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第93話 「70日目9時25分」-8月22日 火曜日-

20180502公開


「表札のアイデアは好評の様ですね」

「そうだね。ちょっとホッとしたよ」

「最初に聞いた時には、手間の掛かる事を考えるなぁ、と思ったが、あれだけ喜んでくれたら元は取れたな」


 俺と山本氏けんじゃ、黒田氏の3人の視線の先では、完成したばかりの住居の玄関先に木で出来た表札を嬉しそうに掛けている家族の姿が有った。


 今日は、新堺で新生活が本格的に始まる日と言える。


 自衛隊の後方部隊(第3後方支援連隊第2整備大隊8名、第398会計隊2名、信太駐屯地業務隊5名、第318基地通信中隊信太山派遣隊2名、第131地区警務隊信太山派遣隊6名の)合計23名が手伝った事も有り、第4次召喚災害被災者の内の民間人111名が入居する集合住宅8むねが予定よりも早く完成したのだ。


 中央に掘られた共同の井戸を囲む様に、8棟が配置されていた。

 俺たちの住居と同じく、1棟の集合住宅には9畳相当の部屋が5部屋作られている。 

 9畳しか無いとも言えるが、トイレも風呂もキッチンも無いから、贅沢を言わなければ十分な広さだ。

 現に、俺と楓と水木は3人で住んでいるが、広さには不満を感じていない。

 タンスなどの本格的な家具をいくつも置くのなら、多少は狭いと感じるのだろうけど、残念ながらそこまでの余裕は新堺にはまだ無い。家具として使っているのは2つだけだ。

 下着類だけ2段式の木箱に収めているが、衣服を木で作った簡単なハンガーラックに掛けているくらいだ。


 そうそう、布団を作れる様になった事も広さに不満が出ない理由の1つだ。

 折り畳める寝具というのは、限られた居住空間の有効利用と言う点で意外と馬鹿に出来ない事を最近実感したところだ。

 『志賀之浦しかのうら』の黒ポメたちは木の床に直接寝ているが、現代人には寝具無しでは安眠を得る事は無理だ。

 俺たちは最初の内は木の枠を作って、草を敷いて寝ていた。テント暮らしの時は地面に直接寝るよりも草のベッドは快適だったから満足していたが、床の上で寝る様になると贅沢な悩みが出て来た。

 草のベッドは場所は取るし、草は頻繁に変えないといけないし、何よりも日本の布団に比べて寝心地が悪いしで不評になってしまったのだ。アルプスの少女が寝ていたわらのベッドはフカフカそうで、気持ち良さそうだったのに・・・


 転機が訪れたのは、10日前だった。

 第4次召喚災害被災者が来てから増加した食料を賄う為に、東に在る『闇森やみのもり』の更に奥に入る様になったが、そこで遂に綿ワタに近い植物の群生地を発見したのだ。

 未だテント暮らしで、草ベッドで寝ている自衛隊員には申し訳ないが、安眠の為に布団作りに新堺の全力を挙げたのは仕方ないと思う。

 麻で作った布地の布団なので、ホコリが多く出るのが不満だが、草のベッドよりは遥かにマシだ。

 


 話しを戻そう。

 9時から完成記念の簡単な式典をした後、入居者に鍵の代わりに表札を渡した。

 昔見たニュースで、仮設住宅に入居する際に鍵の引き渡し式というのをやっているシーンが有ったので、真似をしたんだ。

 もっとも、山本氏けんじゃが居なければ表札は作れなかった。

 山本氏けんじゃが自分の小説に墨と鉛筆を登場させる為に、以前に墨の製法を調べた事が有ったから、新堺でも墨が造れたと言って過言では無い。

 第一、墨の原料が、不完全燃焼させた火から出るすすだと知っている人間なんて一握りだろう。

 山本氏けんじゃが作った墨は、河原に生えている草に切れ込みを入れた付けペンに浸して使う。

 大昔に使われたあしペンの真似だそうだ。


 意外な事に、実は紙の方が墨とペンよりも先に完成していた。

 俺の知識では和紙を作るのには色々と原料が必要で、くのも技術と設備が必要な筈だったが、簡単に出来てしまった。実際に作っているのが小学生という事でも簡単さが分かる。

 まずは付けペンにも使う草の茎を何回もすり潰すと粘りが出て来る。それを少量の水に溶かして斜めに傾けた木枠に張った麻もどきの布に上の方から何回か流せば、布の表面に貼り付く様に層が出来る。

 それを3日ほど陰干しすると完成だ。

 まあ、品質はわら半紙くらいだが、仮設小学校で使うには十分だ。

 両方作れる様になった事で仮設小学校を建てる事にしたのだから、山本氏けんじゃ様サマだ。

 


「それでは志賀之浦の代表と話しをしようか?」

「そうですね。本格的に例の計画を進める頃合いでしょう」


 そう言って、少し離れたところに立っていた志賀之浦の部族長たちの方に歩き出した。


 延び延びになっていた銅鉱床への採掘遠征の再開の障害は、ほとんど無くなったと言って良い。

 『和泉平野いずみへいや』の北方に出掛けているヤマさんたちもそろそろ志賀之浦に戻って来る頃だろう。

 人員が揃い次第に出発する予定だ。

 しかも、前回の時と違って、新堺側にも新しい目論見が複数生まれている。

 その為にも、銅鉱床の採掘は必須の事業となっていた。


「だが、本当に良いのか? 俺だけでも残った方が良い気がするんだが?」

「いや、黒田さんも一緒に行く事で、彼らの動きが加速する筈だ。加速し過ぎて帰って来たら、俺たちの居場所が無くなっているかも知れんがな」

「それは笑えん冗談だな」

「まあ、遠征前にみんなに注意する様に伝えとくよ。それも重要だが、今度こそ失敗出来んな」



 財前司令に頼んでいたゴブリン対策だが、やはり根本的な差が大き過ぎて現状の装備ではゲリラ戦術を採用するしか無くて、最終的にはジリ貧になるそうだ。

 少しでも差を縮める為には銅製の武器を大量に用意する必要が有ると結論が出た。

 長剣と長尺の槍の用意は必須だが、それ以外にも有効な武器は有るらしい。

 さすが、戦争ばかりして来た地球人類と言うべきか?

 その一例が投槍なげやりだ。

 古代ローマ時代に使われた投槍にピルムという物が有ったそうだ。敵の大盾を貫く事も出来るし、刺さっただけでも無力化出来るというものだ。

 全体の形状は銛に似ていて、全長は1.5㍍から2㍍くらい。30㌢から60㌢くらいの長さの鶴の首の様に細くなった先に三角形もしくは菱形の槍先が有って、地面や敵の盾に刺さると曲がる様に工夫されているらしい(投げた相手に使われない為の工夫という事だった)。

 有効射程は20㍍くらいらしいが、犬人種ポメラニアンもどきが投げれば30㍍から40㍍を見込めるそうだ。

 弓矢で代用出来そうなものだが、ゴブリンが実用化していないものをわざわざ教えるよりも、身体能力で威力と有効射程に差が出るものを採用した方が良いだろうという事だった。

 どっちにしろ、ゴブリンが弓を使いだしても、すぐに対抗出来る様に製造ノウハウを得る努力自体はするべきだという事だった。


 実際には完成品が無いので威力は想像でしか分からないが、簡単な計算をしたところ、結構凶悪な武器だという事が分かった。

 ピルムの重量は2㌔から4㌔らしい。

 それを犬人種が身体能力強化状態で投げれば余裕で命中時にも時速100㌔は出ているだろう(初速は130㌔くらいか?)。

 秒速30㍍として、運動エネルギーは900~1800ジュールになる。

 拳銃の弾丸は余裕で越えて、下手すれば自衛隊で使っている小銃並みの威力になるらしい。

 密集して槍衾を組んでも、ひたすら叩かれるだけ。

 突進してもゴブリンの脚なら、30㍍を走り切るのに5秒か6秒は掛かるだろう。40㍍なら7秒は掛かる。

 2本は投げられる。

 それ以前に密集を崩すと、その穴目掛けてこちらが突入するだけだし、不利だと思ったら逃げれば良い。


 さすが、戦闘の本職は違うな。

 


 まあ、俺のブレスはもっとエグイけどな。

 なんせ男子高校生たちがノリノリで色んな改良案を出してくれたおかげで、射程、威力共に以前よりも伸びているからな。

 日本にこのまま還ったら、物騒過ぎて逆に怖い位だ。



お読み頂き、誠に有り難うございます。

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