第45話 「2日目10時55分」
20170901公開
猿もどきの再度の襲撃を警戒しながら森の中を西に進んで、もう少しで外に出られるという位置で発見した『被災者』2人は原型を留めていなかった。
服装からすると2人とも保護者だろう。
1人は男性で茶ポメだ。いや、だったとしか言いようが無い。
スーツ姿だったが、身に付けていたスーツ、カッターシャツ、ズボン、下着は力任せに破られていた。
ベルトだけは切れなかった様で、背骨にまとわりついていた。
もう1人は女性で、元は白い毛のポメラニアンもどきだった。
白かったであろう毛がほとんど真っ赤に染まっていた。
頭の頂上あたりだけが辛うじて元の色を残していた。
男性が使ったのだろう。折れた枝が近くに落ちていた。
枝には毛がこびり付いていた。
濃い緑色だ。長さは猿もどきと同じくらいか?
俺は詳しくは無いので自信は無いが、現場に流れた血が完全に乾いていたから時間はかなり経っていると思う。
亡くなった人物の特定をする必要が有るので子供2人を遠ざけた上で5人で確認をした。
女性の方は俺が触るのが憚られたので4人に頼んだが、4人とも吐いてしまって作業にならなかった。
人間では無いとはいえ、見慣れた服装を着ているせいで精神が日本人と認識するのだろう。
結局、2人の身元調査は俺だけでする事になった。
男性の身元は、ズボンのポケットに残っていた財布の中のカード類で判明した。
浅田聡司さんだった。彼の子供はまだ見つかっていない。
女性の方は木下桃子さん。離れた場所に落ちていたハンドバッグを本田岳君が偶然発見したが、その中に入っていた財布の中に有った10枚以上の会員カードから身元を確認出来た。こちらも子供が見付かっていない。
2人の亡骸を拠点に運ぶ事は諦めて、俺たちは埋葬する為の穴を掘った。
鈴木小枝子さんと松木沙知さんが手伝ってくれたが、森の中という事もあり張り巡らされた根が邪魔になって、埋葬までに1時間ほど掛かってしまった。
「あんたがもっと早く来てたら、この2人も助かったんや。あんたの責任や」
その言葉は、埋葬が終わって、3人で手を合わせている時に言われた。
精神的な疲労で少しボーとしていたのだろう。
それと、子供を出来る限り早く発見する事を誓い、亡くなった2人の成仏を祈っている最中だったので一瞬、自分に向けられた言葉だと気付かなかった。
声がした方を見ると、近藤さんが俺を睨んでいた。
太陽君は俺から姿が見えない様に近藤さんの後ろに隠れていた。
「もう1度言って頂けますか? お祈りを捧げている最中だったので良く聞こえませんでした」
俺の声には感情というものが全く含まれていなかったと思う。
一緒に手を合わせていた2人がピクっと身体を震わせた。
「ああ、何回でも言うたる。あんたがもっと早く助けに来てたら、2人も死なんで良かったんや。責任を感じろって言っているんや」
俺の感情がドンドン冷めて行くのが分かった。
彼女がやっているのは、力では敵わないのは歴然としているので、難癖を付ける事で俺よりも精神的に優位に立とうという詰まらない保身手段だ。
本当に下らない。
店頭で遭遇するクレームには、さまざまなモノが有るし、色々な対処方法が有る。
本当の故障や不具合、こちら側に責任が有る場合はもちろん多い。
だから、クレームを持ち込まれた時には、否定する態度は取らずにお客様の訴えたい事を親身に聞く事が大事だ。
そうする事で、お客様との信頼関係を構築して、解決の方法を探って行くのが一般的な対応だ。
その過程で、お客様も自分の訴えが分かって貰えたと納得する事が可能になる。
だが、それらとは全く異なるクレームも有る。
俺自身が経験した事では無いが、週刊誌かなんかに載ったモンスターペアレンツの事例がまさにそれだ。
或る中学校の修学旅行にまつわる話だった。
なんでも、仲が良い3人の生徒の親たちが、自分達の子供は某超有名遊園地に行きたがっているから修学旅行先を変更しろと言って来たそうだ。
当然、中学校は拒否した。
すると、親たちは修学旅行費の積立金の返金を迫って来た。
学校側の説得に応じなかったので返金したそうだ。
結局、3人だけで某超有名遊園地に行ったが、修学旅行が終わった後の展開が更に酷かった。
思い出話が3人以外と出来る筈もなく、みんなと一緒に写真に写っている筈も無い。
3人の子供たちはクラスメートから浮いた訳だ。
そして、或る親が学校にクレームを付けたのだ。その時に言った内容が凄かった。
『修学旅行の大切さを何故もっと教えてくれなかったのだ』
この段階で小一時間問い詰めたいな。
『中学校が説明責任を果たさなかったせいで、子供が仲間外れにされている』
自分達の我儘を棚に置いて、結果責任を中学校になすりつける責任転嫁だな。
『もう一度、修学旅行をやり直せ』
もうね、このくだりを読んだ時は、唖然とした。
世の中にはこんな保護者が居るのか? こんな保護者にはなるまい、と思ったな。
近藤さんは、『こんな保護者』と同じ種類の人間だ。
お読み頂きありがとうございます。




