第7話 「1時間10分後」
20170707公開
20170716セリフ表記変更
楓に抱き抱えられながら、京香ちゃんはポツリポツリと「召喚」された後の出来事を語った。
彼女は『召喚』後はさっきまで隠れていた茂みの奥の方から一歩も動かなかったそうだ。
理由は単純かつ複雑だ。
単純な理由は怖かったから。
まあ、自分の身体がいきなり毛深くなるなんて経験をしたんだ。女の子には恐怖だろう。
しかも、顔に手を伸ばせば、そこも毛が有るし。耳なんか場所も大きさも変わっているし。
そう言えば、楓も水木も人間以外の生き物になったと言うのにショックを受けている様に見えない。
どうしてだろう?
≪そういえば、かえでもみずきも、ねこみたいなにんげんになったのに、いやじゃないのか?≫
2人は互いに顔を見合わせた後、俺の方を向いて同時に答えた。
≪いやじゃないよ。ねこかわいいし。すきだし≫
偶に娘たちは双子ならではのシンクロを見せる。
最近は個性が出て来ていたから、ちょっと減ったので久し振りのシンクロだ。
≪あいてのかおをみたら、どんなかおかわかったし。わたしたちかわいいよね、おとうちゃん?≫
楓が笑顔で訊いて来る。
返事は両手で2人の頭を撫でて上げる事だった。
うん、2人とも可愛い。
京香ちゃんが隠れたまま動かなかった複雑な理由とは、母親が極度の犬嫌いだと言う事だ。
それこそ、道端で散歩に連れられている犬を見ただけで顔をしかめる程嫌いだそうだ。
どうやら小さい頃に犬に噛まれた事が有った様で、動物が出て来るテレビ番組で犬の話題になるとチャンネルを変える程に徹底しているそうだ。
京香ちゃんは、携帯電話のコマーシャルに出て来る様なまっ白な毛色をしたポメラニアンもどきに転生している。俺は猫派だが、小動物的な可愛いさが有ると素直に思う。
だが、授業参観に来ていて『召喚』に巻き込まれた筈の母親と再会した時の事を考えると、心配になって動けなくなったそうだ。母親に嫌われたらどうしようと思ったら怖くなったらしい。
だから、孝志君とトリケラハムスターと戦った事は音から分かったそうだが、音が聞こえなくなっても恐怖心と心配のあまりに動けなくなっていたそうだ。
そんな彼女が動こうと思ったのは、日本語が聞こえたからだそうだ。
その動く気配に俺の本能が反応したと言う事だろう。
そう言えば、『召喚』されてから1時間が経っていた。
小冊子の第4項目の『自分の能力を確認しましょう』が可能な時間になっていた。
1回目の『召喚』時も、2回目の『召喚』時も、『被災者』は1時間前後で、転生先の種族の能力が段々と使える様になったそうだ。
ポメラニアンもどきはパワー型と言ったが、実は俺たちの猫もどきは小冊子に載っていない種族だ。
身体は小さいが、さっきの気配察知や顔の前に発生した『力』から考えると、意外と強力な能力を持っていてもおかしくない。
すぐにでも検証を始めたいところだが、今は為すべき事が有る。
孝志君の遺体を埋め終ったのは、30分後だった。
大水で流されない様に、河原を避けて平地に埋めて上げた。
彼が眠っている事を示すのは、河原から運んだ石を積んで作った墓標代わりの石の山だけだった・・・
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