第81話 「53日目4時30分」
20180320公開
外を警戒している自衛隊員以外は、まだ全員が草原に身を横たえている。
寝ていると言っても、布団やベッドで寝ている訳では無いので眠りは浅い。
酷い経験をしたばかりだし、これからの不安も有る。心の底から寝ているのは数人だ。何人かは意識が目覚めているのが分かった。
それはそうと、この辺りに生えている草は弾力性が有るので、直接地面で寝るよりはマシだが、起きたら身体のあちこちが痛いかもしれないな。
寝ていた場所から防御円陣の外に出ようと静かに歩き出すと、全く別の場所で2人の『被災者』と1頭が身体を起こしたのが分かった。
1人は自衛隊の財前司令だ。
部下を死なせた事に苦悩している為にあまり深い眠りを取れなかったのは気配察知で知っているが、その表情には心の中を窺わせるものは浮かんでいない。
素直に凄いと思う。
トップに立つ人間は部下に弱みを見せていけないと俺は思う。
『この人はついて行くに値する』と部下に思われない人間は、部下の能力を引き出せないと思っているからだ。
こちらに近付いて来たので、抑えた声で挨拶を交わす。
「おはようございます、宮井さん」
「おはようございます、財前司令」
「どちらに行くのですか?」
「みんなの朝食を狩りに行こうと思いまして」
そう言うと、財前司令がちょっと驚いた顔をした。
「昨晩に引き続きですか? 疲れは大丈夫なんですか?」
「ええ。この身体はあまり寝なくても問題無いんですよ。まあ、他人とあまり違う生活習慣を送るのもどうかと思って、夜は寝ますが、半分起きてる状態ですね。それでも疲れは十分に取れますからね」
「昨日から思っていましたが、とんでもない種族ですね。山本さんから聞きましたが、『クマもどき』でしたっけ? 森に住む最強種族も倒したんですよね」
「ええ。山本氏曰く、自分みたいな存在はチートというらしいですよ。まあ、おかげで助かっています」
財前司令の雰囲気が変わって、表情も改まった。ポメラニアン顔だが、山本氏を筆頭にみんなと一緒に生活して来て見慣れたから俺には分かる。
これは真面目な顔だ。 ポメラニアンにそっくりだが・・・
「改めて、お礼を申し上げます。宮井さんが居なければ、自分達だけでは国民を助けられませんでした」
そう言って、深々と頭を下げられた。
俺が身を置く接客業とは全く違う動作だ。キビキビとした印象を受ける。
「顔をお上げください。偶々、助けられる能力を持った種族になったから行動しただけですよ」
財前司令が顔を上げたタイミングで、大きな影が音も無く近付いて来た。
起き出したもう1人の清水有希君だ。
大きな身体で歩くと足音と言うか、振動で寝ている『被災者』を起こすので浮遊能力を使って、近付いて来た。
ちょっとした光景に財前司令が軽く驚いた表情を一瞬浮かべた。
有希君がすぐ傍に着地しながら挨拶の声を掛けて来た。
着地は本当に柔らかなものだった。「そっと」という感じだ。
細かいことだが、女の子にとって重いと思われる事は耐えられないのだろう。
お互いに挨拶の言葉を交わした後、彼女から狩りに同行する許可を求められた。
俺だけでも狩りそのものは問題無いのだが、狩った獲物を持って帰るのが問題だったから正直に言って助かる。
それに、有希君は今行って見せた様に空中を自由に飛べる能力を持っている。
足音で獲物に警戒されないのは利点だ。
有希君と2人で東に向けて移動を始めてしばらくすると、彼女が空中で停止して訊いて来た。
「宮井さん、気付いていますか? 1頭だけ『わらかみ』がこの先に居ますけど」
「ああ、分かっているよ。昨日の夜の狩りの邪魔をされた上に、何故か懐かれてしまってね。ここまで付いて来たんだ」
「なんというか、宮井さんらしいという気もしないでも無いのが微妙なところですね」
「うーん、確かに微妙だな」
「宮井さん、その微妙の使い方は微妙です」
有希君が苦笑交じりで言った。
しばらく行くと、仔わらかみが伏せた姿勢で俺を待っているのが見えた。
「あれ? 子供の様ですけど、なんとなく他の『わらかみ』と違う様に見えますね」
「そうなんだ。色も白いし、よく見たら小さな角も生えているし、『わらかみ』とは別の種かもしれない。もしくは突然変異かなんかだな」
仔わらかみは俺の姿を見て、尻尾を振っている。
「うーん、『わらかみ』と言うより、犬に見えて来ました。もしかしたら、犬が『召喚』されたのかも?」
「その発想は無かったな」
なるほど。それなら俺に懐くのも納得だ。
久し振りに逢った人間だったのかもしれない。
2回有った『召喚災害』では報告されていなかったが、俺たちが巻き込まれた第3次『召喚災害』では発生していた可能性はゼロではない。
1人の生還者も居ないという話から、かなり特殊な『召喚』だった可能性が出ているからな。
戻ったら、財前司令に訊いてみよう。
結局、その仔わらかみも狩りに連れて行く事になった。
ドラゴンもどきの有希君を恐れる事も無く、俺たちが近付くと遂にはお腹を見せた姿に有希君が撃墜されたからだ。
根っからの猫派の俺からすれば、こういうあざとい所は好きにはなれない。
残念ながらというか、有希君は大の犬好きだった・・・
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