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第75話 「52日目17時34分」

20180228公開


 命に係わる程の負傷をした『被災者』の治療が一段落した。


 死亡した自衛隊員は6人だった。

 死因は全員が腹部を喰い破られた事による大量出血でのショック死だった。

 ゾウもどき謹製の特効薬が効かなかったというよりも、その力を使ってさえも無理だったという事だと思う。

 沢田來未さわだくみ君が行った治療から考えると、彼女はトリアージする意味も重要性も知っていると思う。彼女が手掛けたのは、全て命に係わる様な負傷を負った『被災者』たちだったからだ。

 沢田來未君が力不足だったという事でも無い。

 彼女は素人としては十分に頑張った。

 むしろ、初めて経験する修羅場とは思えない程に冷静に、自分の力を出し切ったと思う。

 この事はしっかりと本人に直接伝えた。


『君は自分の力を全て出し切った。すぐには割り切れないと思うが、それだけは言っておく』

『・・・・ はい』


 彼女は掠れた声で小さく答えてくれた。

 例え、それが必要最小限の言葉だったとしても、肯定寄りの返事をしてくれた事は大きな意味を持つ。

 

 

 重傷者のほとんども自衛隊員だった。

 武器を持たずに素手で『わらかみ』に立ち向かった事によって、発生した被害だ。

 『召喚』された直後で、周囲の状況を掴む前に『わらかみ』の群れに襲われた事で、最初は連携が取れなかった事が原因だろう。

 俺が駆け付ける頃には、負傷者を後方に運ぼうとしていたのだから、ほんの数分間で発生した被害だろう。

 声も出なかった事も不利だっただろう。

 もし、『召喚』直後から声が出ていれば、結果はもっと違っていたかもしれない。


 それでも、民間人に死んだ者が居なかったという点からも、絶望的な状況で彼らも最善を尽くしたと思う。

 軽傷者には民間人も混じっていた。

 ほとんどが手足の負傷の様だ。

 幸いと言って良いかどうか迷うが、手足を噛み切られた『被災者』は居ない様だ。

 裂傷ならば特効薬で治るし、後遺症もそれほど心配しなくてもいいだろう。


 最後の重傷者の治療を終えた頃には、『召喚』から30分近く経っていた。

 そろそろ片言でも会話が出来る様になっている筈だ。

 俺は今後の事も有るので、自衛隊の代表者と話し合いをする為に、治療現場を離れる事にした。

 立ち上がりながら、沢田君に声を掛けた。


「沢田君、もう一度言う。君は最善を尽くした」


 彼女は、俺の目を真っ直ぐ見詰めながら答えた。


「はい」

「自衛隊と打ち合わせに行って来る」

「はい。お気を付けて」


 取敢えず頷いておいたが、何に気を付けるのだろう?

 



「すみませんが、自衛隊の指揮官の方はどこですか? もしくは一番偉い人は?」


 俺が大きな声で問い掛けると、外周に居た1人の自衛隊員が振り向いた。

 歳ははっきりとは分からない。何となくだが、40歳後半から50歳前半くらいに見える。

 もっとも、こっちに来る前なら全然分からなかっただろうが、少しは慣れて来たせいである程度の推測は出来る様になっている。

 振り向いた人物も他の隊員と同じ様な姿だ。

 こうして改めて見ると、違和感が有る姿だ。

 何と言うか、最初に思い浮かぶのが”軽装”という言葉だ。

 ヘルメットでは無く迷彩柄のツバ付き帽子だし、銃も持っていない。

 災害派遣の時にテレビに映る自衛隊員よりも身に付けているモノが少ないと言う感じがする。

 そう言えば、戦争映画で見た兵隊は弾丸を入れるポーチみたいなのをいくつかベルトに吊っていた気がするが、それもない。

 変な言い方だが、『普段着の迷彩服』と言う感じに見える。

 両隣の自衛隊員の肩を叩いて、合図をしてからこちらに走って来てくれた。


「残念ながら、自衛隊員の6名が亡くなられました。残念です。もっと早く辿り着いていれば被害が少なくなっていたのですが。それと民間人は軽傷者は出ましたが、重傷者も死亡者も居ません」


 隊長と思われる自衛隊員は、首を振った後で、深々と頭を下げてくれた。

 

「頭を上げて下さい」


 ちょっと、照れてしまったので、少し早口で言葉を口にした。

 頭を上げてくれたが、目には感謝の気持ちがこもっていた。


「そろそろ、声が出る筈です。発音は片言になるでしょうけど」

「ん、あ、あー。ほんとうでうね。うむ、あいうえおかきくけこあいうえお、あぎょうがでないか?」


 かすれてはいるが、聞き取れない程ではない。


「多分、すぐに出る様になると思いますよ。それと、あらかじめ言っておきますが、先程まで襲って来ていたオオカミの様な生物は少なくともしばらくは襲って来ないでしょう。彼らは賢いですから、形勢が不利になったと理解した筈です」

「みみよりなぞうほうです。お、でた。さ、し、す、せ、そ。じこしょうかいがおくれました」


 そう言って、姿勢を正した後、今度は敬礼をしてくた。手を降ろしてから、言葉を継いだ。


「じぶんは、りくじょうじえいたい、しのだやまちゅうとんちの、ちゅうとんちしれいをはいめいしている、ざいぜんです。それと、しえんをいただき、まことにありがとうございます」


 『ざいぜん』司令はもう一度頭を下げた。


「いえ、当然の事をしたまでです。あ、自分も自己紹介が遅れました。6月に『召喚』された宮井隼人と言います。たまたま、近くに居たのが不幸中の幸いでした」


 俺の言葉を聞いた『ざいぜん』司令は目を見開いた。

 気になった俺は訊いてみた。


「何かご存じなんですか?」


 司令は一瞬目を閉じた後、意を決した様な表情を浮かべて答えてくれた。



「だいさんじしょうかんさいがいの、ひさいしゃは、いちめいもにほんに、もどってきていません」


 



お読み頂きありがとうございます。

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