第77話 「52日目18時45分」
20180307公開
辺りは明暗に分かれていた。
5か所に造られた即席のかがり火が照らす頼り無い明るさの領域と、それ以外の闇の領域だ。
かがり火から50㍍も離れれば、何かが潜んでいても肉眼では分からないだろう。
まあ、俺の場合は気配察知能力が有るし夜目も利くので、もっと広範囲を探れるのだが。
当然だが、周囲に危険な気配は無い。
現在、『第4次召喚災害』に巻き込まれた民間人の『被災者』たちは、体育座りで待たされていた。
例外は子供たちだが、それでも親にしがみ付いた姿勢で待っていた。
みんな大人しく待っている。
こういった時に日本人の辛抱強さを実感するな。
きっと、海外だと、我先に群がって来るんだろうな。
そんな映像はニュースで嫌になる程見て来た。
その点、日本人は教育や国民性も有るのだろうが、災害慣れしている事も大きいのだろう。
彼らの視線の先に在るのは、山本氏が試作していた簡易レンガで組み立てられた3つの竈だ。
今回の遠征の目的が、初めての銅鉱床での採掘ということで、ベースキャンプ造りの為に資材を多目に持ち込んでいた事が思わぬ結果と言うか良い方向に出た。
『ヤマさん』たちが食べる量も賄う為に2つの竈を鉱床近くのベースキャンプに設置する予定だったが、念の為に予備としてもう1セット分持って来ていたからだ。
1.5倍の量を焼ける事はこういう場合は大きい。
その竈で焼かれているのは、お馴染みのトリケラハムスターの肉だった。相変わらず美味しそうな匂いが漂って来ている。
ちゃんとお昼を食べた俺でも、お腹の虫が鳴りそうだ。『召喚』直後で胃に何も入っていない『被災者』にとっては暴力的な威力の筈だ。
待つ時間が短ければ短い程、不平や不満は溜まらない。言い換えると、待たされれば待たされるほど、加速度的に不平不満が溜まる。
いくら辛抱強くても、人生最大の空腹の前には理性も吹き飛び易くなる。
今焼かれているトリケラハムスターは『イイノヒコ』たち黒ポメの狩人6人と俺が狩って来た。
トリケラハムスターは日没後は巣穴に引きこもる習性が有るので時間との勝負だったが、日没前の短時間で狩ったにしては25頭という数字は頑張った方だろう。
トリケラハムスターは1頭当たり2.5㌔の肉が取れる。全部捌いたから、お肉の合計は60㌔を越えていた。
表情には出さなかったが、トリケラハムスターを捌いている俺たちを食い入る様に見ていた『被災者』の様子が少し面白かった。
生き物を捌く光景なんて、日本人はあまり目にした経験は無い筈だ。
普通なら目を背ける筈だ。
だが、次々と捌かれて行く様を見ている全員が期待に目を輝かせていた。
本能が芽生えて来ているのだろう。
220人にも上る『被災者』と俺たち23人を合わせて243人だから、1人当たり250㌘くらいは配分出来る。『ヤマさん』たちは自分達で食糧を確保するからと言って辞退してくれた。『ヤマさん』たちらしいと言えばらしい気遣いだ。
そろそろ最初に焼き始めたお肉が焼き上がる頃だな。
『被災者』は自衛隊員と民間人を合わせて226人だった。
その内、殉職した自衛隊員が6人で220人が生き残った。
生き残った自衛隊員は109人で、残りの111人が民間人になる。
自衛隊員が軽装だった理由も分かった。
夏の夜の駐屯地を開放して、6時半から納涼大会をしている最中に『召喚』されたという話だった。
他の日ならもっと少ない『被災者』で済んだかもしれない。
巻き込まれた民間人にとってはとんでもなく不幸なタイミングだったと言える。
どうやら第一陣の肉が焼き上がった様だ。
山本氏、奥村将太君、沢田來未君の3人がそれぞれ任された竈から呼び込みを始めた。
子供連れの『被災者』から優先的に配り始める事になっている。
だが例外も有る。
子供連れで来ていても、自衛隊員の家族は後回しだ。
これは、自衛隊員が言い出したのではなく、民間人の『被災者』が言い出したのでもなく、自衛隊員の家族から言い出した事だ。
本当に頭が下がる思いだ。
東日本大震災についてのテレビ番組の特集で見たインタビューを思い出した。日曜の夜に放送された番組だった記憶が有る。
災害派遣された2人の自衛隊員のインタビューだった。
1人は震災後5日間、家族の安否が分からない中で任務に就いていたらしい。
ただの災害派遣では無い。未曽有の大災害の災害派遣だ。
震災後2日目からは、生存者の捜索と言いながら実質被災者の遺体を回収する任務だったのだろう。
小さな子供の遺体を回収する時の事を話す時には声を詰まらせていた。
自分自身の家族の捜索をしたかっただろう。
だが、インタビューを受けた隊員は不眠不休で任務に当たった。
1週間後、やっと会えた時にはお互いに抱き締めあったらしい。
当時を思い出して、声を詰まらせていたのが印象に残っている。
2人目は、10日間も家族の安否が不明だった隊員だった。
その隊員も、再会時の様子を話す時には涙を流していた。
俺には無理だ。
楓と水木の安否が不明なんて状況は想像したくないし、そうなった場合、仕事なんて出来る筈が無い。
今も周囲を警戒したり、ポメラニアンもどきの身体に早く慣れる様に身体を動かしている自衛隊員の中には、納涼大会に家族が来ていた者も居る筈だ。
自ら自衛隊員の家族だから後に回して欲しいと自己申告した『被災者』が20家族くらいは居たからだ。
家族も隊員本人も、それぞれを探す素振りを見せないが、本当は今すぐにでも逢いたい筈だ。
本当に頭が下がる思いだ。
そう言えば、ドラゴンもどきになった自衛隊員が居たな。
すっかり忘れていた。
さすがに250㌘ぐらいの肉では足りないだろう。
この辺りにはトリケラハムスター以外にも、小型のシカに似た種族が居た筈だ。
この時間なら移動をせずに休んでいるかもしれない。
山本氏に声を掛けて、夜の狩に出掛ける事にした。
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