第90話 「54日目8時25分」
20180421公開
「話の途中で脱線しましたね。それでは本題に戻ります」
山本氏の言葉に、みんなが再び視線を戻した。
うん、前川教授もさっきまでの打算塗れの視線を抑えている。
しかし山本氏も、何くわない顔で上手く策謀を仕込んだものだ。
さっきの一幕で、こちらが1枚岩では無いと確信して蠢くかもしれない人物の特定も済んだのだから、これからは策士と呼ぶべきか?
今のやり取りは最初から近藤さんが『帰還者ゼロ』という言葉に反応するであろう事を読んでいたという事の裏返しだ。
そして、必ず『無責任』という言葉を使って攻撃して来ると確信していた。
でなければ『無責任』という言葉が、気が付いたら彼女が日本で受給していた生活保護と新堺でも働いていない事を絡めるような発言に結び付かない。
まさに狙い澄ましたカウンターと言える。
別方向から捉えれば、近藤さんが暴発するまで敢えて泳がせていたと言う事だ。
まあ、俺と山本氏が昔に2人で話し合った方針が土台になっているのだが・・・
「新堺の現状ですが、食糧の供給に関しては毎日平均で大体70人分の確保が出来ています。それに、他の種族との交流によって得た余剰分を冬に向けて備蓄していましたが、昨日放出したので残りは大体1300人分有ります。まあ、283人で消費して行くと5日足らずで無くなる量でしか有りませんが」
初めて聞いたのだろう。
みんなが5日も経たずに食糧が尽きると言う事に驚いた顔をした。
元々63人の集落の食糧事情としてはかなり破格の備蓄量だったのだが、人口が4.5倍となればそんなものだろう。
節約した上で、毎日の採取と狩猟で得る分を上乗せしてもなんとか8日間もつと言った所だろう。
「新堺では、安定した食糧を確保する為に、試験的に草食動物を飼う放牧場を造ろうとしていました。現在、急造テントを建てている場所です。こちらに関してはちゃんとした住居が出来るまでは延期になります。今まで通りに狩りを主体にしますが、資源保護の観点から、むやみやたらな乱獲は避けるべきでしょう」
ゲームでもあるまいし、狩って翌日にまた同じ獲物が再発生する筈も無い。
せめてもの救いはトリケラハムスターの繁殖期が年に12回も有る事だ。
これはこっちに来て初めて知った事実だった。情報元は『しかのうら』だ。その他にも色々と教えられたが、その情報はこれまでも有効活用させて貰っている。
「これまでの4倍の量を確保しようとすれば、進出する距離を2倍にする必要が有ります。2倍の距離に遠征すれば面積で4倍になりますからね。ただし、4倍の面積をカバーすると言う事は4倍の人員が必要と言う事です。これまでは交代で高校生諸君が狩りに従事してくれていました。1日当たり3人と言ったところですね。この数字から考えればあと9人は必要です。財前一佐、自衛隊から出して貰えますか?」
「分かりました」
財前司令が即答したと言う事は事前に打ち合わせをしていたと言う事だろう。
息の合った関係になっているとすれば、今後の展開も楽になる。
「有難う御座います。狩りで得られる動物性蛋白質だけでは量が不足しますし、栄養も当然ながら偏るので東の森に生えている、木の実や芽、更にはキノコモドキ、ワラビモドキなどを採集する班も必要となります。こちらはこれまでお母さんたちと高校生が交代で従事してくれています。1日当たり6人と言ったところです。更に護衛として小学生3人が有志として同行してくれます」
「小学生が護衛ですか?」
前川教授が思わずと言う感じで声を上げた。
本人の本意でない証拠に、表情に「しまった」という成分が含まれている。
この段階では、あまり反抗的とか非協力的とか批判的だとか思われない方が、今後の活動にはプラスになると理解している証拠だ。
山本氏も敢えて見逃す考えの様で、少し恥ずかしげな表情を浮かべながら答えた。
「宮井さんの娘さんたちとドラゴンの1人です。残念ながら彼女たちの護衛無しでは森に入れません。隙を見せれば襲って来る猿モドキや、森を根城にしている『もりいぬ』が居ますからね。それにクマモドキが1頭だけだったかが不明ですから」
「そう言う事ですか。分かりました。話を止めて申し訳ない」
「いえ、お気になさらずに」
「質問をよろしいでしょうか?」
「はい、財前一佐、どうぞ」
「今、話に出て来た猿モドキ、もりいぬ、クマモドキですが、実際の強さはどれほどなのでしょうか? 可能であれば我々自衛隊が護衛に就くべきだと考えますが」
「そうですね、実際に3種族全てと闘った宮井さんの方が詳しいと思いますので、代わりに答えて貰いましょう」
山本氏、それでは益々俺が荒事専門みたいに思われるよね?
まあ、構わないけど。
「まずは自己紹介から。新堺の代表をしている宮井隼人です」
前川教授の視線が、俺を値踏みしている成分がほとんどを占めるくらいに熱い。
男にそんなに見詰められても1グラムも嬉しくない。
「山本氏の言葉にも有った様に、自分は先程の3種族全てと闘いましたが、自分との比較では参考にならないと思いますので、あえて1番構成比率の高い山本氏と同じ種族と比較しましょう」
まあ、ぶっちゃけ、俺を比較対象にしても意味が無い。猫もどきが飛び抜けて強い事は分かっているだろうし。
「猿モドキは身体能力の強化を使えませんが、樹上での活動に特化しています。森の中で1人で居る山本氏に1頭の猿もどきが襲いかかって来た場合、槍で武装していても追い払うので精一杯でしょう。ただし、森の外では、武装している事と、身体強化の能力を活かして山本氏の方が余裕で勝てます。厄介なのは集団で連携して襲って来る事です。その場合は1人では勝ち目が有りません」
ちょっと実感が湧かないみたいだ。補足、捕捉。
「ちなみに身長は我々よりも大きいくらいで、手が異常に長いのが特徴です。参考までに言いますと、ニホンザルは身長が60㌢くらい、体重は10㌔くらいだったと思いますが、格闘技を修めていない一般人では苦戦します。それが自分以上の身長だとしたら強さの一端が想像出来ませんか?」
きっと今頃、見上げる様な猿と闘う自分を想像している筈だ。
人間のままなら勝ち目がないと分かって貰えたと思う。
「『もりいぬ』はそこそこの脅威というところでしょう。爪よりも牙が厄介です。でも、1番最初に襲って来た『わらかみ』よりは格下です。森の中でも外でも、1対1なら武装した山本氏が勝つでしょう。ですが、この種族も集団で襲って来ます。クマモドキに関しては出遭ったら何が何でも逃げて下さい。槍で武装した山本氏が50人居ても、勝てるかどうかは不明です。なんせ、槍が剛毛の層を貫けないのですから。まあ、用意周到に罠を仕掛けて身動き出来ない様にして集団で攻撃すれば勝てるでしょうけど」
第4次召喚災害の被災者みんなの表情に、弱肉強食のとんでもない世界に来たという実感が滲み出て来た。
『ようこそ、異世界へ』というところだろうか?
あ、今の例えなら、俺は50ヤマモトオーバーの戦闘力になってしまう・・・
お読み頂き、誠に有難う御座います。




