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第92話 「54日目8時40分」

20180427公開


 まさか危険と隣り合わせの森への採取に志願をする被災者が19人も居るとは考えてなかっただけに、嬉しい誤算だった。

 不幸な出来事は無慈悲に訪れるが、それでも悪い事ばかり起きる訳では無いのだと思う。

 不幸に包囲された時にも希望が混じっている事も有るという事だろう。

 何故か、こちらの世界に来てから、そう思う事が多い気がした。

 俺の顔は我知らず緩んでいたのだろう。

 こちらに目を向けた山本氏けんじゃが少し意外そうな顔をしながら声を掛けて来た。


「宮井さん、嬉しそうですね?」

「いや、不幸中の幸いと言う言葉を実感したんでね」


 どこか心の中で、前にも同じ様な会話をしたな、という思いがよぎった。


「そういえば、前にもこういう会話をしましたね」

「自分も思い出したよ。あれは2日目の朝だったね」

「そうですね。あの頃、ここまでサバイバルが上手く行くと思っていませんでした」


 そう言って、山本氏しかいしゃがみんなの方を向いて、再び話し始めた。


「19人も志願して頂き、本当に有り難うございます。これで食糧に関してはある程度の目途が立ちます。備蓄が有る内に、草原での狩りと森での採取のノウハウをお伝えしますので、よろしくお願い致します」


 そう言って、山本氏けんじゃが頭を下げた。

 俺も同じ様に頭を下げたが、最初に採取に志願してくれた古川氏が言葉を返して来た。


「頭を上げて下さい。むしろ、感謝をするのはこちらです。もし、我々だけなら、きっと今頃飢えていただろうし、途方に暮れていた筈です。貴重な備蓄まで放出して貰っているのですから、当然の事ですって」

「そうそう。むしろ、こんなに良くして貰っているのに、これくらいしかお返し出来ない事が心苦しいくらいです」


 2番目に志願してくれた大西氏も嬉しい事を言ってくれた。


「有り難うございます。感謝して頂いた後に言うのも心苦しいのですが、志願された人以外の方は集めた素材を食料や薬に加工したりする作業を分担して頂く事になりますので、ご協力お願い致します」

「もちろんです」


 そう言ってくれたのは、猫もどきになった小学生の男の子の母親だった。

 彼女自身は茶ポメで、旦那さんも茶ポメだ。

 子供と親が違う種族になった場合は多少は苦労する様だが、この世界では生き残る事が最優先される為に思ったよりは葛藤が少ないらしい。

 

「ありがとうございます。それと、これも言い難い事なのですが、皆様から小銭の献金をお願いしたいのです。ああ、こちらではお金は使えないのですが、ちょっとした外貨獲得というか恩を売るのに使う必要が有りまして」


 みんなの顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。

 まあ、小銭で外貨獲得と言われても謎だろう。


「今回、『しかのうら』というお隣の集落から住居を建設するという支援を受ける訳ですが、勿論、タダと言う訳では有りません。これまでの経緯も有って、宮井さんがかなり良い条件で建ててくれる様に交渉してくれましたが、こちらから見返りを出す必要が有ります。第一、タダほど怖いものが無い、という言葉も有りますしね」


 さっきまでよりは理解した表情と気配に変って来た。


「実は我々も硬貨を出して、支援を受けた事が有ります。おかげで、見ての通り、生活する地盤を整える事が出来ました。今回も硬貨で支援を賄う必要が有ります。ご提供頂くのは、1人当たり硬貨3枚以上で25円以上です。お釣りは出ませんのでご注意下さい」


 ちょっと首を傾げながら、小銭入れの中身を確認する人が多い。

 短い打ち合わせの時に山本氏けんじゃが言っていたが、駐屯地の納涼大会には屋台が出ているので、財布を持って来ている人間が多いだろうとの事だった。

 

「ちなみに自衛隊の方は財布を持っていない為に、基本的に免除とさせて頂きます。もちろん、献金出来る方は受け付けます。もし、財布を無くしたとか、持っていないとか、全然足りないという方は申告して下さい。そちらも免除もしくは軽減とさせて頂きます」


 俺はそれぞれの動きを可能な限り確認していたが、小銭入れを改めなかったのは少数だった。


「えー、勿論、私も献金させて貰うが、念の為にもう少し詳しく話を聞かせて貰って良いかね?」


 前川教授が軽く右手を上げながら尋ねて来た。

 まあ、ここで発言しておくメリットは大きい。

 新しい住人の代表としての地位をさりげなく得る事が出来るからだ。

 こういった積み重ねが力になる。

 俺的には、採取に自衛隊を使う提案をした人物が何かツッコミを入れると思っていたが、彼は小銭入れの中身を未だに見ている。

 もしかすれば、結構持っているので、それを自分の利益に変える算段でもしているのかもしれない。


「『しかのうら』は元々貨幣経済は有りませんでした。物々交換経済の段階でした。ですが、宮井さんが提供した2,708円分の29枚の硬貨が思わぬ効果をもたらしました」


 山本氏けんじゃは真剣な表情なので、シャレを言った訳では無いだろう。


「功績の有った者に対する勲章兼褒賞にしたのです。例えば、長年、狩りに参加して来たけど怪我で引退する事になった人物に10円玉を贈呈する、という具合にです。貰った方は、その10円玉を家宝にしても良いし、食糧などに変えても良いとしたのです」


 『しかのうら』は、みんなで共に助け合うと言う社会制度で回して来た。

 この辺りは日本の歴史と一緒だ。縄文時代は狩猟と採取の時代だったが、割と公平な社会だったと何かで読んだ気がする。お米が日本に渡来して農耕が始まってから格差が発生したとかなんとか書いていた気もする。そして集落同士の争いも始まった・・・だったかな?


 勿論、共同生活だと言っても、狩人は命の危険も有る職種なので、分配される肉の量などで優遇されるが、怪我をすればそれまでだ。

 勇敢で狩りの成果も多い人物が怪我をして狩人を辞めた後に他の軽作業に配置転換になっても、燃え尽きた様に早死にする事が多かったそうだ。優秀であればある程、その傾向が強いらしい。

 これは長い目で見れば、優秀な遺伝子を残せないと言う点で大きな損失だ。

 だから、それを防止する為に、その様な制度を作った。


 いや、正直に言おう。

 『しかのうら』トップクラスの狩人の『イイノヒコ』から、その話を聞いた俺が提案したのが切っ掛けだ。

 狩人を引退しても、日本の硬貨と言うお宝を貰えるなら、命を掛けて来た事に対する報酬には十分だ。

 それを貰う事で、心の糧に出来るし、最悪の場合は額面に応じて食糧か酒に換える事も出来る。

 まあ、1円玉を貰っても、さほど嬉しくは無いだろうが、それでも何も無いよりはマシだ。

 実際に制度が出来てから1名が怪我で引退したが、50円玉を授与されて結構喜んでいたらしい。

 まあ、上から3つ目、下から4つ目だから微妙な評価と言えるが、それでも初めて授与された名誉が上乗せされているから、価値が上がったのだろう。

 本当に、あの時にバスで間違って2,000円分を両替してしまった事に感謝だ。


「現在、日本の硬貨以上に精巧な金属加工品は有りません。入手も困難です。ですから、更に活用する方法を伝える事で支援を得やすくした訳です」

「なるほど。日本では額面通りの価値しか無くても、こちらでは付加価値が大きいと言う事か・・・ その内、機会が有ればその『しかのうら』という集落における思想的な変化の調査を直接したいものだ」


 意外な事に、その言葉を言っている時の前川教授の気配はまともそうに見えた。

 

「それで、訊きたいんだけど、自衛隊のみんなは何する予定なの? 確か、狩りに9人出すだけだよね?」


 空気を読まずに例の彼が発言した。

 うーん、ココでその発言は余り効果が無い。


「良い質問です」


 別に良い質問でも何でもないが、山本氏さくしがあっさりと受け止める。


「自衛隊のみなさんには大きく分けて3つの役割を果たして貰いたいと考えています」


 そう言って、右手の人差し指を立てた。


「第一に、対ゴブリンに備えて貰います。現状では、先程の話の通り、劣勢と言えます。1000機のジェット戦闘機に100機のプロペラ戦闘機で挑む様なものです」


 それは、劣勢とは言わない。 

 ただの自滅行為って言うからな。


「ですが、我々にも優位点が有ります。地球の歴史は参考になる戦史の宝庫です。個々の身体能力は圧倒的に有利です。向こうはこちらを知らないのに、こちらは向こうの戦い方を知っている点も大きいでしょう。それらを有効活用して、どう戦うのかを考えて、装備を作って訓練して貰う必要が有ります」


 一旦言葉を止め、山本氏けんじゃが財前司令の方を向いた。 


「困難な事だと分かっていますが、よろしくお願い致します」

「はい、確かに承りました」


 何度見ても財前司令のお辞儀は切れが有るな。


「2つ目の仕事は皆さんの住居を建てる手伝いです。『しかのうら』から来る職人さんの支援をお願いしたいのです。言葉の問題は有るでしょうが、少しでも早く建て終れば、それだけ早く皆さんの負担が減ります。3つ目は森で行う採取班の護衛任務です。現状では先程の3人以外で可能なのは2人しか居ません。最終的には3つの班の護衛が可能になって貰う必要が有ります」

「分かりました。そちらも善処します」

「無理ばかり言いますが、よろしくお願い致します」

「遠慮は無用です。仕事ですから」



 質問した男性は頷いていたが、その気配は満足から遠いものだった。

 要注意だな・・・





お読み頂き、誠に有り難うございます。

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