第97話 「86日目11時55分」-9月7日 木曜日-
20180525公開
黒ポメの廃村跡を開拓し直した『新和泉』に移住して2日目の昼前に、4棟の木造住居が完成した。
テント暮らしは1日で卒業だ。
まあ、木造住居と言っても自衛隊組から言わせると、『野外演習で使う天幕よりはマシ』程度の造りだが、地面の凸凹が分かる様な薄い生地のシートを敷いた地面に直接座ったり、寝袋でくるまって寝たりする野外演習とは睡眠後の身体の回復度が違う。
ましてや、テントでは使えない布団が使えるのだ。
綿布団を予備を含めて持ち込んでいるので、今夜からの安睡はバッチリだ。
新和泉を築造するに当たり、場所の選定で悩んだが、結局は効率を重視した為に黒ポメの廃村跡地を再度開墾して行く事にした。その方が伐採する木が少ないし、平地化が終わっている為に全く新たな場所を開墾するよりも早く開発出来るからだ。現在の所、100㍍四方の再開墾と整地が終了している。
100㍍四方というと、新堺よりもかなり面積は小さいが、これは仕方ない。
草原狼や草原犬に備える為に設置された馬防柵で四方を囲まれた新和泉は、4棟の住居が完成しても殺風景というか、開拓が始まったばかりという風情が漂っている。
4棟の住居以外には、2回の予備調査の時に設営しておいた住居と同じ大きさの備品用倉庫と食堂の2棟しか無い。
あ、開墾時に伐採した木材を雨から守る為の、屋根だけ取り付けられた大き目の倉庫も有るな。
雨除けの屋根が有る井戸も忘れてはいけないか。
合わせて7棟の建物が100㍍四方の空き地の中に、井戸を中心にして寄り添うようにして建っている。
まあ、新堺が200㍍四方まで拡張されていただけに、狭く感じられる。
もっとも、100㍍四方と言えば実際は小学校の敷地くらいはある。空いている土地に住居だけを建てていけば、新堺の住民を収容出来るくらいには広いのだが・・・
今後の予定では、移住第2陣の為に新規に本格的な木造住居を6棟建てる計画だ。
第2陣の移住が終われば、第3陣の住居造りだ。
第2陣と第3陣、それぞれに自衛隊組も一緒にやって来る。
第3陣の移住完了まではかなり忙しくなる。
その間の食料に関しては、あまり心配はしていない。
新和泉が、和泉平野最大かつ動植物の宝庫と言える森の側に造られるからだ。
調査中だが、闇森と違って猿人種が居ないし、第1次・第2次召喚被災者を恐怖のどん底に叩き込んだ『森の中のステルスハンター』のヒョウもどきも居なかった。そのおかげか、森には多数の草食動物が生息していた。
食用になる植物も豊富だ。
森だけで新堺の全住人が食べていける食料が手に入るかも知れない程だった。
他の種族が、この森を恐れている為に立ち入らなかった影響も大きいと言える。
銅器文明まで進んだ黒ポメが、猫もどきの襲撃が原因で撤退した事が遠因だった。
要は呪われた土地扱いされているのだ。
現に5㌔南に在る森の側にも犬人種の集落が在るのだが、この森には立ち入らないと言う。
そして、その、『和泉大森』と名付けられた東西南北7㌔四方の歪なヒョウタンの様な森は、和泉平野でもかなり特殊な森だ。
第1の特徴が、森の中に湖が有る事だ。
他の森は、有る一定量以上の湧水が出ている場所に形成される為か、水場が存在しても小さな沼や池くらいのサイズだ。湖と言えるサイズは存在しない。
第2の特徴が、『和泉湖』と名付けられた湖の形状と湖が出来た理由だ。
黒田氏が上空から観測するまで、和泉湖の正確な形状は分かっていなかった。志賀之浦の伝承に森の中に湖が在ると伝わっていただけだ。
形状不明だった理由は、普通の湖と違って沿岸部が盛り上がっているからだろう。
地上を進む場合、森の中に突然高さ十数㍍を超える急斜面が現れる感じになる。
それでも、志賀之浦では森の中に湖が在るという伝承が伝わっていた事から、その崖の上に登った人間が居たのかもしれない。近くの木に登って、上から覗いたのかもしれない。
それとも、和泉湖から南西に向けて流れる短い川が在るのだが、その場所から上流に見えた湖が伝わったのかもしれない。形状が伝わっていなかった事から、こちらの方が可能性が高いな。
和泉湖は特殊な形状をしていた。
森の奥に隠される様に存在する直径3㌔のほぼ円形な形状の湖・・・
初めて上空から和泉湖を見た黒田さんが着地後に珍しく興奮していた事を覚えている。
第4次召喚災害被災者からスマホを借りて写真を撮影した程だ(発見した頃には俺たちのスマホはバッテリーがもう干上がっていた)。
その写真は、電池の消耗を考えて1回だけ希望者に公開された。
ほぼ、全員が見た筈だ。みんなの反応は良いモノを見たという感じだった。
形状もそうだが、水が澄んでいて、神秘的な光景としか思えなかったのだ。
中でも、女子高生の小室風子君は大興奮だった。
何でも、彼女は高校の部活は地学部に所属していて、クレータ湖の写真が大好きでパソコンにはわざわざそれ用のフォルダを作っているくらいだそうだ。
彼女の推測では、ほんの少し昔に地上まで落ちて来た隕石の衝突跡が和泉湖の基となったと考えている。
地学的には最近に形成されたと考えているのは、クレーターの淵が風化せずにそのままの形で残っている事が理由だ。
まあ、志賀之浦が1500年前くらいに召喚された時には、現在の和泉平野と変らなかったとすれば、1万年前とかそんなもんかもしれない。
余りにも最近だと、衝突の衝撃で巻き上げられた土砂の影響で動植物が激減していた筈だからだ。
それと、ただのクレーターだったなら、和泉平野の降水量では湖と言える程の雨水は溜まらなかった筈らしい。地底浅くに流れている地下水脈に偶々命中したと見ている。
第3の特徴が、森の中をそれなりの川が流れていて、しかもその川が途中で消えている事だ。
消える地点にも直径1㌔ほどの小さな湖が存在している。
その湖に和泉湖から流れ出た川が流れ込んでいるのだが、その先には川が流れていない。
小さな湖が川を飲み込んでいるかの様だった。
もしかすれば、地下水脈に戻って行っているのかも知れなかった。
勿論、学術的な調査をする余裕も経験者も器材も無いので、真相は不明だ。
これからも真相を掴めるかどうかは、正直分からない。
だが、これだけは言える。
和泉大森の中を流れている川は、俺たちにとってはまさに恵みの川だ。
これから簡易レンガや銅器を作るにも、農業を興すにも、生活を便利にする為にも川は必須だ。人類史上の文明の発祥地を思い起こせば分かる。
うん、やはりここに根拠地を移す事は正解だな。
お読み頂き、誠に有り難うございます。




