第55話 「2日目15時45分」
20170927公開
「宮井さん、とんでもない事をなし遂げましたね」
そう言って声を掛けて来たのは山本さんだった。
彼の表情には俺に対する恐怖は微塵も無かった。
純粋に称賛の色が浮かんでいる。
「うん、我ながら良くぞ怪我もせずに勝てたと思うよ」
俺は抱き付いて来ている楓と水木の頭を撫でながら答えた。
愛娘たちは父親の俺が倒した巨獣を誇らしげに見ていたが、山本さんの方に視線を向けて同時に言った。
「もっと褒めてあげても良いよ、陽太君のおじさん」
「おとーちゃんはやれば出来る子です」
おい、水木・・・
普段は出来ない子みたいに聞こえるんだが?
ほら、毎朝ベーコンエッグを作って上げてるし、俺が作るカレーは美味しいって言っていたよな?
ゴミも曜日ごとにちゃんと分別して出しているよね?
あ、それと、お風呂の掃除もさぼらずにちゃんとしてるよね?
うん、お父ちゃんは普段から出来る子だ、間違いない。
「楓ちゃんと水木ちゃん、本当に2人のお父さんは凄いね。だって、この種族に勝てる種族は居ないだろうと言われていたくらい強いからね。『森の覇王』とも呼ばれていて、死んでいると分かっているのにオジサンはまだ怖いと思っているくらいだ」
それは多分だが、ポメラニアンもどきが備えている本能の影響だろう。
ポメラニアンもどきは進化の過程で平原に進出したが、それまでは森林に生息していたと考えられている。
その頃の記憶が本能として受け継がれているのだろう。
山本さんが再びクマもどきの死体を見たので、俺と娘たちも釣られる様に視線をクマもどきに動かした。
こうやって見ると、うつ伏せに倒れているにも拘らずでかいとしか言えない。
俺の目の辺りまで高さが有る。1㍍20㌢くらいだろうか?
体重は多分だが何㌧というレベルだろう。ざっと計算しても6㌧を超える。
地球最大のクマが北極クマで体長2.5㍍、体重で800㌔が最大だった筈だ。
その2倍の体長となると8倍の体重になるから6.4㌧・・・
よく勝てたもんだ。
「で、どうする? こんな大物、運べないぞ」
背中の方から呆れたという感情がそのまま声色に出ている言葉を掛けられた。
黒田さんだ。
振り返って顔を見たが、鷹頭にも拘らず、呆れているという事が分かった。
慣れというのは凄いな。
最初は金井さんのシャツに貼り付いているトラ吉くらいしか感情が読めなかったが、今では鷹の頭でも感情が分かる様になって来た。
「確かに運ぶのは無理だな。一応、毛皮にする事を考えて、胴体部分には傷を付けない様に戦ったんだが、無駄だったな」
「おいおい、えらく余裕が有ったんだな」
「嘘だよ。たまたまだ。トドメが顔へのブレスだっただけだ」
「あー、やはり、あの穴はブレスですか。よく見ないと分からない位の小さな穴でしたけど」
「ギリギリまで絞ってみたんだ。ちょうど意識を半分飛ばした瞬間に撃ち込んだから身体強化が解けていた。でなければ、多分、毛と皮を抜けても骨の部分で止められていたと思うな」
「こいつは石頭ですからね」
クマもどきの周囲では鈴木陽翔君と山本陽太君が手にした槍でクマもどきを突いていた。クマもどきが居る場所によくぞ連れて来たものだ。相当パニクっていたのかもしれない。
今、急にクマもどきが立ち上がったら、パニックになるな。映画だと絶対に立ち上がって阿鼻叫喚の光景になるんだがな。
そんなどうでもいい想像をしていると、山口さんがやって来た。
きっと、みんなを案内する為にここまで戻って来てくれたんだろう。
「本当に助かりました。無事で良かったです。無事を祈っていましたが、まさか倒してしまうなんて想像もしていませんでした」
そう言って、山口さんが深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ無事で良かったです。大輝君とひまりちゃんは?」
山口さんが笑い顔になった。
「今頃は美味しいお肉を佐藤先生に食べさせてもらっている頃だと思います。私たちが着いた時、ちょうど焼いている最中でしたから。凄かったですよ、2人の喜び様は」
山口さんの笑みが更に深くなった。
「あの子たち、『神戸牛』を楽しみにしていましたから」
「はははは。山口さんも昨日から何も食べていないからお腹が空いたでしょう。自分もお腹が空いたので、みんなの所に戻りましょうか?」
結局、クマもどきの死体は動かす手間や毛皮を鞣す技術が無い事から放置される事になった。
河原の拠点に戻る最中に山本さんと、何故、クマもどきが森の外まで出て来たのかを話し合ったが、結論は出なかった。
真相は不明だが、俺たちが『召喚』されたこの辺りには知られていない種族が多い事から、もしかすればこれまでの『被災者』が訪れた事の無い地域に『召喚』された可能性が高い事、その為に生態が違っていてもおかしくないだろうという仮説に留める事になった。
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