第73話 「52日目17時06分」
20180221公開
1番近い『被災者』は、100㍍先で迷彩服の下半身を赤く染めている自衛隊員1人と、近付いて来た『わらかみ』を牽制している1人と、負傷している同僚を引きずっている自衛隊員1人の3人だ。
引きずられている隊員は意識が無いのか、顎が胸元にくっつく程にうな垂れている。
俺の気配察知では生命反応がほとんど無い。
くそ!
行き過ぎた自責の意識は有害と分かっていても、『もっと上手くやれたのではないか?』という気持ちになる。
きっと、こればっかりは慣れる事は無いのかもしれない。
彼らを見て、違和感を感じたが、しばらくして理由が分かった。
ヘルメットを被っていない。
迷彩柄のツバ付きの帽子を3人とも被っている。『ポメラニアンの顔と茶色い毛に似合わないな』と、どうでも良い考えが脳裏を過る。
しかし、間近に迫ったにも拘らず、『召喚』時の状況がますます謎だ。
どうすれば1番マシな結果を得られる?
このまま突っ込んで行くか? その場合は肉弾戦になる。
それでも猫もどきの戦闘力なら、間に合えば2人を救う結果を得られるだろう。それだけの力は持っている。不可視の爪が届く範囲なら『わらかみ』にとってはとんでもない脅威となるのは確実だ。正直なところ瞬殺も可能だ。
問題は、足を止めれば、彼らの奥に見える『被災者』たちへの救援が遅れる事だ。
3人に近寄る『わらかみ』にブレスを放つか?
これならすぐに出来る。
だが、下手すれば貫通したブレスが流れ弾になって、奥に居る他の『被災者』に当たる恐れが有る為に無理だ。
貫通を避ける為に収束率を下げても、『わらかみ』の身体に命中する投射面以外がどっちにしろ流れ弾になる。
それとも、何か別の、もっと、良い方法が無いか?
残り50㍍まで近付いた時に天啓が降りて来た。
それに従って、右足で地面を蹴った。
一瞬で身体が3㍍の高さまで浮かぶ。
更に慣性を弄って、高度を稼ぐ。
ジャンプしてから1秒後には高度は10㍍まで上がっていた。
この高度まで上がると、地上の状況はまさしく眼下となる。
そう、ブレスを地上に向かって撃ち下ろせる訳だ。
射線の確保が簡単になる。
しかも流れ弾の心配も無くなる。外れても地面を抉るだけだ。
まずは、3人組の自衛隊員に1番近い『わらかみ』にブレスを放った。
両者の距離は1㍍も無い。一刻の猶予も無い。
頭に急角度でブレスを浴びた『わらかみ』の頭部が破裂した。
身体だけが勢いを保って転がって行くが、俺の目はそれを無視して、後続の2頭を捉えていた。
2頭を撃ち抜くと同時に、目の焦点を意識的に拡散させた。
今、俺の身体は踏み切る前の速度そのままに1秒間で25㍍は移動している。
いちいち丁寧に照準していると、あっという間に通り過ぎてしまう。
外れても牽制になると割り切って、数を撃つ事に専念するしかない。
高度も上げた方が良いだろう。その方が状況を掴み易いし、相対的な速度が低くなるし、射線も取り易くなる。
進路も出来るだけ、『わらかみ』の群れの上空を飛ぶ様にする必要が有る。
3人の自衛隊員の真上を通り過ぎる時には、高度は20㍍まで上がっていた。
襲撃の現場上空を半円を描く様にジグザグに機動しながら端まで跳び終る頃には、高度は10㍍にまで下がっていた。
慣性を弄る事とブレスを放つ事を交互にしながら2㌔くらいを跳んだせいで、頭痛と倦怠感が襲って来ている。
もう一度空中を縦断するのはさすがにきつい。
地上戦に移行せざるを得ない。
まあ、空爆? 空襲? で少なくとも20頭は倒した筈だ。
それ以上に、幅100㍍くらいの空白地帯を1本作れた成果が大きい。
その成果を有効活用すべく、途中からは、あちこちで円陣を組んでいた『被災者』が空白地帯を走って、合流を始めていた。
俺が地上に降りる前に見た感じだと、1つに集まって、直径20㍍から30㍍の楕円形の防御ラインを組み上げるところまでは成功していたみたいだ。
防御ラインと言っても、自衛隊員が自らの肉体を使った壁だ。
その壁の中に、浴衣を着ていたり、私服を着ている『被災者』たちを収容していた。
負傷を負った自衛隊員まで収容出来たかは分からない。
分からないと言えば、途中から『イイノヒコ』たち黒ポメが南の方面で参戦していたみたいだが、どうなったのだろう?
『しかのうら』のトップクラスの狩人の6人だから、同数程度なら狼もどきに後れを取る事は無い筈だ。
更に奥村将太君と沢田來未君の2人が加われば、余程の数でない限りは問題無い筈だ。
奥村君も沢田君も何度か『わらかみ』相手に実戦をこなしているし、俺が見たところ、攻撃は大したことは無いが防御力はむしろ『イイノヒコ』よりも上と評価している。
地上に半ば落ちる様に着陸した俺に向かって、3頭の『わらかみ』が接近して来るのが気配察知で分かった。
ここに来るまでに15秒位の余裕が有るだろう。
麻で編んだベルトの腰の辺りに括りつけた木製の水筒から水を飲むくらいは出来そうだ。
飲み口に差している密封用の木片を引っ張って外す。
温いけど、喉が渇いているので水が美味しい。
頭痛も少しマシになった気がする。
深呼吸を2回して、息を整え終えた頃には、50㍍まで接近されていた。
さあて、第3ラウンドと行こうか・・・
賢い『わらかみ』の事だから、そろそろ逃げに移る筈だ。
俺はそれをほんの少し後押しするだけだ。
その為に、片っ端から駆逐する為の第3ラウンドだ。
俺が『被災者』の集団に辿り着いた頃には、『ヤマさん』たちによる治療が始まっていた。
『ヤマさん』たちゾウもどきの額に生えている長さ60㌢くらいの角は十数年に1度、角の最外層が剥がれるという事だった。
似た現象は猫の爪だろうか?
数日掛けて剥がれるそうだ。
その剥がれた古い角の最外層を粉末にするか軟膏にした薬は、こちらの世界の生物にとっては外傷を直す特効薬になるらしい(粉末の方が薬効は高いが変質が速く、軟膏は薬効が落ちるが変質が遅いらしい)。
地球上で唯一生存している、あの有名な『ユニコーン』の角と似た成分なのだろうと思うが、確証は無い。
調べたくとも、こちらには『SPring-8』は無い。
少なくとも、薬効に関しては黒ポメたちが手放しで求める程だから確かなのだろう。
剥がれた角の最外層を素に造った薬を使って、『ヤマさん』たちは『しかのうら』の産物を物々交換で手に入れて来たと、この遠征前に聞いた。
『ヤマさん』たちの周りは、野戦病院の様相を呈していた・・・・・
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