗英が肩に白のタオルを巻いたまま私のもとへやってきた。

「紗英、お疲れ様。そうだね。俺、このまま競輪の選手にでもなれるかな」

私は、数秒間、全力で自転車を漕ぎながらふざけて言った。

「競輪選手? 修くんには似合わないよ」

紗英は私を小馬鹿にした感じで笑いながら言った。すると、急にふと寂しそうな表情をして紗英が呟いた。

「なんか、海に行きたいな…」

紗英は少し遠くを見ているような目線だった。

「海? じゃあ、今から一緒に行こうよ。俺が自転車に乗せて連れてってやるよ」

私は青春ドラマのワンシーンを再現するかのようにして言った。

「えっ? 今の独り言なのに。足大丈夫なの? それに、私が乗ったら重いから足に負担がかかるよ」

紗英は少し心配そうな表情で私の顔を見て言った。

「大丈夫だって。この自転車漕ぎだって一番重いギアで漕いでるんだから紗英の体重くらい余裕だよ」

「わぁ、嬉しい。ありがとう」

私は駐輪場に停めてあった自転車の鍵を外し、紗英を自転車の後ろに乗せた。高校を出て瀬野通りを走り、そのまま多田川の河川沿いを30分くらい自転車で走った。2人乗りなどあまりしたことはなかったが、案外、自転車は進むものだと感じた。しばらく河川沿いを走っていると、やがて潮の香りを感じて海が見えてきた。

「うわーっ、気持ちいい!」

紗英は幸せそうな表情で私にしがみついたまま声をあげた。夕方17時、外はまだ明るく波は穏やかだった。海岸の砂浜へ降りるための岩でできた階段付近に自転車を停め、私と紗英はそのまま階段をゆっくりと下りて砂浜を歩き出した。

「わーっ、綺麗だね」

紗英は砂浜の上に立ったまま海に向かって静かに囁いた。砂浜上には遠くにテトラポットが集まって置かれてあり、陸のほうを見ると県道を車が何台も走っていた。

「もうすぐ夏だね!」

紗英は目を輝かせながら私を見つめて言ってきた。

「そうだな」

私は、太陽光が顔に当たるため眩しくて目を細めながら返事をした。

「なんか、夏の陸上の練習はきつくて大変だけど、来年、大学生になったら楽しい夏にしたいね」

「あぁ、大学生になったら夏はどこか旅行にでも一緒に行こう」

「本当!? やったー! 楽しみ! 約束だよ! ねー、修くん、海入ろう!」

紗英はとても楽しそうなテンションで靴と靴下を脱いで裸足になり海に入っていった。私も紗英の後に続いて海に入っていった。6月の終わりで気温が高く少し暑かったが、海に入ると海水の温度はまだ冷たく感じた。そのまま膝下のあたりまで海の中に入って進んでいった。すると紗英は立ち止まって遠く海の向こうを見つめだした。

「あの海の向こうは外国なんだね。すごいなー。いつか、オリンピックとか出てみたいな」

「すごい夢だな。紗英なら絶対出れるよ!」

「でもね、私にはもっと大事な夢があるの」

紗英が少し恥ずかしそうに私の顔を見つめてにやけて言ってきた。

「えっ? なに?」

「えーっ、それはね… 秘密」

紗英は私を焦らした。

「おい、教えろよ」

私はモヤモヤとした気分で彼女に尋ねた。

「じゃあ、私を捕まえたらね」

紗英はそう言うと、まるで子供が鬼ごっこをしているかのように笑いながら私のもとから離れて逃げていった。

「あっ、お前ずるいぞ! 俺が足を怪我して走れないのを知ってて!」

「じゃあ、修くんが走れるようになったら教えてあげる!」

私達はまるで、絵に描いたかのような青春の一時を過ごしていた。海の水を2人で掛け合いお互いのことを追いかけていた。とても楽しい時間だった。砂浜で2人は夕日を見ながら肩を寄せ合い静かに海を眺めていた。夕日が沈み、だんだんと空が暗くなり始め、私と紗英は自転車に乗って家へと帰っていた。

「なぁ、紗英、お前の夢ってなんだよ?」

私は自転車を運転しながら紗英にしぶとく聞いていた。彼女からの返事は無かった。私の腰を掴んでいるのは確かであったが聞こえてないのかと思い、私は一瞬振り向いて彼女のほうを見た。

「紗英?」

紗英は眠っていた。すると、彼女はそのまま私から自然と手が離れ自転車の上から倒れてしまった。

「紗英! 大丈夫か!?」

私は慌てて自転車を停めて降りた。そして、急いで倒れた紗英を抱え込んだ。紗英はその場で目を覚ましていたものの、意識が朦朧としたような状態だった。

「あっ、修くん、ごめん」

紗英の声は掠れたような声だった。

「おい、大丈夫かよ!? 怪我してないか!?」

「うん、私、大丈夫。修くんは怪我してない?」

「あぁ、俺は何ともないよ。お前具合悪いのか!?」

「大丈夫。ちょっと疲れて寝てしまっただけ。修くん、心配かけてごめんね。私、大丈夫だからね」

「びっくりしたよ! 打ちどころが悪かったら大怪我だぜ! 大事な時期なのに。紗英、今日はもう早く休んで明日に備えよう!」

「うん、ありがとう」

私は自転車の後ろに乗っている紗英のことがずっと心配だった。途中、何度も紗英の名前を呼んだ。その度に彼女は返事をした。とても可愛らしい子供のような返事であった。私のことを強く後ろから掴んで抱きしめていた。辺りはすっかり真っ暗になっていた。途中、何度も車が来ていないか等、神経質になって周りを目視して確認した。そして、なんとか紗英の家の前に着いた。

「紗英、楽しかったよ。今夜はゆっくり休んでな。また明日。おやすみ」

「私もとっても楽しかった。修くん、ありがとう。明日頑張るね。おやすみなさい」

紗英はとても幸せそうな笑顔で私に手を振りながら玄関を開け家に入っていった。私もまた、紗英に笑顔で手を振りながら彼女が家に入っていくのを見送った。しかし、1人になった途端、私は下を向き急に落ち込んでしまった。紗英が疲れ気味になっている状態がとても心配だった。

 夜の21時頃、私は1人で多田川の陸橋の上に自転車を停め、橋の上から川の流れを静かに見つめていた。紗英は、ただ、日々の生活に疲れているだけなのだろうかと1人で思い悩んでいた。当然、彼女は様々なストレスを抱えていたのだろう。陸上の結果も出さなければならず、それと同時に、受験勉強も立ちはだかる大きな壁だった。何よりも、私が足さえ怪我していなければ、紗英と一緒に走ることができ、彼女のストレスも少しは軽減されるのではないかと思った。早く、紗英のことを支えてあげたかった。しかしながら、まだ私の足は全く走れるような状態では無かった。私は自分の無力さを自分自身で責め立て、焦る気持ちを1人で押さえつけていた。この葛藤を抱えていても、結局何も答えが出ないまま時間だけが過ぎた。夜中の23時を過ぎて、私はようやく自宅へ帰った。既に、母も弟も寝ていた。台所のテーブルの上には、母が作った肉じゃがが皿の上からラップをかけられて置かれていた。悶々とした気持ちのままで、私は夜遅くに1人でご飯を食べ、風呂に入り、寝る準備をして翌日の大会に備えた。


 6月30日、大村競技場でトラックレース大会が開催された。この日もいつも通り、高校の正門前に午前9時に陸上部は集合予定であり私は既に正門前に着いていた。しかし、紗英の姿が見当たらなかった。私はバスの中で紗英のことを心配していた。すると、携帯に紗英からのメールが来た。「修くんへ。ごめんなさい。お母さんと一緒に競技場まで車で向かうね」私はメールを見て少し安堵した。バスは約1時間後に大村競技場に着いた。バスを降りて競技場内の練習広場で各選手がウォーミングアップを始めた。この日の天気は曇りであり幸いにも雨などは降らなさそうな天気だった。そして、陸上部が競技場に着いてから1時間程遅れて紗英が到着した。

「大丈夫か?」

私は紗英のことが心配で声をかけた。前日に体調が悪そうだったので余計に心配だった。

「ごめんね。昨日、寝る前に少し体調が悪かったんだけど、朝になると落ち着いたから大丈夫」

競技場の正面玄関口の前で、私と紗英は2人きりになって彼女はユニフォーム姿になった。私は彼女のジャージを受け取った。

「修くん」

「どうした?」

紗英は少し眉を困らせたような表情で私を見つめてきた。

「私、アシックスの靴、右足の方だけ学校に置いてきちゃった。バカだなー。遅れてバタバタしてたから途中で気が付いたの」

「なんだ、そんなことか。仕方ないよ。練習用の靴だって十分にいけるさ。そんなに大差ないから気にするなよ」

「ありがとう」

私は紗英に優しく言った。紗英も微笑んで返事をした。彼女はその場で一旦しゃがみこみ、靴の紐がしっかり結ばれているかを確認した。そして、少し深呼吸をした後、試合会場の方を見つめスタート場へ向かおうとしていた。

「紗英、とにかく無理するな。気を楽にしてお前らしく走れよ」

「うん。分かった。頑張るよ。ちゃんと観ててね」

紗英は落ち着いた様子で走って会場内へ向かっていった。すると、彼女は急に立ち止まって私の方を振り向いた。

「修くん!」

「どうした!?」

私は立ち止まった紗英に向かって言った。すると、紗英は私のもとへ走ってきて私に抱きついた。私は一瞬戸惑い、とても恥ずかしい気分でビックリした。

「紗英?」

紗英は顔を赤らめながら私の顔をじっと見つめ、そして微笑みながら言った。

「修くん、私の夢はね、修くんと同じ大学に入って一緒に陸上をすること。もし、修くんが箱根駅伝に出ることができたら必ず応援しに行くよ」

紗英はそう言うと私のほっぺにキスをした。彼女の目はなぜか潤んでいた。

「修くん、大好きだよ! じゃあ、行ってくるね!」

紗英は私の身から手を離して元気よく走って会場内へ入っていった。私は少しの間、固まったような状態だった。走っていく彼女の後ろ姿がだんだん離れていき、私は大声で叫んだ。

「紗英、気をつけてなー!」

私は恥ずかしさを紛らわすために大きな声を出して気を落ち着かせようとした。そのまま観客席に移動し、1人で座っていた。紗英は首を左右に振り、手足を動かしながらウォーミングアップをしていた。いよいよレースが始まった。序盤まで、紗英の走りは安定していた。先頭集団から3番目の位置をキープしたまま、彼女のフォームは滑らかで美しかった。トラックレースというのは観客席からフォームがどういう状態か良く見えるのだ。1000Mまでは、3分40秒と順調な滑り出しだった。レースは同じような展開で2000Mまで進んで、紗英が少し前へと出た。私はこの時、周りのペースが落ちたのだと思った。だが、さらに一周400M進んだ後、いつもとは何か違う紗英の走りを確信した。彼女は既にスパートをかけていた。私は思わず立ち上がり叫んだ。

「紗英、今日は5000だぞ! まだ3000過ぎだ! もうちょっと待て! ラスト1000からが勝負だ!」

私は立ったまま不安げに彼女の走りをそのまま観ていた。私の声が紗英に届いている様子はなかった。そして、4000Mを過ぎて紗英は最後のスパートをかけ始めた。この時、私には、遠くの空で雷が光るのが見えた。

「ぶれるな! 肘がぶれたら終わりだ! きちんと直角に! 歩幅を広げて!」

紗英は懸命に走っていた。もはやフォームはグチャグチャに乱れていた。ゴールまであと200Mとなり、紗英より前を走っていたランナーは3名いた。1位、2位の選手がそれぞれごくわずかな秒差でゴールした。紗英ともう1人のランナーが3位を争いながら走り続けゴール手前に差し掛かった。そして、ほぼ同時にゴールしたため、詳細の判定を見ないと順位は分からなかった。その時、私にはランナーの分身が見えたように感じた。しかし、それは錯覚だった。よく見ると、一人のランナーが倒れた。その倒れた選手は紗英だった。彼女はゴールした瞬間に倒れてしまったのだ。そのまま動く様子がなく彼女はトラック上に倒れこんだままだった。もはや、私も紗英本人も、この時の彼女のタイムなど知る由もなかった。

「清少! 大丈夫か!?」

真っ先に紗英のもとに駆けつけて行ったのは松永先生だった。

「清少!」

陸上部の皆も、松永先生の後を追うようにして紗英のもとに駆けつけて行った。先生やチームメイトの叫び声が広まった。私は、この時、一体何が起きたのか全く理解できなかった。ただ、はっきりと覚えているのは、紗英が倒れた瞬間、まるで自分自身が倒れてしまい絶望に陥ってしまう感覚であった。私は、皆より10秒くらい遅れて急いで紗英のもとへ駆けつけていった。

「紗英―!」

私は低い大声で紗英の名前を叫びながら全力で走って彼女の元へ駆けつけた。全身が震えていた。右足を引きずりながら走った。もはや右足の痛みの感覚など無かった。ただ、不慣れな走り方をしながら紗英の元へ駆けつけていったのだ。倒れている紗英は全く動く様子もなく意識も無い状態だった。

「おい! 紗英、しっかりしろ!」

私は紗英の体をゆすり彼女を起こそうとした。

「佐藤、やめろ! 無理に体をゆすったら駄目だ!」

松永先生が怒るようにして私を止めた。そして、先生が叫んだ。

「ダメだ、早く救急車を呼べ!」

約15分後に、遠くから救急車のサイレン音が聞こえてきた。会場全体がどよめいていた。この日の試合は一時中断となり、他校の選手たちも紗英のもとに駆けつけて心配そうに彼女を見守っていた。私は、再び、遠い空に雷が光るのを見た。

 紗英は大村競技場にすぐ隣接している大村東山(おおむらとうざん)病院という病院に救急車で運ばれていった。この病院は大村競技場内で怪我をした選手などもよく利用する大きな総合病院であった。紗英が倒れてから2時間程経って紗英の家族も心配そうに競技場に駆けつけ、そのまま病院へと向かって行った。その日の夕方から夜にかけては採血や精密検査が行われたとのことであった。紗英の家族だけ病院に泊まり込んだ。夕方17時半、私は紗英が運ばれた病院の入り口まで来た。そして、病院内で紗英の母親を見つけた。

「お母さん!」

「佐藤君、病院まで来てくれてありがとう」

「紗英の容体は…?」

「まだ今夜ははっきりしないの」

病院の1階の受付前のロビーで私と紗英の母親は一緒にソファに座っていた。院内は数名の患者さんやお見舞いに来た人々が行き通っていた。

「佐藤君、心配かけてごめんね。今夜は私達だけ泊まるから。また貴方にも連絡するわ」

私は病院を出たくなかった。紗英のことがあまりにも心配で、私も一緒に病院に泊まりたかった。しかし、その日のうちには紗英の容体が落ち着かないのと、治療等が長引きそうであり、さすがに紗英の家族にも迷惑をかけると思ったので、私は諦めて帰るようにした。

「お母さん、紗英の症状が良くなったら、僕の携帯に連絡をしてください!」

私は帰り間際に、紗英の母親に自分の携帯の番号をメモ書きして渡した。私はそのまま競技場へと歩いて戻った。瀬野高校に向かうバスが出発する時間になり、私はバスで高校まで戻ってそのまま家に帰った。家に着いてから、テレビもつけずに部屋の明かりだけをつけ1人横になったままだった。

「ただいま!」

玄関の方から、私の母の声が聞こえてきた。仕事から帰ってきたところだった。この日の母の勤務は遅番だったので帰ってきたのは夜22時半頃だった。

「修ちゃん、入るよ」

母が私の部屋をノックしてドアを開けた。

「修ちゃん、ご飯食べてないの?」

「母さん、紗英が倒れた」

私は母の顔を見ると、今にも泣きだしそうであった。

「えっ!?」

母は一瞬固まった。

「レースで走り終わった後に倒れた。なんで倒れたのか分からない…」

「嘘でしょ!?」

母はとても心配そうな表情をして驚いていた。母にその日の出来事を全部話した。母も落ち込んでおり、真夜中に家の中は静まり返った状態だった。外は激しい雨が降っていた。私は不安で一睡もできないまま朝を迎えた。部屋の窓から外を見ると、外は晴れていて雨は上がっていた。

 

 7月3日、朝7時頃、私は学校に行く前に、携帯から紗英にメールを送った。「具合が良くなったらでいいので返事をしてね。俺はとても心配だよ」お昼を過ぎ、夕方になっても夜になっても紗英からの返信は無かった。そして、そのまま数日が経った。陸上の練習も学校の授業も手に付かない状態が続いた。私は毎日のように母とも紗英のことについて話していた。母も日々、紗英のことを心配してくれていた。しかしながら、紗英の容体については、思い当たる節がなかった。

 7月10日、久しぶりに1日中雨が降り続いた日だった。夕方16時、服部先生が教室に入ってきてホームルームが行われた。先生は生徒達を見渡して言った。

「みんな、清少は意識が回復している。だから安心してくれ」

私はとっさに先生の発言に耳を傾け先生の顔を真剣に見つめた。クラスのみんなも先生の発言に耳を傾け息を呑みこむようにして聞いていた。

「先生、清少は病気なの!?」

私は先生に大きな声ではっきりと質問した。

「先生、何か知ってるんだろ!? 隠さないでよ!」

数名の生徒達も服部先生に向かって必死に質問していた。先生は一瞬黙り込んだ後、口を開いた。

「正直、何も聞かされていない…」

教室内でしばらく沈黙が続いた。

「あと1週間くらいすれば、清少のお見舞いにいける状態になるとのことだ。だから、それまでみんな気を落ち着けてな。清少の容体が落ち着いたら、みんなで時間を作ってお見舞いに行くようにしよう!」

服部先生は皆を励ますようにして声をかけていた。私は、この時、紗英の意識が回復していることが分かっただけで、とても安心した気持ちになった。とにかく、もう少し待てば、紗英はきっとまた元気な姿になるだろうという気持ちで、私自身も少しずつ落ち込んでいた気持ちから元気を取り戻していった。その日の夜に、母にも紗英の症状について話すと、母も少しホッとした様子であった。紗英が頑張っているのだから、私自身も頑張らなくてはならないという強い気持ちがだんだんと生まれ、しばらくサボり気味だった勉強なども、夜は集中して行うようにした。


 7月15日、まだ梅雨が明けない曇り空の日、お昼の12時過ぎに、私の携帯電話に紗英の母親から連絡があった。紗英の容体が少し落ち着いたのでお見舞いに来てもいいとのことだった。紗英はこの時、既に瀬野市内にある国立療養所瀬野病院という病院に転院をしていた。幸いにも、瀬野市に大きな国立病院があり、紗英の治療もその病院で行うことが可能であったため、本人や家族の希望で地元の病院で治療を受けながら入院することができた。

 この日は土曜日で、私はちょうどお昼までの学校の授業を終えたばかりであり、陸上の練習には行かずに、そのまま自転車を漕いで高校から瀬野病院まで向かった。病院に向かっている間、心臓がドキドキしていた。やっと紗英に会うことができるという喜びと、彼女の容体を心配するあまり不安でとても落ち着かない気分だった。自転車で向かっている途中、大通りの交差点に差し掛かり、横断歩道を渡ろうとするタイミングで信号が赤に変わった。イライラが募った。早く病院に着いて紗英に会いたい気持ちでいっぱいになり、赤信号の時間がとてももどかしくいつもより長く感じた。信号が青に変わる数秒前にフライングで自転車を漕ぎだした。そのまま瀬野通りを走り抜け、ようやく瀬野病院まで着いた。私は初めて瀬野病院の中に足を運びこんだ。病室の番号は紗英の母親から電話で教えてもらっていたが、うる覚えだったのと確認のために、私は受付の看護師さんに紗英のいる病室の部屋番号などを教えてもらった。紗英の病室は5階だった。普通、5階まで上がるともなればエレベーターを利用するはずだが、エレベーターを待つ時間すらもどかしく感じ、まだ高校生という若さであったため、私は急いで階段を駆け上がって5階まで上がった。そして、廊下を突き進み、紗英がいる503号室の病室の前へと着いた。病室のドアの左上のところに患者の名前が白のホワイトボードに書かれてあり、間違いなくそこには「清少紗英様」という文字が書かれていた。私は恐る恐るドアをノックしようとした。やっと目の前にいる紗英と会える状態になったのに、いざ、病室のドアを開けようとすると、私はなぜか怖くなってしまいドアの前で1分程突っ立ったままだった。そして、一旦深呼吸をしてからドアをノックして中に入った。病室の中に入ると、目の前には白のカーテンが設置されており、そのカーテンを右にかわすようにして奥まで入っていくと、そこには紗英の母親がベッドの前に座っていた。そして、その奥のベッドには仰向けで横たわった紗英がいた。

「紗英、大丈夫か?」

私は紗英に近づき、とても不安な気持ちで彼女にそっと声をかけた。彼女はじっと私を見つめてきた。

「修くん、来てくれた。よかった…」

紗英は頭に水色のニットの帽子を被っていた。髪の毛は全て剃られており全身に点滴を打たれたままで、今まで見たことのないような紗英の姿に私は驚きを隠せなかった。

「なんか、よく分からないの。私、なんで今ここにいるんだろうって感じ…」

あの日、紗英は緊急入院で大村東山病院へ救急車で運ばれた後、数時間後に頭の手術を受けていた。

「あのね…」

紗英は一瞬黙ってしまった。そして、その数秒後に口を開いた。

「私、頭に腫瘍があるんだって。手術では治らないってお医者さんに言われた…」

私は言葉を失った。紗英も再び黙ってしまった。私は驚きながら紗英の母親の顔を見た。紗英の母親も私の目を見るなり無言で頷いただけだった。

「どうして… 先生やみんなには言ったのか?」

私はなんと声をかけていいのか分からない気持ちだった。ただ、ひたすら正しい言葉を探すかのようにして紗英に声をかけた。

「今日、みんなにも私の病気のことを告知するってお母さんと決めたの。修くんにはね、どうしても私から直接言いたかったの」

紗英は落ち着いた様子で下を向きながら話した。

「なぁ、俺、どうすればいい? 正直、今よく分からないよ。なんでこんな風になっちゃたんだ…」

私はとにかく落ち着かなかった。椅子に座り込み、下を向いたまま自分の右手で何度も自らの髪をかき上げていた。

「修くん、心配しなくても大丈夫! 私はまだ生きてるんだから、病気なんてへっちゃら!」

紗英は脳腫瘍に侵されていた。彼女の病気は膠芽腫(こうがしゅ)という最も悪性のものであった。腫瘍が頭の中の奥深くにあり、頭の開頭手術で腫瘍を完全に取り除くことは不可能であった。治療方法は放射線療法と抗がん剤の併用しかなかった。紗英が入院直後に受けた手術は、腫瘍の一部を取り出すものであった。医師が腫瘍の一部を病理検査して、紗英の病名の診断を下したのだった。

 私は、瀬野病院を出てから歩いて1人で家へと帰っていた。自転車で病院まで来たことなどすっかり忘れており、そのまま自転車を病院に置いたままだった。帰っている時の記憶など全く覚えていない。ただ、無意識のまま瀬野通りを歩き、自宅への帰路をたどっていた。夕方17時頃に家に着くと、母が夕飯を作っていた。

「おかえりなさい」

私が帰ってきたことに母が気付き声をかけてくれた。

「うん…」

私は、「ただいま」とも言う気力が無かった。そのまま無言で1人部屋へと行き、ぼーっとした時間を過ごしていた。20分くらい経ってから、さすがに母が私のことを心配して部屋のドアをノックして中に入ってきた。

「修ちゃん… どうしたの?」

母が心配そうに私を見つめ、部屋のじゅうたんの上に正座した。

「いや、なんて言っていいか分からない…」

私は母と目線を合わせることなく、ただ下を向いたまま小さな声で口を開いた。

「どうして? 何かあったの?」

母がさらに心配そうな表情になった。私は大きなため息をついた。

「紗英は… 脳腫瘍なんだって」

母が私の言葉を聞き黙り込んだ。そして、少し顔を震わせるようにして下の方を向いた。

「修ちゃん、紗英ちゃんはどんな状態なの? どのくらいまでしか生きられないとか言われたの?」

母が落ち着いたような声で私に聞いてきた。

「いや、何も聞いてないよ」

私は1人でため息と舌打ちを繰り返していた。そんな私の様子を数十秒ほど見ていた母は、だんだんと体を震えさえ、そして、急にその場を立ち上がった。

「あんたね、いいかげんにしなさいよ!」

母が突然、私の顔を見て怒って言ってきた。私はあまりにも不意をつかれて、ビックリして母の顔を見た。

「修の気持ちはお母さんだってよく分かるよ! でもね、あんた落ち込んでる場合じゃないでしょ! あんたは、紗英ちゃんが大きな病気だからって、そんな最初から簡単に諦めたような態度でいいの!?」

母は目に涙を浮かべて口元を震わせていた。私は母の言葉に返す返事が無かった。あまりにも1人の大人である母が言っていることが正しくて、まるで子供であった私は何も言い返すことができなかった。母は黙り込んだままの私を怒ったように見ており、そのまま勢いよく私の部屋から出ていった。私は、自分自身が病気になったわけでもないのに、こんなにも弱気な態度になってしまって自己険悪に陥った。母はきっと、そんな姿の私に対して許せない気持ちでいっぱいになったのだろう。その日の夜、気が付けば、私は部屋で1人寝ていた。それから、2日間くらいの間、母と会話をすることがあまり無かった。


 7月18日、陸上部は練習を終えてから、松永先生とミーティングを行った。

「清少は、駅伝は無理だ…」

「先生、どうして紗英が…」

私は松永先生に涙ながらに訴えかけた。先生は一瞬黙り込んだ。

「みんなで清少を支えていくしかない」

「先生、俺、必ず復帰して走ります! 紗英のためにも!」

「佐藤、焦ったらダメだぞ。人はな、他人と勝負することはできない。自分自身と戦うしかないんだ」

 7月19日、瀬野高校の1学期の終業式が行われた。梅雨が明けて一気に夏らしくなった。至る所で蝉の鳴き声が響き渡り、街歩く人々も皆夏の服装をして汗ばんでいる様子であった。体育館での終業式を終え、正午前に1組のホームルームが行われた。

「いよいよ夏休みが始まる。3年生にとっては進路のために最も大事な時期だな。みんなそれぞれ頑張ってくれよ。そして、みんなで清少を助けていこう。ちょっとでもいいから時間がある時に清少のお見舞いに行ってやってくれよな」

服部先生が手で汗を拭いながら教壇の上に立ち皆に言った。

 

 7月20日、朝の7時、私は自宅の部屋でエアコンをかけながら寝ていた。携帯電話のアラームで目を覚ましかけたが二度寝してしまった。そして、8時半頃再び目を覚まし携帯を見た。すると、紗英からのメールが来ていた。「修くん、今度、病院へ来るときに私のアシックスの右足の靴を持って来てください。下駄箱に置いてある靴です」メールを見た途端、私は急に眠気が覚めて布団から起き着替えを済ませて病院へ行く準備をした。部屋から台所へ行くと、母が朝食を作っていてくれた。

「おはよう」

母が優しく声をかけてきた。

「おはよう」

私も自然と母に向かって返事をした。しばらくお互い無言のままだった。私は朝食を食べ終わった後、母に対して口を開いた。

「お母さん、紗英のお見舞いに行ってくる」

すると、母が心配そうな表情で私の目を見て言った。

「修ちゃん、この前はごめんなさい。お母さん、反省してる。ねぇ、紗英ちゃんのお見舞いに一緒に行ってもいいかな?」

母はずっと私の顔を見つめたままだった。私は母の表情を見て迷うことなく返事をした。

「うん! 一緒に行こう! その前にさ、高校に寄ってよ。取りに行きたいものがあるんだ」

私と母は家を出て母の運転する車で瀬野高校に向かった。夏の朝、車内はとんでもなく暑く、私は車のエアコンを最大にしてつけた。助手席に座りながら私は携帯で紗英にメールを打った。母と一緒にお見舞いへ行き、靴も持っていくという内容のものだった。20分くらい経ってから紗英からのメールの返信が届き、母と一緒にお見舞いに来てくれるのを楽しそうに待っている様子であった。車は瀬野高校に着き、私は一人校舎の生徒用の玄関口まで向かい紗英の下駄箱を見つけた。そこには紗英の上履きと、アシックスの右足用の靴が置かれていた。靴の中を覗き込むとピンク色のお守りが入っていた。私がこの靴の中を覗き込むのは2回目であった。初めて覗き込んだのは、5月の大会の前日に紗英がバイトに行っている最中だった。私はお守りのことが気になってこっそりと見ていたのだ。私は彼女のアシックスの右足用の靴を持って母が待っている車へと戻り、私と母は瀬野病院へと向かった。

「お母さん、見て、これ。この前、一緒に神社に行った時と同じお守りだよ」

「あら、ほんとね。うふふふ」

私は、母にピンクのお守りを見せた。母は車を運転しながらお守りをそっと見つめて微笑んでいた。私と母はすっかり仲直りをしていた。午前10時半頃に瀬野病院へ着いた。この時はエレベーターを利用して病院の5階へと上がった。紗英の病室のドアをノックして中に入った。

「紗英、具合はどう?」

私は紗英の姿を見た瞬間声をかけた。紗英はベッドの上で横になったまま安静にしていた。

「あっ、修くん、お母さん、来てくれてありがとうございます。少し落ち着いてきて、頭の痛みも取れてきました」

「紗英ちゃん、大変だったけど、よくここまで頑張ったね。今はとにかく無理をしないで、ゆっくり休んでね」

私の母が優しい口調で紗英に声をかけた。

「はい、ありがとうございます。本当にいつも何から何まで感謝しています」

この時、紗英の母親は病院にはいなかった。正午頃に病院に来る予定とのことだった。

「紗英、左足用の靴はどうしたの?」

「ここにあるよ。一昨日、お母さんが家から持って来てくれたの」

紗英の左足用の靴はテレビ台の上に置かれていた。

「やっぱり、2足並べたほうが落ち着くな」

紗英は落ち着いた様子だった。両足揃った靴を見て少し微笑んだ様子だった。すると、私のほうを見つめ笑顔で言ってきた。

「ねぇ、修くん、これ見て」

紗英は右手に白のipodを持っており、ドヤ顔で私に見せつけてきた。

「うわーっ、超カッコいいね! これ、どうしたの?」

「お母さんに買ってもらったの。修くんがいつまでも買ってくれないから。いいでしょー」

紗英はとても元気そうだった。何本も点滴をして前よりだいぶ痩せた感じであったが、表情はとても穏やかで顔色も良かった。お昼の12時頃に紗英の母親が病室へ入ってきた。

「あら、佐藤さん、こんにちは。わざわざお見舞いに来てくれてありがとうございます」

紗英の母親が深々と頭を下げて私と私の母にお礼をしていた。しばらくの間、4人でいろんなことを話していた。30分くらい経ってから私の母が私に話しかけてきた。

「お母さん、紗英ちゃんのお母さんと少し話をしてくるから。修ちゃんはどうする?」

「俺は、適当に帰るから大丈夫だよ」

「お母さん達、病院内にいるから、もし何かあったら必ず連絡してね」

紗英の母親が私達に声をかけた。私の母と紗英の母親が病室を出た。私は紗英と病室で2人きりになった。私は室内を少し興味本位で歩き回った。なんだかそわそわした気分であった。

「紗英、なんか不思議だな。こんなことって初めてだよな」

「そうだね。今までお互い病気や怪我で入院なんてしたことなかったもんね。でも、お見舞いに来てくれるのって嬉しいことだよね」

紗英は微笑みながら話した。私は、そのまま椅子に座り込み彼女の顔を見つめた。

「なぁ、紗英、お前、5月のレースの時も走っていて頭痛くなったのか?」

「覚えてない。でも、そう言われるとそうだった気がする」

紗英は少し言葉を濁すような返事をした。

「なんでもっと早く言ってくれなかった?」

私は真面目な顔で質問した。紗英は一瞬黙ってしまった。何かを思い出すようにしていた。

「ごめん! 頭に負担かけちゃうな。無理にいろいろ思い出さなくていいからな」

紗英が頭の病気であることを急に思い出し私は彼女に慌てて言った。

「走っていて、頭が痛いから脱水症状だと油断してたの。5月の大会前に、夜、修くんにメールしたでしょ? 確か夜中の11時くらい。本当は、あの日バイト終わったのは夜8時だったんだけど、バイトが終わってから急に頭が痛くなって事務室で少し寝てたの。あとね、私、手が震えてた。うまくメールが打てなかったの。でもね、どうしても修くんに試合を観に来てほしかった。私の走りを見てほしかったの」

私はこれまでの紗英の数々の異変に気づけなかったことを後悔した。

 

 7月21日、本格的に陸上部の夏連が始まった。私は別メニューの練習をしていたが、夏の暑さでくたくたであった。陸上部の長距離メンバーは400Mのインターバルを10本行っていた。トラック1周400Mを全速力で走り切り、そのまま止まることなく200Mの間はジョギングをする。そして、200Mジョギングをしたら、再び400Mを全力で走るのだ。この繰り返しを10本行う過酷な練習だった。何よりもペースの大幅なアップダウンが選手達を苦しめた。選手達は最後のゴールまで走り切ると、ほとんど皆倒れこんでいた。夏の陸上の練習というものは本当に地獄であった。

 

 7月の終わりから8月にかけて、私は練習後に紗英のお見舞いにほぼ毎日行っていた。彼女の容体は決して悪くなるということはなかった。また、私の足の怪我もなかなか完治には至らなかった。大橋整形外科にも2週間おきに通院した。毎回レントゲンを見るたびに、骨の様子はほとんど変化していなかった。

「やはりね、疲労骨折はなかなかしぶといでしょ? ジョギングはもう少し我慢したほうがいいです」

「先生、もうすぐ8月ですよ。間に合いますか?」

「8月までには走れるようになるだろうと言ったのですが、もしかしたら、8月中も厳しいかもしれません」

大橋先生は落ち込む私をいつも励ましてくれていた。

 8月9日、夏休みの約半分が過ぎ、この日は瀬野高校の登校日だった。帰りのホームルームが終わった後、服部先生が私を呼び出した。

「佐藤、清少のとこに行くだろう? これを渡してくれ」

私が先生から渡されたのは数学のセンター試験の過去問だった。

「とりあえず、去年の分から5年分ある。清少は2次が必要ないだろうからセンターに集中してくれと言っておいてほしい。特に三角関数とベクトルはここ数年難しくなってるから念入りに、とな」

「先生、ありがとう」

「ただ、あくまでも、勉強より病気の治療に専念してくれと伝えてほしい。まずは体調を良くしないと元も子もないからな。佐藤、お前はセンターだけでなく2次対策もしっかりとな。2次は何よりも数三が勝負だぞ」

 私は高校から歩いて瀬野病院へと向かった。夏の日差しが強く当たり歩いているだけで汗が滲み出ていた。お昼時の瀬野通りは交通量がとても多く、街中は車の排気ガスが充満しており余計に暑く感じた。瀬野病院に着いて入口から中に入ると、空調の涼しさでほっと一息安堵した。紗英の病室に向かい中へと入った。紗英は女性の看護師さんと一緒にリハビリで歩行トレーニングをしていた。

「どう調子は?」

「うん、少しずつ自然と歩けるようになったよ」

「そうか、良かったな!」

私が病室に入ってから20分くらいの間、紗英は歩行トレーニングを続けていた。高さ70センチくらいの鉄の棒が2本並べて置かれてあり、紗英はその棒を1本両手で掴みながら横歩きをしていた。看護師さんが常に「1、2、1、2」と紗英を支えるようにして声をかけていた。その後は、2本の棒を両手でそれぞれ掴み前歩き後ろ歩きを繰り返し、さらには、棒を掴まないで独歩を行い、病室を出て廊下を行ったり来たりしていた。日に日に、紗英の体の機能は回復している様子であり、私はそんな紗英の姿を見ていて、ホッと安心した気持ちになっていた。無事にその日の歩行トレーニングが終わり、看護師さんが病室を出て、私と紗英は病室で2人きりになった。

「お疲れ様。だいぶ歩けるようになって、俺、本当に安心したよ!」

「うん、まだまだだけど頑張る! 棒もね、使わないでほとんど1人で歩けるようになったんだよ!」

紗英は私の顔を見て嬉しそうな表情をしていた。

「大丈夫! 紗英ならすぐに回復するさ! そうそう。そう言えばね、さっき学校で、服部先生が紗英にこれを渡してくれって」

私は鞄の中から、服部先生から預かった数学のセンター試験の過去問を取り出し、それを紗英に見せて渡した。

「ありがとう。先生、優しい。頑張らないとな」

「でも、先生は勉強よりも治療に専念してほしいって言ってたよ」

「私、いろいろと頑張る。ねぇ、修くん、来週ね、1日だけなら外出してもいいってお医者さんから言われたんだよ!」 

「ほんと? やったな!」

「うん! でも、激しい運動は絶対したらダメだって。走ったりするのは無理だよ」

私と紗英はそのまま病室で16時頃まで勉強をして一緒の時間を過ごし、私は病院を出て自宅へと帰った。


 8月14日、世間はお盆休みに入っていた。私は朝7時頃に目を覚ました。家で朝食を済ませ、部屋で着替えをしてから出かける準備をした。普段あまり着ることのない服を選んで着た。前日の夜にあらかじめ何を着るか準備をしていたのだ。私は午前9時過ぎに瀬野病院に着いた。病室まで迎えに行こうと思ったが、敢えて、「病院の出入口の前で待ってる」と紗英にメールを送った。それは、紗英と久々にお出かけができることをとても楽しみにしていたからである。デートのような待ち合わせをしたかったのだ。15分後、私の名前を元気そうに呼ぶ紗英の声が聞こえてきた。

「修くーん!」

出入口の方を見ると、紗英が小走りにやってきた。白の花柄のキャミソールに短パンのジーンズ姿で赤色のサンダルを履いていた。頭には肩より少し長めの黒の髪型の鬘をつけており、その上から白のベースボールキャップを斜めに被っていた。

「紗英、危ない! 走るな!」

私は慌てて紗英のもとへ走って向かい彼女を抱きしめた。紗英は少しふらついたような状態だった。

「危ないよ、走ったら! しかも、なんか化粧濃いな」

私は紗英の顔を見て苦笑いしていた。

「だって、楽しみにしてたんだもん!」

紗英が少し恥ずかしそうに言った。彼女の額には少し汗が滲み出ていた。

 私達は病院からバスに乗り瀬野駅の方へと向かった。2人でゲームセンターに行ったり、デパートでお買い物をしたりした。紗英はまだ歩き慣れていないためか、途中足がよろけていたが、それでもなんとか1人でほとんど歩くことができた。倒れそうになる度に私は紗英を支えようとしたが、確実に彼女の体の機能は回復してきており、私はそのことが本当に嬉しかった。紗英とこのように街中を一緒に歩くことができることにとても幸せを感じていた。この日のお昼はデパートの8階にある洋食屋で食事を済ませ、その後、2人は紗英がアルバイトで働いていたカフェへと向かった。店内はとても広くて照明なども西欧風のもので飾られており、古い作りをイメージしたものであった。BGMにはクラシックが流れていた。テーブル席はゆったりとくつろげるスペースであり落ち着いた空間だった。勉強をしたりレポートを書いたりするには最適の場所だった。

「紗英ちゃん!」

「わぁ、橋本(はしもと)店長、久しぶり!」

紗英はとても気さくそうに1人の店員さんに向かって話した。

「大変だったね。でも、今日はわざわざ来てくれて本当にありがとう。紗英ちゃん、今日は特別に俺が奢るから遠慮なく注文してね!」

「店長、ありがとう! じゃあ、遠慮しないね!」

紗英は嬉しそうにして私の顔を見ると、メニュー表を開き注文する商品を選び出した。橋本店長は紗英がアルバイトで勤務していたカフェの店長であり、黒縁のメガネをかけ背が高くイケメンの店長だった。当時の年齢は36歳だった。紗英が働いていたカフェは大学生や20代半ばのスタッフが多かったため、紗英は最年少でとても可愛がられており、彼女は甘えたようなキャラであった。私はアイスカフェオレを注文し、紗英はアイスミルクティを注文した。2人ともガムシロップをグラスに2個ずつ入れ、相当に甘くして飲んだ。高校生ながらこのような喫茶店で飲むアイスカフェオレはとても美味しく感じられた。私と紗英はテーブルの上に受験勉強用の参考書やノートを広げて、しばらくの間2人で勉強した。実は、この日の前日に、紗英とのメールのやり取りで、このカフェで一緒に勉強をしようと約束していたため、勉強道具も準備していたのだ。紗英は英語や国語などの科目はとにかく強かった。彼女はアイスミルクティをストローで飲みながらシャープペンを握り、ノートに何かを書き込もうとしていた。すると、急に彼女の右手が止まった。

「思い出せない… 暗記してたのに…」

紗英が苦笑いして下を向きながら言った。

「だめだ、全然覚えてない。戦国時代からノートにあれだけ書き込んで覚えたのに。しかも、なんか、頭痛い…」

「紗英、大丈夫か? 無理するなよ」

「大丈夫。平気」

明らかに脳の病気による記憶障害だった。病気の様々な症状の辛さといったら決して本人にしか分からないものであった。彼女はそのままテーブルに両手をつけて顔を塞いだ。私は紗英の様子を見てとても心配だった。

「紗英! 久しぶり!」

そんな時、紗英のアルバイトの先輩である18歳の大学生の女の子2人が私と紗英が座るテーブル席へとやって来た。

「わぁ、真帆(まほ)ちゃん! 志乃(しの)ちゃん!」

紗英はその2人を見ると急に笑顔になって喜んでいた。2人は同じ大学に通っていた。瀬野高校の出身だったため紗英や私の先輩でもあった。女の子達の甲高い歓声のような声で私達の席は盛り上がっていた。

「ねぇ、私達もうすぐバイト終わるから、みんなでカラオケ行こうよ!」

真帆さんと志乃さんが紗英と私を誘うようにして言った。

「行きたい! ねぇ、修くん、はっし―(橋本店長の当時のあだ名 ※紗英と紗英のアルバイト仲間が身内で使用していた)も誘っていい?」

紗英が私に聞いてきた。

「あぁ、いいよ。みんなで一緒に行こう!」

「やったー! じゃあ、みんなで準備して行こう!」

私は紗英と2人だけの時間を過ごしたいというよりも、紗英が楽しく元気に過ごせる姿を見たかったので、紗英の気持ちを素直に受け入れた。

 15時過ぎ、5人でカラオケに行き、私達は楽しい時間を過ごした。途中、私は紗英のことが心配で何度も彼女に声をかけたが、彼女は特に体調が悪くなる様子も無く、ずっと元気そうにしていた。楽しい時間はあっという間に過ぎた。最後はみんながバスに乗って紗英のお見舞いに瀬野病院まで来てくれた。

「紗英ちゃん、焦っちゃだめだよ。とにかく今はゆっくり休んでね。みんな紗英ちゃんが戻ってくる日を楽しみにしてるよ」

橋本店長が紗英に優しく声をかけた。

「ありがとう! 店長、私がまた元気になったら、バイト先のみんなでカラオケとかボウリングに行こうね!」

「紗英、またお見舞い来るよ! 元気に復活したら、またみんなでバイト頑張ろうね!」

「うん、ありがとう! 早くまたみんなとバイトできる日を楽しみにしてる。真帆ちゃんと志乃ちゃんと同じ大学に行けるように勉強も頑張るよ!」

真帆さんと志乃さんが紗英に元気よく声をかけていた。みんな別れ際は笑顔であったが、紗英の姿を見て今にも泣きだしそうな表情だった。私達は病院を後にした。私と橋本店長は真帆さんと志乃さんと別れ、私達2人は駅の方向へと歩いて向かった。瀬野駅のロータリーに差し掛かったところで、橋本店長が私に話しかけてきた。

「修君、紗英ちゃんをどうか支えてあげてほしい。彼女がバイトに入ってお店も明るい雰囲気になった。彼女は本当に良い子なんだ」

橋本店長が自らの両手を強く握りしめた。少し体が震えているようだった。

「実は、5月に、陸上の試合がある前日、夕方シフトに入れる子が急に来れなくなって、紗英ちゃんに無理を言ってシフトに入ってもらったんだ。でも、紗英ちゃん、出勤してから1時間も経たないうちに気分が悪いと言ってトイレで吐いてしまった。 その時に、俺が無理にでも紗英ちゃんを家に帰していればよかった。彼女、その時、今日は人も少なく忙しいからって、わざわざ夜8時まで残って働いてくれた。もし、紗英ちゃんが早く上がっていればきっと病気も早く見つかったはずなのに… 本当にすまない!」

私は、なんと返事をしていいか分からなった。ただただ、橋本店長が悔しがる以上に私は私自身を悔しがった。

「俺には6歳の娘がいて、紗英ちゃんの試合をよく娘と一緒に観に行くんだ。いつも、「頑張れー!」って娘は応援している。紗英ちゃんみたいに足が速くなりたいと言ってるんだ」

「橋本さん、僕、これからお店に1人でも行きます。お店の常連になります。そこで、受験勉強も頑張ります。紗英がいなくても… でも、絶対に紗英をまた元気な姿で連れてくると約束します!」

「ありがとう。楽しみに待ってるよ」

橋本店長は目に涙を浮かべていた。

「修君、いつか娘と一緒に走ってやってくれないか? まだ6歳だから長い距離は走れないけど。紗英ちゃんは、「修くん」に走る時のフォームを教わってここまでこれたって、アルバイトのみんなにいつも自慢気に話していた。だから、もし、娘と一緒に走ってくれたら、きっと娘は喜んでくれるはずなんだ」

 その日の夜、私は橋本店長と2人で駅前の定食屋でご飯を食べた。

「修君、今日はありがとう。陸上と勉強の両立は大変だけど、今が勝負所だよ。頑張ってね!」

「はい! こちらこそありがとうございます! またお店にも遊びに行きます!」

私は、電車に乗ろうとする橋本店長と駅の改札のところでしっかりと握手をして橋本店長を見送り、自宅へと帰った。

 

 8月25日、夏休みが残り1週間となり、残暑が残る中、午後のお昼過ぎの時間に、陸上部の長距離メンバーはキロ5分のジョギングを行っていた。これは1キロを5分で走るペースのジョギングのことである。14時半になる頃だった。私はそれまで1人で別メニューの腹筋、背筋を繰り返していたが、なぜか、ふとそれらのメニューを辞めて、ジョギングをしている長距離メンバーの集団に走って向かっていった。

「修、どうした!?」

走っているメンバーの1人が少し驚きながら私に声をかけてきた。

「俺、もう走るよ! これ以上は我慢できない。みんなと走りたい!」

気が付けば、私は自然とみんなと一緒に走っていた。足の痛みが全く無かったかといえば嘘になる。しかし、そんな痛みのことなどもはや気にならなかった。私はそのままキロ5分のペースでみんなと一緒に4キロを走りきった。私はついに走り出したのだった。実に、6カ月振りにちゃんと走ったのだろう。走り出す前は一瞬、大橋先生の言葉が頭をよぎったが、走っている時は夢中な気持ちになっていたので、先生の言葉などすっかり忘れていた。

 その日の練習が終わり、夕方17時頃、松永先生が走り終わった私の様子を見て声をかけてきた。

「佐藤、ちょっといいか?」

「はい!」

私は松永先生に呼ばれて職員室で先生と話した。

「お前、もう足は大丈夫なのか?」

「はい、少し違和感がありますが、大丈夫です!」

私は先生の目を真っすぐ見つめて言った。

「そうか。もはや、骨の状態は関係ないのかもしれないな。あとは、お前の気持ち次第だ」

先生は落ち着いた様子で私に言った。

「佐藤、話は変わるが、今夜、瀬野病院の屋上に行ってみろ。花火が綺麗に見えるぞ。清少と2人で見るといい」

松永先生はそれまでの真剣な表情から急に穏やかな表情に変わった。私は少し肩の力が抜けたような感覚になった。

「そうなんですか? 先生、なんでそんなこと知ってるんですか?」

私は目を丸くして質問した。

「俺が新人の体育教師だった時に、当時、足を骨折した生徒がいてな、瀬野病院に入院したんだ。俺はよくその人のお見舞いに行っていた。ちょうど今の時期でまだ暑い日だった。瀬野病院は、花火大会の日に屋上を解放するんだよ。入院患者とお見舞いの人しか見られない特別な場所だ」

「へーっ、そうだったんですね!」

私はとても興味津々で先生の話を聞いていた。

「その生徒さんは今でも陸上を続けてるんですか?」

私は松永先生の話にどんどん興味が湧いてきて先生に質問した。

「いや、今、陸上はしてないよ。今は俺の家内だ」

「えっ? 先生の奥さん!?」

「あぁ、そうだ。それから数年経って結婚したんだよ。当時は生徒に手を出しやがって、なんて周りからからかわれたけどな。でも、結婚したのは彼女が大学を卒業した後だよ」

松永先生は懐かしむように昔話を話してくれた。私は微笑みながら先生の話に耳を傾けていた。

「佐藤、人はな、他の人を支えてあげるということは本当に大変なんだ。自分が幸せでなければ人を幸せにしてあげることはできない」

先生は私の目を見て話した。

「人を支えることですか?」

私も先生の目をしっかりと見て質問した。

「俺も教師になる前までは辛かった。教員の試験は何度も落ちて、他に就職先など向いてるところはなかった。それでも、ようやく念願だった教師になることができたから、頑張って奥さんを支えてあげることができたんだ」

「とても立派ですね。先生、俺は先生のように紗英を支えてあげることはできますか?」

「それはもう、お前が支えるしかないんだ。そのために、何ができるのか答えを見つけるのは自分自身だ。ほら、早く清少のところへ行って来い! 清少はお前が走れるようになるのをずっと楽しみに待ってたんだ。ちゃんと自分で報告するんだぞ!」

松永先生は私の尻をポンっと叩いて言った。

「はい! ありがとうございます!」

私は先生に深々と頭を下げて、先生から押し出されるようにして高校を出た。そして、走って瀬野病院まで向かった。病院に着き紗英の病室の中に入った。病室のエアコンはあまり効いておらず部屋が蒸し暑かった。だんだん日が傾いてきており部屋が薄暗かった。

「紗英、どうした? 電気も付けずに」

紗英は病室のドアの方に背を向けてベッドの上に横たわっていた。そのままゆっくり私の方に首だけを向けて私を見てきた。

「修くん」

紗英の表情は少し疲れきっていた。私は、荷物をベッドの傍に置き紗英のベッドのすぐ横に椅子を移動させて座った。少し深呼吸をしてから紗英の方を見つめて話しだした。

「紗英、頭は大丈夫? 痛くない?」

「うん、平気」

紗英が私の顔を見て頷いた。

「そうか。あのね、俺、今日やっと走ったよ!」

「えっ? ほんと!? そうか、よかった!」

紗英が私を見つめながらベッドから起き上がった。私は、自分が走れるようになったことを紗英に報告して彼女はきっと喜ぶだろうと思っていた。しかし、彼女はあまり喜ぶ様子は無くそのまま少し下を向き寂しそうな表情をしていた。私は、椅子から立ち上がり病室の窓の方へ行き外の景色を眺めた。数分の間、沈黙が続いた。

「修くん、やっと走れるようになったのに、ごめんね」

紗英が小さな声で口を開いた。なぜ紗英が寂しそうだったのか。きっと、彼女は私と一緒に早く走れるようになりたいと思っていたからだろう。そのまま、静かに時間が過ぎ、外は暗くなりはじめていた。すると、窓の外からだんだんと花火が打ち上がる音が聞こえてきた。私は心の中でガッツポーズをして少し嬉しくなった。

「ねぇ、紗英、屋上に行こうよ!」

「えっ?」

私は元気よく紗英に向かって言った。彼女は不思議そうに私を見つめてきた。

「今夜、屋上で花火が見えるんだよ! 歩くのが辛かったら車椅子のままで大丈夫だから、一緒においで!」

私はゆっくりとベッドから降りる紗英を抱えながら、彼女を車椅子に座らせ、病院の屋上まで一緒に向かった。この日は瀬野市の花火大会が開催されていた。松永先生が教えてくれた通り、瀬野病院の屋上からは、夏の夜空に打ち上がる花火がとても綺麗に見えて、屋上にはたくさんの患者さんやお見舞いに来た人々が花火を観ていた。

「わぁ! すごい! 綺麗!」

「ここ、まっちゃんが教えてくれたんだ! 花火が綺麗に見えるって!」

「そうなの? 先生って、ロマンティストなんだね!」

私と紗英は2人で笑っていた。

「とっても綺麗! まるで、花火が修くんの復帰を祝ってるみたい!」

紗英は綺麗な打ち上げ花火を見て元気を取り戻していた。松永先生には感謝の気持ちでいっぱいだった。 

 夏の終わり、私達は夜空に輝く花火を見ながら2人寄り添っていた。気が付けば、あっという間に高校生活最後の夏休みも終わりを迎えていた。8月末にかけて、私は新学期に向けた準備などを行い、日々、陸上の練習や受験勉強に力を入れていった。そして、季節はいよいよ秋へと向かっていった。



月へのスパート <下>に続く




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