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第66話 「7日目7時35分」-6月19日 月曜日-

20180120公開



「いいですか、黒田さん。絶対に無理だけはしないで下さいね。情報は確かに大事ですが、黒田さんが無事に帰ってくる方がもっと重要なんですからね」


 山本氏けんじゃが黒田氏に向かって、出発前の念押しをしていた。

 これから黒田氏は俺たちが『召喚』された平原の初めての本格的な調査に向かうのだ。



 3日前に黒ポメの集落『しかのうら』から帰って来てから、俺たちの集落には大きな変化が起きていた。

 なんと言っても、高校生20人の合流が活気をもたらした。 

 若い人間による影響と言うのは、やはり大きなものが有ると改めて考えさせられた。

 いや、女子高生のパワーと言うべきか?

 沢田來未さわだくみ君を筆頭として、かえで水木みずきに群がった女子生徒たちが空気を華やいだものにした。

 それは、他の小学生たちにも向けられた。

 とにかく、可愛い、可愛いと言いまくったのだ。

 もしかしたら、あらかじめ取り決めてあったのかもしれない。

 だが、もしそうだったとしても、表情を見る限り、演技よりも本心の方が大きかった気がする。


 合流後に最初に行った事は、まだバッテリーが残っているスマホとケイタイ全てでの集合写真の撮影だった。

 こうしておけば、誰かが『帰還』させられた時に残された者の情報が映像として日本に伝わる可能性が出て来る。

 最後まで日本に還れなかった『被災者』の家族にとっては、辛くとも必要な『便り』となる。


 高校生と支援の為に来てくれた黒ポメたちの簡単な歓迎会の後、『しかのうら』の援助で建てられる住居についての話し合いが行われた。

 それにより、住居を建てる場所や縄張りが決まった。

 完成すれば、9畳くらいの部屋5つに分けられた集合住宅が5棟と、22畳くらいの部屋2つに分けられた1棟が建つ予定だ。

 完成までの繋ぎとして仮設テントがその日のうちに建てられている。

 沙倶羅さくらちゃんと有希ゆき君の2人のドラゴンもどきにも、それぞれのテントが割り当てられた事はありがたかった。

 2人には狩りや運搬作業などで、へたな大人よりも働いてもらっているからな。



 飛行前の最後の服装点検を受けている黒田氏は、黒ポメの貫頭衣を飛行用に急遽改良した服装だ。

 俺たちが普段着ている貫頭衣との違いは、背中に翼を出す為の切れ込みが入っている事と、帯に加えてベルトとボタンを使って衣服を締めている事だ。パッと見た感じはベルトが目立つ。

 黒ポメの貫頭衣のままでは、帯だけで締める事と、ゆったりとした造り故にはだけたり邪魔になったりするので飛行に適さなかったので、泥縄式に即製のベルトを追加した。

 佐藤先生に着て貰った俺のカッターシャツは、残念ながらサイズが合わなかった。

 俺もそれなりに鍛えていたが、さすがに現役のレスキュー隊員の黒田氏には負ける。

 無理に着たら破けそうだったのですぐに諦めた。


 服装に関しては、地球から着て来たスーツや学生服を参考にした新しいスタイルを開発する事も予定しているが完成までには時間が掛かると思う。


 

「ポメラニアンもどきが居る場所では、高度は50㍍以上をキープして下さい。いいですね?」

「ああ、分かっている。俺も槍で落とされたくないからな」


 服装の点検が終わったので、山本氏けんじゃから黒田氏に赤いランドルセルが渡された。

 有田琴音ありたことねちゃんと一緒に『召喚』に巻き込まれたランドセルだ。

 それを身体の前に抱える格好で装着する。

 中にはノート1冊と筆箱、水筒と非常食代わりとして葉っぱで包んだトリケラハムスターの肉が入ってる。

 黒田氏の表情には若干の緊張感が混じっている気がする。

 まあ、鷹頭だけに、分かり難いのだが・・・

 黒田氏が緊張するのも分かる。

 第一、まともに飛べる様になったのが昨日の夕方前だ。日没までになんとか高度を上げても危なげないレベルにはなったが、それでも初心者マークが取れた訳では無い。

 ただ、感心したのは、バランス感覚の確かさだ。

 レスキュー隊員の訓練風景をテレビで見たが、綱渡りとかで平衡感覚が鍛えられているのだろう。


 それと、黒田氏がテント張りや槍造りなどの雑務から解放されて、飛行偵察ユニットとして活躍してくれる様になる事は、安全確保の上では大きな一歩だ。

 なんせ、上空から見渡せる距離と地上から見渡せる距離は全く違う。50㍍上空でさえ25㌔以上見渡せる筈だ。上空に上がれば上がる程見通せる距離が延びる。

 黒ポメたちが作った事が無い地図を作成するだけでもこの平原の地理の把握に役立つし、定期的に上空から偵察をする事で、異変が発生しても把握するまでに掛かる時間がかなり短縮される筈だ。

 黒田氏には毎日飛んで貰う事を了承してもらっているが、無理しない程度に抑える事にしよう。



「黒田さん、山本さんの言う通り無理は禁物だ。分かっていると思うが、黒田さんが居なくては俺たちの安全は確保出来ない」

「分かっている。後でまた会おう」

「ああ、エアーズロックで会おう」



 遠くからでも視認出来るエアーズロックは目印に最適だ。

 だから今回の偵察はそこをベースキャンプにする予定だった。

 黒田氏が飛んで行った後、俺は楓と水木と沙倶羅ちゃんと一緒に陸路でエアーズロックもどきに向かった。

 エアーズロックもどきまでの道中をゆっくりと進む。娘たちと一緒に過ごす時間を長くしたいというのは親として当然だ。

 一応、トリケラハムスターの生息数の観測という名目をでっち上げているので、公私混同はしていない筈だ。していないよな?



「お父ちゃん、見て見て!」


 そう言って、楓がブレスを放った。

 直径5㌢の素直なブレスだった。威力もなかなかなものだ。

 こっちを見て、褒めて欲しそうな顔をしたので、当然の様に褒めた。


「楓らしい、素直なブレスだ。さすが楓だな」


 楓は褒められたらその分伸びる子だ。でも褒め過ぎるとどこぞの天狗ばりに鼻が伸びるので注意も必要で匙加減が難しい。

 その辺は妻の小百合の方が上手だった。

 褒める時は褒めて、叱る時はしっかりと叱っていた。


「じゃあ、次はわたしね」


 水木もブレスを放った。

 威力は楓の方が上だったが、水木は器用な事にパルス状に威力を変えた。


「すごいじゃないか!」


 水木が笑顔でこっちを見た。


「のう有るタカはツメをかくす、だよ!」


 水木がドヤ顔をしながら、言い放った。 



 だから、どこでそんな言葉を覚えて来るんだ?

 微妙に使い方を間違っているし・・・




お読み頂きありがとうございます。

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