第98話 「93日目11時35分」-9月14日 木曜日-
20180529公開
新和泉に移住して9日目の狩りも滞りなく済んだ。
今日の狩りの成果は、森林鹿と森林猪が2頭ずつだ。
森林鹿は名前の通り、森だけに住む鹿モドキだ。
和泉平野の草原に生息しているのは草原鹿と言う、顔が可愛く無くてヤンキー並みに目付きの悪い近似種だ。
森林鹿はもう少し優しげで、メスだけに生えている角も小さ目だ。
ただ体格は草原鹿よりも立派だ。体高が60㌢、体長が90㌢、体重が40㌔ほどだ。
この『和泉大森』が豊かな餌を供給している事と、天敵が居ない為に肉付きが良くなっているのだろう。
味は草原鹿よりも脂が乗っていて旨みが上だ。筋も少な目だ。
地球の鹿肉は脂が少なく牛の赤身に近い味らしいが、森林鹿の脂は牛肉の様な甘味が有って、味は独特な味わいと言う感じだ。強いて言うならクジラの肉に近い味だと思う。醤油とみりんで漬け込んで焼いても美味しい気がする。臭みは少ないので、万人向けのお肉と言える。
もう一方の森林猪は、ラム肉に近いだろうか? 山本氏と黒田氏が2人ともジンギスカンが食べたくなったと言っていたから、間違いない。それと臭みは有るが、食べ慣れれば気にしなくなる程度のものだ。
どちらも1日か2日、地下に造った冷暗所で熟成させた方が美味い。
後は、保存食にした時にどの様に変化するかだな。
ただ、残念ながら両方ともトリケラハムスターには負ける。
どうでも良い事だが、トリケラハムスターにも志賀之浦発祥の名前は有った。
『大角鼠』と言う。
正直なところ美味しそうに思えない名前なので、相変わらず俺たちはトリケラハムスターと言い続ける事にしたのは仕方ない事だと思う。
新和泉に帰ると、第4普通科中隊と財前司令が来ていた。
どうやら、こっちの様子を見に来たついでに新堺の状況を伝えにわざわざやって来てくれたらしい。
昼飯には、昨日狩って熟成させている森林鹿と森林猪を振る舞おう。
財前司令の話では、現在の新堺首脳部は1週間にして、早くも色々とやらかしているらしい。
「それはさすがに予想の斜め上を行くと言うか・・・」
財前司令の話に、山本氏が思わず絶句した。
その横で、黒田氏も頭を振っている。
「それでは、食料は自分達で手に入れているのですか?」
「はい、その通りです」
微かな溜息まじりに財前司令が山本氏の質問に答えた。
「まさか、自分達への食料の配給を取り止めるとは想像もしていませんでした。仕方ないので、自分達の分は自衛隊独自で狩りと採取を行っています」
「それなら、闇森での採取や草原での狩りに支障が出ているのではないですか?」
「いえ、そこは今まで通りに護衛任務を継続しています。ですが、市民の皆様の方が納得が行っていない様で、かなり抗議を受けている状況の様です」
まさか、そんな手を打つとは、さすがに予想も出来なかった。
「公務員だからと言って、何も支払わずに働けと言うのは、それは違うだろうに・・・」
消防隊員という立場の為か、黒田氏の言葉には呆れと怒りが混じっていた。
「それで、彼らはどんな仕事をしているのですか?」
「現在の所、志賀之浦との交渉に全力を注いでいる様ですね。通訳として清水有希さんが駆り出されています。今の新堺では1番志賀之浦とのパイプが太いですし」
確かに、彼女は志賀之浦との交流には初めから関わっていた。クマモドキの毛皮を鞣す職人チームの護衛をしたのも彼女だしな。
その後も、何か有る度に引っ張り出していたのは俺だ。
なんせ、竜人種の彼女でないと務められない仕事が多かったからな。
そういう意味では、新堺で1番志賀之浦と意思疎通が図れる人材だ。
「それじゃ、闇森での採取の護衛の人数が減りますよね?」
「それに関しては、自衛隊に肩代わりをする様にと命令を受けています」
「はあぁぁ・・・ ゴブリン対策の進行は遅れますね」
「命令ですから仕方有りません」
「何となく、交渉内容は想像がつきますが、どの様な交渉をしているのですか?」
「硬貨を更に出すので、食料の支援を引き出すつもりの様です」
「パチスロのメダルが対価ですね」
「その通りです。ですが表向きはちゃんとしたお金の硬貨を交渉材料にしています。メダルの件はごく一部の人間しか知りません。それと志賀之浦の返答は拒否でした」
そりゃそうだ。
いきなり訳の分からないモノを出されて、はいそうですか、と受ける訳が無い。
それ以前に、私腹を肥やす為の後ろ暗い交渉に女子高生を巻き込むな、と言いたい。
ごく一部の人間の中には佐藤先生も入っているのは確かだろう。
なんせ、佐藤先生は人望が有る。
「理由は、メダルには数字が入っていない、というものでした」
「なるほど・・・ 確かに俺がいつも行く店のメダルには店名は入っていたが数字は入っていなかったな」
黒田氏は感心というか、納得というか、そんな表情を浮かべていた。
俺自身がパチスロとかパチンコをしないので良く分からないが、黒田氏は好きだったのだろう。
そんな俺の考えが顔に出たのか、黒田氏が若干慌てた風に言葉を足した。
「いや、俺も時間潰しに休みの日に行く程度だから、詳しくは知らないぞ」
まあ、日本でいくらパチスロに嵌まろうとも、こっちには無いから、どうでも良いと言えばどうでも良い。
そんな黒田氏を温かい目で見た後、財前司令が説明を続けてくれた。
「元々、食料の自給に関しては問題が無かった新堺で、志賀之浦に援助を求める事になった理由が、『もっと生活を楽にする』という公約を発表したからです」
「生活を楽にする?」
「宮井さんたちとの違いを出したかったのでしょう。その答えが、狩りや採取や生産活動を軽減しながら生活水準を保つ、というのが彼らが出した結論だった訳です」
「新堺って、召喚災害に巻き込まれた割にはホワイト企業だった筈なんですがね?」
「実はその公約が出て来る過程が何とも言えないものでして。代表になったものの、最初の3日間は何もしなかったんですよ。職務怠慢だと言われた時に、咄嗟に出た答えがそれでして」
なんか、お腹いっぱいという感じだな。
俺たちが思わず黙ると、財前司令は姿勢を正した後、俺を正面から見ながら質問をして来た。
「実は前から訊こうと思っていたのですが、宮井さんは政治の世界に居た事が有るのでしょうか?」
突然変わった話題に首を捻りながら答えた。
「いえ、全くかすりもしない業界ばかりですね。最初は業務用機器のメーカーの営業でしたし、今は人材派遣の会社です。何か気に掛かる点でも?」
「そうですか。いえ、今の新堺を見ていると、宮井さんの政治的手腕が卓越したものだという思いが深くなったものでして」
「それほど大したものじゃないですよ。むしろ、自分よりも政治的手腕と見識が深い人物を知っていました。もう亡くなりましたが、あの人なら自分よりも上手く運用したと思いますよ」
「ほう、宮井さんがそこまで言う人物が居たのですか?」
「ええ。今の業界に飛び込んだ時の指導をしてくれた先輩で角野さんという方です。自分の声はよく通るので、武器になると言ってくれた人です。その角野さんがよく言っていたのが、戦技と戦術と戦略の違いを理解した上で仕事した方が仕事の質が上がるよ、という言葉でしたね」
「ほう・・・ 具体的にはどの様な事を仰っていたのでしょうか?」
「本職の人には見当違いかもしれませんが、こんな感じですね。戦技とは売る為のスキル。戦術とはそのスキルを含めて買って貰う為のスキル。戦略とは現場だけでは解決しない様な、より社会的なスキル、と言っていましたね」
「なるほど・・・」
山本氏が興味を持ったのか、質問をして来た。
「僕も小説で戦術的なとか、戦略が、とか書いたりしたのですが、その人の考え方に興味が有ります。例えば、戦技と戦術の違いってどんな感じで説明をしていました?」
「商品や販売の知識とかノウハウとかは戦技で、戦術は成果に至る為の方策という感じかな。例えば、角野さんは買い替え促進を実績を上げる戦術として注力していたな。買い替えて貰う為には、お客様が買い換えた方がメリットが有ると理解してくれないといけない訳だけど、その過程をスムーズ且つ確実にするのが戦技だね。具体的には、買い替えるメリットを具体的に訴求する為に2年前の機種と新しい機種を比較表にしたり、新製品の情報を発信する為に手作りでPOPを作って売り場に貼り出していたりした。戦術が無ければ有効な戦技は生まれないと言っていたね」
「戦術有りき、ですか?」
「そう。この場合、お客様の信頼も得られるのも大きい。そこまでされたら商品知識に対する信頼度は上がるからね。あと、売り場の展示替えや整理はこまめにしていたな。売り場をアップデートし続けるのも戦術の1つだという事だったね。個々のお客様を見るのも大事だが、より広い視野で見たり逆の視点から見ればやるべき事は分かる筈だと言ってね」
財前司令も、何か納得するものが含まれているのか、何回か頷いていた。
感心した様な表情を浮かべた山本氏が更に質問をして来た。
「最後に戦略はどうなんですか?」
「ガラケーからスマホに移行するのは、現場だけではどうしようもないよね。今では外で音楽を聞くのは当たり前だし、テレビ番組を録画して後から何回でも観れるのも当たり前だけど、そういう大きな流れはさすがに現場では産み出せない。せいぜい出来るのは小さな範囲内でその流れを加速させるだけ、と言っていたな」
「宮井さんがここに移住したのは、その流れを作る為ですね?」
その質問をした時の財前司令の表情は武人のものだった。
「そういう戦略ですから」
俺は、ニコリと笑ってから言った。
「『もっと生活を楽にする』か・・・ さしずめ、自分の公約を言葉にするなら『みんなで苦労してでも生き残る』ですね」
山本氏が苦笑いを浮かべながら俺の言葉に応えた。
「日本なら落選間違いなしですけど、ここなら当選間違いなしですね」
「そうかな?」
「間違いないな」
黒田氏が断言する様に太鼓判を押してくれた。
昼食に出した森林鹿と森林猪は好評だった。
お読み頂き、誠に有り難うございます。




