第95話 「83日目9時15分」
20180518公開
俺の視線の先で、天田氏が仲間から声を掛けられてニヤけていた顔を更にニヤけさせていた。
きっと、心の中では『これで自分の好きな様に出来る』とでも思っているのだろう。
気配を感知しなくても分かる。
その横で嬉しそうに俺を見ている近藤さんと目が合った。
その目には『ざまぁみろ』という思いが浮かんでいた。
『ざまぁみろ』も何も、彼女らが自身の力で得た結果では無いんだが・・・
今回の茶番は、俺と山本氏で絵図を描いたが、ある意味、許容範囲を超えて上手く行ってしまった。
正直に言って、彼らの反応が想定を超えてチョロ過ぎた。
予定では、もっと時間を掛けて引くに引けない状況に陥れるシナリオだった。
それがたった10分少々で決着が付いてしまった。
彼らは疑問を抱かなかったのだろうか?
どうして、これまでずっと近藤さんの腰巾着をしていた本田早苗さんが、今日に限って一緒に居ないのか?
どうして、いつも母親にくっついていた息子の太陽君も居ないのか?
どうして、あれっぽっちの煽りで信任の決を取る必要が有ったのか?
どうして、俺が新堺の代表を辞めた後の後継者に、弾劾した相手をわざわざ指名したのか?
どうして、自分達の狙い通りの主旨の集会が開催される事になったのか?
どうして、全ての流れが淀む事無く進んだのか?
仕込み自体はほぼ終わっていたが、最終的に『みんしゅとー計画』を実行に移す決断を促したのは本田さんが取った行動だった。
彼女が佐藤先生に相談に訪れたのが5日前。
その日のうちに俺と山本氏に話が回って来た。
4人で面談したのが4日前。その場で彼女の悩みを聞かされた。
要約すると、日本に居た頃から気の弱い彼女は近藤さんの舎弟の様な扱いを受けて来たが、近藤さんが天田氏のグループと付き合いだしてから更に冷たい仕打ちを受ける様になったそうだ。
近藤さんと行動を共にして来た事によって、新堺のママ友とは溝が有ったが、このままではそちらとも修復不可能になる気がしている。
そして、太陽君の扱いも、育児放棄から家庭内暴力に事態が進み始めた。
もう、自分ではどうすれば良いのかが分からなくなったので佐藤先生に相談した・・・ という内容だった。
その際に、天田氏の野望も分かってしまった。
いや、野望なんて良いものでは無いな。只の欲だ。
彼は、召喚災害に巻き込まれた時に穿いていたチノパンの腿のポケットの中に、たまたま100枚近いパチスロのコインを入れていたそうだ。それに引き替え、小銭は35円しか持っていなかったらしい。小銭の献金を求めた集会の時に小銭入れを見ながら考えていたのは、大量に持っているパチスロのコインを上手く利益に結び付けれないか? だった様だ。
俺が代表をしている限り、コインで大儲けを狙うのは難しいと考えた彼は、最終的には利益の分配を餌に周囲を巻き込んで、俺から譲歩を勝ち取ろうと画策していたそうだ。
緊急集会の開催がその場で決まった。
そして、本田さん親子と太陽君を近藤さんから引き離す為に、廃村への移住の第1便に参加させる事にした。これ以上の被害を食い止める為には、物理的に引き離すしかなかったからだ。
太陽君への説得は本田さんが買って出てくれた。
こちらに来てから、優しくしてくれるのが彼女しか居なかったせいで懐いているから大丈夫だろうとの事だった。
準備も有るので開催は3日後にした。それくらいの時間を与えれば、きっと動くだろうという点も考慮に入れてだ。
面談から帰って行く本田さんの顔は、来た時に比べて遥かに力が抜けたものだった。
ちなみに計画名には深い意味は無い。
せいぜい、或る政党の政権奪取後の運命を再現するかの様な計画だというぐらいだ。
無責任に文句を言う人間を黙らせるには、1度そのポストに据えてみるのが早い。
余程有能なら責務をこなせるだろうが、ヒモの様な暮らしをしている人間がいきなり有能なリーダーになれる訳がない。
その上で、文句を言うのが手っ取り早い。
責める材料は彼ら自らが用意してくれた。
自由と権利、良い言葉だ。
こんな異世界でなければ、何よりも重視すべきものだがな。
第一、彼らの視野は恐ろしく狭い。
自分自身や新堺の中くらいしか見渡せていない。
いや、視野の狭さは彼らだけでは無いか?
新堺が、和泉平野で特別な地位を得る可能性を第4次召喚災害の被災者は理解してない。
理解しているとすれば、自衛隊の財前司令くらいだろうか?
猫人種の5人とドラゴン種4人という戦力、及び自衛隊が他の集落にどれだけの影響を与えられるかを。
それまで和泉平野に無かった産物を産み出した事による成果を。
和泉平野に新たな文明と情報を齎す影響力を。
これら3つを軍事力、経済力、ソフトパワーに置き換えれば、新堺は大国に匹敵する。
だが、それだけでは不十分なのだ。
ゴブリンが和泉平野に姿を現した時に、大国程度では対抗出来ない。
何故ならば、ヤツラは超大国なのだから。
超大国に対抗するにはこちらも超大国にならざるを得ない。
その為のロードマップが『遷都計画』だ。
和泉平野には、結構な数の犬人族の集落が存在している。
調査を始めたばかりの初期の頃には人口密度が低いと思っていたが、調べれば勘違いした理由が分かる。
闇森の近くに集落を造らないだけだ。
ある程度、闇森から離れた場所に在る森の側にはたいがい集落が造られていた。
もしかすれば、地球から召喚された住民の子孫の志賀之浦や、召喚されたばかりの俺たちには分からない本能的なものかも知れない。
それらの集落同士には交流が有るものの、あくまでも個別の存在だった。
連合して事に当たるという事はほとんど無い(唯一の例外が127年前の猫もどきへの対処くらいだ)。
そういう意味では、志賀之浦と新堺が、和泉平野では異常な関係と言える。
しかし、新堺の登場によって、集落の関係性に変化が表れて来た。
第1の変化が、より活発な交流だ。
それまでも志賀之浦が磨製石器を流通させる事で交流の中心となって来た。
そこに新堺が新たに香辛料やハーブ類を用いた調理法を持ち込んだ。
闇森の側という立地と、美味を求める日本人の血がなせる成果だ。
ほとんど手に入らないヤマさんたちの角から作られる薬を補完する普段使いの薬や簡易レンガは引っ張りだこだ。
一気に需要が発生し、それらが持ち込まれる志賀之浦の重要性は、かつての銅器時代の頃に迫るものとなった。
第2の変化が、新たな基準が齎されつつある事だ。
元々、言葉は志賀之浦の先史時代の古代日本語が共通語となっていたのだが、そこに新堺がひらがなとカタカナとアラビア数字と墨と紙を持ち込んだ。
今すぐに普及する訳では無いが、数年もしない内に文明の基盤になるだろう。
記録にも使えて、情報や意志の伝達にも使えるのだから。
長い目で見れば、とんでもない影響をもたらすだろう。
最後に、外敵となり得る存在の情報だ。
和泉平野には現在の所、外敵が存在しない。
集落間にも争いが存在しない。
この事の影響の本質は財前司令から言われるまで気付かなかった。
和泉平野の戦士は、狩人であって兵士では無い・・・
そんな状態でゴブリンの侵攻を受ければ、和泉平野の各集落は為す術も無く征服されるだろうという説明に、漠然としていた不安の正体が明らかになった。
ゴブリン侵攻を見据えた時に、しておかなければいけない事は、和泉平野を国家として纏め上げるという事だった。
その為には、新堺の位置は和泉平野の端に在り過ぎる。
志賀之浦が撤退した廃村に、和泉平野の中心地を築き上げるしかない。
例え、新堺の地位が落ちぶれても、生存の為にはやるしか無かった。
お読み頂き、誠に有り難うございます。




