第46話 「2日目12時45分」
20170902公開
「貴女の主張は、みんなと合流してから言えば良いでしょう。それよりも、先にすべき事が有るでしょう」
俺は腰を上げて、わざとらしく場所を開けた。
だが、残念ながら俺の行動は無視された。
「そうやって話を逸らすという事は、あんたが責任を感じてると考えてええんやな?」
素晴らしい・・・
ある意味、感心するな。
「先に死者を弔うという発想も出来ないのですね? 『責任を感じる』為の大前提の1つ目には、任務や義務が必要ですね。ただの会社員の自分にはその様なモノは有りません。2つ目の失敗や損失に対する責めも関係無いですね。第一、失敗もしていないし、損失も齎していませんから」
「なに言ってんねん! 現に2人も死んどるやんけ! 失敗も損失も関係無い筈無いやろ!」
「責めを負うべきは殺した犯人でしょう。それとも、貴女はこの自分が殺したと言いたいのですか?」
「見殺しにしたんちゃうんか! それは殺したというのと同じやろ!」
「見殺しと殺しは違いますよ? 日本語は正確に使って下さい」
「なに揚げ足を取ってんねん! おのれがちゃんと昨日のうちに助けに来てたら、この2人は死んでなかったんや! その責任を取れと言ってんねん!」
「自分には本来他人を助ける義務は無いですよ? 何度でも言いますが、自分はただの会社員ですから」
不毛な上に時間を無駄にしているな。
ああ・・・
だけど、糾弾を受けるのが黒田さんで無くて良かった。
レスキュー隊員という社会的立場も有るし、この様な人間を相手にした経験はそれほど無いだろう。
そう考えると、俺で良かったと言えるか・・・
近藤さんの様な人間は接客業をしていると、本当に稀だが遭遇する事が有る。
俺がこの業界に入って、2年目に遭遇した時には難儀したものだ。
だって、5年も使った洗濯機の調子が悪いから新品に替えろ、っていきなり店頭で怒鳴られたからな。
派遣で入っているメーカーの説明員には他社の製品をどうこうする事は出来ないし、第一、俺は全く関係ないコーナーの説明員として派遣されていた。
その場合の対応はその店の担当社員が当たるのが普通だ。
そして、その時に言われた交換要求の根拠が面白かった。まあ、今だから笑えるのだが・・・
一つ、買った時から調子がおかしかった。だから交換しろ!
なら、その時に言えば良いと思う。
一つ、5年で壊れる様な洗濯機は欠陥品だ。だから交換しろ!
家電製品は詳しくは無いが、元々1年間の保証期間は付いているけど、それは無料修理を保証する期間であって、新品交換する保証では無いらしい。所詮は民生用の機械なんだから5年も使えば元は取れてるし(業務用の機械の業界に居た俺の基準がおかしいのかもしれないがそう思ってしまう)、なんにしろ欠陥品と言わないと思うんだが?
一つ、売った店員の態度が気に入らなかった。社員教育がなっていない。だから交換しろ!
それ、故障と関係無いよね? それに、その時に(略)
一つ、この店はお客様ファーストと言っている。お客様第一なら交換しろ!
お客様第一と言うのと、何でも言う事を聞くのとでは別問題だと思う。
一つ、お前の表情に反省が見えない。客を内心でバカにしてるだろ。だから交換しろ!
エスパーか? 思わず吹き出しそうになったな。
我慢して使っていた。精神的苦痛を受けた。だから交換しろ!
誠意を見せろ! だから交換しろ!
結局、最後は店長が出て来たので途中で解放されたが、なんにしろ時間を無駄にした。
むしろ、俺が損害賠償をして欲しかったくらいだった。
今、近藤さんはなんだか同じ様な事を俺に言っている。
どうして、俺が近藤さんの精神的苦痛に対して賠償しなければならないのだ?
どうして、俺が誠意を見せて謝罪しなければならないのだ?
まあ、ネタも尽きて来た様だし、そろそろ切り上げるか・・・
「もう一度言いますが、貴女の主張は、みんなと合流してから言えば良いでしょう。それと、まずは亡くなられた浅田さんと木下さんを弔うべきではないですか?」
更に言い募ろうとしたので、突き放す事にした。
「どう考えても時間の無駄です。もう、出発しますよ」
俺は、もう1度、浅田さんと木下さんの墓に向き合って手を合わせた。
背後で近藤さんがキーキー言っているが、もう相手にする価値も見い出せない。無視だ。
踵を返した俺に慌てて4人が付いて来た。
近藤親子も、その10㍍後ろを付いて来た。
なんか、『無責任だ』とか喚いているが、どの口が言うのだろう?
死者を弔う事さえ出来ない人間が、犠牲者の事で他人を責める資格など有る訳無い。
ああ、お腹が空いたな・・・・・
楓と水木たちに早く会いたいな・・・・・
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