第68話 「7日目9時10分」
20180206公開
「あ、ゆあちゃんのお父さんが帰ってきた!」
そう言って、楓が西の方角を指差した。
水木と沙倶羅ちゃんと一緒にその方向を見る。
確かに鳥らしき影が、晴れた空に浮かんでいる。
鳥と違うのは、余り羽ばたきをしない点だ。そういえば、佐藤先生も余り羽ばたきをしていなかった。
こっちの飛行能力のある種族には翼が生み出す揚力よりも、能力による推進力の方が重要な様だ。
翼は進行方向の調整や姿勢制御に使う様な感じと2人とも言っていたから、確実だろう。
ちなみに、俺も短時間なら空中に留まれるが、空を飛ぶという感じでは無い。
あくまでも慣性を強引に弄れるだけで、一定時間しか空中に浮かべない。
だから、ジャンプの延長みたいなものだ。
どうしても飛びたければ、落ちそうになる度に新たに慣性を弄って推進力を発生させなければならない。
傍から見たら、ドタバタとして優雅さの欠片も無い飛行にしか見えないだろう。
まあ、10㍍以下とは言え立体的な機動を道具も無しで可能にするのだから、かなりのチート能力と言える。
数㍍級の巨人相手なら、立体的な機動を可能にするアンカー付きワイヤー発射機能搭載装置も無しで戦えそうだ。クマもどき相手に無傷で戦えた理由の1つでもある。
黒田氏が早足くらいの速度で徐々に降下し来て、20㍍先で着陸態勢に入った。
どうでもいいが、胸の前に抱える様にしている赤いランドセルが死ぬほど似合わない。
きっと男の子用の黒いランドセルだったら、『降下兵!』という感じでカッコ良かったのだろうが、現実は残酷だ。赤いランドセルと鷹頭がどうしても不似合だ。
黒田氏の降下は姿勢制御も安定しているので、佐藤先生の時の様にハラハラせずに済むな。
高度が1㍍を切ったところで推進力の発生を切った。
ストンという感じで着地すると、数歩使って慣性を完全に打ち消した。
「お疲れ様」
そう言って、水の入った黒ポメから貰った湯呑を渡した。
「悪いな」
黒田氏は一息で水を飲むと、ランドセルを外して、中から学習ノートを取り出した。
黄色い花の写真がプリントされた緑色の表紙のノートだ。
有田琴音ちゃんが使っていた、B5サイズの5㍉方眼罫が入った学習帳だ。
几帳面な性格が出ている字で埋まったページを飛ばし、白紙の部分を開いたところで声を掛けた。
「まあ、座って書いた方がいいと思うぞ」
「あ、そうだな。忘れる前に書かなきゃと焦ってしまった」
鷹頭を苦笑させて(本当に慣れて来たものだ)、そのまま腰を下ろして胡坐を組んだ。
黒田氏はランドセルから筆箱を取り出し、中からシャーペンを手にした。
ノック部分が可愛らしいピンクのペンギンになっている。
うん、鷹頭の黒田氏に似合わない。
「川沿いに飛んだが、だいたい20㌔は進んだ筈だ。高度は100㍍を超えた辺りだ。だから40㌔くらいは見渡せた事になる」
そう言って、黒田氏はページの真ん中に黒点を書いた。
「東側の森はかなり広いな。見渡す限り森が拡がっていた。東の北寄りと南東方向に山が見えた。森は麓くらいまでは拡がっている感じだ。何となくだが、富士山と山麓の樹海という感じだな」
ページの右側1/4くらいに縦の線を書き、その線より右側に斜めの線を何本も引いた。
そしてページの右端に三角形を2つ描き込んだ。
その後で、境界線のすぐ近くに四角い枠を入れた。
「これが俺たちの根拠地だ。川がこういう感じで流れている」
森から下向きに線を引いて四角の枠を越えてしばらくすると左向きに線の向きを変えた。
そのまま線を多少は屈曲させて左に伸ばしながら、左端の手前で下向きに進路を変えた。
「西側に山脈が南北に連なっていて、山脈の様な感じだ」
ページの左端に縦の線を描いて、その線の周りを斜め線で上から下まで囲う。
「こちらには樹海は無い。ただ、山脈方向から1本の川が流れていて、それがここで合流している。その合流している周りには森が拡がっている」
そう言って、左側から線を引き、さっき描いた川を表す線と南向きに合流させた。
その周りにかなり大き目の歪な円を描き、斜め線で塗りつぶした。
「この森は大きいが、東側の森と違う木が生えていると思う。色が全く違って、薄い緑色という感じだ」
そして、ちょっと思い出す時間を取った後で、再び地図の描写に戻った。
「この辺に山が在る」
先程描いた森から右側の少し離れた所に三角形を追加した。
「山と言っても東側と西側に比べれば、低いな。二上山の2倍と言った所だから1000㍍くらいか? こちらは麓にも森が無い。おおまかな地形はこんなところだ。後は基本的に平原が拡がっている。ところどころに大小幾つもの森が点在しているが、東の森とも西の川の合流点とも違う色をしているので、また別の木が生えていると思う。ちなみに、この前行った『しかのうら』の近くの森は西の森と同じ色に見えた」
黒田氏はそう言って、また記憶を探る為に口を閉じたが、すぐに思い出したのか、またノートに円を描いた。
ページの上の方の真ん中よりやや左寄りだった。
「『しかのうら』の栄えていた方の集落が在ったと思われる森はここだ。目印になる森と一緒になった湖が在ったから間違いないだろう」
南北に関しては不明だが、東西に関しては山に挟まれた平原と言う事が分かった。
「今日はもう一度飛んで、点在する森の位置を特定する事にする」
「平原に住んでそうな種族は見なかったか?」
「川沿いに3つの村レベルの集落を見たな。ここと、ここと、ここだ。『しかのうら』よりも遥かに小さいな」
この地はかなり人口密度が低い様だった。
それよりも、重要な事が分かった。
これまでの2回の『召喚』に巻き込まれた被災者が知らなかった平原だという事実だ。
下手すれば、前の2回とは違う大陸に『召喚』された可能性も有り得る。
もしもそうならば、俺たち家族にとって最悪の事態だ。
ゴブリンとの接触に怯えなくても良い代わりに、小百合との再会が一気に難しくなる。
思わず、楓と水木の方を見た。
2人は進路を南に変えたゾウもどきの集団に手を振っていた。
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