第8話 「1時間50分後」
20170708公開
俺たちは孝志君の墓にもう一度手を合わせてから、河原に戻った。
実はその頃には隠しようも無い問題が持ち上がっていた。
4人ともかなり空腹だったのだ。
転生時点ではお腹に何も食べ物が入っていなかったのだと思う。
トリケラハムスターの血抜きも小川に沈めて終わっているし、火を付ける為の手段も持っている。
俺のズボンのポケットにはスイスの有名なメーカーが出しているマルチツールも入っている。
河原に戻る途中で薪になりそうな枝を確保したし、河原にもそこそこの量の薪が転がっている。増水した時に上流から流されて来たのだろう。
だが、ここで食事に取り掛かる事は出来ない。
第二の孝志君を生まない為にも、周囲の探索を進めるべきだ。
第二、第三の京香ちゃんを発見すべきだ。
俺たちが「召喚」に巻き込まれた教室には小学3年生の子供たちが29人居た。教室の後ろから数えたから確かだ。参観に来ていた親が20人といったところか? それと担任の佐藤郁恵先生も巻き込まれている。
大人ならば、小冊子を真剣に読んでいれば、多少は落ち着いて行動をしていると思うが、子供たちはパニックになっているか、無警戒な状態で呆然としているか、親を探そうとして短慮を起こして危険な状態に陥っているかもしれない。
「みんな、済まないけど、お肉は後回しだ。他の子どもや親や先生を探しに行こうと思う」
2時間近く経って、やっと、まともな日本語を喋れる様になってくれた。人間以外の生物の喉では日本語の発音が難しいと初めて知った。役に立たない知識だ。
3人とも、俺を見詰めている。
「早くみんなを探して一緒に居た方が良いからね」
本当の理由は『安心』、いや違うな。『安全』という言葉が一番正解に近い。
「でも、今のままだと危ないかも知れない。さっきのハムスターのでかいのと出遭ったら、危険だしね。だから自分達が出来る事を知る必要が有る」
楓と水木は首を傾げた後で爪を見て、それから指先を摘まんだ。猫と言えば爪と猫パンチだよね・・・
でも、残念ながら、2人の爪は猫みたいに伸びなかった。
だが、俺自身は多分、何とかなると推測していた。
本能が教えてくれるままに、意識を指の根本に集中した。
京香ちゃんの気配を感じて、咄嗟に取った行動がヒントになっている。
あの時は、俺はほぼ本能に従って動いた。
楓と水木は何も行動出来なかった。
その差は何か?
俺の猫もどきの腕には、ふさふさで、毛並みが良い毛が生えている。
ただ、掌に近付くにつれて短くて細い毛になっている。
毛が生えていない指は人間のそれとそっくりだ。
その指の根本に『力』が満ちて来る。本能が「出来る」と教えてくれる通りに刃物の様な不可視の爪が生えたのは5秒後だった。
グー・パーをして、爪が指の動きと干渉しない事を確認してから、地面を引っ掻いてみた。
驚くほど抵抗を感じずに地面に溝を刻んだ。
やはり、俺は、楓と水木と違って、大人の猫もどきに転生している。
お読み頂きありがとうございます。