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第48話 「2日目13時30分」

20170906公開


 俺は敢えて、子供たちを遠ざける事無く、近藤さんと対峙する事にした。

 彼女をこの場で排除出来なくても、大きな楔を打つ為にもそうしておく方が良い。


 俺は佐藤先生の前に身体を滑り込ませた。

 後ろで戸惑う様な気配を感じるが無視をする。



 転職して畑違いの接客業に飛び込んだが、最初は色々とビジネスマン時代との違いに悩んだ。

 例えば、ビジネスマン時代は飛び込み営業をしても、最初は顔を繋ぐだけだ。具体的な商談は信頼関係を築いてからの話だ。

 それに対して、接客業は全くお互いを知らない相手に基本的には商品をその場で買って貰う必要が有る。

 これが最初は難しかった。いくら説明して売れないのだ。しばらくは接客トークが悪いのかと思って必死に商品勉強をした。

 打開策は意外なところに有った。

 俺を指導してくれた先輩販売員の接客を近くで聞いた時に分かったが、彼は声の調子を使い分けていた。

 挨拶がてら声を掛ける時には、警戒されない様な、安心させる様な軽めの声を使っていた。

 ある程度説明が進むと、信頼感を抱かせる自信のこもった声に微妙に変化をさせていた。

 最後には、任せて下さいという情熱のこもった声に変っていた。

 気付いた時には、目からうろこが落ちた気分だった。

 


「近藤さん、貴女あなたが最初に自分に言った言葉を覚えていますか?」


 彼女は俺を睨み付けたまま、言葉を発しない。

 もしかすれば、俺を警戒しているのかも知れないな。

 俺が簡単には彼女の言う事を認めない人間だと認識している証拠だ。


「最初に言われたのは、『1晩中、こんなところに放置して、助けに来るのが遅いんや。佐藤先生は無事やったやろ? 先生が責任を持って、助けに来るのが筋ちゃうか? 職務怠慢や。ちゃんと補償して貰わんと適わんな』です。覚えていますか?」


 俺に声の重要性を認識させてくれた先輩は、俺の声を褒めていた。

 テレビ通販で1番有名な人は、独特の高音で耳に残る声だが、君の声はよく通る声だ、と・・・

 それは1つの武器だと言ってくれた。


「そんなこと言った気がするな。でも本当の事やろ? 何も間違った事を言ってへん!」


 みんなの反応を気配だけで探る。

 近藤さんの主張が正しいと頷いている人間は居ない。 

 

「佐藤先生は身動きが出来なくなるまで、生徒も保護者も探し回ってくれました。そのおかげで助かった人間は手を上げて下さい」


 気配で何人もの人間が手を上げたのが分かった。

 沙倶羅ちゃんが両手を上げている。笑いが顔に出ない様にするのに苦労した。

 

「当たり前の事をしただけやろ? なに、美談にしてんねん!」

「美談? 事実を言っただけですよ? 貴女が心のどこかで美談だと感じている証拠でしょう」

「そんな訳無いやろ! 実際にウチらのところに助けに来てないのは事実や! 責任を果たしてない証拠や!」


 また1段階、近藤さんの声のトーンと大きさが上がった。

 近藤さんの声は高い。

 確かに高い声の方が相手には届き易い。

 だが、一歩間違えると、感情をコントロール出来ていない様に聞こえる。

 現に、今の彼女の声はヒステリーを起こしている様に聞こえた。


 彼女はきっと、お客様としてだけの人生を生きて来たのだろう。

 保護されて当たり前、権利は守られて当たり前と思っているのだろう。

 まあ、保護や権利は大事だ。それが保障されていない社会など平等と言えなくなる。 

 だがな、行き過ぎた要求は突っぱねられるべきなんだ。

 あの、5年間使った洗濯機を新品に交換しろといった要求の様に・・・



「森の中で襲って来た猿もどきみたいな危険な動物が居る森で、素人がどうこう出来ると思いますか? 機動隊でさえ犠牲者が出そうな凶暴な種族相手に素人の小学校の先生を1人丸腰で向かわせる? それって死ねと言っているのと同じだと気付きませんか?」

「危険な動物が居るとか、ウチが知ったこっちゃない!」

「政府が配った小冊子を読めば、森の中には危険な種族が居る事が分かった筈です」

「知らんがな。とにかくウチらを助ける努力を怠ったのは事実や! それが職務怠慢と言うんや!」

「彼女はちゃんと責任を果たしていましたよ。保護された子供たちの相手をしてくれてます」

「そんなん、他の人に任せればええんや!」

「なら、森の中の捜索も他人に任せれば良いとなりますね。なんなら日本から機動隊か自衛隊に来て貰いましょうか? 貴女が持っている携帯電話で呼べば良い」


 近藤さんは俺を視線で殺そうかという様な凄まじい目でこっちを睨んでいた。

 みんなが固唾を飲んで俺たちのやり取りを見ている。

 俺は自分の声を、冷静で信頼するに値する人物に聞こえる様に心掛けて喋っている。

 元々、ここに居るのは俺に助けられた人間ばかりなんだ。

 実際に助けられて、その上こちらの世界に詳しく、将来の見通しも持っている俺を頼るしかないと来ている。もちろん、その事で俺がこの集団を好き勝手出来る訳では無いが。

 正直なところ、『被災者』の捜索が終わった後はみんなと離れて小百合を探す旅に出たい。

 今回の『召喚』に俺たち家族が巻き込まれたのは、そういう運命だと思う。思いたい。

 


 今度はこちらが責める番だ。 


「そういえば、先程面白い事を言っていましたね。『うちの息子は1日中、心細くてずっと泣いてたんやで』でしたか? そばに居る貴女は何をしていたのですか? 泣いている我が子に何をして上げたんですか?」

「親子の事に口を挟まんといてや!」

「自分の子供が、すぐ横に居る母親よりも姿が見えない担任教師を頼っている、という事を自分で言ったのですよ。保護者としての責任を果たしていないのは貴女では無いですか?」

「だから、親子の事に口を挟まんといてって言ってるやろ!」



 視線を近藤さんに向けたまま、俺はみんなに向けて言葉を紡いだ。


「今回の件ではっきりとしました。自分は近藤さんがこの集団に加わる事に反対です。何故なら彼女には第3項目の『集合出来れば、助け合いましょう』が期待出来ないだけでなく、むしろ、この集団の和を危険に晒す可能性が非常に高いと言わざるを得ないからです」



 自分でも非道な事を言っていると自覚は有る。

 わざと『この集団の和を乱す』ではなく、『この集団の和を危険に晒す』という危機感に訴える言い回しをするなど、悪意に満ちているとしか言いようが無い。

 山本氏は俺の意図に気付くだろうが、他のみんなはそのまま言葉通りに危険性を感じる結果になるだろう。

 

「そうそう。貴女はこうも言いましたね。『これっぽっちの水だけしか持って来てへんて、あんた、舐めとんか? ウチらは昨日から何も食うてへんねんで。それくらい気を回さんかい! 誠意が無いんか?』って」


 俺はわざと一拍置いた。

 次の言葉をみんなの頭に染み込ませる為だ。


「みんなが協力して立ち向かっているのに、それをいきなり引っ掻き回すなんて、むしろ誠意を疑われるのは貴女では無いですか?」

「何訳分からん事を言っとんねん! ウチは当然の権利を言っとるだけやろ!」

「義務を果たす気も、責任を取ろうという気も無いと、自分で言っている事に気が付きませんか? やはり貴女をこの集団に入れるのは、みんなの和を危険に晒す様ですね」



「楓ちゃんと水木ちゃんのお父さんと太陽君のお母さん、子供が見ています。その辺りで・・・」


 ここで、佐藤先生が仲裁に入った。

 この場では斬り捨てる事は出来なかったが、それでも最低限の目的は達した。

 太い楔を打ち込んだのは確実だ。

 下手に近藤さんに味方する事は、確実に自分の身を危うくすると思った筈だ。

 少なくとも俺に敵視される。メリットとデメリットが明確にされた訳だ。


 それと、もう1つの効果も有った。

 あのまま近藤さんと先生が直接やり合えば、先生が当事者になるところだった。批判の矢面に立たされてしまう。

 だが、先生が仲裁に乗り出した事で当事者から外れて第三者になった。

 後は多少の時間は掛かるかも知れないが、近藤さんという病巣を摘出すればいい。


 その為の下地は出来た筈だ。

 みんなの気配が俺の推測を正しいと裏打ちしている。





お読み頂きありがとうございます。


 腹黒お父さん(^^)

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