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第74話 「52日目17時11分」

20180224公開


 俺は気配察知を使って、奥村将太おくむらしょうた君と沢田來未さわだくみ君の現在位置を確認して、彼らの所に向かった。

 2人は『ヤマさん』たちと一緒に居る様だ。

 2人とも気配察知から判断すると怪我はしていない。

 だが、5人の周りには数十人もの負傷者が居る事が分かる。重傷者が半分を占めていて、中には生命反応が消えつつある数人も含まれる。

 中には生命反応が反転して、持ち直す負傷者も居る事から、5人の周りは野戦病院と化しているのだろう。


 外周を固めていた自衛隊員は俺の姿を見ると、敬礼してあっさりと通してくれた。通りしなに今度は深々と最敬礼してくれたので、俺が上空から援護した姿を見た隊員なのだろう。

 もしかすると同僚を亡くしたばかりかもしれない彼に掛ける言葉は無かった。

 俺は黙って、目礼して彼の横を通るしかなかった。


 『被災者』はいくつかの反応に分かれていた。

 浴衣や私服の『被災者』は、ほとんどが呆然とした表情で座り込んでいる。

 家族連れなのだろう。小さな茶ポメを抱き締めて、数人で固まっている『被災者』がかなり居た。

 その内の1人と視線が合ったが、すぐに子供と思われる茶ポメに視線を戻して、安心させる様に背中を優しく叩いた。青いスカートを着ている事から女の子と思われる小さな茶ポメが、その母親と思われる茶ポメに更に強く抱き付いた。

 体育座りをしながら不安そうに視線をキョロキョロとさせている『被災者』も居る。

 中には、何も見たくない、聞きたくないとばかりに、顔を膝に当てて耳を塞いでいる『被災者』も居る。

 そういう『被災者』はほとんどが1人で居た。

 歩き回っている『被災者』も居た。

 多分だが、一緒に召喚されたかもしれない連れを探しているのだろう。

 予想もしていなかったが、『被災者』の中にはドラゴンもどきと猫もどきも居た。

 ドラゴンもどきが2人で、外周に居るので多分自衛隊員だろう。

 猫もどきは3人で、全員が内側に居るから民間人だと思う。


 子供と思われるか細い泣き声以外には彼ら『被災者』の声は聞こえない。

 まだ、喋れるところまで身体に順応しきれていないのだろう。

 

 俺は円陣の中央付近に居る奥村将太君と沢田來未君の所に向かって黙ったまま足を進めた。



「宮井さん! 水は?! 水筒に水は残っていますか!?」


 俺の姿を見付けた沢田來未君が珍しく大きな声で訊いて来た。


 彼女は、迷彩服の腹部が真っ赤に染まった自衛隊員の傍らでひざまずいていた。

 右手には磨製石器で造った箸を持っている。

 右手だけでなく左手も真っ赤に染まっていた。何人かの治療をした後なのだろう。

 その自衛隊員は『わらかみ』に噛まれたか爪で引き裂かれたのだろう。かなり出血していて、呼吸も荒い。

 気配察知でも危険な状態と分かる。


「半分くらいは残っているが」

「下さい!」


 俺から受け取った水筒を自分の太ももの間に挟んで固定させると、彼女は自衛隊員のベルトを躊躇なく外し、迷彩服とシャツをめくって傷口を露出させた。

 長さ20㌢くらいの傷口だ。出血のせいで分かり難いが、内臓にまで傷が達している様に見えた。

 來未君が隊員に向かって、優しい声で告げた。


「ちょっと痛いですけど、我慢して下さい。今からお薬を塗ります。すぐに楽になりますよ」


 声を掛けられた隊員の視線が來未君に向けられた。

 1度、まだたきをした後で、思ったよりもしっかりと頷いた。

 それを見た來未君が俺を見上げて声を掛けて来た。


「宮井さん、傷口を押さえたり拡げてたりして貰っていいですか?」

「分かった」


 俺は返事をしながら、彼女の向かい側に膝をついた。

 

「まずは水で傷口を洗い流して異物を除去します。その時は水が『中』に入らない様に閉じて下さい。次に体内に溜まった血を押し出す様に外に出してから、私の合図で傷口を拡げて下さい。私が『中』を確認後に薬を投入し終ったら、ちょっと緩めて内側だけをくっつける様にして貰って良いですか?」

「分かった。タイミングは任せる」


 來未君が俺に視線を向けて頷いた。

 視線を傷口に戻して、左手で持った水筒の蓋を口で引っ張って外した。

 俺を見て、頷いたので内臓に達する傷の部分を挟む様にして押さえた。

 その瞬間に彼女は水を使って傷口を洗い流した。

 地球上では微生物や細菌などが居る為に、煮沸消毒もしていない川から汲んだ只の飲料水を傷口に振り掛けるなどは有り得ない処置だ。有り得るとすれば、消毒用のアルコールが切れたなどの非常時くらいだろう。

 ポメラニアンもどきの免疫力が強いのか、それとも地球上と違って人体に有害な微生物や細菌が居ないのかは分からないが、少なくともポメラニアンもどきは傷を負っても化膿に苦しめられる事は無い。

 まあ、黒ポメも軽い傷を負うと傷口を水で洗うが、それは今したのと同じ様に単純に砂などの異物が体内に残らない様にする為だ。

 傷口の血と異物を洗い流した來未君が咥えたままの蓋を器用に一発で差し戻して、太ももに水筒を挟んで固定した。

 次に腰のベルトポーチから小さな筒を左手で取り出す。七味を入れる竹筒を思い出させるそれの蓋も口で開けた。

 そして、右手で持った箸を傷口の上に持って行き、俺を見て、すぐに視線を傷口に戻してから声を掛けた。

 

「お願いします」


 声に合わせて、グッと内臓を優しく挟む様にして腹腔内の血を外に出す。そしてすぐに傷口を拡げる。出血が若干有ったが、その瞬間に合わせて、來未君が中を覗き込んだ。

 残っていないと思うが、万が一にも牙なり爪なりの破片でも体内に残っていれば、下手すれば治療の効果が落ちてしまう。異物が残っていれば箸で摘まみ出す気なのだろう。

 問題が無かったのだろう。すぐに箸を筒に持ち替えてトントンという感じで筒を指で叩いて、白い粉を小さな塊の状態で傷口から覗いている傷付いた内臓に落した。分量としては耳かき1杯くらいだろう。

 グっというくぐもった声が聞こえているが、無視をする。

 すぐに傷口を拡げていた力を緩めて、腹腔を閉鎖する。その状態をキープしている間に來未君が今度は傷口の断裂面に薄く万遍なく粉を振り掛けた。

 斬り裂かれた筋肉層や皮膚を、元の状態になる様に注意しながら閉じる。

 このまま10数分間押さえておけば、多分大丈夫だろう。


 今頃、腹腔内では出血した血液さえも使って裂かれた内臓の修復が行われている筈だ。

 筋肉と肌も同様だ。切断面がくっつこうと細胞が活発に活動している筈だ。

 

 ゾウもどきのつのから作られる粉末は、人類が長い年月を掛けて造り上げて来た医療技術を上回る薬効が有った。



 俺は視線を上げて、5㍍離れた場所で、私服を着た『被災者』の腕に鼻先の両腕?を使って軟膏を塗ってくれている『ヤマさん』と目を合わせた。彼の助手は奥村将太君が務めていた。彼は來未君と違って特効薬の治療の研修を受けていない。

 まあ、いきなりゾウもどきに話し掛けられても怖がられるだけだから、彼が助手をしているのはある意味正解だろう。


 來未君が今使った特効薬は、『ヤマさん』から譲られたものだ。軟膏も譲って貰っている。

 彼らから特効薬を譲って貰う条件は知識だった。

 ゾウもどきは平原の覇者と言う事も有り、狩りにあまり時間を取られない。

 なおかつ長命種故に、思索に割く時間が他の種族に比べて圧倒的に長い。先祖がローマ帝国の出身という事も有るのか、旺盛な知識欲を持っていた。

 とはいえ新しい知識や考え方など、簡単には増えないし思い付かない。

 そんなところに、俺たちと出会った訳だ。

 彼らに請われるままに地球上の知識を教えたところ、見返りとして特効薬を譲ってくれる事になった。

 彼ら曰く、俺たちの知識が宝箱の様に感じられるそうだった。 



「ヤマさん、貴重な薬を使ってくれているのもそうだが、治療までしてくれて本当に有難う」


 俺は、わざと大きな声で『ヤマさん』にお礼を言った。

 周囲へ聞かせる為だ。

 元々、俺が想定していた最悪の事態は銅採掘遠征隊の半数が負傷するというものだった。

 それを基に、『しかのうら』と新堺から特効薬を持って来たが、それ以上の負傷者が出た場合は『ヤマさん』たちに追加で貸して貰うという腹積もりだった。

 だが、現実は俺の想定を軽く数倍上回っている。

 もし、『ヤマさん』たちが出し渋ったならば、どうなっていたか? は考えたくも無い。

 

 

「よい、よい。こわ『たすけあい』なえば』


 『ヤマさん』が独特の低音で答えた。

 合唱部所属の女子高生が、彼の低い声は「オクタヴィスト」と言う声域では無いかと言っていた。

 日本では滅多に聞けない歌声らしい(ロシア楽曲とかでしか使われない帯域らしい)。

 その独特の低い声を聞いた、近くに居た『被災者』が首を一斉に傾げた。

 どうやら、これまでは來未君や奥村君が話をしていたのだろう。

 まさか、ゾウの様な種族が日本語を喋ると思っていなかったという事だ。


「それでも、本当に助かった。また今度、お礼をさせて欲しい」

「そわいと『たのしみ』さぶらく」


 『たのしみ』という日本語を今度こそ聴き取った『被災者』が『ヤマさん』を驚いた眼で見た。





 最終的に死亡した、いや、死亡したのは全員が自衛隊員だから、殉職した『被災者』は6人だった・・・

 

  

お読み頂きありがとうございます。

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