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第88話 「54日目8時15分」

20180418公開


 朝食は1時間半近く掛かって、やっと終了した。

 いきなり4.5倍もの量を作らないといけなくなったし、食器も数が限られている為だ。

 それでも3つのかまどを新たに設置したから、その程度の時間で済んだとも言える。

 財前司令が自衛隊員の食事は民間人の後にして欲しいと言ってくれなければ、空腹に耐えかねた民間人の被災者から文句が出たかもしれなかった。その辺りの民間人最優先の方針は、自衛隊の災害派遣では当たり前の事だそうだ。東日本大震災の時に新聞か何かで読んだ記憶が有るが、自衛隊員の食事は被災者の目が届かないところで、隠れる様に携行食を食べていたらしい。時間も10分かそこらしか使わなかったと記憶している。

 それと、昨夜の晩飯作りも手伝ってくれた自衛隊員10名が炊き出しの手伝いに立候補してくれたのも助かった。

 磨製石器で獲物を解体する事は、使い易さを追求して進化して来た日本の包丁と違って意外と難しい。切れ味がやはり落ちるし、何よりも柄が現代の包丁程握り易くないので細かい取り回しが落ちるからだ。

 俺も解体作業をしながら見ていたが、かえでたちが仕留めたトリケラハムスターを捌いている手つきは意外と刃物の扱いに慣れていると思わせるものだった。


 自衛隊員の朝食も終わり(全員が驚くほど早飯だった)、後片付けも終了した所で、居住区の南に在る空き地にもう1度全員に集まって貰った。

 今日は佐藤先生が行っている仮設小学校の授業も、みんながしている作業も無しだ。

 今日は月曜日なので、本来なら授業も作業も普通に有る。

 だが、これから話し合う事は今後の生活に直結するだけに、全員の参加が望ましいからな。

 黒田氏や佐藤先生を始めとする新堺発足時の主要メンバーとの打ち合わせはごく簡単なものしか出来なかった。

 とは言え、山本氏けんじゃと俺に白紙委任してくれたので、あっさりと終わっていた。

 まあ、何か忘れている事や気になる事が有れば都度発言して貰う様に頼んだので、見落としが有っても大丈夫だろう。 

 進行は山本氏けんじゃにして貰う事にした。

 人当たりが良くて、将来に対する見通しも1番持っているしな。

 俺はどちらかと言えば、荒事の方が得意と思われているだろうから、同じ事を言っても下手をすれば独裁者と思われかねない。

 それに、俺は新堺の状況が安定すれば小百合を探す旅に出る気だから、これからは前に出るのは減らしたい。少しづつ後ろに下がる方が良いだろう。



「まず最初に、亡くなられた被災者の皆様のご冥福を祈りたいと思います。皆様、ご起立下さい!」


 山本氏けんじゃが総勢283人に増えた住民全員に聞こえる様に大きな声で呼び掛けた。

 元々起立していた自衛隊員を除くみんなが素直に立ち上がった。


「黙祷・・・」


 先程の呼び掛けの時の声と違って、今度は静かな声だった。

 私語が無かったせいでみんなの耳に届いたのだろう。

 全員が同じタイミングで黙祷を始めた。

 俺の体内時間で45秒経過した後に山本氏けんじゃの声が再び聞こえた。


「ありがとうございました。お直り下さい」


 山本氏けんじゃは、全員が元の体勢に戻ったのを見定めてから話し始めた。


「新たに来られた方が、このままここに留まるかどうかを判断出来る様に、この新堺の現状と今後の事を説明致します。その上で今後をどうするかをお決め下さい」


 OH・・・ いきなり直球を投げ込んだな・・・

 第4次召喚災害の被災者の内、自衛隊側は平静を保っているが、民間人側がざわめいている。

 この世界の事を知っている人間ほど、新堺が恵まれた状況に在るという事を分かっていると言える。

 何故なら、国が合流を推奨している『ニホンコク』はこの時点では未だ混乱期に近い。

 食糧事情も慢性的な不足に見舞われている筈だ。

 まあ、どっちにしろ、どこに在るか分からない『ニホンコク』よりはここに居た方が恵まれた生活を送れる可能性は有る。

 ただし・・・


「この様に言う理由は、我々新堺の存在が日本には伝わっていない為です。もしかすれば、この後で全滅したから伝わらなかったという可能性を否定出来ません。ただし、『ニホンコク』とは距離が有り過ぎて情報が伝わなかっただけかもしれませんし、第3次召喚災害以降の帰還が無くなった為に、生き残ったにも拘らず情報が日本に伝わらなかった可能性も否定出来ません」


 山本氏けんじゃが一度言葉を切って、みんなを見渡した。

 理解する時間を与える為だろう。


「財前一佐から聞いた情報の中で気になる事がありました。我々第3次召喚災害の被災者が1人も日本に帰還していないという情報です」


 うわ、またもや直球を投げ込んだ・・・

 しかも、ほとんどビンボールだ。

 

「なんや、それ!! ウチらは帰れんって言うんか!!」


 ヒステリックな声が上がった。

 近藤加奈子さんが上げた声だった。


「その通りです。我々は日本には帰れません。この異世界で生きて行くしか有りません」

「話しが違うんとちゃうか!? 帰れるんとちゃうんか! こんなコンビニも無いところでずっと生きろっていうんか!?」

「その通りです。文句が有るなら、この災害を起こしている存在に言って下さい」

「なんや、その言い方!? まるで自分には責任が無いかの様な口ぶりやな!」

「ええ、私が起こした訳でも無いので、責任も有りませんが、それが何か?」


 ヒステリックに叫ぶ近藤さんに対して、冷静な声なのできっと考えが有るのだろうが、山本氏けんじゃらしからぬ強気の対応だな。


「みんな、聞いたやろ!? 無責任にも程が有ると思わんか!? こんなヤツの言う事を聞かんときや!!」


 元からの新堺のメンバーは呆れた様な表情と気配をしている。


 新しく来たメンバーは大きく2つの反応に分かれている。


 自衛隊側は静観する構えだ。

 なんせ、山本氏けんじゃは自分達を助けてくれた集団の一員で、その後も一緒に行動を共にした相手だ。

 言い換えると、同じ釜の飯を食った人間だ。

 対して、近藤さんはただ単に無責任にヒステリックに喚いているとしか見えない。

 この状況で近藤さんを支持する事は有り得ないが、かと言って山本氏けんじゃの肩を持つと表明するには政治的過ぎて抵抗が有るだろう。

 民間人は戸惑いを感じている。

 中にはどちらにくみした方が得をするのかを考えている表情の人間が数人居る。 

 もしかすれば、それらの人間を最初に炙り出しておこうという考えなのかもしれない。

 覚えておく事にしよう。


お読み頂き、誠に有難う御座います。

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