第78話 「52日目19時05分」
20180309公開
俺に散々な目に遭わされた『わらかみ』の群れは北に向かったと黒田氏が言っていたので、俺は東に向かう事にした。
『わらかみ』の群れが西から来た事も理由の1つだ。
無茶をした影響は肉体よりも精神的な疲れとして残っているので、気分転換も兼ねて時速30㌔ほどのジョギング感覚で夜の平原を駆ける。
あまり速く走ると、背中の背負子が跳ねて邪魔になるしな。
良く考えたら、この速度でもマラソン大会で1時間半を切る記録を出してしまうな。
足首くらいの高さの草が生えた草原を、時速30㌔のスピードで走ってもジョギング感覚というのは日本では考えられなかった。
うーん、化け物の様な身体能力なんだが、猫もどきは野性的な本能が強いので特に感慨深くなる事も無い。理性よりも本能の方が勝っているという感じだ。
あ・・・
もしかして、こっちに来てからの俺は、『脳筋』というヤツになっていたのかも知れない。
地味に精神的な疲労が増えた気がした。
だけど、それはそれで良い事なのかも知れないな。
うじうじと悩むよりは、この世界では行動に移した方が成果を得られる。
少なくとも、ここまで生き延びられたのも行動を起こし続けたからだ。
そういう訳で、この問題は解決済みにしよう。そうしよう。
うん、『脳筋』で間違いなさそうだ。
元々はドラゴンもどきとして『召喚』された自衛隊員用の肉を確保する為に狩りに来た筈が、気が付いたら狩りそのものを楽しみにしている。
ちょっとウキウキとしてしまう。
早く獲物を見付けたいものだ。
もしかすれば、『脳が筋肉で出来ている』というレベルではなく、『筋肉で出来ている脳が本能に満たされている』のかもしれないな。
地球のシカに似た『わらしか』のちょっとした群れを発見したのは、10㌔ほど進んだところだった。
『わらしか』は体高が50㌢、体長が80㌢、体重が30㌔ほどの草食動物だ。
地球のシカと違って、オスには角が生えていない。
代わりにメスの頭の上に左右に拡がる様に長さ40㌢くらいの長さで角が生えている。
遠目には地球のシカに見えなくもないが、地球のシカの様に可愛くは無い。
優しげな顔つきでは無いし、つぶらな瞳でも無い。なんせ目付きが悪い。ヤンキーがガンを付けている感じの顔と想像すればいい。
そこは湧水が出ていて、直径5㍍ほどの水場になっていた。
もっと湧く水が多ければ、そうだな、10倍ほど多ければ森になっていたかもしれない。
草原のあちらこちらに在る森は、全て湧水が一定レベルで湧いている場所だ。
この草原に生える木はちょっと特殊で、一定の条件を満たすと一気に直径1㌔以上の森に繁殖する。
まるで群れを作らないと生きて行けないかのようだ。
多分だが、木だけでなく、下草などと合わせたコロニーでしか繁栄出来ないのだろう。
20頭ほど居る群れの半数が水を飲んでいて、残りが周りを警戒している。目だけでなく耳も頻繁に動かしているし、鼻も頻繁に上げて周辺の匂いを嗅いでいる。
水場は『わらかみ』や『わらいぬ』も利用するので、警戒しているのだろう。
相変わらず、風は北から吹いているからこちらの匂いは届いていない。
『わらしか』の群れは通常の警戒をしているだけだ。
夜目が利く俺の目には、かなりくっきりと見えているし、視力自体も俺の方が上だ。
完全に不意を突ける状況と言って良い。
そして、猫もどきと『わらかみ』と『わらいぬ』では大きな違いが有る。
ブレスだ。
遠距離攻撃能力の有無が、狩りの難易度を変えてしまう。
『わらかみ』にしろ『わらいぬ』にしろ、接触しなければ狩れない。
対する俺は、狙う獲物を定めたら、その獲物にブレスを放てば終わってしまう。
それでは面白くない。
まあ、血抜きを考えれば生きた状態で動脈を切るのが最善なので、今回は出来るだけブレスを使わない事にしよう。
水場の『わらしか』との距離は500㍍ほど。
さすがにこの距離で見付かると、逃げられる可能性が出て来る。
俺が時速90㌔で走れると言っても、『わらしか』もそれに近い速度を出せるからだ。
姿勢を低くして、ゆっくりと近付いていこう。
『イイノヒコ』が言っていたが、黒ポメたちにとっては『わらしか』の肉はそれほど美味しくないという認識だったらしい。
だが、前回の調査の時に俺がブレスで狩った『わらしか』は味が全然違っていたそうだ。
その違いは、きっと走らせる距離の違いだろう。
黒ポメたちは速度に劣る為に、どうしても多人数で全方位から包囲して逃げ場を塞ぐ狩りの仕方になる。
気付かれない様に匍匐前進で近付いても、最後の数百㍍は風上に陣取った黒ポメが匂いでばれるので、『わらしか』は逃げる為に全力疾走する。その時にきっと分泌されるアドレナリンみたいな物質が味に影響するのだろう。
5分掛けて、残り200㍍まで近付いた。
気配察知圏内に入ったので視覚だけでなく気配でも様子を確認出来るが、俺に気付いた素振りも気配も無い。
最悪、ブレスで走れなくしてから接近してトドメを刺す気だったが、あと100㍍ほど近付けばブレスも使わずに狩れる。
残り100㍍になってダッシュしようとした時に、『わらしか』が一斉に走り出した。
何故か、こっちに向かって走って来る。
どうやら、他の肉食獣が反対側から狙っていた様だ。
仕方が無いので、俺も飛び出してすれ違いざまに先頭を走っているオスの『わらしか』の首を不可視の爪で深さ5㌢だけ斬り裂いた。これで動脈が切れた筈だ。
すぐに反転して、倒れる寸前の『わらしか』を首を下にして抱き上げる。美味しい肉を確保する為に血抜きは大事だ。
そのままの体勢で、俺の狩りの邪魔をしたヤツを睨み付けた。
気配で感じていた通り、『わらかみ』が1頭だけ居た。
まだ子供だろう。小さい。大人の『わらかみ』の半分も無い。
子供の『わらかみ』が1頭だけで狩りをしても成功しないだろう。
その証拠に、骨が浮いているほどガリガリだった。
何故だろう。
ソイツが呆然としているのが分かった。
俺は逃げて行く『わらしか』の群れの最後尾を走っていたメスに向けて、ブレスを放った。
左の後ろ足に当たって、血が飛び散るのが見えた。
後は好きにすれば良いと伝える為に振り返ると、何故かソイツは俺をじっと見ながら伏せていた。
今度は俺が呆然としてしまった・・・・・
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