第57話 「3日目6時15分」-6月15日 木曜日-
20171006公開
昨日と同じ様に早朝から朝食用のトリケラハムスターを狩りに出掛けた俺だが、戻って来た河原の拠点の様相は昨日とは違っていた。
昨日1日掛けて森から救い出した21人が加わって、賑やかになっていた。
もちろん、親を亡くした4人の子供たちの表情にはさすがに少し陰が有るが・・・
偶然なのだが、親と一緒に生き延びた子供の人数と、授業参観に親が来なかった子供と親を亡くした子供を合計した数は同じ14人ずつだった。
この事がどの様な影響を及ぼすかは分からない。
下手をすれば、この場に親が居ない子供たち14人が精神的に不安定になってもおかしくない。
そうなれば、共同生活に大きな影響が出るのは必至だ。
だが、佐藤先生のフォローのおかげも有るのだろうが、その子供たちの表情は暗いながらも極度に落ち込んだ様子は無い。ぎこちないながらも笑顔を偶に見せている。
よく見れば、父兄たちも親が居ない子供たちに声を掛けたりして、疎外感を持たない様に気を使っている様だ。
まあ、若干、2人ほどそういう心配りが出来ていない母親が居るのも事実だが・・・
「お父ちゃん、今日も連れて行ってくれなかった! ぶぅー!」
「さすが、やれば出来る子のお父ーちゃん」
昨日と同じ様に出迎えてくれた楓と水木が、俺が狩って来た7匹のトリケラハムスターを受け取りながら言って来た。
楓、小学3年生になったんだから、『ぶぅー!』はさすがにマズいだろ?
せめて、『もぅ!』くらいにしろ。仕方が無いので頭を撫でて上げよう。
それと水木、『やれば出来る子』という言葉が気に入った様だが、お父ちゃんは『いつも出来る子』だ。
どうでもいいけど、これくらいの年頃の子供って急に語彙が増えるけど、どこで仕入れて来るんだろう?
「すみません、今日も甘えてしまって」
帰って来た俺に気付いた山本氏もやって来て、頭を下げてお礼を言ってくれた。
作家先生と言うのは、もっと、こう、自己中心的なイメージが有ったのだが、山本氏は周囲に気配りが出来る人だ。多分、社会人を経験した事が影響しているのだろう。
昨日の晩、作家になった経緯を聞いたが、間接的な原因はリストラに遭った事だった。
海外展開に失敗して経営難に陥った当時の勤め先が、大規模なリストラを実施した際に巻き込まれたそうだ。
本人曰く、『真面目で営業成績は安定しているけどパッとしない』山本氏はリストに入ってしまった。
陽太君が小学校に上がった直後だった。
陽太君の為にも次の就職先を必死に探したが、就活というのはいつも忙しいという訳では無い。俺も経験が有るが、どうしても空く時間がある。
そんな空き時間は気分転換で小説を読んでいたそうだ。
元々読書が好きで、それまでは出版されているメジャーなレーベルを買っていたが(海外のSFが好きだそうだ)、無職では無駄使いは出来ない。
そんな山本氏が目を付けたのは無料で読める小説投稿サイトだった。なんせ家計に優しい。タダで読みたい放題だからだ。
そして、ある時、なんとなく自分でも書いてみたくなったので、流行のジャンルを書き始めたそうだ。
ある程度纏まったので、お馴染みとなった投稿サイトに公開した小説が、あれよあれよいう間に人気が出て、投稿しだしてから3カ月目には書籍化のオファーが来たそうだ。
本人の弁では、大ヒットはしていないが今もそれなりの固定ファンが居るからしばらくは作家としては安泰なポジションらしい。
しかも、出版社からもう1本別の作品を書かないかというオファーも来ていて、今回の授業参観はそのヒントを得る為に参加したらしい。
俺のよく知らない世界だが、山本氏の話術も有り、昨晩は結構面白く出版業界の楽屋話を沢山聞けた。
例えば、高校在学中にデビューした後輩作家の悲喜劇とかは業界の外に出て来ない話だけに想像もした事が無かった。
娘たちが将来、作家になりたいと言って来たら絶対に反対するな・・・
ちなみに、今も書き続けているデビュー作は、リストラされた独身のオヤジが異世界に転生して、日本に居た時の知識と圧倒的魔法の力で立身出世し、ハーレムを築く話らしい。
『まあ、半分、当時の願望が混じっているので、最初の頃のストーリーは今読むと恥ずかしいですよ』と苦笑いしていた。
そんな山本氏の労いの言葉に、俺は手を顔の前で左右に振りながら答えた。
「いや、趣味と実益を兼ねているから気にしなくていいよ」
半分は本音だ。
俺はバトルジャンキーの気が有るのかもしれない。
何故なら、今朝、宿営地を出発する時に、『今日もクマもどきが出ないかなぁ。昨日は楽しかったなぁ』とふと思ったからだ。
確かに初日の夜に狼もどき5頭を排除した時から、本能がより濃く出ている。
気掛かりだった『被災者』の捜索も一段落ついたせいも有り、『狩り』を純粋に楽しみにしている自分が居る。
今朝も、少しでも楽しむ為に、敢えてブレスも肉体強化も使わずにトリケラハムスターを狩った。
朝から楽しかったと認めるしかない。
「あ、お父ちゃんに変にうれしそう」
「うん。あれはボクシングの試合をテレビで見る前にする顔だね」
愛娘たちにはばれているみたいだ。
「そんな事は無いぞ。お父ちゃんは真剣にみんなの事を思って、トリケラハムスターを狩って来たんだぞ」
そう言った途端に後方で複数の気配が俺の気配察知圏内に入って来た。
匂いはこちらが風上なので全くしない。
足音も聞こえていない。
捉えた気配は7つ。距離は80㍍を超えている。
昨日よりも探知距離が伸びているな。益々人間離れして行く。
視線自体は結構前から感じていたが、危険は少ないと感じていたので敢えて気付かないふりをしていた。
実際に気配からは敵意は感じない。
むしろ、恐怖心を抱いている。
不安感も混じっている。
ゆっくりと振り返ると、黒ポメの集団が目に入って来た。
俺の行動を不審に感じて、みんなが俺の視線を辿った頃に、黒ポメの集団が持っていた槍を地面に置いた。
そして、両手を掲げて、そのままじっと俺たちを見ていた。視線には悲愴感も混じっている。
「楓、水木、大人たちを呼んで来てくれ。出来るだけ早く」
「うん、分かった」
「なる早だね」
だから水木、どこでそんな言葉を覚えて来るんだ?
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