第86話 「54日目6時15分」-8月6日 日曜日-
20180409公開
娘たちに再会したのは、『しかのうら』から新堺に向かう途中だった。
昨日の内に帰ろうと思っていたが、何故か宴会に巻き込まれてしまった。
こちらとしては、黒ポメの悲願となっている銅鉱床の再採掘を後回しにした訳だし、再び支援を受けるしで立場的に弱い筈だった。
だから昨日の時点でお詫びと支援の要請の為に『しかのうら』に行ったのだが・・・
両方ともあっさりと受け入れられた。
住居を建てる人材と資材は、今日の午後にでも出してくれる事になった。
更には先行支援として、15本の槍と10着の貫頭衣までお土産に貰ってしまった。
「お父ちゃーん! おはよー!」
楓が俺に向かって走って来ながら、100㍍ほどに近付いた段階で声を掛けて来た。
その横には水木も居るし、当然の様に中井沙倶羅ちゃんも一緒だ。
娘たちは背負子を背負っている。どうやら、朝食に出すお肉を確保する為に狩りに出た帰りなのだろう。沙倶羅ちゃんも特製の背負子を背負っていた(と言っても首の前側で固定出来る様に作られているから厳密に言うと背負子では無いが)。
あっという間に3人は俺たちのそばに到着した。
俺は両手を拡げながら挨拶を返した。
「おはよう、3人とも。沢山狩れたか?」
「うん! 15頭狩った、よ!」
楓が言葉の途中で俺の左半身に飛びこんで来た。
身体強化と慣性制御を事前に掛けていたのでしっかりと受け止める事が出来た。
更にもう1回、今度は右半身に衝撃が来ると心積りをしたが、予想に反して水木は飛び付いて来なかった。
目をやると水木はほっぺを膨らましている。
俺に抱き付きながら楓がどこで狩りをしたか教えてくれた。
「ちょっと遠出をしたんだよ。水木がしげんのほごってうるさいから」
本当に謎だ。水木はどこでそんな言葉を覚えて来るのだろう?
「そうか、水木、偉いぞ」
「とりすぎは良くないもん」
う・・・
水木の口調と態度がやはり冷たい。拗ねている? 反抗期か? 早くないか? ネットで調べた時には小学高学年からと書いていたので未だ未だ先の筈だ。
いや、第一、良く考えたら俺の(小百合スマン)可愛い娘たちには反抗期など来ない筈だ。生まれて来てからずっと見て来た父親の俺が保証する。
でも水木は大人っぽいから間違って来てしまったのか?
それとも別の原因か?
昨日、新堺に帰らずに『しかのうら』に寄ったせいで、会うのが1日遅れたからか?
とはいえ、下手に下手に出ると父親としての威厳にも係わるので、ここはカッチリと対処すべきだ。
「そうだな、獲り過ぎは良くないな・・・ それと、帰りが遅くなってごめんな」
無理だった・・・
そう言って、拡げた右手はそのままでじっと水木を見ると、躊躇いがちながら、やっと飛び付いて来てくれた。
俺の脳内では『父親の威厳』さんが寂しそうにこちらを何度も振り返りながら去って行く姿が浮かんでいた。
その様子を沙倶羅ちゃんと清水有希君が生温かい目で見ていた。
まあ、2人にその様な目で見られるのは慣れているので今更気にしない。
ただ、そんな何とも言えない空気を読まない存在が居た。
彼は生温い空気を無視して、発言した。
「キャン! キャゥ・・・ ククゥン?」
今朝になって狩りの時や大人しくしておくべき時にはTPOを弁えて無言を貫くが、問題が無い時には発言する様になった彼の言葉は尻すぼみになってしまった。というか、何故か最後は疑問形の様に聞こえた。
「わ! 犬だ! 気配では分かってたけど、こんな可愛いと思ってなかったよ! お父ちゃん、ペットにするの? 飼うの?」
「うわ! 可愛い! ねえ、名前は? 名前はなんて言うの?」
あっさりと俺から離れた娘たちは、一瞬で間合いを詰めて仔わらかみを抱き締めた。
水木なんか、さっきまでと違って満面の笑みだ。
仔わらかみはいきなりの事態にどうしたら良いのか分からないのだろう。
俺に視線を向けて助けを求めて来た。
スマン、タスケテヤレン。
娘たちの方が大事だ。
「うーん、飼うかどうかはまだ決まっていないよ。名前も決まっていないな」
「名前決まってないの? それじゃ、楓が付ける! そうだ、キャンが良い!」
「えー、フェンリルが良い! こっちの方がきっと強くなるよ!」
フェンリルって北欧神話に出て来る巨大なオオカミだったか? 神様とガチで戦うとか言う?
ちなみに最近まで、フェルリンと、間違って覚えていたのは水木には内緒だ。
「まだ飼うって決めた訳じゃないから、名前は飼うと決まった後で考えよう、な?」
そう言った俺の言葉に、娘たちが不満そうに文句を言い出したが、何故か有希君と仔わらかみがショックを受けた様な顔をした。
仔わらかみの表情が分かったのは、散々ポメラニアン顔を見て来たせいか?
そう言えば、昨日の夜に初めて遇った時も、呆然としていると思ったが、何故だろう?
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