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第94話 「83日目8時55分」-9月4日 月曜日-

20180515公開


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「あら、早かったかしら?」


 妻の言葉通り、広場に居た住人の数は思ったよりも少なかった。


 今後の新堺の運営に関する発表と、住民の希望をつのるという告知が3日前に有ったので久し振りに広場にやって来たが、邪魔にならない隅の方で整列している自衛隊を除くと5分前にも拘らず半分くらいの住人しか集まっていない。

 しかし、自衛官が着ている迷彩服に違和感しか感じないな。

 こちらで採れる麻みたいな繊維で編んだ戦闘服を、『闇森やみのもり』に生えている木の皮や葉などから抽出した緑と茶色の染料で染めているからだろう。

 何と言うか、『なんちゃって迷彩服』と言う感じだ。

 まあ、一張羅の日本製迷彩服を大事に使う為には仕方ないとも思う。

 


 しかし、今もまだ、異世界で生活している現実感が少し薄い気がする。

 いや、もちろん、日本に居た頃よりも生きる事に真剣に向き合っているのも事実だ。

 だからこそ、生き残る為に闇森やみのもりでの採取に立候補したし、その他の雑用も率先して手伝っている。

 それでも現実感が薄いのは、新聞に載る様な事件とは縁が無い人生を歩んで来たせいだろうか?

 それとも、ただ単に環境が違い過ぎるせいだろうか?

 過酷な経験をしたからだろうか?


 毎年楽しみにしている信太山駐屯地の納涼大会の会場で、『召喚災害』に家族で巻き込まれた直後に『草原狼わらかみ』の群れに襲われた時には、正直なところ生き残れるとは思わなかった。

 草原狼アレは余りにも大きく、動きも力も人間とは比較にならない猛獣だった。

 無手にも拘らず複数の自衛官が身体を張ってくれなければ、あの時の最初の一撃で死んでいただろう。

 50年間生きて来たが、あれほど身近に死を感じた事は無かった。

 最初の一撃を生き延びたが、危機は去っていなかった。他の草原狼わらかみと目が合ったのだ。そんな窮地を救ってくれたのが宮井氏だが、外見が小学生くらいの体格の猫人種なので一見すると可愛いと言える。

 今も、隣に立っている山本氏と打ち合わせをしているのか話し合っているが、身長差が有るのでまるで大人と子供だ。

 宮井氏は態度は柔らかいし、言葉も丁寧だし、可愛い外見も有って見誤りがちだが、彼の本質は猛獣以上の怪物だ。

 何度か闇森やみのもりでの採取の護衛に付いて来てくれたが、その時の経験から断言出来る。外見と本質は全くの別モノだ。猿人種が採取の最中に近寄って来た時に放った威圧(殺気と言うべきかもしれない)には、草原狼わらかみが仔犬の様にすら思えるほどの強い圧迫感を感じたものだ。

 5㍍を超えるクマみたいな猛獣を1人で殺したとは聞いていたが、納得せざるを得ない。

 味方だと思っていなかったら、逃げ出してしまう所だった。



 しかし、広場の空気と言うか雰囲気が悪いな。

 妻の香苗と次男の昭二も、広場に漂う悪い空気を感じ取っているのか、周囲を気にしている。

 一言で言って不穏な空気が流れている。

 その原因と言える集団は後方に固まっていた。以前、集会で文句を言っていた女性と15人くらいの男どもだ。

 新堺を立ち上げた第3次召喚災害の被災者のメンバーはその女性だけで、残りの男どもは俺と同じ第4次召喚災害でこっちに来た連中だ。

 もっとも、唯一の女性は全く役に立っていなかったという話は、第4次の被災者でも知っている話だが。

 その集団の中心人物がニヤニヤとしか言い様の無い表情を浮かべている。

 最初の集会でも何回か発言した男の事は昔からの顔見知りだ。

 天田昇一あまだしょういちという。


 彼の実家が昔から俺の新聞販売店を利用してくれていたので小さい頃から知っているが、その頃の素直そうな面影は今では微塵も無い。高校時代から急にぐれて、今ではヒモみたいな生活をしていると聞いている。

 風の噂では、昼間っからパチスロに入り浸っているらしい。

 近所ではトラブルメーカーとして有名で、アイツが住んでいるマンションでは住人が難癖を付けられるので入居率が落ち込んでいて、管理人が頭を抱えている。

 幸いな事にアイツ自身は新聞を読まないから俺の店は直接の被害を受けた事が無いが、そのマンションの管理人のところに集金に行く度に、ドコソコの店が難癖を付けられて示談金として金を払ったとか、商品を巻き上げられたとかを聞かされた。

 アイツの両親は善い人たちなのに、どうしてあんな人間に育ったのだろう? 不思議だ。

 


「こちらでしたか?」


 声を掛けて来たのは、市役所に勤めている大西君だ。

 まだ23歳と言っていたが、新婚で子供が生まれたばかりなのに闇森やみのもりでの採集に立候補した好青年だ。

 いつも俺たち家族と一緒の班になるので、今では家族ぐるみの付き合いをしている。

 赤ちゃんを抱いた奥さんはこちらに頭を下げた後で、妻と話し始めた。

 妻の話では育児の相談をよく持ち掛けられるそうだ。

 犬人種になっても、育児に関しては意外と人間と変らないそうだ。

 

「しかし、何処にでもいるんですね、ああいう連中は」

「それが人間なんだろう。こんな姿になってはいるが」


 彼の視線を辿らなくても、彼が見ている連中は分かる。

 昭二も不快そうな視線で見ている。

 高校1年生の昭二でさえ、危険な採取に従事しているのに連中は碌に働いていない。

 近藤と言ったか、あの女性と一緒に行動をし始めた最近は特に酷い。

 いつか俺たちの様に真面目に働いている人間と衝突するかもしれんな。

 いや、それ以前に宮井氏も山本氏も、彼らを追い出せば良いんだ。

 少なくとも俺が知っている限り、この意見に反対する人間は居なかった。

 召喚災害に遭いながら新堺と言う、考え得る限り最良の環境を作り出した彼らなら、造作も無いだろうに・・・



「えー、時間となりましたので、始めさせて頂きます」


 新堺の副代表を務めている山本氏が話し始めた。

 私語をしていた住人も口を閉ざした。


「まずは、今後の新堺をどの様に運営するかを説明したいと思います。これまでに2回、『志賀之浦しかのうら』との共同調査に赴いた廃村跡ですが、再開拓する方針で臨みたいと思います。理由としては・・・」


 そこで、山本氏の言葉を遮る声が上がった。

 遮ったのは天田だ。


「そんな事に労力と時間を割くよりも、もっと自分達の生活を向上させる方が先じゃ無いか! 今の生活に満足していない住人の事を優先すべきだと思うんだがな!」


 その天田の言葉が終わると同時に、周りに居た集団が口々に囃し立てた。


「そうだ、そうだ! 俺たちは満足していないぞ!」

「もっと、自由を認めるべきだ!」

「我々は権利を断固、要求する!」

「今の指導部は責任を取れ! 退陣するか権利と自由を認めるか、どちらかを選べ!」


 思わず、天田たちの方を見た。

 だが、視線の端で引っ掛かったが、山本氏の口の端が僅かに上がった様に見えた。


「それでは、現在の代表者の解任動議が出ましたので、決を取りたいと思います」


 山本氏の言葉に耳を疑った。

 何かがおかしい。


「宮井氏の解任に賛成の方で、18歳以上の方は手を上げて下さい」


 天田たちもいきなりの展開に虚を突かれたのか、呆然としている。

 だが、一瞬後に天田が勢いよく手を挙げた。

 それに釣られて周りの連中も手を挙げた。

 近藤とやらは辞めろと大きな声で叫んでいる。


「解任に賛成の方は16名ですね。次に解任に反対の方で、18歳以上の方は手を挙げて下さい」


 俺は思わず、勢いよく手を挙げていた。

 天田たち以外の全員が手を挙げていた。

 いや、自衛隊は手を挙げていない。

 そういえば、彼らは人数が新堺最大の集団と言える。敢えて手を挙げないのだろう。

 ある意味、彼らの方がシビリアン・コントロールに気を使っているのかもしれない。

 どうでも良いが、昔、うっかりとシベリアン・コントロールと言って笑われた事は俺の黒歴史だ。


 山本氏が宮井氏の方を見て、頷いた。


「皆さん、信任して頂き、本当に有難う御座います。ですが、良い機会ですから表明しましょう。自分は明日の日付を以って新堺の代表を辞任します」


 宮井氏の無駄に良い声が広場に響いた。

 全員が完全に虚を突かれたのか、同じ言葉を出した。


「えっ!?」


 天田たちも同じだった。


「理由は、127年前に志賀之浦の犬人種くろポメが撤退した廃村に移住する為です。今後の長期的な展望を考えると、あの場所を再開発するしか我々が生き残れる術は有りません」


 反応に困って無言になった住民を見渡した後、宮井氏が言葉を続けた。


「新堺の新しい代表には、天田氏がふさわしいと思いますが、自分の意見に賛同頂ける方は挙手願います」


 


 結果は、圧倒的多数の挙手だった。





 後で知ったが、一連の流れは最初の集会から仕込まれていた。

 全て宮井氏と山本氏が仕込んだ事だったのだ。

 


 全てを知った時に、大西君と昭二が同時に呟いた言葉が、何故かツボに入って大笑いしたのはいい思い出だ。

 2人とも全く同じ言葉を呟いた。



「これって、『ざまぁ』なのかな?」 


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お読み頂き、誠に有り難うございます。

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