第72話 「52日目17時05分」
20180216公開
『宮井さん、地球上で一番足が速い生き物って知っています?』
『確かチーターだったと思うけど? 芸人のピー○ーの速さは知らないけど』
俺は照れ隠しの為に、あまり上等とは言えない冗談を交えて答えた。
俺の下らない冗談交じりの答えに一瞬だけ苦笑を浮かべた山本氏だったが、すぐに言葉を返して来た。
『そう、チーターです。最高速度は時速120㌔に達し、5秒で時速100㌔に達するという、まさに走る為に生まれて来た様な動物です。ところで、2本足で走る1番速い動物は知っていますか?』
『ダチョウかな? テレビで見たけど車並みの速さだったな。押すなよ?』
『押しませんよ。ちなみに答えはカンガルーですよ。まあ、走るというより跳ぶという感じですが、時速70㌔くらいだった筈。まあ、ダチョウもほとんど同じくらいで走りますけどね』
『100㍍走の世界記録って、9秒台だったっけ?』
『9秒58ですよ。計算上時速37㌔から38㌔です』
『スマン』
『分かればよろしい』
高校生たちの身体強化能力の訓練の成果を実感する為に、実際に数値化してみようということで、100㍍走のタイムを測った時の会話だった。
コースはわざわざ水平な場所を探して草むしりをして作った。
メジャーが無いので、有田琴音ちゃんの筆箱の中に入っていた15㌢サイズのプラスチック製定規を使って、まずは1㍍の木の板を作り、それを使って100㍍のコースを造った。
大活躍している琴音ちゃんの定規は、後々『神器』入りする事は確実だろう。
『科学的に予測される人類の限界が9秒3くらいです。それでも時速40㌔まで行きません』
ここで山本氏が呆れたという表情を浮かべた。
『どうやったら、100㍍を4秒ちょっとで走れるんですか? 時速90㌔近いじゃないですか?』
高校生たちの最速タイムは8,2秒だった。それでも人類最速のボルト選手よりも遥かに速い。
地面が草を抜いただけの赤土という条件も考えると、身体強化能力の凄さが分かる。
1番遅い女の子でさえも、11秒を切っていた。
『ああ、ネタでやっているんだろう?』 と思うくらい「おんなのこ走り」の子でさえだ。
高校生たちは自分が出したタイムに大喜びしながらも困惑もしていた。
そりゃあ、空気が壁の様に感じる速さを自分の足だけで叩き出したんだから困惑するのも分かる。スクーターで走った時の空気抵抗をもろに自分の身体で受けるんだ。『人としての限界』を越えた実感を味わった筈だ。
『ちょっとズルをしたんだ。拳から目に見えない爪を出せる事は前にも言っただろ? あれをスパイク代わりに脚から出してみた。初めて試したけど、思ったより効果が有ったな』
『な?!? 何でも有りですか、猫獣人種は・・・』
俺は未だに「猫もどき」とか「ポメラニアンもどき」と言っているが、高校生たちが来てから種族名を似ている地球の動物を獣人と組み合わせて呼ぶ事が主流になった。
まあ、ドラゴンもどきは架空の存在だし、余りにヒト型からかけ離れているのでドラゴンと呼んでいる。
で、これ以上言ったら、山本氏から更に呆れられるから言わないが、やろうと思えばまだ速く走れる気がしていた。
スパイク代わりの爪の形状や長さを最適化するだけでかなり速くなる気がしていたからだ。
今、俺はスパイクとして最適化した爪の恩恵も受けて、時速90㌔を軽く超える速度で走っている。
秒速で26㍍といったところか?
これ以上はさすがに草の抵抗で無理だ。
当然だが、俺の速度に付いてこれる者は居ない。
黒ポメのトップクラスの身体能力を持つ『イイノヒコ』たちでさえ、遥か彼方の後方だ。
奥村将太君と沢田來未君の2人が更に遅れて、更にその後方に『ヤマさん』、『イワさん』、『カワさん』の3人が走っている。
本当ならば、戦力の分散を避けた方が良いのは分かっている。
だが、事は一刻を争う。
視界に、逃げ惑う『被災者』の姿が入って来ているのが証拠だ。
残念ながら、間に合わなかった様だった。
焦る気持ちを無理やりに抑えつつ、状況を把握する事に集中する。
逃げ惑っている『被災者』が混乱から脱しつつある事に気付いた。
何か、緑色の服を着た『被災者』が組織立って動いている?
今も数人掛かりで1頭の『わらかみ』を抑え込んだ。
とはいえ、身体強化された『わらかみ』を抑え込めずに全員が振り切られて跳ね飛ばされた。
浴衣? 逃げている集団は浴衣を着た『被災者』が目立つ。
それと、跳ね飛ばされた数人が着ているのは迷彩服か? 自衛隊が『召喚』に巻き込まれたのか?
でも、銃とか兵器を使っている様には見えない。素手で立ち向かっている?
どういうシュチエーションで『召喚』されたのか全く分からない。
一番手前の集団の奥にも、同じ様な状況になっている『被災者』たちが見える。
かなりの人数が巻き込まれて、かなり狭い場所に出現した様だ。
残り500㍍を切った辺りで、回り込んで別の角度から襲いかかろうとしている『わらかみ』の群れを発見した。5頭ほどが頭を低くしながら俺から見て左から右に移動している。
誰も気付いていない。
この速度なら20秒も掛からずに辿りつけるが、それだけの時間が有れば、無防備な『被災者』の後方から飛び掛かられてしまう。
一か八かやるか? 今なら風下のおかげで匂いも届いていない。その証拠に、こちらを1度も見ていない。奇襲が可能だ。それに、猫もどきが来たと知ったら、逃げだす可能性も有る。
射程距離としては限界に近いが、それなりの威力は残るだろう。
躊躇は一瞬だった。射線上に『被災者』が居ないならやるべきだ。左右にブレ無い様にすれば良い。
上半身のブレを極力軽減させて、通常より絞った3㌢くらいの直径で、速度と威力を上げたブレスを3発連続で放った。
その為に、走る速度が若干落ちたが、牽制になればお釣りが来る。
ブレスの1発目は『わらかみ』の群れの頭上を通過した。
2発目は手前の地面に突き刺さって、派手に草を跳ね飛ばした。
そして最後の1発が真ん中に居た『わらかみ』の身体に穴を開けて、内臓をぶちまけた。
思いも掛けぬ奇襲を受けて、その場で硬直した残り4頭に更に3発のブレスを放つ。
残り450㍍。
3発とも『わらかみ』の手前に着弾したが、そのせいで俺の存在に気付いたのだろう。一斉にこっちを見た。
残り400㍍。
残念ながら、俺の姿を見ても逃げ出さなかった。
むしろ、こっちに向かって走り出した。『わらかみ』は賢い筈なのに、彼我の戦力差を無視しているのか? 分からん。
まあ、その分、『被災者』の被害が減るから構わない。
まだ射線は確保出来る。正対しているせいで投射面積は減っているが、却って照準はし易くなった。
今度は2発のブレスを放った。
1発は外れたが、右端を走っていた『わらかみ』の右肩に1発が命中して脱落した。
残り3頭。
残り350㍍。
いきなり、『わらかみ』が散開した。
ヤツラにとっては謎の攻撃としか言えないブレスを避ける為なのか、それともそのまま逃走に入るのかは分からないが、横っ面を晒す事には変わりない。
右端の『わらかみ』に2発のブレスを放つ。
2発とも命中して吹き飛んだが、残った2頭は『被災者』と重なるので攻撃は出来ない。
まあ、回り込まれて後ろから追撃を受ける可能性は残るが、俺の方が若干だが速い気がするのでここは無視を選択する。
残り300㍍。
それよりも 完全に乱戦模様になっているせいで、ブレスはこれ以上は使えそうにない。
状況を見定める方がより有利なポジションに付ける筈だ。
ブレスを放つ為に開けていた口を閉じて、状況を観察した。
状況は悪化していた。
ここから見ても十数人の自衛官が戦線を離脱している。
介抱されていたり、倒れている自衛官全ての緑色の迷彩服に、赤い塗料が新たに塗られていた・・・
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