第91話 「54日目8時30分」
20180424公開
俺は敢えて脱線する事にした。
弱肉強食の世界に来た事に改めて衝撃を受けている間に、本物の脅威と言える存在を教えるべきだと思ったのだ。
鉄は熱い内に打て、と言うからな。
「もっとも、今、名前が出た種族とは比較にならない脅威が居ます。出会う事さえ避けるべき種族です。陽翔君、分かるよね?」
俺は表情を緩めて質問をした。
鈴木陽翔君は『召喚』された日にも正解を言い当てた子だから、きっとこちらの狙い通りの答えを返してくれるだろう。
彼は右手を挙げて、しっかりとした声で答えた。
「ゴブリンだよね、かえでちゃんのおじさん!」
「大正解! さすが陽翔君だ」
俺は陽翔君を笑顔で褒めた。
子供はこうやって大人に肯定される事に飢えている。褒めるべきに褒めてやれば、子供はもっと褒めて貰おうと思って頑張ってくれる。
だが、叱る時にはきちんと叱らないといけない。褒める時の倍以上の注意が必要だが、そうしないと子供は歪に育つ。と、小百合が言っていた。
まあ、俺の娘たちは良い子過ぎて叱る必要も無いがな。
「ゴブリンは我々が知り得る限り、こちらでは最強の種族です。言葉も文字も使いこなし、銅器も生産する文明を築いています。文明を持っているのに何故、脅威なのか? 話し合って協力をすれば良いのでは無いか? と思われた方も居るかも知れませんが、残念ながら不可能です。そういう考えを持って行動した被災者を含めてこれまでに被災者を1番殺している種族がゴブリンだからです」
一説によると1万人以上の被災者が殺されている。
新堺の存在が日本に伝わらなかった事と、第3次召喚被災者が帰還しなかった理由に、ゴブリンに皆殺しにされたという可能性は否定出来ない。
「財前司令、もし、今、ゴブリンが攻めて来た場合、我々に勝ち目が有りますか?」
財前司令は一瞬だけ考えた後で答えた。
「我々自衛隊は国民を守る為に存在します。ですから、皆様が逃げる時間を稼ぐ為に全力を尽くします」
正直に答えてくれたと思う。
財前司令が実直な人柄だと言うのは最初から分かっていたが、それでも彼が自衛隊のトップだと言う事実に素直に感謝出来る。
第4次召喚災害被災者のみんなにも、言葉の奥に隠された意味が分かったのだろう。
表情が固くなった。
実際に自衛隊員は、召喚直後の『わらかみ』の襲撃に身を挺して守ってくれたのだ。
財前司令の言葉が示す覚悟を疑う事は出来ない。
そして、『勝てない』という事実を理解した。
「答え難い質問に正直に答えて頂き、本当に有難う御座います」
実際に攻めて来た場合、本職の自衛隊が初めて召喚されているし、俺も参戦するし、自衛隊員の中に2人のドラゴンもどきが居るから、第1次と第2次の召喚災害被災者の様に一方的に殺されると言う事は無いだろう。
ゲリラの様にかき回しても良い。
機動力はこちらが上だから、やり様によっては時間稼ぎは可能だろう。
だが、戦力の桁が違い過ぎる。こちらは補充が見込めないのに、あちらはどんどんと兵隊を送り込める。
更には国力が違い過ぎる。それは個人の装備にも表れている。あちらは統一された銅製の剣と木製の円形の盾を全員が装備している。それに対して、こちらには碌な防具も無く、手にしているのが石器時代の武装では、差が有り過ぎて身体能力の差だけでひっくり返す事など不可能だ。
最終的にすり潰されてしまうだろう。
「短期的には食糧に代表される『衣食住』を整える事が優先されますが、中長期的に見た場合にはゴブリンに対抗出来る力を得る必要が有るという事をお分かり頂けたと思います」
今言った俺の言葉は、1種の伏線だ。
第4次召喚被災者を助けてから、密かに心の中で形にしつつある計画を実行する際に、この言葉を思い出して貰う為の伏線だ。
山本氏が進めている不穏分子への対処とは併存出来る筈だし、長い目で見ればこうするしかないと確信を抱いている。
「自分も脱線してしまいましたね。それでは、山本さん、後をお願いします」
山本氏が俺の言葉に頷いた。
「話を戻します。森の中に採取に行っても襲われないのは、宮井さんの娘さんの楓ちゃんと水木ちゃんとドラゴンの中井沙倶羅ちゃんが一緒に居るからです。実際、最初の採取の時には襲われたのですが、3人の反撃を受けて被害を出してからは遠巻きに警戒するだけになっています。楓ちゃん、水木ちゃん、沙倶羅ちゃん、いつも有難う」
名前を呼ばれた3人だが、反応が別れた。
「うん、まかせて! 襲って来ても『ミラクルマジカルブレス』が有るから大丈夫!」
楓は満面の笑みを浮かべながら答えた。
その名前を久し振りに聞いたが、やはり恥ずかしいな。
でも、あれ、なんか違和感が・・・
あ・・・ 確か『マジカルミラクルブレス』って最初は言ってなかったか?
「おやすいごようです」
水木は少し取り繕った様な表情で答えた。
でも、唇の端がヒクヒクしているから、本当は恥ずかしいのだろう。
それでも日本に居た頃に比べれば、引っ込み思案の性格がかなり影を潜めたと思う。
「そんなぁ・・・ 楓ちゃんと水木ちゃんと一緒だから頑張れるだけですよ・・・」
ああ、ニホントカゲの顔をしたドラゴンがワタワタと両手を横に振っている・・・
なんというか、容姿に係わらず、相変わらず沙倶羅ちゃんは癒し系だな。
山本氏は1つ頷いた後で、話を続けた。
「問題は、毎日6人が森の中に採取に出向いていましたが、先程の狩りと同じ様に考えると追加で18人の人員が必要になります。どなたか立候補する方は居ませんか?」
誰も立候補しない気がする。
小学生の女の子3人に守られて、巨大猿やオオカミみたいなのが襲って来るかも知れない森に突っ込め、と言われている訳だもんな。
一瞬の間が開いた後で、1人の男性が声を上げた。
「護衛が今の子供たちでないと駄目だとしても、採取自体は自衛隊にやって貰ったらいいんじゃない?」
まあ、そう考える人間が出て来るのは想定内だった。
今発言した男性は、俺の判定では黒と灰色の中間に分類される人物だ。
前川教授の様に後の事を考えて手を打つというタイプでは無いな。
多分、名案だと思って提案したのだろう。
「最悪、そうします。ですが、その前に自ら志願頂けないかと思っています」
俺たちは近藤さんという例外を除き、大人は全員が何らかの仕事を抱えながらこれまでやって来た。高校生もだ。
子供も積極的に家事を手伝ってくれている(楓、水木、沙倶羅ちゃんなんかは採取班の護衛をする関係上、森から戻って来る3時くらいから夕方に掛けて佐藤先生から仮設小学校の授業を受けている)。
山本氏が危惧しているのは、第4次召喚災害被災者のタダ乗りだ。
俺たちと同じレベルで働いて貰わないと、当然だが不満が溜まる。
結果、排斥する気持ちが出て来る危険性が高い。
内紛で、新堺が機能不全に陥るのが最悪のシナリオだ。
それを避ける為に山本氏は策を弄したのだし、わざわざ楓たちの話も出した。
「志願します」
そう言って、手を上げたのは家族で巻き込まれた男性だった。
一度、家族の方を見て、みんなが頷くのを見て再度声を上げた。
「家族全員で志願します」
微かに山本氏がホッとした様な表情を浮かべた。
「ありがとうございます。よろしれば名字を仰って頂けますか?」
「古川です」
その言葉が終わるタイミングで、新たな立候補者が現れた。
「私だけですけど構いませんか?」
「もちろんです。歓迎致します。名字をお教え下さい」
「大西です」
大西氏も家族連れだったが、奥さんが赤ちゃんを抱いている。
赤ちゃんと奥さんの事を考えると、危険な事から身を遠ざけたいと思っても当然なのに、志願するとは・・・
数分後には、志願者は18人を越えた。
お読み頂き、誠に有難う御座います。




