表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/133

第96話 「85日目8時59分」-9月6日 水曜日-

20180522公開


 抱き付いて来ているかえで水木みずきの頭を撫でていたが、そろそろ出発の時間だろう。

 左腕にはめた腕時計を見た。

 あと1分・・・

 

 だが、改めて見ると、この華奢な身体には不釣り合いな腕時計だな。

 頑強・頑丈な腕時計の代名詞とも言える〇-SHOCKの中でも、最高峰に位置付けられるブランドの一品だ。

 給料の1カ月分とは言わないが、それに近い金額を出しただけあって、お気に入りの品だ。

 さすが最高峰と言うだけあって、見栄えもゴツさと高精度が喧嘩をせずに同居している。見るからに高性能と分かるデザインと仕上がりだ。

 サイドボタンもステンレス素材をわざわざ削り出しているくらいのこだわりだ。

 それに何と言っても、時計本体ケースとバンドがチタン製と言うのが良い。

 そう、普通は腕時計のバンドはステンレス製が多いのだろうが、こいつはチタン製だ。

 それをザラメだかザラツだかの研磨処理を職人さんがしているから、高級感が半端無い。

 さすがに買って帰った翌日には小百合にばれて怒られたが、それだけの価値は有る。


 しかし、腕時計としては、持っている性能というか機能をフルに発揮する事は今後永遠に無い。

 何故なら、ココにはGPS衛星が軌道を巡っていないし、標準電波を発信する電波塔も建っていない。

 単体の時計としての精度で時を知らせるだけだ。

 取扱説明書によると1ヶ月で±15秒の誤差が出る。

 召喚されて3ヵ月近いので最大45秒くらいの誤差が出ている訳だ(まあ、プラスマイナスなのでそこまでの誤差では無いだろうが、それを確認する術は永遠に失われている)。

 そのズレが日本とのズレとも言える。

 まあ、何の因果か、地球の公転と自転に極めて近い惑星なので、時間や暦と言う点では分かり易くて助かっているのも事実だ(残念ながら第1次召喚被災者と第2次召喚被災者の証言では確実なところは分からなかった。彼らはそれどころでは無かったからな。それでも生活する分には誤差としてはしばらくは無視出来るだろう。日の出と日没の記録を取り始めているので来年には公転周期の誤差も大体分かる筈だ)。



「お父ちゃん、気を付けて行ってな」


 俺が腕時計を見たので、出発する時間が近付いていると分かったのだろう。楓が小さな声で言って来た。

 もう1度、頭を撫でながら返した。


「ああ、気を付けるよ。あっちの準備が出来るまでの辛抱だ」

「うん。早くしてね。まってるから」

「ああ」


 反対側から、今度は水木が声を掛けて来た。


「おーちゃん、落ちてるモンは食べたらダメだよ。落として3秒以内でもダメだからね」

「えー・・・ マジで駄目?」

「拾い食い、ダメ、絶対!」

「分かった。水木の言う通りにするよ」


 もう1度、ぐっと2人を抱き締めてから身を離した。

 じっと俺を見詰める愛娘たちの目は潤んでいたが、涙をこぼさなかった。

 新堺から3㌔ほど離れてから振り返ると、2人は気付いたのか大きく手を振ってくれた。



 俺の同行者は山本氏けんじゃと黒田氏以外では、高校生の約半分10人、本田さん親子と近藤太陽君の3人、それと自衛隊員38人の合計53人だ。

 第1普通科中隊の21人が護衛として同行して、第3後方支援連隊第2整備大隊、第398会計隊、信太駐屯地業務隊、第318基地通信中隊信太山派遣隊の17人が、居住地の設営を担当する。

 住居地の設営と言っても、俺たちが住むのは自衛隊が自分達で使っていた(『志賀之浦くろポメむら』の技術指導を受けながら改造した簡易型の)住居を4棟移設するだけだ。

 移設を前提にして作っただけに、設置自体は丸1日も掛からない。明日か明後日には入居出来るだろう。

 設営場所も2度の事前調査の時に決めて志賀之浦が開墾済みだし、馬防柵も設置済みだ。

 本当の設営作業は、移住希望者の第2陣、第3陣用、自衛隊の後続部隊用の住居の建築だ。

 こちらは、より丈夫な作りなのと、数も多いので余裕を見て最大2週間ほどを見込んでいる。

 完成すれば、新堺の住人の半分以上が移住可能になる。


 移住希望者に関しては、第3次召喚被災者の全員が移住を希望していた。

 第4次召喚被災者も、結構な人数が希望している。

 ただ、短期間で移住するのも計画に余裕が無さ過ぎるという判断で、第4陣以降は様子を見てからにしている。

 まあ、冬が訪れるまでには移住が完了している必要も有るので、のんびりとしていられないのも事実だ。



 資材を積んだ修羅(運搬用木造ソリ)は志賀之浦に置いてあるので、まずはそちらに向かっている。 


 草原を行く道中は静かなものだった。

 今週はトリケラハムスターの繁殖期直後なので、メスが巣穴に閉じ籠っているからだ。

 トリケラハムスターの特徴の1つに、頻繁に繁殖期が訪れるという点が有る。

 地球のハムスターに関しては黒田家で飼っていたから教えて貰ったが、気温に影響されるのか春と秋だったそうだ。まあ、野生の状態では4月から9月の間が繁殖期らしいが。

 志賀之浦トップ級の狩人の『威射彦いいのひこ』から聞いたが、トリケラハムスターは大体月初から3日間くらいが発情期らしい。その間に交尾をして、7日ほどの妊娠後に大体3頭から5頭を出産。育児の為か、それから1週間ほどは異常に攻撃的になるそうだ。

 もっとも、それはメスの話で、オスはいつでも攻撃的だそうだ。

 その話を聞いた俺たちは、メスに関しては月初から半月間は半禁猟期間を設ける事にした。

 まあ、オスに関しては月初から3日間だけの禁猟期間だ。

 最初は雌雄の見分けが付かなかったが、よく見れば分かる外見上の違いが有った。

 角の太さと形が違っていたのだ。太くて少し湾曲しているのがオスで、細くて真っ直ぐなのがメスだ。

 一見、分かり難いが慣れれば見分けがつく。

 おかげで、乱獲によってトリケラハムスターが全滅する事も無く、今もコンスタントに美味しいお肉が食卓に並ぶ。

 そうそう。生まれたトリケラハムスターは3ヵ月目にはもう繫殖可能だそうだ。

 旺盛な繁殖力と2本の角という武装にも拘らず、肉が美味し過ぎて乱獲の挙句に和泉平野の北の方では全滅しているというのだから、異世界と言っても地球同様に世知辛い世の中だ。 



 志賀之浦では、ヤマさんたち象人種ゾウもどき一族と、廃村に派遣される犬人種くろポメ20人ほどが準備を終えていた。

 族長によるごく簡単なセレモニーが終わると、いよいよ出発だった。




 これから造る集落の名は決まっている。


 『新和泉しんいずみ』だ。

 第4次召喚災害の被災者が、大阪府の和泉市伯太町に在る陸上自衛隊の信太山駐屯地で被災した事による。

 村とも言えないレベルの集落から始めて、周辺の集落を巻き込んで国レベルに出来なければ、滅びてしまう可能性が高いだけに、失敗が許されない。


 意外な気もしたが、男子高校生たちのテンションが異常に高い。 

 理由を訊いたら、口を揃えた様に言われた。



『異世界建国とチーレムは男の夢です』らしい。



 若いって良いなぁ、と思わず返した俺は、おかしくない筈だ・・・・・



お読み頂き、誠に有り難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ