第76話 「52日目17時39分」
20180301公開
「だいさんじしょうかんさいがいの、ひさいしゃは、いちめいもにほんに、もどってきていません」
『ざいぜん』司令の言葉の意味が一瞬掴めなかった。
片言だからという理由だけでは無い。
これまでに2回有った『召喚』災害では300人以上の『被災者』が帰還している。
100人に1人以上は帰還している計算だ。
もしかすれば、俺たちが遭遇した第3次『召喚』災害は2桁の規模だったのだろうか?
「ちなみに第3次『召喚』災害の『被災者』の数はどれ程だったのでしょう?」
「ひとよんごななめいでした」
「えーと、1,457人という事ですか? それで1人も帰還していないと?」
「はい」
俺や娘たちは、小百合に再び逢えるかも知れないという希望を持っている。
だが、他の『被災者』たちにその様な希望など無い。
帰還者が皆無という事実は、ある意味、俺たちが爆弾を抱えたのと同じだ。
誰もが、『自分は帰れるかもしれない』という希望をどこかに持っている筈だ。
微かな希望だが、それでも全く可能性が無い訳では無い。
それが打ち砕かれてしまう。
この事実を知って、冷静でいられる『被災者』は限られている。
佐藤先生を含めて、信頼出来る人間と1度相談するしかない。
「すみませんが、その事は少しだけ伏せておこうと思います。まあ、すぐにばれるでしょうけど。ご協力願えますか?」
「ええ、ごしんきょうは、おさっしします」
その時、俺の気配察知圏内に黒田氏の反応が現れた。
大急ぎでこちらに来てくれた様だ。
「話は変わりますが、自分達の仲間に空を飛べる人が居ます。こっちに向かって来ています」
『ざいぜん』司令の目が微かに動いた。
「もう到着します」
そう言って、俺が視線を向けた先を見た司令が、思わずという感じで言葉を発した。
「ほんとうにとんでいる・・・」
すぐに気を取り直したのか、周りに聞こえるほどの声を上げた。
「じょうくうのひこうたいはみかただ! ひきつづき、しゅういへのかんしをげんとなせ!」
やっと喋られる様になったばかりなのに、もうこれだけの声を出せるなんて、本当に凄い。
やはり、命令を出し慣れている人は違うな。
そして、その声を聞いて上空に目を向けた周辺の『被災者』から、感心した様な、驚いた様な声が上がった。
その事で、自分達が声を出せる様になった事に気付いたのだろう。
ざわざわとし始めた。
黒田氏は大勢の『被災者』が見つめる中、俺と司令の3㍍ほどの距離に着陸した。
着陸する前にまたまたざわめきが起こった。
まあ、鷹頭だし、インパクトは有るだろうな。
「紹介します。堺市消防局のレスキュー隊員の黒田さんです。現在は飛行能力を活かして、主に偵察をしてもらっています。黒田さん、こちらは自衛隊の信太山駐屯地の『ざいぜん』司令です」
『被災者』の耳も有るので、丁寧な言葉でそれぞれを紹介した。
黒田氏が先に敬礼をした。こっちに来てからした事が無かったのだが、身に付いているのか、見事な敬礼だった。
『ざいぜん』司令もすぐに敬礼した。
このやり取りを見ていた『被災者』の気配が変わった。
理由は、きっと、敬礼という『儀式』を通して『秩序』という不確かながらも安心感に繋がるものを見たのだろう。
手を降ろしたのは同時だった。
「『召喚』された者同士、力を合わせて行きましょう」
「ええ、そのとおりですね」
後で黒田氏に聞いたのだが、このやり取りには深い意味が有ったそうだ。
本来なら、先に『ざいぜん』司令が手を降ろして、それから黒田氏が手を降ろす筈だったらしい。
だが、『ざいぜん』司令が中々手を降ろさないので、『きっと、上下は無しで付き合いたいという事だろうな』と理解したので手を降ろしたそうだ。
思ったよりも長い間、敬礼をしていた気がしたのだが、そんな意味が有るとは敬礼も奥が深いんだなと感心した。
敬礼に比べ、言葉は短かった。
黒田氏がこっちを見て、話し掛けて来た。
「山本氏がこちらの状況を知りたがっていた。可能なら合流したいとの事だが、どうする?」
「こちらは動けないので、こっちに来て貰おう。『わらかみ』の残党の動きは?」
「上空から見た限り、北の方に向かっていた。数は20を切っていた。また、暴れたな?」
「それほどでも無いさ。疲れているところ悪いが、『しかのうら』と新堺に状況を知らせに行って貰っていいか? 受け入れ準備を整えておいて貰って欲しい」
「分かった」
「自分が低空から見たところ、200人くらいは居る筈だ」
「俺が見た感じでもそれくらいだったな」
黒田氏との会話が一瞬途切れる。
だが、目で会話の続きをした。
『しかのうら』も、新堺も、それだけの数の人間を受け入れる事は簡単ではない。
それでも受け入れるしかない。
その事の意思統一が終わった後の会話は短いものになった。
「どっちだ?」
「新堺で」
「伝えておく」
「ああ、頼む」
黒田氏の離陸時に、『被災者』からまたもやざわめきが起こったが、微量ながらもその声には明るさが含まれていた。
『召喚』という名の災害に突然巻き込まれた直後に、ライオンやトラ並みの大きさの肉食動物に襲われたのだ。
どう考えても絶望感しか感じられない。自分達が食べられる側の脆弱な立場と思っただろう。
その状況では希望など、どこにも見出せない。
だが、そんな中で、恐怖でしかなかった肉食動物を蹴散らして救いの手が差し伸べられたのだ。
気が付けば治療も始まり、飛行する『被災者』まで現れた。
少なくとも、孤立無援では無いと感じ始めている。
気配もそれを裏付けている。
「ひがいをふくめたぶたいのげんじょうはあく、および、みんかんじんのげんじょうはあくを、そうきゅうにしてくれ。それと、かんぶにあつまるようにつたえてくれ」
黒田氏と俺の会話から、危機を脱しつつあると判断したのだろう。『ざいぜん』司令が治療が終わって、近付いて来た自衛隊員に命令を与えていた。
命令を受けた自衛隊員が離れた後で、こちらに向き直った司令に訊ねた。
「我々の状況の説明を今しましょうか? それとも幹部たちが集まった後でしましょうか?」
「さきにきくことにします。じゅんしょくしたぶかのとむらいをどうするかをきめたいので」
「それなら、我々の集落、新堺と呼んでいますが、そちらまでお運びしましょう。我々も犠牲を払ったので、墓地が在りますので」
司令のポメラニアンに似た顔に、複雑な感情が現れた。
「そうしていただけるとたすかります」
幹部と呼ばれる三尉以上の階級の自衛隊員が集まるまでに、『ヤマさん』に修羅を運んで来て貰う事をお願いしておいた。
1度遠征隊の本隊が居る場所まで行って、また戻って来て貰う事になるが、必要な手間だ。
殉職した自衛隊員のご遺体を運ぶ為に必要な手間だった。
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